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第七話

 ドアが開くと一人の女性が立っていた。彼女はレオを見るなり、うれしそうにギュッと抱きつく。

「レオ!! どこに行っていたの? 心配したのよ」


「……ただいま。母さん」



 感動的な再会にそれぞれ思うところがある一方、やはりレオは浮かない顔をしている。レオの母親は離れると他のメンバーにどうぞ家に上がってくださいと言った。


「みなさんお疲れでしょう。さっ、どうぞ。二階の部屋はどこも空いていますから自由に使ってください」



 主な荷物は一階に置いたまま、二階の部屋へと向かう。それぞれ部屋を確認すると、レオの母親は買い物に行くと言って外出。レオは懐かしい自分の部屋に入ると、思い出が蘇る。レオの思い出に浸る姿と、母親の反応を見てフィアンはより不思議に感じた。仲が悪いようにも見えなかったからだ。レオが部屋を出たタイミングでガナードに質問をする。


「ねぇガナード。レオって何か、抱えてるの?」


「わしの口からは詳しく言えん。じゃが家族としての形であればさして問題があるわけではない。ある一点を除いてな」


「ある一点?」


「子というのは親の言う通りに生きてくれるようなものではないということだ。親の親切心が子供にとって毒となることもある。そんなすれ違いがあるのじゃよ」



 ガナードは静かにベッドに座る。


「わしもこの場所を見るのは初めてじゃ。話に聞くだけだったからの。わしは見ての通り亜人じゃ。ドワーフの国に住んでおった。そこへ一人の少年が迷い込んだ。それがレオじゃ。まだ若さが残るが元気にあふれていた。だがドワーフの国とはいえ亜人の国。その存在は浮いていた。わしはレオに声をかけ、自宅へと連れ帰った。家族もいなかったわしは、どうしたらいいのかよく分からない。できることをしようと、食事を振る舞った。第一声はまずいじゃったな」


 フィアンは目を細めてあいつらしいと呟いた。


「わしは食事にあまりこだわりはなかった。そこで幼馴染のドワーフの女性に頼み、食事を作ってもらった。レオはがっつくようにそれを食べたのじゃ。わしも幼馴染もそれを我が子のように感じた。子供ができればこんな感じなのだろうかと思ったのを覚えている。レオがドワーフの国に馴染み始めた頃、レオは廃棄される予定の剣をどこからか拾ってきて、それを振っていた。わしは聞いた。なぜ剣を振るのか。レオはこう答えた。


 ――強くなりたいと」



 自身の盾を取り出し、ガナードはそれを撫でた。


「長い事、そばでレオを見て旅立つと言ったとき、不安になった。冒険者になるのだと。不安になったのは幼馴染も一緒じゃった。旅立ちの前日、わしと幼馴染は二人でお茶をすすった。わしが何も言わずとも彼女は気づいていたようだ。結婚を約束していたが……それは遠い先の未来でもよいと彼女は言ってくれた。戦えない私の代わりにレオが一人前になるまで守ってあげてほしい。あの子も家族だからと」


 やさしく微笑むと話しすぎたとガナードは盾をそばに置いた。レオの元へと向かうためにその場をあとにする。どこか温かい気持ちで一同は、静かなまま余韻に浸った。



 セラは少しさみしそうに言った。


「そうね。私も……親の言う通りには生きれなかったもの。そういうものなのかもしれないわ」


 フィアンは両膝を抱えながらぼそっと呟いた。本当に、もったいないねと。


 ――空が夕焼けへと形を変える頃、レオはある大きな木が生えた丘で村を見下ろしていた。ただ眺めるだけ。帰りたくないと思いふけるだけ。そんな時だった。



 スパンッ!! と鋭く頭を叩かれる。すぐに誰だか理解した。


「いてぇ! 何すんだシャーリー!!」


「なにすんだ? 帰ってきたなら言いなさいよバカ」


 レオの幼馴染である女性――シャーリーだった。毛先でまとめた長い髪を支えながらレオの隣に座る。


「なんで黙って行ったの。何年も帰ってこないでさ」


「知ってるだろ。俺が、冒険者になりたかったこと」



 知ってるわよと呟くシャーリー。いつまでいるのと彼女は聞いた。レオは明日の朝には出ると答えた。その答えを聞いた瞬間、シャーリーはショックを受ける。けれどすぐにその顔はしまいこむ。代わりに寂しそうに言った。


