第四十七話
北の城門。ただ一人の帝王がその門を守っていた。レベル五最強と名高い帝王はその貫禄を見せるように仁王立ちをしていた。巨大な境界の泡がそこへ送り込んだのはドラゴンの大群。魔族地域に住まう最悪の魔物。ベスターはこれを手なづけ、武力として投入してきたのだ。帝王はドラゴンで埋め尽くされる視界を前に口角を上げていた。
「ドラゴンの大群と来たか。この俺様にあてがうにはもってこいだな。だがいいのか? 俺はドラゴンスレイヤーだ」
ベスターは鳩の使い魔を通じ、その様子を見ていたが……相手が帝王であるとわかるとため息をついた。
「無駄でしょうね。あなたが相手であれば。まさか南の地を離れるとは……一体どんな交渉をしたのか。戦力として、帝王は数えていなかった。なにせ南の地に縛られているという情報があったから」
半ばあきらめているベスターは戦い方だけでも確認しておこうとその様子を眺め続ける。この戦いでアマサカと王都を落とした後、次に厄介なのが南の帝国。次にユニオン。情報は集められるだけ集めたほうがいい。
「偶像顕現」
帝王の体が神格化していく。南の地、それを築き上げてきた歴史すべてが彼を信仰する。擬似的な自身の偶像化。南の地から離れ、威力こそ弱まるが充分。帝国の旗を顕現させ、地面に突き刺すことで一時的にこの場に偶像顕現の効力を行使可能とする。彼は今、南の地を支配する神となる。
「仮想聖遺物顕現――アウレリア」
柄に赤色の布が巻かれた聖剣が帝王の手に握られる。帝王を囲うドラゴンは数百。帝王がアウレリアを縦に振り下ろす。その軌跡は光の斬撃。それに触れた生命はすべて粒子となって消滅。いまだドラゴンで埋め尽くされる視界。ドラゴン達は魔力の充填を始めた。中心へと集まる魔力はそれぞれのドラゴンの持つブレスの元となる。アウレリアは役目を終え、粒子となって消えていく。インターバルは一日。その代わり、南の地に関連する聖遺物のすべてを擬似的に具現化し、一度使用できるというチート能力だった。
「一気に数を減らすとしよう。愚策にもこの俺様にブレスを吐こうなどというトカゲ風情に見せてやる。仮想聖遺物顕現――テンペスト」
暗黒の雲に覆われた空が嵐を生み出し始める。魔力はそれに飲まれ荒ぶっていく。ドラゴンの飛翔能力を奪い、終いには体内魔力さえも奪わんとした。溜められていた魔力はすでに奪われている。地に這いつくばるドラゴン達の前で、帝王は指先を空へと伸ばす。
「仮想聖遺物顕現――ゼニス」
テンペストの飲み込んだ魔力が宇宙へと吸い上げられていく。それは一つの槍を形成した。刃の結晶が積み重なったかのような槍は、その全身を布で覆っていく。自由落下によりその槍――ゼニスはドラゴン達の中心へと突き刺さる。その衝撃の後――まるで、花が咲くようだった。地に落ちたゼニスはその布を広げる。地面は無数の刃を花のように咲かせ、ドラゴン達を串刺しにしていく。ドラゴンたちの断末魔が広がっている。
その後、帝王による圧倒的な戦いは続いていた。できるだけその場にとどませるように、続けて戦力を送り込んでいるが桁違いすぎて見てられない。ベスターは鳩による視界共有をやめる。だが、計画に問題はない。そして……東の地にて、最高戦力である巨人兵を送り込んでいた。
王都の兵士達は見上げた。黒い石の体をもつ巨人兵の全長は雲に届く。武器を向けるのすら馬鹿らしくなる。槍を突き刺した所でなにが変わるのか? そんな言葉が兵士たちの口々から漏れ出した。巨人兵は一歩、また一歩とその歩みを進める。動きは襲い。だが、破壊されるにはあまりに頑丈すぎる。手薄な東はベスターにとって、勝算が最も高い場所だった。
東の守りなんてものは紙のように薄っぺらい。ベスターはこれから行われるであろう惨殺に胸を高鳴らせていた。侍女が紅茶を運んでくる。背後ではアフィスが黙ってベスターを眺めていた。
ベスターは注がれた紅茶を口に運ぶ。
「んー。とてもいい香りです。これは何の葉が使われているのでしょうか」
侍女ではなく、アフィスが答えた。
「まだ名はありません。わたくしが開発した花の葉を使いました。目的は花の方だったのですが、茶に入れたらどうなるだろうと思いまして」
