第四十六話
魔王城、会議室にて。ベスターは足を組み、椅子に体重をかけながら指先で眉間をリズミカルに叩いていた。
「……気づかれましたか。どうやら人間側にも多少知恵の回るものがいるようで……部隊の編成、魔物の統率などは準備は終わっている。であれば次の問題。好き勝手行動している魔王幹部の一人、アギアをどう配置するか。連絡すら取れないのですから本当に厄介です。所詮は人間。王都の守りなどたかが知れている。どう攻めるか……様々な可能性を考慮しておかねばなりません。
各地からの情報に明らかなブラフもある。所詮人間のクセに、知恵を働かせたところで結果は変わらないことがわからないんでしょうか? 本当にめんどうな……」
ベスターは背後に佇んでいるアフィスに訪ねた。
「そのソートという軍師、暗殺できますか?」
「……無理でございます。常に囚われており、簡単に接触できる相手ではございません。境界の泡の設置も難しいです」
「使えませんね」
ベスターは飲んでいた紅茶のカップをアフィスに投げつけた。その結果すら見ようとしない。割れたカップがアフィスの柔肌から血を流させる。魔族としては珍しい赤色の血が滴っている。
「申し訳ございません」
アフィスは表情一つ変えない。この程度なら日常茶飯事ということだろう。
ベスターとソートの読み合いが水面下で繰り広げられる。ソートによる現在の軍隊配置や、周辺国に対する注意喚起。さらに要請を進めているが、それらはベスターにも筒抜けにはなってしまう。ソートにはその方法が分からなかったが、アフィスの報告で状況は理解していた。ゆえにどのような作戦、配置を考えているのかをベスターに悟られぬようにしつつ準備を進める必要があった。
ソートは自分がずっと過ごしてきた小さな部屋の中でペンを走らせる。相手の戦力に関してはいまだ不明瞭な点が多い。とくに問題なのはもし魔王が復活した時、誰が倒せるのか。レベル五が複数いたとして倒せるものではない。万が一を考え、アマサカから過去について頭を下げながら問いただした。それをヒントに対策を練っていく。
しかし、考えるべきはそれだけではない。町中でセラが突然攫われた。この事実だ。それを使ったということはその技術があちらにとって、乱数のない正確な使用が実現できていることになる。境界の泡という技術を使い、相手はポンッと駒を置くように魔族を配置することができる。進軍してくる様子を見ることすら叶わない。
「もし町中に大量の魔族が現れたら? それこそ詰みだ」
――一ヶ月後。空は暗黒の雲に覆われた。雷鳴が轟くも雨は降らず。ソートは部屋で目を閉じた。やるべきことはすべて済んだ。王都の西の城門の上で、スアリーは杖を掲げている。その杖を強く地面に叩きつけた時、王都を囲うように施された封印魔法が発動される。これで王都全体が完全に封印。中からも外からも手出しできない状態となった。
ベスターは戦況を使い魔である鳩を飛ばし確認していた。
「……封印魔法? まだ生き残りのダークエルフが……まぁいいでしょう。目的のアマサカは……ダークエルフの隣で静かに座っているようですね。戦力としては数えられていない? いや、何かに対する対策か……王都に関しては術者を殺せば封印は解けますから問題はない。さて、始めましょうか。復讐の物語を」
王都を囲うように巨大な泡が大量発生する。南の城門に立つのはダミア。その後ろではギルドメイアースのメンバーが勢揃いしていた。
境界の泡から大柄な一人の魔族が荒々しく登場する。
「こいつらが俺の相手か」
四本の腕、青色の肌。屈強な肉体。二本の角が耳の上部から生えていた。その魔族は自分の名を告げた。
「俺はアギア。魔王幹部の一人だ。俺達の相手をするにはちーっとばかし数がすくねぇんじゃねぇの?」
アギアの背後からゾロゾロと武装した魔族たちが進軍してくる。数万にも及ぶ軍勢は圧倒的だった。ダミアは余裕そうな表情を浮かべる。
「まさか。私たちにはユニオンがついている。過去の勇者と亜人王が手を組んだようにね」
砂埃が巻き上がる。遥か上空から小さい何かが地面に着地した。
「待たせたのおダミア」
エイリーは砂埃の中で髪を払う。
「お久しぶりです。亜人王」
「その呼び方はせんでいい。エイリーで構わん。思い出すの。我が父と戦った時のことを。わしら二人は何もできずに見ているだけじゃった。じゃが今回はわしらが前線に立つときじゃ」
