第五話
受付嬢は慌てて食事を途中で切り上げる。そしてすぐさま受付へと戻り、今後の方針をどうするかと同僚と相談しているようだ。けれど相手は冒険者。覚悟の上という判断となり特別な措置は取られないだろう。
それでも受付嬢は緊急性を高めることはできないかと動いていた。ギルドに所属する冒険者が減るということはそれだけ助けることができる人材が減るということになるからだ。それに彼女達も機械ではない。まるで家族のように冒険者達を見ているのだ。
一方、コケットの無茶に気づいたレオ達ではあったが、なにかできるわけでもない。レオは酒を飲みながら言った。
「はぁー……あのバカ。死んだな」
フィアンはそれに対してあんたも似たようなもんでしょー。と言うと、レオは反論した。
「さすがにそこまでの挑戦はしねーよ。例えるならギリギリ限界を超えたような相手を倒しに行くのが俺だ。少なくともそういう想定で行ってる。でも禁止区域レベルは……しかも正体不明だぞ。Sランク冒険者レベルだったら」
「まぁね。私もさすがにそのレベルなら止めるし行かない」
「……」
返事もせずに、レオは自分に浮かんできたある選択肢に飛びつこうとしていた。だがフィアンに見透かされ先手を打たれる。
「ねぇ、今行こうとか思わなかった? 危険すぎるって今、自分で言ったよね?」
フィアンのそのセリフにレオも、まぁそうだなと言ったが……積み重なった成功体験、人を救うという善の味を知ったレオ。まるで自分が勇者にでもなったかのような感覚。抑えたい。そう思っても前に進みたいという若さが出てきていた。自分たちの課題を乗り越えるために修行もした。だったら調査くらいなら。少しくらいなら。
その翌日。レオがギルドを彷徨っていると以前、コケットとレオの喧嘩を止めたAランク冒険者が依頼書を読んでいた。Aランク冒険者の女性が横を見るとくいるように見ているレオに気づく。
「私の顔になにかついているのかしら。用があるのならさっさと済ませてもらえる?」
「あっ、いや。それ……行くのかなってさ」
「禁止区域の調査、及び討伐? 行くわよ」
「……コケットってやつがいるんだけどさ、そいつ」
「知らないわ。どうでもいい。私はただ仕事をするだけ。能力があるのならそれを使うのが義務よ」
「ッ……」
レオは口ごもる。少し強くなったせいか、目の前のAランク冒険者との実力差を感じ尻込みしてしまう。
「探すのなら自分で探したら?」
「それはっ、できねえよ」
「どうして?」
「俺達はまだ……弱いからな」
弱い。この言葉を吐くことはレオにとって苦しい選択である。Aランク冒険者は言った。
「荷物持ちを探しているの。私はね。基本的に固定のパーティーを組まない。仕事によっていろんなパーティーにお邪魔する形を取っているの。それでも基本は戦うのは私ひとりで済むようにしている。つまり同行するパーティーメンバーは弱くてもいいのよ」
レオはハッとすると頭を下げた。
「頼む! 俺達レドフィアラのメンバーとアマサカを同行させてくれ!」
Aランク冒険者の戦いを目の前で見れるかもしれない、このモヤモヤや、はやる気持ちを消化できると考えると頭を下げてでもお願いする価値があると感じた。Aランク冒険者は考える素振りすらなく言った。
「いいわよ。今日の夜の食事。そこの酒場で仕事内容を話すわ。全員を集めなさい」
「ありがとう!」
「……あなたそんなに素直な子だったかしら? 頭でも殴られた?」
時間は流れ酒場にて。いつものように騒がしい酒場の一角。レドフィアラとアマサカ。そして例のAランク冒険者が座る。周囲の冒険者はなぜそのAランク冒険者がレドフィアラという例ランクと一緒にいるのか理解できなかったが、下手に関わると怒られるので大人しくしていた。
フィアンは呆れたように状況を察した。そしてレドフィアラは自己紹介を済ませる。どう戦うのか、どんな冒険者なのかなどなど。Aランク冒険者はそれを静かに聞いたあと、アマサカを見る。アマサカはその視線に気づくと、気を使った。
「俺のことは気にするな。戦力に数えなくていい」
「随分な態度を取るのね。あなたの事は知っているわ。随分と噂になるほどだもの。いつもそこにいて同じ物ばかり食べて、同じ物ばかり飲んで。つまらなくないの?」
「それは依頼に関係あるのか?」
「ある程度わからないと指揮に支障が出るでしょう。戦闘以外の情報も大事よ」
「つまらなくはない。以上だ」
「こういう態度をとられるのも久しぶりね。駆け出しだった頃はよくこういう扱いを受けたけれど。私はセラ。知っての通りAランク冒険者よ。職業は魔法使い。ただし基本は私ひとりで戦う。あなた達はサポートだけをする。いいわね?」
