第六話
「なぁ。もうだいぶ人間さらったよな。いつまで人さらい続けるんだ?」
荷馬車の前で馬を引く二人の会話が耳に入る。
「あともう少しらしいぞ。数ヶ月か数年かはわかんないけどさ」
「俺達は指示に従って集めているだけで相当な報酬をもらえるから別にいいけどよ。どこに売り飛ばしてんだろうな」
「さぁ? ただ噂だと人間じゃないやつに……」
会話が途中で途切れる。同時にゴトッという何かが地面を転がる音が聞こえる。転がる音は馬車の後ろへと遠ざかっていく。余計な話をした男が始末されたのだろう。荷台に乗り込んでいたリーダーは歩いて馬車の前へと向かう。
「俺は無駄話を許した覚えはない。お前以外にも馬を扱えるものはいる。気をつけるんだな」
そう言い残し戻って来る。全身黒いコートで身を包み、顔すら見えない。セラは情報を聞き出すために様々なことを問いかけたが返事が返ってくることはない。縄をほどこうとすればすぐさま人質の女性にナイフを向ける。全くスキがない。揺れが激しくなる。おそらく王都を抜けたのだろう。土の地面の上を進むせいで乗り心地が悪い。どこまで連れて行かれるか分からない。
――あぁ、詰みだ。
セラはそう思った。自分は死なないだろう。けれど、被害を一般人に出さないという目的は絶対に達成できない。あの時、私を助けてくれた人のようにはできないんだなと悔しくなった。それと同時に、あの人がいればまた……助けてくれるかなと。冒険者らしくもない他人への期待をした。でもそれだけあの人にあこがれていた。
馬が歩みを止める。リーダーが不機嫌そうに立ち上がる。彼は大声で馬車を動かせと怒鳴るがそれでも無反応だ。リーダーが振り向いた瞬間、荷台に被せられた布がなびく。誰も居ない。荷台の床には仲間の死骸が転がっている。音もなく、リーダー以外始末されていた。歯ぎしりをしながら荷台を降りると、目の前にいる男を睨んだ。和服のその男に言った。
「てめぇか。余計なことをしたのは」
アマサカは刀に軽く触れる。アマサカの背後で、縛られたままのセラが人さらいの目的を答えなさい。そう問いかけたが、敵のリーダーは当然答えるつもりなどない。
「俺達には重要な目的がある。だがお前らのような下等生物に教えるようなアホじゃねぇ」
フードを下ろすと隠されたリーダーの姿があらわになる。青色の肌、鋭い牙。人間でも亜人でもない――魔族だ。リーダーが魔法を放とうと手をかざした瞬間、カチンッ……という金属が当たる音がする。次の瞬間にはリーダーの腕が地面に切り落とされていた。リーダーは何が起きたか分からなかった。そしてアマサカを見てから表情を曇らせる。
「そうか、あぁそうか。お前が……アマサカだな。くたばれクソ野郎」
リーダーは静かに自分に向かって魔法を使い、跡形もなく自爆した。
セラはきょとんとしながら地面に座り続けていた。
「なんで……自爆なんて……」
そんなセラをよそに、アマサカは縛られた者達を解放する。
王都に戻り、セラとアマサカは二人きりとなる。セラが住んでいる部屋に着くまでアマサカは同行することにした。
「あ、アマサカくん……助かったわ」
「気にするな」
「その、今回のことは……忘れて。Aランク冒険者として恥ずかしい行動をしたし」
「何も考えずに事件現場に飛び降りたことか? 人を助けようと動いた人間を笑うつもりはない」
セラは恥ずかしさで顔が赤くなっていく。同時に褒められたことが少しうれしかった。
「そ、そう。それならいいの。ありがとう。でも、どうやってあんなに静かに荷台に乗り込めたの? 剣士であって盗賊では無いでしょ? サイレントスキルでも持ってるの?」
「技術だ。昔仲間に教えてもらったものでな」
アマサカは歩き方を変える。魔力は抑えられ、石畳を歩く音はセラ一人になる。その不思議な状況にセラは関心していた。すごい技術だと。興味深そうにその技術を観察していたが、セラはハッとした。
思い出したのだ。もっと言わなければならないことがあると。
「あっと、その、アマサカくん。さっきは、叩いてごめんなさい……」