アギアは高笑いした。たった一人、それでユニオンが味方についたなどと。境界の泡は魔族軍を出し終わると弾けて消えた。だが地面が激しく揺れ始める。数万に匹敵するユニオンのギルドが、南の帝国から進軍してきていたのだ。
魔王城にて、ベスターは盤上の駒を叩き割った。
「どういうことだ!! なぜそこに亜人共がいる!」
本来、南の帝国を守るために配置されたはずの亜人ギルド。しかし、帝王の命令により進軍を開始。結果ギルドメイアースと亜人ギルドによる挟み撃ちという結果になる。最悪の配置にベスターは苛立ちを隠せない。
一方、アギアは楽しそうに笑うだけ。相手が強ければ強いほど楽しい。自由に戦っていいというベスターの指示通り、アギアはこの場を蹂躙するため、力を解放する。屈強だった体がより膨張。腕をさらに二本生やし、角はより禍々しく変形する。側面から迫りくるダミアの剣を腕一本で防御。
「生ぬるいわ!!」
アギアはダミアに反撃をしようとしたときだった。エイリーが頭上に突然現れた。そして空中で拳を握り、アギアを地面に向かって叩きつける。ダミアは微笑みながら言った。
「私の師匠はジエンだからね。瞬間移動くらいさせられるさ」
アギアは地面に突っ伏したまま、手で印を結ぶ。アギアを中心に半円形状の闇魔法による攻撃が広がっていく。ダミア、エイリーはその場から退避。アギアは緑色の鼻血を出しながら六本の腕で三つの印を結ぶ。空中に槍が出現し、次に闇魔法を纏う。そして射出。印の効果によりエイリーをひたすらに追い続ける。
エイリーはとてつもない速度で地を駆け回る。それでもその槍はエイリーを追いかけた。
「ちっ……面倒じゃのお」
ダミアは腕が塞がっているアギアに攻撃をしかけるが足だけで対処されていた。ダミアが全力を出そうとしたときだった。エイリーがソレを静止させた。
「わしがやる。おぬしはこの後の大群との戦いに備えよ」
「ですがっ」
「信用せい。わしは……亜人王じゃ」
消える。アギアの目からエイリーの姿が完全に消えた。しかし、槍は常に彼女を追っている。だというのに挙動がおかしい。早すぎるなにかを追うためにその場でやり先の方向を変えるだけだった。アギアの片足が宙に浮く。頬に強い衝撃。アギアからすれば何もないところから突然殴られたかのようだった。
今度は反対側から。背後から、腹部、腕、顎。速度はさらに上がっていく。同時に威力が増し、視界がグラグラに揺れ始めた。槍の魔法を時、ガード体勢を取る。次第に打撃はアギアの肉体をえぐり始めた。
「なんだ……! どうなってる! 何をっ」
魔王城にて、ベスターはアギアの負けを確信した。指数関数的に増えていく速度。もはや誰も捉えることはできない。同時に威力も跳ね上がっていく。魔族軍と亜人ギルドも接敵。このまま南は人間側の勝利となる。
「まぁそんなものでしょう。仕方ありません。役割は果たしましたよ。アギア」
アギアは舐めるなぁ!! と、叫んだ。ボコボコボコッとアギアの全身が膨らんでいく。醜い化け物のようになったアギア。せめてエイリーを道連れにしようとしたが、エイリーはピタッ……とアギアの前で足を止める。アギアは絞め殺そうとしたが、エイリーが一言だけ残す。
「チェックメイトじゃ」
溜まりに溜まったエネルギーがエイリーの手の先に集中していた。その手がアギアに触れた瞬間、背後にいる魔族軍数千もろとろ破壊。空気を振動させ、エイリーはぺたんっと地面に座った。
「……疲れたのじゃ。あとは頼んだぞダミア」
「おいしいところをもっていかれましたね……」
ダミアは片手剣を構える。同時にダミアはもう片方の手を魔族軍に向けた。
「戦う女神の名に恥じない戦いを魅せましょう」
ギルドメイアースはその宣言と共に亜人ギルドとの挟み撃ちによる魔族軍迎撃を開始。ダミアは手を向けながら軍全体を完全に把握。一人ひとりの場所、配置まで記憶。
そして蹂躙を始める。魔族軍は突如として入れ替わる立ち位置。ダミアの魔法援護により、突然体が縛られる者、突然斬撃だけが瞬間移動し、体の一部をもっていかれる者。魔族にとっての有利の全てはダミアによってかき消される。
空を飛んでいた魔族がこれはまずいと、加勢しようとしたときだった。胸元に魔族の剣が刺さっている。地へと落ちる時、空を見上げた。死んだ魔族たちの剣がダミアの瞬間移動によって空を飛ぶ魔族に次々に突き刺さっていた。勝てるわけがない。ユニオンギルドとメイアース。そしてダミアの盤上。血の混ざる声で魔王様と助けを乞うのが関の山だった。