レドフィアラは頷く。アマサカは返事すらしない。セラは静かにため息をすると説明を始める。
「ここから東に一週間ほど歩くと禁止区域の入口にあたるわ。目撃情報から禁止区域はだんだんと広がりつつある。そのせいで発見も遅れている状態よ。食料なども潤沢にする必要があるわ。長丁場になるもの。
目撃情報としては魔物の正体は不明。おそらく新種か突然変異。四足歩行型のモンスターで全身から黒い魔力を垂れ流しているそうよ。そのせいで黒いと視認するしかないようね。数は二体で別個体のようだけど、どちらもその特徴は一致してる」
作戦会議は淡々と進められた。それが終わるとセラは以上と答え食事を続けましょうと言った。確かに会話をすることに夢中で一切手を付けていなかった。アマサカという例外を除いて。
フィアンは怖いもの知らずとでも言うようにセラに話しかける。
「ねー。なんで冒険者に? めっちゃきれいだし貴族に気に入られるとかもありえたんじゃないの?」
「えぇ。貴族の娘でもあったから。可能性はあったわ」
「は?! なんで冒険者なんかに?」
「貴族のあの空気が好きじゃないから。いつも張り詰めていて、家の名声、権力、お金、土地。よりよくよりよく。それを得るためだけに生きる。そのためならば自分たちの価値すらも商売道具にする。たとえ娘でも。そんな空気がきらいだったのよ」
セラは甘いお酒の入ったジョッキを口につける。そこまでお酒に強くはないのか頬が赤くなる。少し眠そうな目をしながら語らい続けた。
「冒険者になった理由を聞いたわね。とても単純よ。幼い頃の話よ。決められた結婚相手に会いに行く道中で山賊に襲われてね。まだ小さくて混乱していた私を冒険者のような人が助けてくれたの。彼は何ももらわず何も言わず。自分らしく生きている感じがした。私は王都につくなり結婚はしないと言った。身につけていたものをすべて売って装備を買って、それから冒険者として。という流れよ。そんな親不孝者のお話」
「貴族としては複雑な部分もあるから、私はうまく感想が伝えられないや……そういえばその冒険者とは会えてないの? 王都に向かう途中だったなら、会えてもおかしくないんじゃない?」
「随分昔のことだから。とても幼かったし、彼はすぐにどこかに行ってしまったから。別に会うために冒険者をしているわけじゃないから。でも会えたなら……助けてくれてありがとうと言いたいわ。命も、自身の価値としても」
ハッと酔ってしまったことに気づくとセラは少し顔を赤くした。
「ごめんなさい。話しすぎたわね。こんなこと普段は言わないのだけど」
「えへへっ。いいじゃん。かわいーっ」
セラはムッとして少し魔力を放出したが動揺しないことに気づいた。
「あら、Eランク冒険者にしては度胸があるのね」
「ん? あー……もっと怖い経験したからかも?」
ちらっとフィアンはアマサカを見る。アマサカが咳払いをするとフィアンはクスッと笑ってなんでもなーいと言った。セラは不思議そうにしながらあることに気づき、フィアンに言った。
「ねぇ。そこの魔法使いの子、眠っちゃっているけど」
「魔法使いの子? あぁアイラ? アイラは魔法使いじゃなくてヒーラーだよ。見た目は確かに魔法使いっぽいけどさっ」
「見た目? いやでも」
アマサカが視線を送る。なにも言うなと。状況を察したセラは酔いを覚ますためにもアマサカを外に呼び出す。夜風が二人を通っていく。石畳の地面を歩く音が静かな街にこだまする。
「ごめんなさいね。つきあわせて」
「構わない」
「早速本題に入るけど。あなた気づいているんでしょ? ならなぜ黙っているの?」
「彼らがパーティーだからだ。そして未熟だからだ」
セラは少しゆらゆらとしながらこれまでに与えられた情報を整理していく。未熟だから、パーティーだから。メンバーの情報をまとめていく。酔った頭でも整理できるのはやはり熟練の冒険者というところか。
「なるほどね。フィアンちゃんは後衛。前衛にいる二人はまだ未熟。まずはガナードくんについて。防御は優秀ではあるけどそれだけでは守りきれない。そして一番の問題はレオくん。彼はつっこみ気味で怪我が絶えない。二人をサポートするのであればヒーラーという選択が最適である。ということね。パーティー名からも新しいヒーラーを入れるというのは考えづらいもの」
「そういうことだ。アイラがヒーラーをやめた場合、ポーションしか回復手段がない。治療は間に合わないだろう。それに魔法を使いながらヒールを今までと同じ精度で行うのは難しいだろう。スタイルにもよるが」
セラはアマサカよりも一歩前に出る。
