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第四十九話

 ――焼け焦げた魔王の亡骸は口を大きく開けたまま崩れていく。それは終わりの合図ではない。禍々しい魔力はここら一体を包みこんだ。空も、大地も。ドラゴンを殺し尽くした帝王が、その異様な禍々しい魔力の発生地点を睨んだ。自身の残った仮想聖遺物を頭の中で整理する。万が一、自身が戦わねばならぬ時のために。


「なんという魔力。いや、もはや魔力というのも表現するには稚拙か。創世記の中に自身がいるかのようだ」



 ――形を持たぬ。空に幻影のように浮かぶ存在。神のように王都を見下ろし、形のない牙を見せながら笑う。


「終わりだ人間と亜人よ。我は王を超えた。少し教えてやろう。亜人王はその力をどのようにして手に入れたか。回帰したのだ。創世記の存在へと。だがその力は亜人にとどまった。なぜか。肉体を保持し続けていたからだ。そして原点がその程度だったにすぎん。所詮は獣。


 ――我は違う。亜人王の体にて回帰の手段を盗み取り、我は自身の回帰を模索した。我は祖である魔神への回帰を果たした。創世記の神の再来。終焉をもたらそう。我らが魔族の世界に人も亜人もいらぬ」




 スアリーの手が震える。過呼吸を起こし、瞳が揺れていた。アマサカは立ち上がって振り返った。そして抱き寄せる。


「落ち着け。俺がいる。お前の封印が王都を守っている」


 スアリーはぴくっと反応すると正気に戻る。慌てながらすみませんと杖を握り直した。スアリーがアマサカに封印を施した時はその神性に蓋をするという行為をしただけ。つまり覗き見たわけではなかった。目の端で囚えるような方法を使っていたスアリーに神の恐怖に対する耐性はない。アマサカはスアリーを優しくフォローする。



「無理もない。失念していた。神のいる世界で日常を送っていた俺とは違う。それを初めて見てしまえば、恐怖するのも当然だ」



 ガナード、レオもスアリーと同じ状況になっていた。フィアンが三人を瞬間移動させると、アマサカの一喝で正気に戻る。しかし、アイラとフィアンは問題なく魔神となった魔王から目を離してはいなかった。


 アイラはそもそも多少の記憶を取り戻している。過去、自身を作った神を目の当たりにしているという記憶。一方フィアンは一度、その神性を覗き込んだことがある。アマサカと一緒に酒を飲んだ日、アマサカに過去を聞いた時のことだ。アマサカという神と同等の力を持つ存在を目の当たりにしたことで、耐性がついていた。




 ――魔神の背後に先程の骸骨が出現する。しかし、顔だけではない。骨だけで形成された悪魔の彫像。あぐらをかきながら複数の腕で祈りを捧げる。世界に黒い布が覆いかぶさり、太陽は完全に遮断される。十二体の悪魔が出現し、王都を取り囲む。それぞれが違う形の祈りを捧げる。一つ一つ、異なった終焉をもたらす魔法の詠唱を始めていた。




 ガナードはさすがにこれは無理だぞとアマサカに言った。アマサカは自分たちだけを守ればいいと言った。今の魔王は王都を狙っており、衝撃だけに備えればいい。王都のことは俺とスアリーに任せろと。ガナードはそれを信頼して詠唱を開始。そしてアマサカはレオに数秒魔王の時間を稼げと言った。



 レオは亜人王の聖遺物を使い、木々と花でできた生命の檻を作る。魔王はその中にとらわれるが即座に侵食を開始。同時に骸骨による魔法が完了する。異なる十二の終焉の魔法。飢餓、病、天変地異など、それをもたらすそれらが王都を襲う。


 ――はずだった。その王都がその場所から視覚的に消えていた。アマサカの口から謳われたのは祝詞。長い月日、アマサカの村を隠していたオトハの祝詞だった。オトハの力はアマサカの中にある。オトハの言葉一つ一つをアマサカは覚えていた。オトハの力を借り、神である魔王から王都、そしてエイリーや帝王達を隠すという形で守った。




