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第九話

 モルガル・ホーンは攻撃を休めるつもりなどなかった。さらに木の皮や石を握り、その集団に向かって投げつける。アマサカは片足を後ろに引き、左手で鞘を支える。右手を柄に乗せた。無数の残骸がその背後に散らばっていく。レオの目にはアマサカが動いていないようにしか見えなかった。


 レオの目では見えない抜刀がその残骸のすべてを斬り伏せていた。軌道を変えられた石や木の残骸が地面をえぐる。レオはおそるおそる、背後を見る。後方にあった頑丈なはずの大木がえぐれている。それほどの攻撃をアマサカがすべて防いでいた。


「つえぇ……」


 本当の強さを体現したような男が、レオの目には映っていた。万年Fランクという殻を被った男の強さの片鱗を見せつけられていた。同時に、安堵がレオに押し寄せる。その瞬間、ガナード達の安否が気になり、状態を調べたくなった。けれども動くなと言われたことを思い出し、レオは歯を食いしばり動きたいという衝動を我慢した。


 艷やかな声がアマサカの耳を通っていく。


「そのままレドフィアラを守っていなさいアマサカ」



 ――両手に青色の魔力を纏うセラ。アマサカは遅いと文句を言った。セラはムッとしながら、起動時間のかかる魔法術式だと言い訳をした。モルガル・ホーンはうまくいかないことに腹を立て、地面を片足で何度も強く叩く。まるで子供が駄々をこねるかのように。そしてそれは地鳴りとなって周囲を振動させた。セラはなんの弊害もないというように歩き続ける。



 モルガル・ホーンと睨み合うセラ。両手の魔力が強く揺らめく。それを合図にモルガル・ホーンはさらに激しく暴れ、咆哮を浴びせながらセラに向かって殴りかかる。セラは一歩横にずれるという最小限の動きでそれを避ける。モルガル・ホーンの拳による風圧がセラの髪を激しくなびかせた。避けると同時にセラはモルガル・ホーンの拳に手のひらで触れていた。




 触れた箇所に自動的に魔法陣が描かれる。それが完成すると同時に爆音を響かせる。刻まれた魔法陣から拳に向かって強い衝撃が発生する。それはモルガル・ホーンをいとも簡単に本体ごと吹き飛ばす。モルガル・ホーンは大木に衝突し、態勢を崩した。その痛みに嘆くような咆哮。


 感情をぶつけるが如く、腕を振り上げセラへと叩きつける。セラは後方へと跳躍した。モルガル・ホーンの拳は再び地面を捉えることとなった。避けると同時に、セラは空振りしたモルガル・ホーンの腕に飛び乗る。両手で触れることでより、巨大な魔法陣が描かれていく。セラは衝撃から身を守る為に、その場から退避する。


 頭を軽く横に振り、髪をやさしく整えながら言った。


「それ、結構痛いわよ」



 その衝撃音はモルガル・ホーンに耳鳴りを与え、視界を一瞬白くするほどの威力。腕から地面に向かって衝撃が発生し、モルガル・ホーンは地面に叩きつけられる。背骨をへし折られながら、モルガル・ホーンの意識が朦朧とする。すぐさま態勢を整えようとすると、モルガル・ホーンはよろけた。モルガル・ホーンはなくなった左腕を探すかのように右手で空を切る。



 先程の衝撃で腕が消し飛んだのだ。モルガル・ホーンは悲しむでもなく、口角を不気味に上げた。



 モルガル・ホーンは角の先に魔力を貯めはじめた。戦いながら自分の戦い方を学び、魔物としての成長を始めていた。進化への戸惑いも薄れていき、子供のような反応も消え始めていた。


 モルガル・ホーンから射出された一直線上に飛び出す魔力がセラを狙う。地面をえぐるように魔力光線はその速度を上げていく。セラは指先を空中へと当てる。そして下から上へと線を描くように動かした。その範囲に魔法陣が出現する。魔法陣は回転を始め、継続的な衝撃をモルガル・ホーンの魔力光線に向かって放出。魔力光線は放射線上に散り散りとなって消えていく。



 長時間の魔力出力を終えると、モルガル・ホーンは楽しそうに笑った。もっと戦いを楽しみたいと。もっといろんなことを試したいという欲望が湧き上がっていた。そんなモルガル・ホーンに対し、セラは静かに呟いた。



「とても楽しそうね」



 モルガル・ホーンは攻撃に夢中で気づいていなかった。空中に残された魔法陣の後ろにセラはいない。セラはずっとモルガル・ホーンの腹部に触れていた。腹部全体を覆うような魔法陣が形成されていた。モルガル・ホーンは自分の最後に気づく。もっと、もっと戦いたい。そんなモルガル・ホーンの本能も欲望もセラには関係がない。これは戯れではないからだ。


 モルガル・ホーンは腹部に書き上げられた魔法陣をこすって消そうとする。肉をえぐろうとも、その魔法陣が消えることはなかった。モルガル・ホーンが喚くと同時に、その魔法陣は発動する。




