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第四十話

 自分の契約している宿へと戻ったアマサカ。鍵を使って扉を開けるとアフィスがなぜか立っていた。衣服もまとわず、風呂上がりのようで水滴が滴っている。湯気が立ち上る中、アフィスは気にすること無くアマサカの方を向いた。髪飾りだけは身に付けたままだ。しかし腕に巻いていた。


「アマサカ様、お風呂を先にいただきました。まだあたたかいのでアマサカ様もどうぞ。アマサカ様?」


 アマサカ様は硬直。何がどうなっているのか全く理解できない。鍵はどうした、なぜいるのか。というかなぜ勝手に風呂に入っているのか。恥辱は何処に捨ててきたのか。


「あぁすいません。こっそりとアマサカ様の鍵を奪い、型取りをしました」


「しれっと犯罪行為を何も問題がないかのように話すな。あと隠せ」


「おや、恥ずかしいのですか? アマサカ様なら別に見られても構いませんが。それにしてもその反応。やはりだいぶ経験をお持ちですね? んー、フィアン様とアイラ様でしょうか?」


 アフィスは近くにあったタオルで体を隠す。


「これでよろしいでしょうか?」


「あまり良くはないな。一度部屋を出るからその間に」


「いえいえ。お風呂に入ってきてください。何もしませんのでごゆっくりと」



「はぁ。分かった」


 アマサカは諦めて風呂へと入る。湯船に浸かりながら自分の失った左腕を見る。足と腕の違いはあれど、オトハと同じような状況になったなと呟いた。目を閉じるとオトハの姿が目に浮かぶ。自分とは違い、何もかも知っていた。その上でだんだんと症状は進行し、自分の体が動かなくなっていく、そして……最後には愛した相手に殺されなければならない。


「……いつまでもお前のことが頭から離れないな」



 アマサカが風呂から上がると、アフィスは寝間着に着替えていた。


「それでは一緒に寝ましょうか。安心してください。手は出しません」


 アフィスの迷いのない提案に、アマサカは口ごもる。


「……いや、それはさすがにな」


「寒いんです。さ、一緒に寝ましょう」


 ぐいっと引っ張られ、酒も入っていたこともあり眠気に誘われるがままベッドへ。アフィスのアイラほどではないが大きめの胸が体に当たる。何よりとてもいい香りがする。この匂いは……


「お気づきになりました? そうです。あの日村で語らった花のエキスを使った香水です。落ち着くでしょう?」


「……そうだな」


 アフィスは体をこすりつけるようにより密着した。


「ゆっくり寝ましょう。長旅でしたから」


 続けて耳元で囁いた。


「わたくしの固くなった部分はお気になさらず」



 アマサカは心臓が跳ね上がったが妙に眠い。そのまま眠りに落ちる。アフィスはアマサカが眠ると心の中で呟く。


 このまま殺せそうではあるものの、おそらく何をしても致命傷にはならず即座に反撃されて殺されるのがオチですかねと。


「もうすこしこのままこの生活を楽しみましょうか……んっ」





 ――翌朝。アマサカが目を覚ますと隣にアフィスは居なかった。代わりにリビングで物音がする。アマサカがそこへ足を運ぶと、アフィスは鉄製のフライパンを使って目玉焼きとベーコンを焼いていた。至って普通の朝食。


「おはようございますアマサカ様。あまり自分で食事は作らないのですが、お口に合えばと。もう少しでできますので座ってお待ち下さい」


「……あぁ。それはいいんだがなぜ裸エプロンなんだ」


「ちまたで流行っていると」


「んなわけあるか。あとでちゃんと服を着ろ」


「かしこまりました」


 アマサカは頭を抱える。調子が狂う。自分の想定していない行動ばかりとられる。特に気配や足音も察知しにくいため、その傾向が強い。出された朝食に手を付ける。とても普通の朝食。パン、ベーコン、バターで焼かれた目玉焼きに少しの野菜。アフィスは満足そうに服を取りに行く。その後、向かいの席に座って自分の作った朝ごはんを口に運んだ。