「……また貴様か。アマサカ」



 魔神となった魔王は、苛つくように宿敵を睨んだ。背後の骸骨が姿を消していく中で、いつも邪魔をするこの男を疎ましく思った。勇者ですらない人間が、英雄気取りのつもりかと蔑んだ。アマサカは静かに自分をこう表現した。


「まさか。俺はただの万年Fランクだ」



 嘲笑するように魔神となった魔王は生命の檻を突き破る。


「我は死なぬ! 神を殺せるものはもう、存在しないのだ!」



 顔だけを突き出し、生命を死へ導く滅びの咆哮を準備する。いくつもの魔法陣がその顔の先に何重にも張られる。それを放とうとした時、一瞬――瞳をフィアンに向けた。それは回帰したことで生まれた本能的な恐怖。


 ――かつて創世記の天使は死んだものを天へと導く役割をもっていた。それは神も例外ではない。原点へと回帰した魔王はその刻まれた恐怖に意識を向けてしまった。矢が、いくつも飛んでくる。なんの変哲もないただの矢。それが魔神の思考を鈍らせた。なぜいまさらこんなものを。それが魔法陣にふれると、魔法陣が消える。


 フィアンは触れた魔法陣を瞬間移動させるという離れ業を使ったのだ。



「きさまぁぁぁああ!」


 魔神は叫ぶ。所詮まがい物の天使が、自身の手段を奪ったことに憤慨した。そのフィアンはアマサカの手を握っていた。怖くないよと呟く。アマサカは静かに――両目を開けた。



 白眼の片目は神の侵食を表す。しかし、スアリーの協力、天逆の祝詞、フィアンの心の支えによってそれを完全に支配する。魔王は逃げようとした。アマサカの神性を見た瞬間、自分が不死身ではないと一瞬にして理解したから。


 アマサカの持つ神性は地獄の神。それを掌握し、全権限を奪った今――アマサカは魔神に死という概念を与えることができる。生命の檻から飛び出た魔神の頭を、召喚された龍が空から噛みつく。獅子はその咆哮をもって、魔神の布で覆われた世界を正常へと変換する。トラウマのせいでビクつくアマサカの手をフィアンは強く握る。私がいるよと存在を示すために。


 ――世界がひび割れる。


 この世界の死んだ神達がその空のひび割れから現れ、魔神を掴む。魔神は叫び、必死にもがいた。使える力を振り絞り、その場から逃げようと。長い月日を世界を掌握するために過ごしたというのに。



 ――アイスノヴァ。



 魔神の叫び声が行き場を失った。魔神の全身が氷に埋め尽くされる。死んだ神たちに凍った体を砕かれながら地獄の門へと引きずり込まれていく。カランカランッ……と西の城壁の上で大量の魔力瓶が転がった。アイラは魔力の大量摂取により、副作用でぺたんっと頭から地面に突っ伏した。空に現れたヒビはゆっくりと修復を始める。そして結界と封印魔法が解かれると通常の世界へと戻った。




 スアリーは強力な魔法の使用と同時に繊細な神性の制御により気絶。レオは聖遺物によって魔力を生み出したり流し込んだりしていたのだが魔力回路が疲弊しダウン。ガナードは終焉に匹敵する魔法からシールドと魔法を使って全力でみんなを守ったのでエネルギー切れで白目で立ったまま気絶。アイラはそのまま一歩も動けず。


 アマサカはその様子を見て、大声で笑った。今度はみんなを守ることができた。そして……いつもこうやって限界まで戦っているんだなと笑ってしまったのだ。今回は命に危険があるわけじゃない。ただの疲弊。その安心感がフィアンも笑顔にさせていた。



「あははっあはははっ。私たちいつも気絶したり大怪我したり。ギリギリすぎっ」



 ひとしきり笑った後、アマサカはフィアンを抱きしめた。守ることのできた大切なものを確かめるように。初めて……アマサカからキスをした。それが恥ずかしかったのか、アマサカは目を逸らしたままだ。フィアンは照れていたが、自分が優位に立っているとわかるとクスッと笑った。


「神殺しの英雄さん。キスひとつで目を逸らすの? ちゃんとこっち見てよアマサカ」



 フィアンはアマサカの頬に手を当て、キスをした。

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