「はやすぎよ、ばかっ。何年も会ってなかったのに。どうしてそこまで魔物と戦うことにこだわるの? あんたのパパとママが元冒険者だから?」


「それも、関係あるのかもな」


「他に何があるっていうのよ」



「俺が弱いからだよ」



「いつになったら強くなるの? ねぇ、教えてよ」



 夕焼け空がまた色を変えようとしていた。レオは答えることなく丘を降りていった。足が止まる。シャーリーが後ろから抱きついて止めたからだ。


「……行かないで。さみしいから」-


 ここがレオの帰る場所であってほしい。そんなシャーリーの願うような言葉もレオが足を止める理由にはならなかった。



 けれどそれは、確かにレオの中になにかを残した。



 ――その日の夕食。大きなテーブルを囲む。レオの父も農作業を終え、一緒のテーブルにつく。各々の冒険の話を聞きながら自分の冒険の話をする。ここまでは順調な時間だった。けれど、レオの父と母が失言をしてしまう。


 レオは弱い、冒険者には向いていない。その瞬間、レオは席を立ち上がる。ご馳走さまと呟くと二階へと上がってしまった。


 空気が悪くなる。レオの両親は口をすべらせたと後悔する。母親は言った。


「ごめんなさい。子供の頃からずっとそう言ってきたからつい……」


 セラはどういうことなのかと聞いた。母親は気まずそうにしながらこうなった原因を話した。


「息子を、守りたかったのよ。私たちも冒険者として戦って、魔物の恐ろしさはよく分かっています。ですから、かわいい息子には危険な目にあってほしくなかった。この平和な村で静かに暮らすことの幸福を続けてほしい。そう思っていたのです。だから物心を付く前から魔物が危険であり、人間は弱い。それを伝えるために」


 アマサカは鋭い声で言った。


「それで口癖のように自分の子供に弱者だとレッテルを張り続けたのか。お前達の自己都合で洗脳するように教育しようとした。だが結果は逆になった。そういうことだな」


 フィアンはアマサカを叱るように読んだ。


「アマサカッ! そんな言い方」


「簡単に口が滑るほどレオを軽視している。レオがどういう思いで幼少期を過ごし大人となるまえにこの村を出たのか。それを理解していない。かわいい子供はお前達親の人形ではない。ペットでもない。自由に生きることを許された生き物だ。俺は親としてのお前達を軽蔑する。その愛は一方通行だ」


 その言葉が両親の心に突き刺さる。レオが飛び出してから、自分たちが間違いだとは気づいていた。それでも後回しにして後悔するだけだった。それでは足りなかった。フィアンは怒ってアマサカを外に連れ出す。


「アマサカ。気持ちは分かるわ。でもね。言い方ってもんがあるでしょ? 不必要に人を攻撃する必要なんてないじゃない」


「俺は不器用なんでな。多少感情が乗った」


 フィアンはきょとんとする。


「へー。あんたでも感情が乗ることあるんだ。ま、それはそれ。これはこれ。いい? どこまで行っても私たちは部外者なの。レオの家族じゃない。他人の家庭に口を出すっていうのは難しいのよ。レオの両親も……悪気があったわけじゃないから。もちろんあんたの言いたいことも分かる。怒りたくなるよね」


 とにかく今後は気をつけてねと忠告する。アマサカは食卓へ戻るとレオの両親に対し、言い過ぎたと謝罪をする。レオの両親は首を横に振る。代わりにありがとうと伝えた。



 ――次の日の朝。レオは両親と遭遇しないように、いの一番で馬車に乗り込んでいた。目を覚ましたレオの両親は子供の姿がないことに気が付き、寂しそうにしながらセラ達に言った。


「どうか、あの子をよろしくおねがいします」


 複雑な気持ちで馬車へと向かう。会わせるべきだ。そう考えたがレオはそうしたがらないだろう。もっと時間が必要だと考えた。 

 


 アマサカ達が馬車に到着する十分前、馬車の中に一人の女性が乗り込む。シャーリーだ。シャーリーの登場にレオは驚く。何しに来たんだよと強く言った次の瞬間、唇が塞がれた。シャーリーはゆっくりと自分の唇を離す。


「いつまでも待ってるから。強くなって帰ってきてね。気づいてるでしょ、私の気持ち……一人で死ぬのは私、嫌だから」


 絶対だから、約束だからねと言い残し、名残惜しそうに馬車から姿を消した。レオは状況を整理できないまま、自分の唇に触れる。さまざまな感情を整理するにはまだ……レオは若かった。アマサカ達が戻ってきてもレオはずっと上の空。もっと、もっと強くと心の中で反芻するだけだ。



 ――数日後、一行は馬車から残った荷物を外へと出す。馬車と業者に報酬を渡した。各々が荷物を持って禁止区域の線を見る。地面に線が描かれているのだ。魔力を使ったもの。特別な能力はなく、ただ敷地を囲っているに過ぎない。彼らはその中へと足を踏み入れようとしていた。気を引き締める。ここから先は死が隣り合わせとなるのだから。

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