 ――何も聞こえなかった。衝撃音が一時的にレオ達の聴覚を失わせていたからだ。視覚から得られたのは、モルガル・ホーンの腹部に大きな穴が空いたこと。同時にそのまま吹き飛び、大木を何本もなぎ倒し、最終的に大木に埋まるように止まったこと。



 レオは呆気にとられた。これがAランク冒険者。圧倒的な強さ。自分の未熟さが笑えてくるほどだ。自分自身はモルガル・ホーンにくしゃみをさせるのが関の山。笑ってしまう。強く、強くとそう思っていたのに。才能が違いすぎる。



 戦いは終わった。ガナードがそれに気づくと力が抜け、レオでは支えられなくなり地面に滑り落ちる。


「ガナード!」



 名前を呼んだレオは想定していなかった息苦しさを感じた。アマサカに首根っこを掴まれたのだ。無理やりパーティーの惨状を見せられた。戦いが終わったとも気づかずに回復フィールドを出し続けるアイラ。血反吐を吐き、起き上がることもできないフィアン。骨がズタボロになり意識を失ったガナード。


 過呼吸になり、視界が暗くなっていく。見たくない。見たくないがアマサカに首根っこを掴まれ身動きがとれない。アマサカは静かに言った。だが確実に怒りを込めて。



「お前が招いた惨状だ。分かるか。お前一人の未熟さのせいだ。そこに至るまでに原因があることは知っている。だがそれを乗り越えられずに振り回された現状がこれだ。お前はずっと自分のことしか見えていない。なぜこいつらがこんなことになっているか分かるか。お前を助けようとしたからだ」



「あぁ……俺の、俺のせいで。俺なんかのために。こんな、俺は」



「いいか。自分以外が死んで、ただ一人生き残ったときの絶望感と空虚感はこれの比ではない。仲間を履き違えるな。こいつらはお前の手足なんかじゃない。そして戦いは命の奪い合いだ。肝に銘じておけ」



 その後、解放されたレオは泣きながら謝った。必死に謝り、ポーションをかき集め、治療をしようとする。失いたくないという一心だった。アマサカとセラはレオに追いつくために置いてきた荷物を回収。すぐさま高純度のポーションを使った。それでも一命を取り留める程度だった。全員の意識は戻らない。安全になったことを馬車と業者に伝え、すぐさま呼び寄せる。


 レオの故郷に向かう余裕はなく、すぐさま近くの大きい都市へ向かう。大きな病院でガナード達の治療は無事終わり、彼らはベッドに寝かされる。レオは一睡もせず、彼らのベッドのそばで目を覚ますのを待っていた。



 アマサカとセラはレオの近くに食事を置いた。その後、街のギルドへと足を運び今回の戦闘や禁止区域の問題の解決を伝えた。二人はそのまま近くのカフェで一休みをした。



「ねぇアマサカくん。本当は私もこっぴどく叱るつもりだったの。でもあなたが先に言っちゃったから私の仕事なくなっちゃった。何がいけなかったんだろ。何を間違えたのかしら。正常じゃないと置いていくべきだった? それともご両親と話し合わせるべきだった? 手足を縛ってでも管理するべきだった? ねぇ、どうしたらよかったの?」


「俺にも責任はある。だからお前一人の責任ではない」


 アマサカはさらにこうつけたした。起こった出来事はもう変わらない。それが過去だと。セラはアマサカくんらしいと微笑んだ。


「それでも反省はしなければならないわ」


「今は全員生きている。それだけでいい。


 人をコントロールするなんて言うのは不可能だ。置いていけば勝手に進むかもしれない。話し合わせれば感情的になって関係が悪化したかもしれない。手足を縛れば逃げ遅れたかもしれない。そんなもしもを反省しても次には繋がらない」


「でも……」


「そういうものだ。人は不完全であるし、過ちを犯す。できないことをしようとするのは無駄だ」


「そんな簡単に割り切れるわけないじゃない」



 アマサカは冷めたコーヒーを無理やり口に入れた。当たり前だとつぶやきながら。






 ――数日後、ガナード達が目を覚ます。レオは泣きながら謝る。そしてすぐさま倒れるように眠った。本当に一睡もしなかったのだ。食事もほとんど手についていなかった。フィアンは叱る気だったが、その気は失せた。その必要はないと感じたのだ。それにまだ体が痛む。もう少し休みたかった。



 後日、宿に全員揃うとレオはずっと土下座をしていた。これ以外にできることがなかったからだ。セラは困惑し、助けを求める。フィアンは仕方ないなぁとため息をついて叱ろうとしたのだが先にアイラが大きな声を出した。



