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第四十三話

 セラは死を受け入れた。複数の魔族の影は消え、アフィスだけがその場に立っていた。


「セラ様。アマサカ様にとても大切にされていらっしゃいましたね」


「……そうね。このまま私が死ぬまでおしゃべりでもするつもり?」


「はい。あなたとの対話はとても楽しいものです。アマサカ様の次に」


「あは、あはは……なにそれ。本当にたくさんの人に好かれるのね」



 アフィスは包丁を抜かずに近づいた。


「知っていますか? みなさんがどうやって人間、亜人、魔族を分けて判別しているか。基本は視覚で同族かどうかを判断します。ですがそれ以上に魔力で判断するのですよ。とくに亜人と魔族は似通っている部分も多いですから。アマサカ様だけはどこかおかしいですけど。人間ともまた少し違うのですよね」



「だから……?」


「人間もまた、そうやって判断をしているのです。わたくしのこの髪飾りは盲目の侍女という聖遺物。これを使って相手の認識を変えるのです。元々わたくしはそういうのが得意ですから」


「そう……それで私はあなたに脅威を持たず、ペラペラと自分の能力を喋った挙げ句……後ろから刺されたってわけね」


「そうなります。それから、魔族というのは仲間意識は強いですが仲間に対する興味はあまりありません」


「だからなに? さっきから。静かに死にたいのだけど」


「それもそうですね」


 アフィスは包丁を抜いた。セラが地面に倒れ、意識が遠のいていく。魔族を、しかも魔王の幹部を一人殺せた。アマサカくんに想いも告げられた。体も重ねた。とてもいいキスをした。あ、でも次の星祭の約束……仕方ないか。引きずらないといいな。過去のこともあるしとセラはアマサカのことばかり考えていた。


「ねぇ……アマサカくん。私、成長できたかな……あなたみたいになれた?」




 セラは目を閉じた。アフィスもまた目を閉じた。それから数時間後、アマサカは最近であればアフィスが夕食を作っているはずなのにいないため、ギルドの酒場で食事をしていた。その後、部屋に戻るとアフィスが背を向けている。アマサカはすぐにアフィスの異変に気がつく。



「おかえりなさいませ。アマサカ様」


 アフィスはそのまま問いかける。


「アマサカ様はわたくしのことをどう思いますか? ただの厄介な知り合いですか?」


「そんなことはない。話の合う知り合いだ。何かと面倒も見てもらっているしな」



「では、侍女以上の価値を見出してはくれますか?」


「もとよりお前を侍女だとは思っていないが……」



 ……アフィスは夜空に浮かぶ星を眺める。


「私はとても弱いんです。できることは音や気配を消すこと。戦闘能力なんてほとんどなく。逃げたり悟られたりしないようにするだけ。敵対しない、警戒心を与えない。不思議ですよね。魔族なのに」



 自分が魔族であるという衝撃の告白。だがアマサカは落ち着いていた。部屋に入った時から異変を感じていたからだ。

 アフィスは窓を指先で撫でる。星を隠すように。

 ――盲目の侍女。なぜこの聖遺物はわたくしを選んだのか。伝承と違って自分は最初から魔族。偽る必要など無い。ずっと疑問だった。けれど、今分かった。種族が同じなだけで、私自身は異質なのだと。あまりにも人間に近すぎる。だからなのかもしれない。



「魔族は利用価値さえあればそれでいい。そんな種族です。ですからわたくしもそれしか価値がないのでそれに従いました。逆らうこともできず、ただ命令に従って道具として殺しました。多くの人を、亜人を。そんなわたくしをアマサカはどう思いますか?」



「お前の意思ではないんだろ?」


「そうですね。役割ですから。楽しかろうとつらかろうと全うします。誰にも逆らえないほど弱いですから。包丁が食材にも殺人にも使われるように。ただの道具です。わたくしはアマサカ様と話して、とても楽しかった。だからこうしてあなた様についてきました。笑ってしまいますよね。魔族なのに」


