第三十六話
「あっ! アマサカさん! フィアンさん!! 戻ってきたんですね」
アマサカとフィアンの二人は先程の何もない転移前の階層に戻ってきていた。すでにレオやガナード、アイラは仕掛けを攻略していたらしい。アマサカはどんな仕掛けがあったのか、同一のものなのか気になった。
「そっちはどんな方法で戻ってきたんだ? 推測ではあるが、こっちは天井を見る角度で魔法陣が出るというタイプだった」
アイラはニコニコで答えた。
「私は時間経過でしたっ! 砂時計があって、それをただ待ち続けるだけでした。どんな意図があったのでしょう?」
レオは続けてアマサカに言った。
「俺達は一定数の魔物を倒せばいいってやつだ。へへっ、余裕だぜ」
ガナードも同じように余裕だと頷く。そしてアマサカ達が戻ってきたことによって、この階層がクリアされたと判断されたらしい。次の階層までの階段が現れる。アマサカがどうするかと尋ねると、レオはお前らが遅すぎて充分休んだと答えた。アマサカはフィアンの様子を見ながら、レオに聞いた。
「ならさっさと次に行くか?」
「おうよっ! って言いたいとこだけど、もう一時間くらいはのんびりしてもいいんじゃねーか?」
「そうだな。少しだけ休むとするか」
戻ってきてからのフィアンはとてもおとなしく、フラフラっと柱に背中を預ける。疲れたように息を吐いて休む姿を見たアイラは……手の力が抜け、本を落とした。ガナードが大丈夫かとそれを拾い上げる。アイラは慌てて言い訳をした。
「えっ、あっはい! 大丈夫ですよ。大丈夫です」
少し、声が震える。落ち着け。アイラはそう心の中で唱えながら深呼吸をする。このダンジョンに来てからの自分が感じる違和感と、フィアンの歩き方で気づいして待った事実に、だいぶ精神が揺らぐ。今はダンジョンに集中しないとと思えば思うほど、フィアンの艷やかな肌が、目に映ってしまう。気を抜くとすぐに視界が涙で揺れる。勘付かれないように意識を集中させた。
そして一時間後、フィアンは元気そうにジャンプする。
「んっ! 大丈夫そっ。さっ、アマサカ、アイラ行こっ」
とても笑顔で、幸せそうだった。アマサカのことも、フィアンのことも大好きだけど。
「はいっ! 行きましょう!」
アイラは涙を隠すように先に走っていった。あの笑顔のせいで、我慢していた涙が溢れてしまったから。その後ろをレオやフィアン、ガナード、アマサカも追いかける。
――そこは三人が知っている場所だった。アビスギルドを探索していた時に見た絵画と同じ場所。空から神聖な光が照らしている。ツタが柱や床に伸び、ひび割れている。中央には瓦礫が積み重なっている。澄んだ空気の中で、異様だと感じるそれは棺のようなもの。だが、中身がない。空っぽなのだ。
フィアンはアマサカに言った。
「ちょっ、アマサカこれって」
「あぁ。アビスギルドで見た絵画と同じだ……」
アイラは放心していた。見たことがあるだけじゃない。知っている。この澄んだ空気も、音も、ツタも光も。棺に入る前、言われた言葉を思い出す。
――君はいずれ、人の世界で生きることになる。
「わたしだ……この棺の中に入っていたのは、私です」
強い衝撃がアイラを宙に浮かせる。誰かに強く押された。いや、抱きかかえられている。アマサカによって。わけも分からず、棺に向いていた注意がアマサカに向いた。
「アマサカさん?」
そう問いかけた直後、アイラの黒目が収縮する。アマサカに抱きかかえられるように押された理由が分かった。アマサカ胸の奥に見えてしまったもの……それはアマサカの左腕だけが置いてけぼりになっていた。
「いやぁぁぁああ!!」
アイラは叫び声を上げた。手を伸ばし、離れていくアマサカの左腕を追うように。だが、アマサカはそのままアイラを抱きかかえ叫んだ。
「ガナード!! 目を閉じるな! 次からはお前が守れ!!」
放心していたガナードは即座に盾を構える。油断していたわけではない。相手を認識できなかったのだ。天井の光や影、瓦礫とその配置が芸術的であったがために――それが危険なものだと認識していなかった。動くその時まで。
――攻撃をしてきたのは機械仕掛けの騎士。下半身はこの階層の床と繋がっている。細身の体で、両腕の先にある剣はこの階層全体に届くほどのリーチ。そして初速が早い。だが、一番の強さはそこではない。この機械仕掛けの騎士は一切の音、魔力のゆらぎを生じさせない。アマサカはそのまま叫び続ける。
「レオ! お前でもあの機械仕掛けの剣は弾ける! だが感覚には頼るな! 視覚情報だけを頼りにしろ!」
指示を出しながらも、多くの血がゴボゴボと地面に落ちていく。アマサカは即座に止血に入る。
「……フィアンのサポート込みで防ぐのが限界ってところだな。油断した。この階層と一体化した機械仕掛けの守護者ってところか。太刀の速度は俺と同等。これではフィアンに感覚だけで頼るなと叱ったのが、恥ずかしくなるな」
アイラは泣きながらアマサカの腕を治療する。
「ごめ……なさっ! わた、わたしがぼーっとしてたから、私のせいで腕っ」
「泣くな!! 俺の失態だ!」
「ッッ」
「冒険者だろ、傷つくたびにそうやって泣くつもりか。いま大切なことをしろ。余計なことをすればその分、より最悪の未来を引き寄せることになる」
アマサカはアイラを抱きしめる。残った右腕で。