「でも彼女は――魔法使いよ。素質は変えられない。剣士がアサシンをやるようなもの。サブの戦い方をさせられているようなものよ。彼女の魔力量だからできることであって、おすすめはしないわ」
「あぁ。だから今はあのままでいい。いずれレオは適切な戦い方ができるようになる。ガナードはより強固に、広範囲を守れるようになるだろう。フィアンもいずれその矢の速度、及び手段は増える。そうなればヒーラーとしての役目は最小限となり本業である魔法を使うことができるはずだ」
足を止めるセラ。長い髪がふわっと揺れる。セラは自身が魔法使いであるからこその指摘をアマサカに伝える。
「魔法は一朝一夕でできるものじゃないわよ。ちゃんと練習して長い修行が必要になるわ」
「そこも考えてある。というより自然とアイラはたどり着くはずだ」
「そ。ちゃんと考えているのね。にしてもあなた……本当に実力を隠す気あるの?」
「なんのことだ」
「ぺらぺらといろいろ話しているけど、Fランクとしてはあまりに不相応よ。雰囲気を佇まいも。ギルドではネタにされているからそれで済んでいるけど。目の前にいるのはAランク冒険者よ?」
「だったらなんだ」
「ねぇ。アマサカくん」
セラはアマサカの胸を押し、壁に押し当てる。指先でアマサカの顎を撫でる。
「私ね。あなたみたいな人嫌いなの。実力があるにも関わらずその責任を果たそうとしない。どれだけの人が助けを求めているか知ってる? 私も救われた側だから分かるのよ。自分たちじゃどうしようもない。けれどそれをどうにかしてくれるのが冒険者なの。言いたいこと分かる? この世界に生まれ落ちたのなら責務としてその実力を使いなさいよ」
「だったらその言葉には従えないな。セラ――その責務というのは貴族時代からの名残か?」
乾いた音が鳴り響く。セラがアマサカの頬をビンタしたのだ。アマサカは避けなかった。セラは涙を流していたが自分では気が付かなかった。
「ごめんなさい」
そう言うとそのままセラは消えた。アマサカは一人取り残された。叩かれた頬を撫でる。
「言葉の選択を間違えたな俺は。いつもそうだ。人との関わり方が分からん」
セラは早歩きで歩道を進む。涙に気づきそれを拭く。叩いてしまった。図星だった。貴族であることが嫌だったと、そう語ったのに、貴族として叩き込まれた精神が残っていた。
責務を果たせ、なんて……自分の弱さが恥ずかしくなる。それを他人に押し付けるなんて。アマサカがそれに気づいて指摘したことは分かっている。やつあたりをしてしまった。どれだけ強く振る舞おうとも未熟という精神の弱さはまだ隠しきれないらしい。冒険者になってから六年も経っているのに。
「もぅ……どうやって謝ったらいいの?」
頭を抱えているときだった。悲鳴が聞こえる。セラは表情を切り替え、屋根に飛び乗る。悲鳴の位置から方角を割り出し屋根を飛び移っていく。最近、人さらいが増えている。犯罪組織が王都に潜んでいることは以前から問題になっていた。
セラが事件の中心地へと飛び降りた瞬間、状況を把握する。敵の数は五人。数人の夜職の女性が囚われている。人質が取られている状態では魔法が使えない。自身の攻撃範囲の広さが仇になっていた。
ギリッと歯を食いしばる。格闘だけで全員救えるか。だめだ間に合わない。その間に人質に被害が出るかもしれない。動揺していた。本来ならまずは状況を敵に悟られないようにしてから確認するべきだった。
「空から女が降ってきたぞ。なんだお前?」
黒いコートを着た男たちが剣を向ける。だが数人は相手が戦えると判断して人質の女性達の喉元に剣を当てた。一か八かはできない。一人も被害者を出してはならない。男たちはセラに対し、動かずにそのまま捕まるように指示した。セラは頷くしかなかった。
「分かった……」
男の一人が嘲笑う。
「なんだこのバカおんな。倒せもしねぇのにただただ飛び込んで被害者になるとか。脳みそ入ってんのか? まぁいい。おい。この女はきつく縛っておけ。主に捧げる素材としては上等なものだ」
その男の指示通り、他のメンバーはセラを厳重に拘束。三人の見張りをつけて馬車へと乗り込ませた。セラは荷馬車に一緒に乗り込んだ女性達の表情を見て歯がゆい気持ちになった。
「安心してね。絶対私が助けてあげますから」
そう言ったが女性達は諦めていた。当然だ。その言葉を吐くセラも縛られているのだから。自身の過ちを、動揺した自分の未熟さをセラは呪った。自分が助かることは簡単だが彼女達を助けることは難しい。あのリーダーとされる男。そこそこ強い。それがより事態を難しくしていた。
――セラは荷台に背中を預ける。あの時と似ていると。襲われて連れ去られそうになったあの時と。強くなったのに。