「おかしなことではない。種族が同じだからといって全員がその性質になるわけじゃない」


「お優しいのですね。わたくしが魔族と公言しても殺しにも来ない。わたくしのことは――大切ですか?」


「……あぁ。そう思えるくらいには時間を過ごしたと思っている」


「これでもですか?」



 アフィスは振り返った。手には血のついた包丁。血だらけの衣服。そしてセラの身に付けていたイヤリング。


 ガンッと強い音がする。アフィスの体が窓に押し付けられ、呼吸が一気に苦しくなった。アフィスは泣いた。



 ――ほら、わたくしの価値なんてそんなもの。


「そうですよね、さぁ殺してくださいアマサカ様。わたくしがセラ様を殺しました。そうやって誰にもかれにも優しくするから、相手を傷つけるんですよ」



「殺したのか……セラを」


「えぇ。この包丁で殺しました。魔族の幹部と戦った後、無力となったセラ様を背後から突き刺したのです」



 ――苦しい。息じゃない。自分が大切に思っているアマサカ様のこの苦痛の顔を、自分が生み出してしまったことが。早く殺してほしい。解放してほしい。この顔を見たときに、襲いかかった罪悪感に耐えられない。なぜ手を離すのです? なぜ崩れ落ちて泣くだけなのですか? 殺してください。わたくしを。



「セラは……最後になんて言っていた?」


「……」



 アマサカはセラの最後の言葉を聞くと、歯を食いしばって近くのイスを粉砕した。再び失ってしまった大切なもの。それてそれを失わせたのも大切なもの。この狭間で心がぐしゃぐしゃになるアマサカ。



 アフィスは後悔した。もっと自分が強ければ、もっと早く裏切れば。いや、どのみち魔族の時点で裏切れない。であれば自分がさっさと死んでしまえば。いや、それでも結局セラは他の魔族に殺されていただろう。これが最善だった。


 抱きしめていい資格なんてないのはよく分かっている。魔族は独りよがり。そう言い訳をしてアマサカを抱きしめた。ごめんなさい、ごめんなさい。こんな思いをさせて、ごめんなさい。こんな魔族の命まで大切にしようとするなんて、ここまで愚かな人だとは思わなった。なんでこの人を愛してしまったのだろう。最後まで非情であればよかった。花なんて愛でなければよかった。



 次の日、アフィスはいつも通り朝食を用意する。疲れ切ったアマサカは椅子に座り、ぼーっとしていた。


「アマサカ様。ご説明した通り、わたくしはこの家からは出ることができません。外にも出れませんので買い出しなどもお願いします。それから、ソート様という軍師様に来ていただけるようご助力お願いします」


「分かっている。だがさすがに感情が疲れている。当分はそっとしておいてくれ」


「……かしこまりました」


 アマサカはため息をつきながら立ち上がる。朝食を食べ終わったのだ。そしてアフィスの頭を撫でようとしたが途中でやめた。


「そういえば触られるのは苦手だったな」


「そう……ですね。今はとくに」



 そして後日、一人で来たソートはアフィスを見る。訃報を聞いた後、いくつかの質問を投げかける。頭の中でセラのいなくなったこの王都を守るための作戦を組み上げていく。おそらく魔族は攻めてくる。だが、その前にアフィスにこう言った。


「僕は戦闘能力はないけど一度殴っていいかい?」


「構いません」


 ソートは殴る代わりにアフィスの胸ぐらを掴んで壁に押し付けた。


「全ては理解できる。それでも許せるものじゃない。君の情報だけで、この状況を相殺できるほど人間の心は単純な天秤でできてはいない。僕は君を恨んでいる。たとえどんな理由があろうとも」


「存じ上げております」


 ソートは手を離した。必要な情報をすべて抜き出す。ソートは情報を頭の中でまとめると席を立つ。


「僕は……生まれた時から塀の中にいた。許されるのは最低限の生活。そして軍師としての教育のみ。才が出てからは寝る間もないほどの仕事を押し付けられる生活。そして逃げ出した僕を匿ってくれたのがセラだ。彼女に対して僕は恩がある。まだ返しきれていない。いいかい。僕は君を許さない。けれどこの情報を使って魔族の企みはすべて根絶やしにする」



 アフィスは頭だけを下げた。もう魔族を隠すことはできない。

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