第10話 香炉塔で浄香を焚いて――
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そして朝日が昇ろうとしている頃、私は身支度を整え、店の中の掃除をする。
悪い気は掃除をして払い落とし、お香を焚いて追い出すのだ。
お香には邪気を払う効果があるから、家の中で焚くのは本当に大切なことなのに、義母と義妹はそれを嫌がっていた。
だからあの家はどんどん傾いていったのよ。あそこはまるで悪鬼の巣窟だったわ。
そんな事を思っていると――「コンコン」とノックする音が聞こえ、ドア鈴がなるとエドワード様と従者の方がいらっしゃった。
「おはようアメリア嬢。早いかと思ったんだが、早朝のまだ空気が綺麗なうちに、浄香をしたくてね」
「おはようございます。私もそう思って早めに起きたんです。そう言えば、違う土地では、浄香とよんで『きよめこう』と言う土地柄もあるんですよ」
「君は香りには詳しいな」
「調香師ですのでから」
くすりと笑い、挨拶をしてから馬車に乗るよう従者の方に伝えられ、エドワード様と一緒に馬車に乗り込み、ダンガルさんの住む家へと向かう。
歩いていくには少し遠いけれど、馬車だと結構すぐだったわ。
家をノックすると奥さんが出てこられて――。
「朝までぐっすりだったのよ! アメリアちゃんの調香は完璧ね!」
「それは何よりです。これからもご贔屓に。ダンガルさんは?」
「今行くわ」
奥様の言葉の後、直ぐに寝癖をそのままにダンガルさんがやってきて、昨日とは随分と変わって笑顔で手を振ってこられたわ。
どうやら奥様と一緒でとってもぐっすり眠れたげで、私の調香に文句なし! と言う結果に落ち着いたらしく、とても調香師として、嬉しい言葉を沢山頂いたわ。
「悪夢に魘されているこの街の連中が……少しでも楽になってくれると良いんだがな」
「悪夢に魘される……と言うと、街全体が……かしら?」
「実際、辺境伯の元に届く要望でも、夜眠れない、夜泣きが酷い、街の住人は常に不眠に悩まされている……と言う情報がある」
「そうでしたの……。これだけ毒霧が空気に乗っていれば、眠ることも難しく、また呪いのような何かがあっても、驚きはしませんわね」
「アメリア嬢は、それでもこの街を救いたいかい?」
「あら心外だわ。逃げるような女に見えましたかしら?」
笑顔で伝えるとエドワード様は虚を突かれたような顔をしていたわ。
その様子に満足して笑うと、彼は「全く、君という子は」と楽しげに笑った。
街の中心に着くと、五つある香炉塔のひとつひとつに調香をセットしていく。
火を灯し、香りを空へと解き放つ。
それを五回繰り返すと、空気の中の毒素がわずかに薄らいでいくのが分かった。
「流石浄香だな……空気の中の毒素が消えていく……」
「これはすごい。普通の調香師じゃ、ここまで効果の高い浄香は作れないぞ」
「こう見えて、実家では教会に浄香を納めていましたの。得意分野なんです」
「それは……教会からお願いされたのかい?」
「ええ、是非にと」
普通、教会から調香師に浄香を作る頼みが来ることは滅多にない。
でも、私の元には、幾つかの教会から浄香を作る依頼が来ていたの。
おかげで作り方は完璧だわ。
空に伸びる煙が空気を、空間を、そして街の中心を浄化している。
まずは中心部から一歩ずつ。大事なことだわ。
するとダンガルさんは堰を切って泣き出し、私はハンカチを取り出し手渡した。
「去年だ……ぐずっ……母ちゃんが毒霧のせいで死んじまった……」
「まぁ……」
「後一年、後一年アメリアが早くこっちに来ていたら……母ちゃんは死なずに済んだかも知れねぇ……。畜生……俺はな! 悲しくもあるが嬉しくもあるんだ! アメリア!」
「はい!」
「アンタがこの街にいてくれる限り、エルメンテスは毒霧からきっと解放される。俺も香炉師として頑張る! 一緒にやろうぜ! 時間はかかるが、街全体に香炉を作ってやる!」
「――無論ですわ! 共に頑張りましょう!」
こうしてダンガルさんと強く握手を交わし、涙をそのままに笑顔を見せてくださったこの方の期待にも答えなくてはと、再度煙の上がる香炉塔を見上げる。
気持ちを落ち着かせ、リラックスさせる効果もある調香を行ったこともあり、中心部はホッとする優しい香りに包まれている。
「この香りは母と過ごした街の記憶とも似ている。だから、街を……守るのよ。私達の手で。それが出来る今、立ち止まってはいられないわ」
「そうかい……なら、俺も嬢ちゃんの手伝い、心して掛かろうじゃねーか」
「僭越ながら、私も。出来ることがあれば教えてほしい」
「そのときは、ぜひお願い致しますわ」
浄香を街の中心で焚くと、街に久しぶりの安堵の空気が流れる。
朝、仕事に行く人々も、香りに気付いたようで顔がパッと華やぐ。
その顔を見られただけでも大満足だわ。
「今後、香炉塔へ入れる調香はアメリア嬢に依頼して作って貰うことになるがいいかい? 毎朝必ずお香を受け取り代金を支払い、香炉塔で焚く約束をしよう」
「そうしてくださると助かりますわ」
「俺も、街全体の香炉塔に入れる香炉を急ぎ、そして思いを込めて作らせてもらいます」
「ああ、ダンガル。君にも期待している」
――こうして、街の中心部だけとはいえ、浄化が叶い、ようやく一安心ね。
定期的な収入源も得られて、経済的にも少し肩の荷が下りたわ。
そんな私に、エドワード様がふっと笑って言った。
「これから、ちょくちょく会いに来るよ」
「そんなに調香にご興味が?」
「ふふ、まあね。香りに理解のある人に、悪い人はいないでだろう?」
「そうですわね。お待ちしてますわ」
「では、帰ろうか」
「はい!」
「ワシはもう少し香炉塔を見て帰るよ。嬢ちゃん、ハンカチありがとな」
「どういたしまして」
その後、私はエドワード様と共に馬車に乗り、お店に戻った。
彼にお礼を言って見送り、私はタウンハウスへと戻っていく。
まずは第一歩。
次の一歩のためにも――元気に店を開けましょう!
「カランカラン」とドアベルが鳴る。
今日のお客様が来られたようだわ。
「いらっしゃいませ。どのようなお悩みかしら?」




