第四十一話
その日、セラは落ち着かなかった。場所はおしゃれな店が並ぶレンガ道。ガラスに映る自分の髪を何度も確認する。いつものような冒険者としての服じゃない。ちゃんとおしゃれをした服を選び抜いた。今日はアマサカとのデートの日。ガラスに映った自分の頬が赤くなっていた。パンッと両手でほっぺを叩き、気合を入れ直す。
数分後、ちらちらと通りの両端に視線を動かしていたセラ。遠くにアマサカの影を見つけると、うれしそうに空気を胸いっぱいに吸い込んだ。彼はいつもと同じ格好。そして……無くなってしまった左腕。初めて見た時は心臓が張り裂けそうだった。当の本人はピンピンしているけれど。
「おはよ、アマサカくん。今日はいろんなところにつれていくから覚悟してね」
「あぁ。どこでも連れて行け」
いつもと変わらないテンションを持つアマサカ。かわいいくらい言ってくれてもいいのに。
「ちょっと……なにその捕まった人質みたいなセリフー」
「無愛想だったか?」
「いいわよ別に。アマサカくんらしいし」
セラはアマサカの手を握り、王都で星祭が開かれているということでそこへと誘導する。だんだんと人混みが多くなってくる。しっかりとアマサカの手を握っていろんな屋台に顔を出した。
「アマサカくん! 射的あるわよ! やりましょっ」
セラは屋台用の銃を片手で握る。グッと手を伸ばし、パンッと音を鳴らした。だが外れる。銃の扱いには慣れていないセラ。この世界にも銃はあるが単発しか打てず、人気なものではない。しかし射的においては話が別だ。周囲も取れるかどうかと観客として楽しんでいた。
「むー。こうなったら」
「こら、ズルするなよ」
「わっ分かってるわよ」
ちょこっとだけ魔法使ってやろうかと頭をよぎった。だがよぎっただけでアマサカに注意される。頭の中でも覗かれてるのかしら? なんて思いながら二発目。狙うはぬいぐるみだが、かすっただけで全く当たらない。
「……これ本当に落ちる?」
「まずはちゃんと当てろ……」
「そこまで言うならやってみてちょうだい?」
「……仕方ないな。俺も銃の扱いには慣れていないが」
アマサカは片手で銃を向ける。そして放たれた玉はぬいぐるみの頭部分に直撃。しかし……ほぼ微動だにしない。セラが文句を言った。
「これっ、絶対ムリでしょ!!」
店主はそんなことないと言ったが、確かに嘘は言っていない。これを取るには相当数の玉を当てる必要がある。明らかに数ミリしか動いていないからだ。アマサカはセラを撫でながら諦めろと言った。残った一発で仕方なく取った飴玉を口で転がしながらセラはぷんぷんしていた。
「悪い商売ねっ。あれだったらこっちもズルして良かったじゃない」
「そんなもんだ。ああいうのはな」
セラはひょこひょこと屋台を行ったり来たり。ゴブリンの仮面を被ったセラ。
「ねぇねぇアマサカくんっ! これ見てゴブリンッ。がおーっ」
「ゴブリンの鳴き声はがおーっではない気がするが」
「もうっ、ノリ悪いわよ?」
といいながらも楽しそうなセラ。買ってきたわたあめをアマサカの口に当てる。アマサカは一口食べた。甘いな、という一般的な感想。セラはそうだね。甘すぎるかもと自分も口に含んだ。
いろんな屋台を楽しみながらこの空気感を満喫した。歩きながら、アマサカの腕があった場所に目を向けた。
「アマサカくんのその腕を奪った相手、そんなに強かった?」
「祭りでそんな話をするのか?」
「職業病だもの。仕方ないでしょ?」
「強かった。音も気配もないのに初速が早いというのは脅威だったな」
二人は祭りの屋台を一通りまわりきると、今度は市場に向かった。
「おっ、あん時の兄ちゃんじゃねぇか!」
声をかけられたのは以前、フィアンの聖遺物のネックレスを買った時の商人。
「あぁ。あの時の商人か。かなりいい買い物をした。助かったよ」
「ん? そうか? 一体なんのことだかわかりゃーしねーが……そいつは良かった。でも今日は別の姉ちゃんなんだな。フーッ! モテるねぇ」
「普通そういうのは分かっても言わないもんだと思うが……」
確かにちょっとセラが不機嫌である。アマサカは以前こんなことがあったのだと説明する。
「へー……ここで買ったのがあのネックレスだったのね。私には買ってくれないの?」
「ほしいのか?」
「……」
ここでほしいっていうのは違うかなと思ったセラ。しかしアマサカは真剣に品を見定め始めた。アマサカは藍色のイヤリングのセットに目をつけた。相変わらず商人はふっかけてくるが、やはりアマサカは気にしない。まんま金を出そうとしたアマサカを見かねたセラは正規価格を導き出し交渉。そして少し離れたベンチでセラはそのイヤリングを耳に下げた。
「どう? 似合ってる?」
「あぁ、きれいだ。今日の服装も随分と洒落ているからな。よりきれいになったよ」
