プロローグ
2人分の朝食が置かれた長卓に、美しく生けられた花が一輪。
その中央に、気品のある、これまた美しい姉弟が向かい合って座っていた。
「姉様は、昨夜はよく眠れましたか?」
こちらの可愛らしい少年……ヴィル=ディニダスは、確かな貴族の血を持って生まれた嫡子である。
「ええ、お陰様で。心地良く眠れたわ」
こちらの美しい少女はエネガンティア=ディニダス。当主の愛人の子という立場ながらも、次期後継者では?と囁かれるところまで上り詰めた実力者である。
「今日のパンは香りが良いですね」
「そうね。焼き加減もちょうど良い」
そんな会話をする2人を見て、パンを運んできたメイドは微笑んだ。
「(相変わらず、上品で仲の良いご姉弟)」
………その評価が、この2人の演技力の賜物だと理解してるのは本人達だけだった。
「姉様は、こうした食事にもすっかり慣れましたね」
「ええ、慣れる努力は得意なの。生まれつきではなくとも、身につくものは多いから」
その言葉にヴィルの眉がぴくりと動いた。
が、すぐに彼は平常心を取り戻す。
「流石、努力家でいらっしゃる」
「ありがとう。貴方は努力しなくとも評価されるものね」
言葉は丁寧で、声も穏やか。
だが2人の間には僅かな火花が散っていた。
その火花に気づく者はいない。
彼らに興味が無いのか、将又彼らを信用し切っているのか。
互いに本音を人前で口にすることはない。
父の前でも、使用人の前でも、争いは許されないと知っているからだ。
笑顔を崩さず、礼儀を守り、理想の姉弟を演じ続ける。それが、この世界で生き残るための最善の選択だと、二人とも理解している。
「姉様はこれからどうされるのですか?」
「仕事の続きを。後継者としての期待が募ってるようで嬉しい限りね」
この言葉には、「愛人の子である自分の方が期待されている」という意味を含んでいる。
「それは御立派ですね。僕も正統な嫡子として、人脈を広げなければ」
この言葉には、「人脈づくりはちゃんとした血筋の自分にしか出来ない」という意味を含んでいる。
「(……一発ぶん殴ってやろうか)」
そんな物騒な思いを互いに抱えたまま、この貴族は今日も静かに争っている。




