第四十八話
西の城門。スアリーは王都を封印しつつ、アマサカの背中に触れていた。視界に移る一体の不気味な存在に気づいた。
「見えてきましたね。おそらくあれが……」
アマサカは薄めを開け、その異様な者を見る。黒い包帯に包まれた魔王の亡骸なのだろう。まるでミイラのように全身を巻かれている。頭部は獣のようでありながら鼻が短いように見える。耳は縦に長く、角は山羊のように生えている。黒い包帯に巻かれながら禍々しい魔力のせいで本体が霞む。城門に匹敵する背の高さ。ゆらゆらと宙に浮きながら近づいてくる様子は見るものの恐怖を仰ぐ。
包帯の隙間から見える赤色の悪魔のような目がジロリとアマサカを捉える。ガナードは盾を構える。そしてフィアンはアマサカの近くに待機しつつ、城門から様子を伺う。
魔王はくぐもった声で話しかけた。
「アマサカ――貴様を滅する」
魔王の近くに小さな魔力の玉が出現する。それが地面にぽちゃんっと落ちた次の瞬間、勢いを増しながら地面を履い始める。その速度によって地面がえぐれ、背後では砂埃と地面の破片が巻き上がる。ガナードはその魔力を盾でピシュンッと音を立てながら弾いた。それが弾かれると魔王は少し驚いた。弾かれた魔力の波は空へと軌道を変えていた。雲は切り裂かれ、夜とは違う黒い空が垣間見えた。
「ただの魔力の放出。なれど一度かすめれば人間など木っ端微塵のはずだが……ドワーフとて例外はないと思っていたが……貴様は随分と硬いようだ」
スルッスルスルッと包帯が落ちていく。上半身だけがあらわになった魔王。カチカチッと無意識にガナードの手が震えが装備に伝わって音を出した。生存本能が逃げ出せと忠告していた。それはフィアンやスアリーも同じなようだ。魔王は肩をぐるぐると回し、筋肉の具合を確かめる。黒曜石のような黒毛、全身に描かれた銀色の紋様を這うように黒い魔力が蠢く。
北、南、東。これらでの死者と戦いによる魔力の残滓。それらが魔王の器である亡骸へと注がれていたことによって、徐々に復活を果たしていた。それがベスターによる魔王復活の手段だった。魔王はその手を地面に向かって軽く払った。
――軌道にあった林は消滅。魔力の大きな風のような波をガナードは受け止める。それでもまるで石がただ風を受けただけのように耐えきった。しかし、スアリーが地面に強くしがみつきながら歯を食いしばる。ガナードのシールドは人は守っていても、王都を守っているわけではない。魔力の波が封印魔法に触れた影響ももろに受けていたスアリー。波が収まると、スアリーは魔王の魔力により恐怖の付与に対し、プルプルと震えながらもまた杖を持ち、アマサカの背中に触れる。
魔王は顎をさすりながら面白いと呟いた。そして次の一手を打とうとしたときだ。魔王は何かに気づき、突然守るように背後へと手のひらを向けた。その手を避けるように何かが魔王の側面をすり抜けていく。それは地面に着地しながら体を回転させ、砂埃を発生させる。
ピシュッと魔王の頬と腕に切れ込みが入る。黒い血が魔王に流れる。
「わりぃ。遅れた。つかエイリーが早すぎんだよ」
肩に剣を乗せながらレオはそう言った。魔王は斬られたことが不思議なようだ。どうみても勇者よりレベルの低い人間ごときに傷をつけられた。いまだ復活には程遠いとはいえ、甘く見るわけにはいかないという考えをする。
下半身に巻かれていた包帯もほどけていく。地を踏み鳴らし、感触を確かめる。瞬間移動。そう言って差し支えない。突然影に覆われたガナードとレオ。魔王はその巨大な足で二人を踏み潰そうとしていた。ガナードのシールドでそれ以上踏み込めないように防いだ。魔王の足がそれと触れた瞬間、地面に大量の風が流れ、風圧だけで吹き飛ばされそうになる。
