最終話
――それから一年の月日が過ぎた。ギルドから受けた依頼をこなした後、レオは故郷に戻ってきていた。馬車から降りると、あの平和の匂いが鼻をくすぐる。久しぶりの故郷。幼馴染シャーリーとのキス。そしてモルガル・ホーンとの戦いで自身の未熟さを思い知らされた過去を思い出す。
「うげぇ……思い出したくねぇ。恥ずかしい」
レオはその土地を歩いた。冬を越え、春を思い起こさせるような小さな命の芽がそこらに見えている。少しだけ暖かくなった空気がとても心地良い。久しぶりの村の仲間に挨拶をしていた。冬の野菜を収穫している近所のじいさんと世間話をする。そして……実家の扉の前に立つ。もう、強くなった。両親の呪いのような弱いという言葉なんて、もうどうでもいい。それを証明するための帰省でもある。
コンコンッと扉をノックする。すると、母親が出迎えた。いますぐにでも抱きつこうとしたが、母親はその足を止める。自身の言葉を後悔しているからだ。自分のしたことを考えれば、身勝手に抱きつこうなんて……虫がいい。
「ただいま、母さん。おれ……Sランクになったよ」
そう言って、軽くハグをした。母親は涙を流しながら謝った。ごめんなさい。縛り付けるための言葉じゃなかったと。それが言い訳じみていると母親本人も分かっている。それでも伝えたい。レオはそれを受け止めるという強さを持っていた。父親は奥で静かに言った。
「おかえりレオ。そしておめでとう。立派になったな」
その言葉を聞くと、レオは少し……喉がつまる感じがした。泣きそうになった顔を微笑みえと変える。
「ありがとう父さん。ただいま」
――レオは荷物を置くと……いつもの大木へと足を運んだ。シャーリーはそこで昼寝をしていた。いつもそこで待っていたんだろう。いつの日も、レオを待ち続けていた。レオはその隣に……静かに座った。やさしく手を握る。それから数十分後、シャーリーは目を覚ました。どうしてか、手が暖かく感じる。目を向けた先にレオが座っていた。
「レッ!! レレレオ!?」
レオは苦笑しながらただいまと笑った。
「お、おかえり……驚かさないでよ」
シャーリーはハッとすると顔を真っ赤にする。別れ際にキスしたことを思い出したのだ。あたふたと意味のない身振り手振りで自分の冷静さを取り戻そうとする。
「あっ、ああ、あ」
だめだ、うまく喋れない。幼馴染でいっぱい喋ってきたはずなのに。
「シャーリー」
「ひゃっ! ひゃい!!」
「……強くなったよ」
「うん……良かった。すごくうれしい。だって……あなたがここにいるから」
自然と漏れる安堵の声。レオは少し顔を背けながら、繋いでいた手をゆっくりと持ち上げる。すると……その薬指には指輪がはめられていた。
「ふぇ? これ……え? うそっ、じゃあ」
「い、嫌ならはずせよ! 嫌じゃないなら……その……俺と、結婚してくれ」
「へへっ、ばかっ……いやなわけ、ないじゃないっ」
うれしさで涙が溢れて止まらない。シャーリーはレオに抱きついた。その体を隅々まで密着させ、レオのすべてを感じようとした。
「だいすきっ!」
その素直な告白に、レオはやさしく抱き返した。俺もだよと。
――早朝。王都のある一軒家。アマサカは眠そうに体を起こした。カーテンからこぼれる朝日が眩しい。夜は閉まっていたそれは朝に開けられたものだろう。
「アーマーサーカッ」
ひょこっとエプロン姿のフィアンが顔を見せる。
「朝ごはんできてるよ。起きたの気配で分かったからさ」
「ん、あぁ。今行く」
アマサカはベッドから抜け出した。寝間着のまま、朝食の並べられたテーブルの椅子へと腰掛けた。いつものように豪華な朝ごはん。いつもフィアンが用意してくれるものだ。二人はいただきますと手を合わせ、それらに手を付ける。香ばしいパンに、ウィンナーとベーコンエッグ。簡単に和えられたサラダに特製のドレッシング。さらに薄切りにされたローストビーフからは燻製の匂いがする。
「おいしいねアマサカっ。あっ、帰省してるガナードから手紙来てたよ。二人とも籍入れたって。レオも幼馴染に求婚してたりして。あははっ」
「あぁ。相思相愛で仲睦まじいからな。そうなっていてもおかしくはない。あいつはもう、素直に自分の気持ちを言葉にできる」
ローストビーフを頬張りながら、フィアンはガナードの奥さんについて補足する。
「ガナードの奥さんは今でもあの亜人の奴隷達のとこに足運んで面倒見るの手伝ってるみたい。みんなげんきだってさ」
「そうか……心の傷が癒えてればいいんだが……みんな親に売られ、残虐な扱いを受けたものもいるからな」
「大丈夫だよきっと。スアリーってやさしい上に面倒見いいし。エイリーも見に行ってるんだから大丈夫だよ。あそこはあそこで自治体が認められてユニオンの土地の一部になったみたい」
フィアンは最近の出来事をそうやって口上で伝えていく。そしてご飯を食べ終わると体を伸ばした。
「んーっ。今日ものんびりな日だねアマサカ。今日はアイラも魔法教会の方に顔出してるみたいだし……二人きりだよ。ベッドでも行く?」
「朝から疲れるつもりか?」
「だってさぁ……こうして二人きりって一緒に住んでるのに珍しかったりするじゃん。そりゃ……結婚してるわけでもないし、その、まだ……独り占めってのは……踏ん切りつかないというか。みんながアマサカを求めてるってのもわかるし? でも……独り占めしたい気持ちもあるし。うまくいくかわかんないし……一緒に住もうって言ってくれたのうれしいけど。やっぱアイラも大事だし……セラさんだって……この前二人で星祭行ってたし……アフィスだって侍女として仕事に来るし……アマサカを襲うし」
ごにょごにょと早口になりながら、もじもじと人差し指の先同士をつつく。なにかとまだ、考えがまとまっていないフィアン。するとアマサカは言った。
「フィアン。お前が望むのなら俺はお前だけを見るぞ」
ぺたんっと耳が倒れるフィアン。
「ふぁ……ふぁかぁ……今そんなこと……うぅ」
受け入れい。すごく受け入れたい。けれど……今はもう少しだけ、みんなで……だって、アマサカを独り占めなんて贅沢。みんながアマサカにすがっているのを知ってるから。そしてもし自分が……すがれなくなったとしたら。心にぽっかりと穴が空いてしまうことを知っているから。でもすごく嬉しかった。心が浮足立って仕方ない。
「それ、私が一番ってこと? その、本当にもし、私が私だけを見てって言ったら……」
「お前だけを見る」
ボンッ! と爆発するような音を立てて顔を真赤にするフィアン。顔が緩みまくり笑みが勝手に溢れる。この事実を受け入れて、もう少しだけ……フィアンは独り占めを我慢する。そして……今までの多くのことを思い返した後、フィアンは微笑んだ。
「ねぇアマサカ……今、私すっごい幸せ。いろんなことがあって、何度も人生を諦めたけど……アマサカに出会えて良かった。生きてて……本当に良かった! ありがとっアマサカ!」
フィアンは身を乗り出す。そして……愛を伝えるキスをした。




