第14話 【夢香】カモミールで親子を救う手助けをする
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あれからも【夢香】の配達は、ハンナさんと一緒に続けている。
一週間ほどは配達すると伝えていたので、それ以降は効果を感じたご家庭には店に来て購入してもらうことにしていた。
赤ちゃんのいる家には引き続き配達という形を取りつつも、ありがたいことに一週間後には「子どもの夜泣きが軽くなった」と、【夢香】を求めて訪れる人が増えていた。
そんなある晩、赤ちゃん用の配達を終えて帰る途中で、一組の親子に出くわした。
夜も遅く、泣いている赤ちゃんを抱えた父親の姿――。
【夢香】がまだ届いていないご家庭かしら? そう思いながら、私はその親子の元へと近づいた。
「もし?」
「……なんだ」
「私、調香師のアメリアと申します。このあたりで夜泣きをしている子供たちの対策にと、香りを配達している者です」
「……そうか」
「見ればお子様は眠れていない様子。よろしければ【夢香】を使ってみませんか?」
「はっ! 香り程度で寝るんだったら困りゃしねーんだよ!」
「とおっしゃいますと――」
「あら、アンタ、ハンスさんじゃないかい?」
「げ、ハンナ婆……」
「婆とは失礼だね! アメリアちゃん、この男の家は奥さんが毒霧で亡くなってね……。コイツは仕事に逃げるし、子供はほったらかしにするし、全くもう……どうしてやろうかね!」
「うぐ……」
どうやら、妻を亡くして心が傷つき、男性もまた眠れない日が続いているのだとハンアさんに教えれてもらえた。
子供は泣きじゃくり、今にも引き付けを起こしそうだわ!
「ハンスさん」
「なんだ」
「子供は親の心の鏡よ。まずはあなたが癒されて」
「俺が……癒やされる?」
「ここから私の店は近いわ。まずはそこで治療しましょう」
「治療? 金を取るのか?」
「今回は取りません。まずはあなたが眠り、お子さんも落ち着かないと……体がもちませんから」
「……」
「眠ることも、立派な治療のひとつです。これ以上、息子さんが泣いているのもつらいでしょう?」
ハンナさんの力添えもあって親子を強引ではあったけど店につれていく。
そして子供さんにはホットミルクのはちみつ入りを、ハンスさんには、カモミールティーを出して飲ませ治療用の部屋に連れていき、香りは【夢香】でよく使う「カモミール」の香りにした。
ガーゼの布団を子どもとハンスさんに掛けてると、香りが部屋に充満していく。
明かりを落とし、子供さんには香り袋を持たせて安心させてトントンと体を叩いてあげていると、すんなり眠ってくれた。
やがて、ハンスさんからも豪快な寝息が聞こえてきて、どれだけ眠れていなかったのかがよく分かる。
私はそっと部屋を後にした。
「ハンナさん、ありがとうございます」
「いいよいいよ、女ひとりじゃ何があるかわからないからね。アタシの家が近くてよかったわ」
「ふふ、そうですね」
ハンナさんの家はタウンハウスの二軒隣。
立派なお屋敷に住んでいるけれど、貴族ではないらしい。
謎も多いけれど、とても頼りになる人で、ついつい甘えてしまう――。
「困ったら頼りにおいで」
気兼ねなく言ってくれているため、つい甘えてしまうのよ。
もう少し自分をりっしないと駄目ね。
夜も遅いしと、その後彼女は帰っていったけれど、私は患者ふたりが目を覚ますまでは【夢香】を作り続ける。
エルメンテスの多くの子どものいる家庭に【夢香】を届けたため、この街のほぼ全員の幼い家庭持ちは、うちの店に【夢香】を求めにやってくる。
治療中は静かに調香し、香りを沢山作ることが出来たのは僥倖ね。
ふたりは朝までぐっすり眠れるでしょうし、その間にシャワーを浴びて、気分をリフレッシュしよう。
いくつか【夢香】を作り終え、背伸びをし、シャワーを浴びて着替えたころには、朝日が差し込んできた。
と、そこへ――治療室のドアが開き、ハンスさんが子どもを抱いて出てきた。
ある程度【夢香】を作って背伸びをし、シャワーを浴びて服に着替え、眠気を飛ばしてまた【夢香】を作っていると、外に朝日が差し込んできた。
すると、治療室のドアが開き、ハンスさんが子供を抱きかかえて部屋から出てきたの。
「えっと、その……おはようございます」
「おはようございます。ぐっすり眠れたようですね」
「その……すまない。調香なんてと馬鹿にして……凄く深く眠れた……」
「それなら何よりです。息子さんは?」
「まだ寝ている……。少しだけ話をしてもいいだろうか?」
「ええ」
彼を椅子に促すと、男性は幼い息子さんを抱いたまま、ぽつりぽつりと言葉を口にした。
「夢の中で……妻に……あった」
「そうでしたか……」
「妻の記憶と……妻から夢で叱咤激励を受けた。もっと頑張れと、私がいないのだから、父親は貴方しかいないのだと……子どもと向き合えと叱られた」
「まぁ! 素敵な奥様でしたのね」
「ああ……。はは、息子の寝顔が妻に似ていることすら忘れてるなんてな……。本当に……本当にすまなかった」
眠る息子さんの寝顔を見て涙を流すハンスさんに、私はハンカチを手渡し、涙を拭ういながら声を殺してなく彼の背中を隣に座り撫で続けた。
その後、落ち着いたハンスさんは店から【夢香】を幾つか購入して、「また買いに来ます」と言って出ていかれた。
帰る背中を見送り、ホッと安堵の息を吐く。
「この街には、まだ救える心があるわ。頑張らないと」
そう口にした時、馬車が止まる音が聞こえ、いつもの朝がやってくる。
ドアを開け、入ってきたのはエドワード様と従者様。
いつも通り浄香を取りに来たのね。
「おはようアメリア嬢」
「おはようございます」
「おや? 眠っていないのかい?」
「え?」
「目の下に若干クマが出来ているよ?」
「ああ、夜中に患者様が来られたので」
「無理は良くない」
「でも、放ってはおけない親子だったので……」
そこで、ハンスさんの話を軽く掻い摘んですると、エドワード様は心配しつつも、私の治療について耳を傾け、小さく頷いてから口を開いた。
「癒されるのは子どもだけじゃない……親の心まで、香りは届くのか」
「そうありたいと願います。私は調香師ですから」
「今度、その【夢香】というのを試してみたいものだね」
「では、お香を」
「いや、香り袋が欲しい。ひとつ頼まれてくれないか?」
「え? ええ、今度来られる時に用意しておきます」
「ああ、楽しみだ。それと、今日の香りはコチラだよ」
「恐縮です……でも、毎回じゃなくても大丈夫ですからね?」
「ははは! 癖になってしまってね!」
笑うエドワード様に微笑みつつも、従者の方から香木を貰い、お礼を伝えると、彼らは浄香の香りを持って帰っていかれた。
眠気覚ましの紅茶を飲んで、朝食を食べたら少し仮眠しようかしら?
そんな事を考えながらも、私は貰った香木を店に置き、エドワード様の優しさに触れているようで、少し気恥ずかしくなりタウンハウスの奥へと向かった朝の事。
――それから、ハンスさんは【夢香】の常連客になった。
子どもとの時間も大切にし、もう仕事に逃げることはしていないという。
「アンタの香りで、俺も前を向けた。ありがとうな」
「お力になれて何よりです」
「妻を失った悲しみは、まだ消えない。けど……前を向いていこうと思う」
「はい!」
――こうしてまたひとり、香りで救うことができたことが、私はとても誇らしかった。




