第四話
フィアンはこわばるように身を縮めた。彼女が一番最後に思い浮かんだのが、アマサカだったことに自分でも驚いた。そんなに思い出があるわけでもない。酒場で出会って、ちょっと旅をしただけなのに。ギュッと目を強く瞑る。
斬撃が空気を切り裂く。その斬撃はフィアンに襲いかかるグレイハウンドの胴体を真っ二つに切り裂いた。目を閉じていたフィアンはゴトッという重い音が聞こえ、そっと目を開ける。上半身だけになったグレイハウンドが灰になっていく。状況が飲み込めないままだった。理解ができない。でも助かったということだけは分かった。
「へ? え? なんで?」
死を一度前にしたフィアンの頭は全く動かない。息を荒くしながら灰となったグレイハウンドの前で固まることしかできなかった。一方、数キロ離れた山。大量の灰の上に佇むアマサカはそっと刀を鞘にしまった。
「……多かったな。群れが2つあるのは予想していたが、人里に降りるグレイハウンドの群れがこんなに居たとはな。常に一体が人里から獲物を仕留め、その栄養を蓄えた一体をグレイハウンドの群れが食し繁栄していったのか。確かに効率がいい。家畜よりも人間の方が魔力の蓄えは大きいからな。そのうえで悟られぬようにこの手段。やはり生き物として人間や魔物とは違う異質な存在と言える」
アマサカは村に向かって歩みを進める。その背後で、グレイハウンドの灰が風に運ばれていく。それはやがて魔力を宿した栄養となりこの山を、森を、豊かにするだろう。
それから一時間ほどが経過するとアマサカは牛舎にたどり着いた。喜ぶレオ達を見ながらアマサカは安堵の表情を見せる。レオはアマサカが戻ってきたことに気づく。
「おぉ! てめぇがいなくても勝てたぜ。つーかどこほっつき歩いてたんだよ! てめぇがいりゃもうちっと楽に戦えたのによ」
「ほう、俺をパーティーメンバーとして当てにしていたのか」
「はっ、はぁ?! ちげーし」
アイラが笑う。
「ふふっ。でもアマサカさんの作戦があったから勝てたようなものです。居なかったら今頃……」
「そ、そりゃ認めるけどよ……」
レオはどこか納得いかないような表情で言いごもる。アマサカは口を開く。
「アイラ。充分な働きだった。ガナード。お前もだ。だが相手の攻撃がフェイントかどうかの判断に迷いがあるな。けれどそこは経験で培っていけるだろう。レオ。間合いを悟られたな。最初から強化を使ったことで底が知られてしまったな。フィアン、常に同じ場所から矢を狙うというクセをやめたほうがいい。おそらくその弓は狩りの延長線上だな。相手は動物じゃない。一方的な狩りではない。常に移動して場所を悟られないという努力が必要だ。だが……月に向かって放つような弓の技術。あれを思いつき実践に移したのは称賛する。あれが勝利への鍵となった」
その総評にレオ達は唖然とする。あまりに的確。成長するための課題として最適。どこで見ていたのかは知らないが問題はそこじゃない。今までほとんどパーティーを組んだことがなく、万年Fランクと呼ばれた男のセリフとしては辻褄が合わないような気がした。だが誰もそれを口にはしなかった。それ以上に自分の課題に向き合いたかったからだ。
例えばアイラ。充分と言われたが本当にそうだろうか。今回は充分だった。そんな意味合いが込められているように感じた。アイラ自身もまた、これ以上を求めなきゃならないと感じていた。そのためにアマサカからのアドバイスを求めようとしたその時だった。フィアンがアマサカの服を指先でつまんで小声で言った。
「ちょっといい?」
「なんだ?」
フィアンがパーティーから少し離れた場所へと誘導する。
「ありがと」
「なんの話だ?」
「とぼけるんだ。まぁいいけどさ。私もさ。結構気配とか分かるんだよね。昔から狩りをしてたからさ。だから過信しちゃった。あんたが気配について話してたのにね。グレイハウンドはあれが全部だって、決めつけてた。
