第15話 【夢香】ラベンダーの香りで女性兵士の不眠に立ち向かう
ブックマーク、評価、感想、誤字脱字報告ありがとうございます。
その日も、ハンナさんと一緒には配達を済ませ、ハンナさんとは別れて帰宅し、そろそろ店を閉めようと用意を進めていた時だった。
乱暴のドアを開けて入ってきたのは――ひとりの女性兵士。
「へ――? ここが調香師の店ねぇ? エドワードをどうやって落としたんだか」
「エドワード様の求人に募集しただけです。勝手なことを言ってもらっては困ります」
「どうだか? エドワードは優しいもんねぇ?」
「何が仰りたいの?」
「ハッ! 守られるだけの貴族令嬢かい? どこの貴族令嬢かしらないけど、この毒霧の街にくるなんざ、頭が可笑しいんじゃないのかい?」
等と言ってくる。
私は暫く考え込んだ後、相手をじっと観察してみた。
寝不足で目の下のクマ。
これもまた、毒霧の影響で兵士たちにまで不眠になっていると言う証拠かしら?
「なにか言ったらどうなのさ!」
「加えて情緒不安定……。間違いなさそうね」
「一体何が、」
「お客様? 兵士団でも不眠の方は多いのではなくって?」
「え?」
「不眠が多いと怪我も多いでしょう。下手をすれば取り返しのつかない怪我もありうるわ」
「ハッ⁉ お嬢様が下々の心配かい?」
「いいえ、調香師としての心配です」
「……変な矜持は捨てることだね。さっさとこの街から出ていかないと……舐めてると痛い目見るよ?」
脅しのこもったその目は、正常とは言えなかった。
剣をスッと構えた彼女に、私はあえて大きくため息をつき、呆れた様子を見せた。
そして、毅然とした声で言葉を返す。
「ここは癒しを求める場所。血の匂いは不要です」
「……」
「眠れていないのなら治療を行います。よく眠れるハーブティーを用意しますから、座って待っていてください」
「うう……」
唸るように言った彼女だったが、剣を納めて椅子に乱暴に腰を下ろした。
私は、自分用に常備しているよく眠れるブレンドハーブティーを出す。
もう閉店後だったので、今出せるのはこれだけだった。
「アンタ……夜泣きをしていた子供たちを落ち着かせた……アメリアって言う調香師だろう?」
「そう言われているのですね。だとしたら間違いはないかと」
「頼む! アタシも……アタシも寝たいんだ!」
「……兵士団でも不眠は問題なのですね?」
「ああ……。兵士団でも眠れない奴はかなり多い。みんなピリピリしているよ」
「でしたら、兵士団にも【夢香】を一度配ってみようと思います……。まずは貴女が……失礼ですが、お名前は?」
「マルシャ」
「マルシャさんが先立って治療を受けて眠ってみてください。その結果を是非、皆さんに伝えてもらえたらと思います」
「……突然すまなかったね。街の浄化に【浄香】を作ってるのも、アンタなんだろ」
「はい。今は随分と香炉塔でお香を焚くのも増えてきましたね」
そう。この街に来てもうすぐ三ヶ月。
香炉塔に【浄香】のお香を焚くことで、随分と街は毒霧から守られるようになってきたわ。
でも、遠くの香炉塔まではまだ出来上がっておらず、街全体を浄化するのはまだ時間が掛かりそうだった。
早くて後ニヶ月と言ったところかしら。
ダンガルさんもかなり頑張って大きめの香炉を作ってくれている。
私に出来るのは、その香炉の数に合わせた【浄香】を作ることくらいだわ。
そんな事を思いつつも、マルシャさんは紅茶を飲みきり、大きな欠伸をしたのを見計らい、治療用の部屋に案内して、ガーゼの布団を掛ける。
そして【夢香】の香りには、今回「ラベンダー」を使用した。
部屋が優しいラベンダーの香りに包まれる頃、マルシャさんは静かな寝息を立て始め、明かりを暗くすると部屋を出る。
今日も徹夜になりそうね。
そう思い、私は軽くシャワーを済ませてから眠気を飛ばす紅茶を飲み、今後増える可能性のある兵舎への【夢香】を作り始める。
ベルガモットも大量にエドワード様が持ってきてくれた為、ありがたく使わせてもらうことにしたのだ。
「最近店の売上の殆どが【夢香】になってるわね」
