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香りひとつで世界は変わる ―追放された令嬢は辺境で『調香の奇跡』を起こす―  作者: 寿明結未(ことぶき・あゆみ)


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第19話 【香葬】の提案と、思わぬ再開

ブックマーク、評価、感想、誤字脱字報告ありがとうございます。

 週に一度の教会での礼拝が終わり、私は街の人達と共に席をたった。

 礼拝は大事だと母に教えて貰っていたし、信仰心がないと天国で会いたかった人に会えないと言われているのも理由のひとつ。

 義母と義妹は礼拝こそ時間の無駄だと喚いていたけれど、私は意地で礼拝に通っていたのを思い出すわね。



「アメリアさん」

「はい?」



 ふと声を掛けられ振り向くと、教会の牧師様から呼ばれ、別室に案内された。

 教会の別室に来るなんて初めてだったけれど、椅子に座ろうよう促され、私は静かに椅子に座り牧師様の言葉を待つ。

 すると――。



「浄香をエルメンテスの為に作っている貴女になら、打ち明けてもいいでしょう」

「と、申しますと?」

「街を覆う、毒霧について……なにも領主様からお話がないのでしょう?」

「はい、未だお話はありませんね」

「でしたら、私の方からご説明します」

「宜しいのですか?」

「教会と領主は、同等の立場にあります。これは、教会からのお願いも含めたお話。他言無用でお願いします」

「承知いたしましたわ」



 なにやら、重大な秘密を打ち明けられそうね……。

 私は背筋を伸ばし、改めて牧師様の言葉に耳を傾けた。



「まずは、アメリア様に礼と感謝を。貴女が作る浄香のおかげで、エルメンテス全体が浄化されつつあります。ですが……それも一時しのぎにすぎません」

「と、おっしゃいますと」

「毒霧とは、過去にこの地に流され、無念の死を遂げた者たちのなれの果てです」

「それは……」

「過去数百年。この地は、今のエルメンテス伯爵が治める前、たびたび領主が変わってきました。戦で敗れた者、王都で失脚した者、家中の騒乱で追われた者……。彼らが流れ着いた地が、ここなのです」

「エルメンテスが……ですか?」



 思わぬ言葉に驚き口を手で覆うと、牧師様は続けて言葉を紡いだ。



「彼らの無念の想いが積もり積もって毒霧となり、いつしかエルメンテスを覆うようになりました……。そして、最も問題なのが……毒霧により命を落とした人々の〝魂〟が、未だ街に留まっていると言う事です」

「それは……市民も、ということですか?」

「ええ。天に昇りたくとも、毒霧がそれを妨げている。結果、霧はさらに濃くなり、悪循環を生んでいるのです。つまり、いくら浄香を焚いても、それは一時の慰めにすぎません」

「つまり……香りで祈りを捧げる【香葬(こうそう)】が必要……と言う事ですね?」

「【香葬】……それは、どのようなものですか?」



 その問いに、私は調香師として知っている【香葬(こうそう)】について語った。

 香葬とは、お花やお供え物、あるいは金銭を供える葬儀のこと。

 王都では一般市民の間でも広く行われている、比較的新しい弔いの方法だと説明した。



「そのような弔い方法があるとは……」

「異国由来の儀式のひとつですが、今では王都では当たり前に行われています」

「なるほど。領主様に相談してみましょう。かの〝香りの令嬢〟が提案したとあれば、領主様も動いてくださるでしょう」

「そうだといいのですが……問題はエルメンテスの市民たちへの周知です。金銭はともかく、花やお菓子などを備えて【香葬】を行うには、ある程度の準備期間も必要です」

「そうですな。私の方でそちらは掛け合ってみましょう」

「よろしくお願いします。牧師様からも領主様にご連絡を、私の方からもしてみます」



 こうして、エルメンテス全体の死者を弔うための【香葬(こうそう)】をする為に動き出した。

 ――街全体で、魂を祀る儀式を行う。

 このことは後に新聞でも取り上げられたが、街でひっそりと命を落とした人々のことまでは触れられていなかった。

「忘れられた存在」は、弔われないまま、記憶の底に沈んでしまう。

 せめて、私だけでも、彼らを悼みたい。



「誰にも看取られず、心を置き去りにされた魂……まるで、あのときの私みたい」


 ふと、母の葬儀を思い出す。

 父は笑顔で、祖父は怒りに満ちた目でそんな父を睨み、私は父を睨み返した。

 母の死が、そんなに嬉しかったのかと問いたかった。

 結果として嬉しかったのだろう。

 直ぐに後妻となる義母と義妹を連れてきたのだから。



「ああ、思い出しただけで腹が立ってきたわ。絶対あの人達を許さない」



 その為に耐え忍んで今があるのよ。

 手にした追放と言う自由、手放さないわ。

 これを如何にチャンスに変えるかは……私次第だもの。



 その時、店のドアが開きカランカランと言う軽快な鈴の音と共に、コツコツといい靴を履いている音が聞こえた。



「いらっしゃいま……マーヤ様⁉」

「うふふ、来ちゃった」

「来ちゃったって……」

「だって、王都にいても貴女の情報は新聞で知るばかりで。本人がいるところで色々話をしたり、見聞きしないと……ね?」

「ええ⁉」

「兄から賜った、エルメンテスのタウンハウスがあるの。ようやく使う機会ができたわ」

「マ、マーヤ様……まさか、私のためだけに?」

「そうよ? 貴女のこと、いろいろ心配だったの。ほら、ご実家のこととか」



 まるで見てきたかのように語るマーヤ様に頭を抱えたけれど、確かに実家の事は私も悩んでいる問題のひとつ。



「それに、面白いことをするみたいじゃない? 【香葬(こうそう)】だったかしら? 是非わたくしも参加したいわ」

「マーヤ様がですか?」

「ええ。兄の代理としてね」

「それは……本当にありがたいですが……」

「なら決まりね!」



 嬉しげに笑って下さったその時、ドアが開き現れたのはエドワード様。

 さすがの彼も、まさかマーヤ様が来ているとは思わなかったようで、驚いた表情を浮かべていたが――。



「マーヤ様! いつお越しに⁉ いえ、不躾で申し訳ありません。ご無礼をお許しください」

「許しますわ。〝香りの令嬢〟に会いに来たのですもの。そばにいなくては、不安で」

「不安……とおっしゃいますと?」

「なんだか、厄介な〝蝿〟が飛び交っていそうな気がして……ね?」



 蝿、ということは――。

 そう思ったとき、店の扉がノックされ、勢いよく開けられた。

 ダグリスト家の紋章を付けた使者が立っていた。

 思わずマーヤ様とエドワード様が立ち上がり、私の前に立ちはだかってくれたけれど……。



「ダグリスト家当主様より、お手紙でございます」

「当主?」

「誰のことかしら?」

「お手紙をどうぞ」

「封蝋もないじゃない。これで本当に当主の手紙だなんて、よく言えたものね」



 マーヤ様の指摘はもっともだった。

 封蝋は、私が持っている。

 ダグリスト家の当主だけが受け継ぐ、それを、私は祖父から正式に引き継いだのだから。



「一応、拝見だけはいたします。その代わり、ここにいるお二人には内容を共有させていただきます」

「問題ありません」



 そう言って手紙を受け取り、開いた瞬間――。



「……何よ、これ……これじゃまるで……」



 愕然としたのは、私だけではなかった。



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