油断した私を助けてくれて、ほんとにありがと。でもさ。あんた……どこにいたの? 私でも気づかなかった。特殊なスキル? それとも気配が分からないほど遠く……例えば数キロ離れてたとか? でもどっちにしろさ。Fランクじゃないでしょ」
フィアンは唇をつぐんで見上げる。アマサカはギルドカードを見せた。そこにはFランクの文字。
「は?! なんで?! あ、分かった。申請書出してないでしょ!! ずるい!」
「ずるいってなんだ……見ての通り俺はFランクだ」
「もぉー! なんでそうやって隠してるの? なにか理由とかあるの? その、嫌なら別に言わなくてもいいけどさ」
「以前も言ったが、あれだ。満足しているからだ。俺にはこの世界を良くしようだとか人助けだとか。そういう理由があるわけじゃない。ただ部外者として静かに暮らしているだけだ。それに面倒事に巻き込まれるのもごめんだしな」
「あっそ。もういい。なにか理由があるのは分かったけど今は話せない。あるいは話すほどの信用がないってことね。はいはいわかりましたよ。ばーかっ」
ちょっとした腹いせと拗ねりを込めてそう言うとレオ達の元へと戻った。アイラは話しかけるタイミングを見失い、アドバイスを聞く前にそのまま宿へと戻ることになった。
次の日。村はお祭り騒ぎとなる。当然だ。全く期待していなかったにも関わらず依頼をこなしてくれたのだ。ゆえに少なすぎる依頼料が申し訳なくなりせめてとありったけのご馳走を用意し祝杯の宴をあげた。村長は村の立て直しが終わったら必ず追加報酬をと言ったがレオは断った。今回は金じゃない。自分たちのためだったからと。騒ぎたてた数日後、一行は王都にあるギルドへと戻って来る。
クスクスッとギルドの一部冒険者達は始まるぞ……と期待していた。レオの嘆きの声を聞こうとしていたのだが。ボスンっと倒した証であるグレイハウンドの灰を受付に渡した。
「え、あのこれ? まさか」
レオはニッと笑うと言った。
「あぁ。討伐してきたぜグレイハウンド。2つ上のランクをクリアしたんだ。ランクアップの申請書。くれるよな?」
ざわっ!! どう考えても倒せるはずがない。しかもグレイハウンド以下の魔物に負けていた奴らがと騒ぎ立てていた。その喧騒をよそに受付嬢は聞いた。
「あの、他の灰はどうされたんですか? これでは少なすぎます。売れば良いお金になりますよ?」
「あー、それはな。村の連中にやった」
そう。レオはそれらを渡したのだ。それらはいい肥料となる。それに小麦に混ぜれば少量でも家畜の餌としてはかなり上質なものになるのだ。レオは小さな声で言った。俺達にできるのはこれくらいだからと。受付嬢は微笑んだ。
「成長しましたね。こちらランクアップの申請書です。本当はもうちょっと依頼をこなす必要があるんですけど、2つ上ということですからこちらです。残念ながらランクの階級の上昇は一ランクごとになりますのでご了承ください」
渡されたランクアップ申請書を書き、レドフィアラはランクFからランクEへとなった。ちなみにパーティーランクはパーティーメンバーの平均から計算される。つまりレドフィアラは全員がランクEとなる。酒場にていつもよりも高めの食事を食べる一行。レオはアマサカに言った。
「いいのかよ。お前はランクアップしなくて。万年Fランクって言われなくなるんだぜ」
「俺はただの付き添いだ。戦っていないしな。それに今回だけの約束だ。お前達はレドフィアラというパーティーだろ。全員の名前から取っている。だが俺は違う」
「……そうかよ。好きにしろ」
吐き捨てるレオに対し、ガナードはため息をついた。やれやれと盾でレオの頭を殴る。ちゃんと伝えたいことは伝えろという意思表示だった。
「いてぇ!! おいガナード! なにすんだてめぇ!!」
「素直になれ。分かっているだろ。アマサカはわしらに足りないピースだ。そしてお前のその残念そうな顔。見てられん」
「はぁ?!」
「アマサカ。また今度依頼をこなすときに来てはくれんか?」