「叩かれるようなことをしたのは俺だ」
あっけない返答に肩透かしを食らったセラは思わず笑った。
「ふふっ。本当にあなたって人のせいにしないのね。私は怒られる覚悟だったのよ?」
セラは気分が良くなり空を見上げる。月を眺めながら物思いにふける。もう一つ聞かなければならないことがある。昔、貴族の少女をたすけたことがあるか。
「ねぇ、アマサカ」
「ついたぞ。ここだろお前の家」
「えっ、あっ」
ついてしまった。けれどこのタイミングで聞かないといけない気がする。どうする。このまま立ち止まって話すか? いやいや立たせて無駄話なんて申し訳ない。じゃあ家にっ、あげられるわけないじゃない!! 男女で部屋に二人きりなんて、絶対に話すだけで終わらないわ! と自問自答を繰り返し、慌てふためくセラ。結局……
「あっ、ありがとう……おやすみなさい」
そしてセラは部屋に一人。風呂に入った後にベッドへと潜り込み、枕に向かって叫ぶ。変な想像をしたことや、自分の未熟さや、胸の高鳴りなど、いろんな感情がこもった声だった。
一方その頃。アマサカはギルドに戻り、一人飲み直していた。そこへいつもの受付嬢が正面に座る。
「よろしいですか?」
「あぁ、構わない」
受付嬢は結んでいた髪をおろし、度数の高いお酒を口に含んだ。お酒は喉の奥へと流れる。受付嬢が口を少し開け、ゆっくりと茎を吸うとお酒の風味が肺を満たした。
「知ってます? 私、お酒飲めるようになったんです」
「あぁ、知っている」
「あなたがここに来てからもう六年ですね」
「……そうだな」
アマサカはいつもより強いお酒を頼んだ。目の前の受付嬢を見ながら優しい声で言った。
「大きくなったな」
「はい。大きくなりました」
――彼女も。アマサカはそう心の中でつけたした。
――それから数日後、準備を整えた一行は王都東の門に集合していた。セラは貫禄を見せるように全員の前に立ち、意気込みを語る。
「これから向かうのは東に長く進んだ先にある危険区域。道中あなた達だけでは倒せない相手も出るでしょう。ですから胸にしっかりと留めておきなさい。あなた達の仕事は荷物を運ぶこと。調査をすること。決して戦って倒そうとしないこと。私にとってはそれが邪魔になる。自分たちの命を守ることを最優先にしなさい。最も取り戻せないものは失われた命。いいですね」
セラは用意していた馬車に荷物を乗せるよう指示する。
「馬車で運べるのは禁止区域の入口まで。そこから先は持ってもらうのだから覚悟しなさい」
馬車へと乗り込むと各自好きなことをし始める。ガナードは装備の手入れ。レオはわざと直立し体幹を鍛える。フィアンはアマサカに話しかけ、楽しそうに笑う。アイラは乗り物酔いがひどいタイプのようで何度も自分にヒールをかけていた。
チラッ、チラッとセラは何度もアマサカを見る。当然一緒に話しているフィアンはその不自然な視線に気づいていた。アマサカに近づき、耳元に手を当てながらこっそりと問いかけた。
「ねっ、セラとなにかあったの? めっちゃ見てない?」
「少し話しただけだ。言い合いにもなったしな」
「……そういう気まずいみたいな視線っていうよりあれは」
セラの火照った顔を見るとどこか歯がゆさを感じるフィアン。同時に……ズキッとした痛みを胸に感じ困惑もする。それらが解決することはないまま初日のキャンプを迎える。ガナードとレオはバケツを持って川へと水を汲み行く。ついでにレオは水浴びをした。ドロだらけだったからだ。
ガナードはやれやれと言いながらバケツを組むとレオが水浴びを終えるのを待っていた。
「レオ……お主はどうしていつも物事を考える前に行動するのだ」
「うるせっ。お前は俺の保護者かよ。それとも先生か?」
「似たようなものだ。かわいい子供みたいなもんじゃ。第一、お前から目が離せん。汚れた理由も恥ずかしいものじゃ。馬車の荷台に腕を組みながら直立。体幹のためだと言いなら、馬が速度を上げたときにそのままの姿勢で荷台から飛んでいったのだからな」
「あぁぁぁぁあ!! 言うな!!」