「ん、おいしいですね。とても普通です」


「あぁ。美味い。んでお前はいつまでここにいるんだ?」


「節約にもなりますし、当分はここにお世話になろうかと」


「……なぜだ」


「いいではありませんか。家事などはすべてわたくしがやっておきますから」



 正直助かってしまう。悩むアマサカだったが、今更言うことも聞いてくれないだろう。第一鍵をこっそり複製するような女だ。被害があるわけでもないので、仕方なく同意する。



 アマサカが外出した後、アフィスは食器を片付ける。カチャカチャッと食器が当たる音が一人だけの部屋に流れている。


「……うれしいと、わたくしは思ったのですね。意味がわかりません」


 自分の感情に湧き上がる幸福。それに感情の名前をあてはめるが、認めたくはない。髪飾りの盲目の侍女に手を触れる。


「侍女……ですか。今わたくしはあなたと同じ道を歩んでいるのですね」



 片付けを終えると、部屋に飾る花を探しに行く。だがその前に行く場所があった。アフィスは再びギルドの酒場へと足を運んだ。そしてセラを見つけると近づいた。


「こんにちは。あなたがセラ様でしょうか?」



「……えぇ。Aランク冒険者のセラよ。なにか用かしら?」


「いえ、少しお話でもと。道中アマサカ様とお話をしていて、セラ様の話題が出たものですから。たとえばどんな依頼をこなしているのかとか、戦い方とか……アマサカ様をどう思っておられるのかとか」


「はっ!? あまっアマサカくんをどう思っているか? ですって、そんなの、ふ、普通よ?」


「……」


 あぁ、この人嘘がめっちゃ下手なタイプだと笑ってしまいそうになる。あるいはアマサカの話題になると、なのかもしれない。アフィスはアマサカとの出会いを説明したあと、セラの戦い方などに興味を持った。


「お話ではたしか、魔法使いだとか」


「まぁね。一般的なイメージの魔法使いとは違うかも。私の使う魔法はこれ」


 セラは右手に青い炎のような魔力を可視化させた。


「これはね。インクみたいなもの。衝撃を生む魔法陣を相手に書き込むの」


「へー……熱くないのですか?」


「えぇ。ただ魔力が揺らめいているだけだから。だいぶ効率化しているから少し触れるだけでも強い力を出せるの。でも長く触れれば触れるだけ強い衝撃になる。ちなみに衝撃以外にも使えるわ。ただ事前に魔力を練らないといけないから時間がかかるのが難点ね。それと相手が大きければその分触れられる箇所が多くて戦いやすいけれど……相手が人になると少し大変なのよね。過剰になりすぎちゃって周りへの被害とかもすごいし」


「そのようなお悩みがあるのですね。面白いお話でした。ギルド長はどうなのでしょう?」


「ざーんねん。私は知らないわ。戦っているところを見たことがないの。噂では剣士みたいだけど」


「そうですか……」


 目的の情報はある程度得られたが、このままでは何か疑われてもおかしくない。


「セラ様はどうやってアマサカ様と?」


「そっ、それは……」


 セラは少し悩んだが、話してもいいかと貴族の生まれというところから、アマサカに助けられたことなどを含めてアフィスに話した。


「なるほど……それは……とてもロマンチックといいますか」


「うぅ……自分で言ってて恥ずかしくなってきたぁ」


「アプローチはかけないのですか?」


「あんまり会えないし……」


「ですがどんどん他のライバルに先を越されてしまいますよ?」


「そうだけどぉー」


 セラは甘いお酒をおかわりする。現実逃避をする為の習慣だった。そのあとは他愛もない話をした後、アフィスはセラに頭を下げてギルドから出ていく。街を散歩しながらセラの話を思い返す。


「人間というのはいいですね。こうして思い合って、価値のありなしの判断もしない。なるほど。わたくしは認めたくない、知りたくないから……きもちわるいと表現をして避けたかったのですね。わたくしの得られることのないものがそこにあるから」



 アフィスは花屋に並べられた花を見つけ、見た目がきれいなその花に顔を近づけるためにゆっくりと屈んだ。


「いい香りです。甘酸っぱくて高貴な匂い。これにしましょうか」



 アフィスがその花を買った後、裏路地へと入る。歩いてきた犬が喋りだす。周囲に人はいない。


「アフィス。どうだ。情報は得られたか」


「はい、ゼギル様。ギルド長に関しては残念ながら有力な情報はほとんどありません。ですが、セラ様の情報についてはだいぶ集まりました」


「よくやった。お前には価値がある。そのまま情報を集めろ。特にアマサカのな」


「……もちろんです。私は盲目の侍女の持ち主ですから」



 犬はその場から消えていく。ただの犬となって。それを見送りながら……アフィスは花の匂いを嗅いだ。


「……盲目ですか。見えるようになってしまったらどうなるのでしょう。もし自分が、違うのだと気づいたら。いえ、盲目のフリをするのでしょう。今のように。わたくしは……魔族としては異質ですから。あまりにも……感情が豊かすぎます。世界の彩りや花の香りなど知らなければよかった。セラ様のあんなお話など、聞かなければよかった」



 アフィスはそのままアマサカの家へと歩みを進めていく。訪れてほしくない未来を見据えながら。

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