レオは驚愕した。ガナードが自分から誘っている。レオは深く息を吸い込み、吐き出す。
「ま、まぁそういうこった。お前さえ良ければまた手伝ってくれ」
アマサカは信頼、信用されることに抵抗があった。しかしレオ達の雰囲気は完全に断るという道を塞いでいる。アイラもお願いしますと手を合わせている。フィアンは机をバンバン叩きながら愉快そうに笑っていた。アマサカは仕方なく言った。
「気が向いたときだけだ。常に同行するわけじゃない。それでいいな?」
ガナードも頷き、新たな関係性が今、始まった。
――それからと言うもの、依頼を受けるごとにアマサカにも相談をするようになった。だが以前のような危険性の高いものではなく身の丈にあった依頼ばかりだった為か、アマサカは同行しなかった。フィアンは魔物を狩りながらレオに聞いた。
「ねぇ。最近簡単な依頼ばっかだけどどうしたの? こっちとしてはいいけどさ」
「あ? あぁ。まぁ無謀に戦って負けても成長しないってのは分かったからな。挑戦を諦めたわけじゃねぇ。けどよ。せめて言われた課題くらいはな」
「あぁーそういうこと。それで身体能力の強化未強化を繰り返してるんだ。確かにガナードも慎重に相手の動きを見てるし、私も移動しまくってるし。アイラは回復フィールド張りながら個別に魔法使おうとしてるし。みんなまだまだだけど」
「まぁな。俺は切り替えがおせぇしガナードは反撃まで手が回ってねぇ。お前は攻撃頻度が明らかに落ちてる。アイラは時々回復フィールドが弱まる」
レオ達が身の丈にあった依頼をこなしながら、修行を開始して一ヶ月ほどの時間が過ぎた。だんだんとコツを掴んできたレドフィアラのメンバー。少し反省会を込めてアマサカも巻き込み、酒場で夕食をとっていた。レオはそういやとなにかを思い出したように言った。
「あいつどこいった? あの俺達をいつもバカにしてくる冒険者。ほらDランクの」
フィアンが、んーっと言いながら思い出す。
「あぁー。あの相手選んで喧嘩売ってくるやつね。確かにみないね」
「見返してやろうかと思ったんだけどよ」
そこへ休憩にやってきたレドフィアラをいつも担当する受付嬢がやってくる。
「コケットさんのことですか? まだ帰ってきてないですね。禁止区域にいる強力な魔物の集団がいるとのことで調査に向かいましたよ。Bランク以上の依頼だったのですが、調査だけということで通したと他の受付嬢の方がおっしゃっていました。
確かに禁止区域の中でもおそらく対象がいるであろう範囲に近づかなければ問題はないはずですし、禁止区域は広いですから一ヶ月かかってもおかしくはないかと。遠いですし」
アマサカは聞いた。
「以前から気になっていたが禁止区域とはなんだ?」
「ご存知ありませんでしたか? Aランク以上の冒険者でしか討伐できない、あるいはそれに匹敵するとされる魔物や被害が出た地域をそう呼びます」
「なるほど。つまりそいつは……討伐することは想定していない。あくまで正体を確認する、あるいはそれにつながるなにかを見つける程度までってのが依頼なんだな」
「はい。そうなります。現在Aランクの方々も様々な禁止区域に足を運んでいますがAランク以上の冒険者となると数も少なく……そのまま亡くなってしまうパターンもありますから。Sランク冒険者はさらに少ないですから。現在このギルドには一人しかおりませんし……」
「ギルド長だな」
「はい。けれどギルドのお仕事も忙しいですし王国とのお仕事もありますから……以前ならもう一人居たのですが、すでに引退してしまいましたし……」
「だろうな。それはそうと一つ訪ねたいことがある」
「なんでしょう?」
「そのコケットとやらの本当の仕事は調べることと言ったな」
「はい。そうですよ?」
「あいつはサクッと倒してくると宣言していたが」
血の気が引く受付嬢。その言葉を思い出すレドフィアラのメンバー。
「「あっ」」