「目の前を直立したお主が腕を組みながら浮遊しているのを見たときは肝を冷やしたぞ。あのセラでさえ驚いていたからな」
レオは恥ずかしそうに川の中に顔を突っ込む。何も言い返せないからだ。
二人がキャンプ場に戻ると、まだ新鮮な市場で買った食材をセラとアイラが調理していた。塩漬けにされた鶏肉をさばく。木の樽にそれとハーブを入れる。セラはコンッと叩くと木の樽は薄い防御障壁をまとわせる。そのまま火の中に置かれる。アイラは野菜を切り豆を鍋に入れて煮る。近くに生えていた薬草を水洗いしそのまま投入。香りに品が出てとてもおいしそうだ。
調理が終わる。炭火で熱されたパンの中にはブロック状のチーズが散りばめられている。焼き上がった鳥は香ばしくカリカリの焼色。野菜と豆のシチューは空腹である彼らに一口目を誘っているような香りをさせていた。
レオがシチューを啜る。うめぇ! と言いながら二口目をすぐさま食べるとあまりの熱さに舌をやけどする。悶絶する隣でガナードはパンにかじりつく。溶け出したブロック状のチーズが口の中を満たす。穏やかな表情を見るに気に入ったらしい。
フィアンががぶっ! と鳥にかぶりつく。その瞬間、鳥の旨みが染み込んだ油が口の中に溢れ出す。柔らかくも歯ごたえのある肉を噛むたびにうまみが溢れてくる。油のしつこさをハーブが穏やかにしていた。
セラはアイラと一緒に食事をしながら言った。
「いいわね。こういうパーティーも。とても美味しそうに食べてくれるもの」
「はいっ。みなさんこうやって食べてくれるんです。気づけば料理が上手くなってました」
「そうよね。今までのパーティーってみんな食事は二の次って感じだったから。熟練しているもの。当然よ。そこのぶっきらぼうみたいに淡々と食べる感じ」
アイラが目を向けた先はアマサカだった。確かに表情は動かず淡々と食べている。
「でも、おいしいみたいですよ?」
「え? そんなこと分かるの?」
「はいっ。アマサカさん、いつもはもっとのんびり食べるんです。一口ひとくちの間に時間があったりするんですけど、今は夢中になっているという印象がしますっ」
「ふーん。そう」
セラはちょっとうれしくなる。うれしくなるという事実に自分で気づくと顔を横に振る。腑抜けるな。私はこの子たちの命を預かっている冒険者だ。気をしっかりと張れと。
――数日後、ある村に立ち寄る。そこは丘の多い草原と森が広がる場所だった。木造の家が大半を占め、とても平和な雰囲気が漂っていた。セラは馬車から降りるとひと目見ていい村ねと呟く。畜産中心ではあるものの小麦畑が広がっている。争いもなく穏やかに暮らしている。
だがここに一人、浮かない顔をしているものがいた。よりにもよってこの村に立ち寄るとは思っていなかったレオ。なかなか出てこないレオにフィアンは声を張り上げる。
「いつまでそうしてんの? さっさと出てきなよレオ!」
「レオ?」
そう聞くと一人の女性が歩み寄って、こう続けた。
「レオくん戻ってきたの? お顔を見せてごらん」
レオはしぶしぶ出てくる。
「お久しぶりです。おばさん」
「まぁーたくましくなって。ご両親に会いに来たの?」
「いえ、ギルドの依頼で旅の途中で寄っただけですから」
「魔物と戦っているの?」
レオは口ごもる。頭だけ下げると荷解きを始める。おばさんは気まずそうにしながらいつでもおいでと言い残すと踵を返した。フィアンはその様子を見て問いかける。
「ここ、あんたの故郷なの?」
「あぁ」
「訳あり?」
「……」
フィアンはそれ以上何も言わなかった。事情を知っているのはあたりを見回すとガナードくらいらしい。パーティーを組んだときもガナードとレオが最初にパーティーを組んでいたことを思い出す。フィアンは自分にできることはないなと結論づけて荷解きを手伝う。
ここは村。社会は狭く噂はまたたく間に広がる。レオの元へと多くの人が訪ねてくる。宿を取るつもりだったがみんな実家に行くもんだと決めつけてしまう。結果……彼らはレオの実家の前に経っていた。
レオはたった一日。それだけ我慢すればいいと自分に言い聞かせドアをノックした。ドアはゆっくりと開く。