それだけ眠れない日々が長かったと言う事と、毒霧のせいで寝ても悪夢を見ることが多かったのだとハンナさんは語っていた。
おかげで眠れる様になったことで、心の余裕も出来てきたのだと言ってくれた時は嬉しかった。
只管【夢香】を作り続けると、朝日が顔を出す。
その時、ドアが開く音が聞こえ、どこかスッキリした表情のマルシャさんが苦笑いしつつ私のもとへとやってきた。
「いや、本当に昨夜はどうかしてた……悪かったね」
「いえいえ、眠れたようですね」
「ぐっすりだよ‼ なんだいあの香りは!」
「ラベンダーです。眠りよくする【夢香】と言う香りのひとつで、色々な香りがありますよ」
「もしかして、アタシがいたから徹夜……」
「ふふ、もしかしたら、誰か様が売上の架け橋になってくれるかも知れないと思って?」
「ぷ……ははははは!」
私の言葉にマルシャさんは声を出して笑い「こりゃ責任重大だね!」と笑顔を見せてくれた。
「上に掛け合ってみるよ。と言っても、上はエドワード様なんだけど」
「エドワード様ですか? エドワード様はよく来られますが、兵士達の不眠については何も言っていなかったわ」
「だとしたら、その下で会話が止まってるね……クソ爺め」
「あらあら、それでしたらエドワード様に話をつけておきますわ」
「本当かい⁉ 絶対だよ⁉」
「ええ」
「それにさ、それにさ……」
そう言うと彼女は静かに椅子に座り、私の顔を見つめてきた。
「情けない話だけど……。亡くなった妹と再開したよ……」
「もしや、妹さんも毒霧で?」
「ああ……。身体が弱かったんだ……。毒霧に耐えられなかった……」
「そう……でしたの」
「でも、笑顔でアタシの事応援してくれてさ……ぐすっ」
「マルシャさん……」
「あーあーあー! なんていうかな――! 悪夢ばかりみてきたのに、こんな……こんな幸せあるかい⁉」
涙をぐいっと乱暴に拭い、私を見て泣きながら微笑む姿に、胸が締め付けられる。
そして、商品棚から【夢香】を幾つか手に入取ると――。
「これはアタシ用。絶対エドワード様に掛け合ってくれよ?」
「ええ、お話しますわ」
「……ありがとうアメリア」
「ふふ、どういたしまして。よろしければコチラ、ひとつプレゼントしますわ」
「これは?」
「【夢香】の香り袋です」
「……ありがたく貰っていくよ」
こうしてマルシャさんはお店から清々しい表情で出ていかれました。
またひとつ、このエルメンテスに巣食う何かが見えた気がして、気を引き締めねば……と思っていると、カランカランと音がなりエドワード様が入ってこられた。
「先程の兵士は……おはようアメリア嬢」
「おはようございます」
「もしや、また徹夜かい?」
「ええ。またこの街に巣食う何かが見えた気がして……気合を入れ直していたところです!」
「……アメリア嬢」
「そうそう! お伝えしなくては!」
パンッと手を打って、私は兵舎の不眠問題について報告する。
その件はエドワード様もご存じなかったらしく、「上の奴は首だな」と苛立ちを隠さず、深いため息をついた。
「だが、誰かの痛みを、そっと抱いて癒やせる人間なんて、そういない。やはりアメリア嬢の調香は素晴らしい」
「香りは、人の心を救う力があるのよ。だから調香師はやめられないわ」
笑顔で言うと、エドワード様はキョトンとした顔をした後、嬉しそうに目を細めて笑い「そういう所がアメリア嬢らしいね」と口にする。
「そう言えば、香り袋をとご所望でしたわね。作っておきましたわ」
「ありがとう……。うん、とてもいい香りだ」
「ふふ」
香り袋を手に取り、幸せそうに微笑むエドワード様。
昔住んでいたあの場所でも、香りに癒されるお客様の笑顔を見るのが大好きだった……。
今ごろ、あの場所はどうしているかしら? マーヤ様にもそろそろ手紙を出さないと。
そんなことを思いながら、エドワード様たちを見送り、私はほうきを手に取った。
さて、店の掃除をして、気合いを入れ直さないとね!
でも、ポストを見た時――私は息を呑んだ。
そこには、元実家からの手紙が入っていたから――。