「ほう……止めるか」
そして、攻撃を感じ取った魔王が空を見た。別の影が空から落ちてくるのを確認すると、魔王は上を見上げながら歯ぎしりを鳴らす。隕石が自分に向かって一つ落ちてきていた。聞くものの恐怖を煽るような唸り声を上げ、その隕石を魔力による数万の槍で破壊する。亜人王の持つその技に怒りが込み上げてくる魔王。
魔王を襲う攻撃はとどまることはなかった。地が姿を変え、草木が生い茂る。草木が形を変え魔王を覆っていく。魔王は視線を動かし、攻撃の主を探した。そして亜人王の爪の破片を持つレオを睨みつける。
「聖遺物となったか亜人王」
「げっ、まじかよ」
腐敗。魔王は自身の持つ魔力を一気に放出。レオによる自然の檻を枯らしていく。レオは次々と地面、草木を変え、生み出し魔王の足止めをする。魔王は両手をパンッと叩いた。魔族の骸骨が魔王の背後に現れる。巨大なそれは魔族の言葉を次々と吐き始めた。
これはガチでまずいとレオはガナードに目配せをする。連絡自体は取り合っていたため、ガナードやフィアンの新たな魔法についてもよくわかっている。そしてガナードはジエンから教わったどんな攻撃でも一度だけ完全に防ぐという魔法の詠唱を始める。
――骸骨はゲラゲラと笑い出した。死へと導く腐敗の柱が包み込む。ガナード、アマサカ、そして王都までも包み込むようなそれは、まるで命の尊さなど微塵も感じさせないような冒涜の攻撃。しかし……全員が無傷だった。魔王は目を見開いた。この攻撃が防がれる。そんなことがあるのかと。対の力を持つ亜人王や、それを斬ることができる勇者であればまだしも。誰がそれをした。まさか、この小さなドワーフか?
骸骨は役割を終え、口を閉じて消えていく。大魔法だったゆえに次回使用時までには時間がかかる。それはガナードも同じだった。魔王は自身の魔力を溢れさせはじめる。自身を強化し、自分自身が攻撃を下すために。魔王とガナードの衝突。その衝撃音は反対側の西で戦っているセラにも聞こえるほどだった。四方から大木が形を変え、魔王を囚える。
フィアンはこのタイミングだと判断した。矢を使い、入れ替える形でアイラを呼び出す。視線を送り、アイラが裏で進めていた準備が終わったかどうか、確認を取る。
「アイラ、準備できた?」
「はいっ! 詠唱終わりました。始めての大魔法――行きます!」
アイラは魔法教会から借りた神話の本を広げていた。アイラを囲む魔法陣は熱く冷たく、相反する性質を持ちながら輝きを増す。魔法陣は回転を始め、その役割を果たす。
「セルヘイム」
アイラは最後の詠唱のピースを口に出した。神話の存在を擬似的に召喚する大魔法。現れたのは燃え盛る肉体を持つ巨人。しかして息吹は凍てつくように冷たい。周囲の気温は乱高下し、霧と視界のゆらめきが同時に発生する。
セルヘイムは魔王の頭を掴み、内部を凍らせ、全身を業火で焼き尽くさんとした。魔王の魔力とセルヘイムが衝突し、力のせめぎあいが発生。セルヘイムはゆっくりとその姿を消した。あとに残った魔王は黒焦げとなり、魔力も残っていなかった。
アイラはぺたんと座り込みながら安堵の息を漏らした。
「良かったです……なんとか間に合いました。これで魔王が完全復活する前に亡骸を使い物にならなくできたんですよね?」
アマサカは静かに呟く。
「あぁ。以前の魔王が復活することはこれでなくなった。亡骸はもう……魔王の力に耐えられない」




