第18話 (実家Side)おのれアメリアめ‼②
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「おのれ、アメリアめ‼」
新聞を握りつぶす妻を見て、私はため息を吐いた。
あの子が出て行ってからというもの、調香師として名を馳せたダグリスト家の名声は地に堕ちた。
あれほど届いていた依頼もすべてキャンセルされ、「腕のない調香師しかいない家」「アメリア嬢にたかっていた寄生虫ども」などと揶揄される始末。
妻と義妹は、顔を真っ赤にして憤っていた。
事実とはいえ、納得はできない。
アメリアは調香師として、実の母にも劣らぬ腕を持っていた。
私は調香師などと馬鹿にしていたが、彼女の香りに救われていた者がいたのだと、追放してからようやく思い知った。
――なんと愚かなことをしたのだろう。
そう思っても、追放を言い出したのは妻と娘。
私には止めることなどできなかった。
「返事のひとつも寄越さないわ、戻って来る気配もないなんて……許せませんわ!」
「とはいっても、追放したのはこちらだ。素直に戻ってくる子ではない」
「鬱陶しいったらないわ! 親の言うことは子どもなら聞くのが当たり前でしょう⁉」
「そもそも、君とは血が繋がっていない」
「ああもう! なんて鬱陶しい子なのかしら! いっそ死んでくれれば楽なのに!」
「ナターシャ! 言いすぎだぞ!」
「ふん、事実を言ったまでよ。死んでくれれば溜飲が下がるのは間違いないわ」
「ナターシャ……」
学生時代、ナターシャは憧れの存在だった。
多くの男に囲まれた、一輪の花。
そのナターシャに恋をした私は、婚約者だったアメリアの母がいながら、彼女と関係を持ってしまった。
結婚後、ほんの数年だけナターシャを忘れようとしたが――無理だった。
誰とも結婚できず町娘のように働く彼女を見つけ、囲ってしまったのだ。
婿養子でありながら。
その上、子どもまで作ってしまった。
これに気付いた妻の父は大激怒し、私を追い出そうとした。
なんとか泣き縋り、今の地位についたが……結局実家も、私を〝いらない者〟として多額の金でこの家に売りつけたのだ。
しかも、その金は慰謝料として渡されたもので、私の自由にはならなかった。
ナターシャとその娘には、苦労をかけた。
妻が亡くなってすぐにナターシャを後妻に迎えたとき、さすがに妻の父が再度怒りを爆発させ、私はまた家を追い出されかけた。
その際、何かしらの取り決めがあり、私は書類に判を押したが――何の書類だったか、思い出せない。
だが、なぜかその書類が気になって仕方がない。
アメリアがかつて使っていた義父の書斎に入り、書類を探したが……何ひとつ見つからなかった。
「おかしいな? ここには山ほど書類があったはずだが……?」
家に関するもの、土地の権利書、すべてが消えていた。
まさかと思ってメイドを呼ぶと、アメリアがすべて持っていったと教えられた。
「何故アメリアが⁉」
「それは、私どもに聞かれましても……」
「これでは、家のことをするにしても……」
そろそろ貯金も尽きる。
家の土地や権利があれば、それを売ることでしのごうと思っていたのに、それらの書類が一切無くては、家を維持することすらできない。
調香師として、娘とその婚約者セベクがしっかりしていれば、こんな事態にはならなかったのに……っ!
そのセベクと娘は、調香の修行もせず、私市で売られているような粗悪なお香を作っては、日銭を稼いでいる。
だが、その香木を買う資金も尽きかけていた。
「直ぐにアメリアを連れ戻さないと……っ!」
「追放したのに……ですか?」
思わず声に出てしまった言葉は後戻りはできない。
メイドはびっくりした様子で私を見ていた。
思わず漏れた言葉は、もはや撤回できなかった。
メイドは驚いた顔で私を見つめていた。
「アメリアさえいれば、家の権威も立て直せる、金だって入る!」
「でも……マリシャ様がお婿さんを迎えるのでは?」
「それがどうした! アメリアにはずっと家で働かせればいい、奴隷のようにな!」
「……っ!」
「そうすれば我が家は安泰! アメリアの人生など知ったことか!」
「だ、旦那様! それはあまりにも……」
「ああ、最初から追放などせねばよかった……。奴は金を運ぶだけの娘だったのに……」
追放をなかったことにして、戻ってもらうしかない。
嫌だと言うのなら、こちらから出向いて、無理やり連れ帰ればよい。
アメリアの価値など、その程度で充分だ。
家のために金を稼ぎ、家のために働き、結婚もせず死ぬまで貢献し続ける。
それでいい。
それがいい。
あの娘には、それくらいの人生がお似合いだ。
金が、金が必要だった。
そのために犠牲になるのなら、アメリアならきっと喜んで……。
――だがこのとき、私は気づいていなかった。
屋敷のメイドたちが、頻繁に入れ替わっていたこと。
中には、マーヤ様が放った情報収集の者が多数紛れていたこと。
そして、先ほど会話したメイドもまた、マーヤ様の手先だったという事実にも……。
「仕方ない……金はかかるが、こちらから使者を出して、もう一度強く説得しよう」
それでも拒まれたら、我々が迎えに行き、無理やりでも馬車に詰め込んで連れ帰るしかない。
まったく、今どうしているかなど、新聞でしか知る術がない。
連絡ひとつ寄越さぬ娘など、可愛いはずがないだろう。
「やはり、俺の娘はナターシャが産んだマリシャだけだな」
あの子は可愛い。
出来は悪いが、見た目は愛するナターシャによく似ている。
政略結婚など、するものではなかったな……。