「レオさんはバカです!! 本当に……みんな死んじゃうかと思ったんですよ? 何考えてるんですか! バカです! 本当にバカです! みんな、生きてて良かった……」



 ぽろ、ぽろぽろっとアイラは涙を流す。レオは悔しそうにごめん、ごめんと謝った。



「レオさん。もう、自分の命を蔑ろにしないでください。私たちはパーティーなんですから」


 こくっ、こくっと頷くレオ。


 フィアンは、ほらっと言いながらレオを立たせる。謝るのはもう終わり、もう充分だからと。そしてこの騒動は落ち着きを見せ、彼らは王都へと戻ってきた。依頼の達成を完了し、多額の報酬を受取る。とはいえ功績のほとんどはセラの為、レオ達は一部の報酬だけを受け取った。それでも余りある報酬だった。レオは受付嬢にコセットは亡くなってしまったと伝える。集めたギルドカードなど身元が分かるものを渡した。受付嬢は悲しそうに、そうですかと言葉を漏らした。



 大きな戦いのあとで、少し長い休暇を取ることにしたレドフィアラのメンバー。レオは稽古をしながらセラという強さの指標にどうしたらたどり着けるかと考えていた。元の才能が違うのはわかりきっている。元々は貴族の出身。戦いも優秀な講師に学んでいたはずだ。それ以上に貴族の血というのは優秀な才能を受け継いでいる。


 それでもレオは考えた。強くなる。けれどその意味は両親からのレッテルを覆すためではない。みんなを守るために。少しずつでも前に進むために。



 その頃、セラとアマサカはギルド長の部屋へと呼び出されていた。二人は高価なソファに並んで座る。数分後、ギルド長のダミアが部屋へと入ってくる。


「待たせてすまない。ギルド長のダミアだ。といっても二人とも知っているだろうね。セラはAランクへの昇級のときに、アマサカは」


「話はなんだ」


 話を遮るようにアマサカは言った。ダミアは相変わらずだとうれしそうに笑う。



「なに、ただ称賛したかっただけだよ。長い事禁止区域になっていた原因を排除してくれた。私も足を運びたかったがどうしても優先順位がね。多くの被害が出ていたことは知っているのだが」


 陰りの見える表情。思うところが多いのだろう。セラはギルド長が忙しいことはよく知っていますと言った。


「はははっ。気を使わせてしまったね。ありがとうセラ。本来であれば私の仕事だった。まさか進化していたとはね。最近は魔物の進化も増え、動きも活発になってきている。全く、私が生まれたときにはすでに魔王なんていない時代だったというのに、厄介なものだ」



 ダミアは息を吐きながらソファに深く座り込む。


「最近は魔物だけではなく人による被害も懸念している。多くの人が攫われるという事件が増えていてな。犯罪組織による治安の悪化もある。王都ではその数はまだ少ないが周辺国では大問題となっている。あぁ、頭が痛い……」


 ちらっとアマサカを見るダミア。


「あー、どこかの誰かが活発的に動いてくれたらなぁー」


「こっちを見るなダミア。俺はただのFランクだ」


「その冗談が私に通じると思うかい?」



 アマサカは席を立つ。大事な話もないようだと判断したからだ。扉を開ける直前、ダミアはアマサカに言った。


「私は期待しているよ。君に義務がないのは分かっている。君が関わらないようにしていることも。けれどこの世界にいるのであればどんなことをしてもそれは……自然の一部だと私は思うけどね」


「くだらん」


 セラは取り残される。楽しそうに微笑むダミアに問いかけた。


「あの、話は本当にそれだけなのかしら?」


「そうだよ? 少し……旧友と話したかった。それと君にお礼を言いたかったのさ。あの魔物は個体名をモルガル・ホーンと名付けられたということも伝えようと思ってね。それから……Sランク冒険者になるつもりはないかね?」


「……私は、まだ未熟ですので」


「申し分ないと思うけれどねー。ま、君がそういうのなら仕方ない。いつでも申請を待っているよ。それから彼らとパーティーを組むのかい? 強さにはだいぶ差があるけど」


 セラは名残惜しそうにしながら言った。


「資格がありません……それに、私はこの方が性に合っていますので」



「そうか……あ、そうだ。君は以前助けられたと言っていたね。たしか六年前だったか」


「はい。それで冒険者を目指しましたので。ギルド長がなぜ冒険者になったのかを以前聞かれましたから」


「うんうん。ちなみにアマサカがこのギルドに滞在し始めたのも六年前だったなぁ。それまでは国を転々としていたようだよ」


「? は、はぁ……そうですか。それでは私はこれで」



 セラが席を立つ。ギルド長はまたねと手を振った。一人で笑うギルド長。これくらいのいじわるはいいだろうと一人で楽しんでいた。



 セラは酒場に向かい、一人で甘いお酒を注文する。今後どうするかを考えながらふとギルド長の言葉を思い出した。


「私が冒険者になった時期と、アマサカくんがギルドに滞在し始めた時期が一緒……ん? なぜアマサカくんは突然ギルドに残り、この王都に定住したのかしら。なにか、残る理由が……私を助けたのがアマサカくんだったとして、冒険者になった私を見守るために……とか。あははっ、いやいやいや」


 一瞬でジョッキのお酒が空になる。この頬のほてりはお酒せいだ。そう自分に言い訳した。

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