セラの顔がみるみるうちに赤くなる。顔が緩んで仕方ない。セラはふと思い出す。
「あっ、そろそろ星祭の花火が上がるわ。いい場所知ってるの。行きましょ?」
セラは屋根に飛び移り、アマサカを誘導していく。たどり着いたそこは、ある学び舎の屋上。
「どうっ? だーれもいないわっ。私ね、学校って……よく知らないのよ。ずっと家で勉強だったから。先生が来てくれるの。アマサカくんは、どういうものか知ってる? 知ってたら教えてほしいなって。まだ花火が上がるまで少し時間あるし」
「……悪いな。俺も詳しくは知らない。俺も行ったことがないんだ」
「そうなの?」
アマサカはセラともフィアン同様、話すという約束をしていた。それを思い出すとアマサカは静かに語り始めた。
この世界に来る前のこと。そしてここに来てからのこと。つまりフィアンに教えたのと同じことを伝えた。セラはアマサカを胸に抱きながら泣いていた。一人が背負うにはあまりに重い責任。そんな過去を背負って生きていたなんて知らなかった。
「ひどいわ……ひどすぎる。なんでそんな目にアマサカくんがあわなきゃいけないの? 逃げれば良かったじゃない! 全部押し付けて……責めることはできないって、分かってる。けどっ……アマサカくんは、その選択権すらなかったじゃない……そんなの……」
「……」
アマサカはセラの頭をやさしく撫でる。
「ありがとう。俺のために泣いてくれるんだな。だがもう大丈夫だ。もう」
「良くないわ。ずっと私がいるから。怖くなったり、辛くなったら言って。どんなことでも投げ出してあなたの元へ行くから」
「そこまでする必要はないさ。なんでそこまで」
「そんなの……」
花火が上がった。強い光が二人を照らす。互いの息が行き場を失った。二人の口から唾液が垂れる。甘い綿あめの味がする。アマサカが離れそうになるとセラはそれを追った。
そして二人はやっと離れる。
「……恥ずかしいから暗いままでいいのに、花火って明るいのね」
「セラ……」
「ここは誰もいないわ。お互い子供じゃないんだから。言いたいこと、分かるでしょ?」
セラは体を密着させる。
「ねぇ……初めてじゃないの? こういうの。って、オトハさんがいるもんね。それに……」
アフィスの先を越されるという発言を思い出す。きっと、先を越されたんだろうなと察してしまった。
「それは」
「逃げないってことはいいわよね。他の誰と関係があっても。そういうことでしょ?」
アマサカにとって、セラはもっと大事に見守るような、そんな見方をしていた。ゆえに少し後ろに下がろうとした。けれどすぐにセラが服を掴んで引き寄せた。
「私を傷つけないで……女として見れない?」
アマサカは後ろに下がるのをやめた。花火がうちおわっても二人は離れない。やっと離れる頃には、花火の硝酸が風に流れて行った頃だった。セラは夜空を眺めながら言った。
「きれい……本当に、目を奪われるような星空。でも、花火に集中できなかったわね。来年、ちゃんとここで見ましょ。その時は手だけつなぐ。約束よ?」
アマサカはセラの手を握る。まだ互いの熱も引いていない。そして二人は時間になると名残惜しくも離れた。宿へと戻らないといけないからだ。セラは最後にアマサカに甘いキスをすると、またねと笑った。
――セラは契約している宿の扉を開けると目の前に見たこともない巨大な泡があった。それはセラ一人を包み込むほどの大きな泡。ドンッと後ろから押される。一匹の犬が押し込んだのだ。泡に飛び込む瞬間、すぐにそれが境界の泡だと気づく。触れれば遠くのどこかへと飛ばされる。セラが次に目を開けた時、そこは知らない場所だった。それもそのはずだ。そこは魔族地域。それも魔王城の位置する首都の地下。
「なに……ここ」
目の前に一人の魔族。すらっとした佇まいで貴族のような衣服。手には黒い手袋。黒い角が生え、赤い瞳をセラに向けていた。
「ようこそAランク冒険者のセラ」
セラは即座にバックステップをして境界の泡に再び入ろうとした。だがすでに境界の泡は消滅していたせいでその目論見は失敗する。
「驚いたかね? 境界の泡というのは我々魔族が研究して推し進めているものだよ。それから、初めての魔族地域はどうだい? とは言っても地下では実感は湧かないか。魔王様が討伐されてから長い事、君たち人間と亜人は魔族地域に入ってこれなかった。それは入っても旨味がないこと。そしてあまりにも危険すぎること。おめでとう。君は魔族地域に入った希少な人間だ。ここはすばらしい場所だよ」
「……何が目的かしら」
「簡単な要求だとも。君にはここで死んでもらいたい」
両腕に青い魔力を纏うセラ。
「やれるもんならやってみなさいよ」
「我に勝ったところで君は生きて王都に戻ることは不可能だがね」