「悪くないですよ。とてもよいものです」
「それは良かったです。最後のお茶を楽しんでいただけたようで」
ベスターはその一言を聞くとカップを置いた。最後の。その言葉が引っかかる。たかだか包丁を振り回す程度のアフィスが、裏切ったという可能性が浮上した。
「裏切ったのかアフィス!!」
振り向いた瞬間、首に包丁の切れ込みが入る。ベスターは自分の首から流れる血を抑えるようにして言った。
「この程度で魔族が」
「死にますよ。この花の毒は……魔族の魔力組織を破壊するのです。本来は自害のために用意したものでした」
ベスターがアフィスに手を伸ばした瞬間、侍女によって取り押さえられる。ベスターは鳩の目を通じ、東の戦況が見えた。巨人兵の左腕が突如破損。まるで巨大な衝撃によってはじき飛ばされたかのように。巨人兵には大量の魔法陣が描かれていた。ベスターはそれをただのバフをかけるための魔法陣だと思っていた。だが違う、破壊するための魔法陣でしかなかった。
しかし、この……魔法陣は。
ベスターは侍女を睨みつける黒いスカーフをつけた美しい女性はその両手に魔力を宿した。
「動かないでもらえるかしら。できればこのまま毒で死んでもらいたいの」
「セラッ!! なぜ生きている!? 貴様はゼギルとの戦いで消耗し、アフィスに殺されたはずだっ!」
アフィスは静かに説明した。
「わたくしは……ずっと魔族であることに疑問をもっていました。わたくしにとってこの種族はあまりにも……居心地が悪かったのです。そんな不快感を持ったまま、役割を演じていたある日。とても些細なことでした。誰もが興味を持たぬ花の話。アマサカ様との何気ない会話が、居場所を教えて下さいました。
セラ様を刺したあの日、魔族数名に囲まれ命令を実行する以外に方法はありませんでした。寸前まで魔族としての役割を果たしたのち、わたくしはそっと彼女に盲目の侍女を譲渡しました。これによりただでさえ同族に興味のない魔族はセラ様を注視しなくなった。どうでもいい。終わったことだとあなた達は判断した。わたくしは隠れながらセラ様の治療を行い、潜伏するベスター様の情報網に生きていることが悟られぬように……動きました。アマサカ様に真実を伝え、みなにセラ様が死んだとお告げくださいと。そうすることで、ベスター様は確実に死んだと誤解する。
セラ様にはそのまま、わたくしの侍女を演じていただきました。こうしてわたくしはベスター様を殺すことができたということです」
このアフィスの裏切りにより、王都に攻め込むための戦略の東が潰れてしまった。南、北も絶望的。攻め込むための穴はもう西しか残っていない。だがそこにはアマサカがいる。ベスターは霞む視界の中、勝ち誇った顔で言った。
「……いくつかのプランを失い、たった一つだけになった。それだけのことですよ。西で魔王様は復活する。最初から……このプランさえうまくいけばそれでいい。勝ったつもりですか? 魔王様さえ、復活すればそれでいいのですよ! 所詮あなたの画策なんてものは、なんの価値もない足掻きだ!!」
アフィスは目を静かに開けた。
「はい。人間の軍師、ソート様もそうおっしゃっておりました。一つしか手がない。そんな状況を作って追い込むのが今回の戦いであると」
「くくっ、この、私が人間の手のひらで踊っていたと? くだらない。魔王様の力であればすべて無意味だ。魔王様は以前とは比べ物にならないほどの力を手に入れる。今回の戦いで死んだものたちの魔力を吸い取り魔王様は次の存在へと昇華する」
魔王への信頼を語るベスター。それとは対照的に、アフィスはこう言った。
「……わたくしはアマサカ様を信じます」
アフィスはその包丁でベスターの心臓を突き刺した。ベスターは血を吹き出し、毒が全身に回り死へと到達した。
「こちらでの戦いは終わりましたね。加勢に参りますか? セラ様」
「そうね。正直刺されたこととか、戦わされたこととか文句言いたいところだけど……助けに行かないと。巨人兵の後片付けもしないとね。まだ完全破壊じゃないから」
「かしこまりました。ではこちらで境界の泡を用意いたします」