「強く言って悪かった。だが、気にするな。腕が無くなったくらいでなんだ。お前にも事情があるのは悟った。聞くのも全部あとだ。今はあれを破壊する。はっきり言ってあれはフィアンやレオでは火力が足りない。フィアンの攻撃はおそらく弾かれるだろうからな」
レオはガナードの前に出ながらアマサカ達に剣が向かないように弾いていた。取りこぼしやサポートをガナード、フィアンが協力して行っている。フィアンは天使の輪を出しながら数千の矢を使って時間を稼いでいるが目に見えて疲労している。やはり聖遺物による魔力の消費は激しすぎるのだろう。
フィアンは叫ぶように助言を求めた。
「アマサカッ!! どうすればいいの?!」
「時間を稼げ! その後は俺とアイラで破壊する!!」
「了解ッ!」
フィアンは本当は駆け寄って心配したかった。でもそれをしたらアマサカに怒られると知っていた。ちらりと見るとアイラとアマサカが何か会話している。
「いいかアイラ。お前の魔法が必要になる」
「魔法、ですか? でも」
「俺はお前ができると信じて技を出す。いいな」
「そんなっ、失敗したら」
「信じている」
アイラは唇をつぐんで、涙目で強く頷いた。必要な魔法を訪ね、そのページを開く。アマサカは腕の止血をしながら考えていた。片腕では祝詞を使った技は使えないだろう。体も耐えられない上に、儀式が不完全になる可能性が高い。
それに相手は所詮機械仕掛け、神性を持つわけではない。有効な攻撃は出せて神威が限界だろう。だがただの神威では再生される。事実、フィアンの無数の矢による攻撃を受けても即座に回復している。この階層には大量の魔力が漂っている。それがあの再生速度を作り出している。
機械仕掛けの騎士は地面に剣を突き刺すと、腕をさらに二本生やした。こうして二本の剣、二本の槍を持って攻撃を激化させていく。ガナードはありったけの魔力を盾に込める。レオもまた、身体能力への向上に全魔力を集中。フィアンは魔力が枯渇しはじめる。四の五の言ってはられない。吐くこと前提で魔力の瓶を流し込む。
機械仕掛けの騎士はそのしぶとさに痺れを切らしたのか口を大きく開ける。
心を奪われるようなきれいな音楽だ。バイオリンの音色がこの階層を包みこんだ。まるで君たちの死を祝うかのように。槍と剣の先を攻撃対象に向ける。ガナードは即座に気づいた。このシールドの薄さでは破られる。
「うぉぉぉぉお!」
ガナードは走った。間に合えと。そしてアマサカとアイラの前に立つと盾を地面に叩きつけた。
「頼む、お前達の傑作とあらば、耐えきれるとわしは信じとるぞ!!」
赤黒い光線。機械仕掛けの騎士は気持ちよさそうに天を仰ぐ。何重にも張られたシールドがレオとフィアンを守り切る。そしてガナード自身は地面に膝と足がめり込むほど力んでいた。シールドをこっちに張る余裕がなかったのだ。
「ッッ! さすがだっ! それでこそドワーフの魂よ!!」
叫びながら赤黒い光線を弾ききった。だが、装備ではなくガナードが限界を迎えた。もはや一歩も動けない。もし二発目があるのなら防げない。魔力瓶を飲み、無理やりシールドと盾を使えば……その範囲が一点のみであるのならば……いや無理だ。フィアンやレオとの距離が離れすぎている。この攻撃をかいくぐりながらでは間に合わぬ。
機械仕掛けの騎士が剣を薙ぎ払う。即座にレオが間に入り、その剣を受け止めた。ガナードの想定を超え、レオは間に合わせたのだ。軸にしている足が地面をえぐりながらも動きを止める。
「たまには守らせろよ、ガナード」
「レオ……」
その隙に、フィアンも同様に二人の位置に集合する。大量の魔力瓶を口に含んだ。
「おえっ……ありったけ……! アマサカの腕の分、お返ししてやるっ!」
フィアンは光の弓を作り出す。自身の身長よりもある弓の下部を地面に叩きつけた。巨大な矢を生成し、狙いを定める。矢の先にいくつもの魔法陣。放たれた矢はその魔法陣を通るたびに属性を持つ。神速となった矢は機械仕掛けの騎士が防ぐまもなく左半身を破壊。しかし即座に再生を始める。だが様子がおかしい。治りが遅い。
違和感があった機械仕掛けの騎士は再生を中断という選択をした。そして先程のように口を開ける。ガナードは大量の魔力瓶を口に流し込んだ。体に喝を入れ、盾に体重をかけた。
「レドフィアラの守り、打ち崩せるものなら打ち崩してみよ。創世記の騎士!」
甲高い音を鳴らしながら赤黒い光線はガナードの盾に向かって最大出力を与えた。カタ、カタカタカタッと盾や鎧が震える。筋肉のちぎれる音、髪やヒゲが風圧で激しく揺れる。ガチガチと食いしばる歯が音を鳴らす。背中に何かが触れた。レオが背中を当てて補助をしていたのだ。二人の叫び声が響いた。
「「うおぉぉぉおお!!」」
ピシュンッと最後の赤黒い光線が飛び散る。守りきった。しかし、これで完全に出し切った。
「――よくやった」
アマサカは全員の前に立つ。右腕で刀を地面に突き刺した。擬似的な居合の構え。
「神威」
その斬撃は床を通し、いくつもの階層を破壊しながら繰り出された。だが神威が届く直前、より早い攻撃が機械仕掛けの騎士を襲った。アマサカの隣に立つ少女。この階層に残る魔力はすべて彼女に集まった。当然だ。本来――その全ては彼女のために用意されたものだからだ。
「――アイスノヴァ」
機械仕掛けの騎士はその全身を凍結させられた。腕も、関節も、回路も仕掛けもそのすべてが。それでもそれに対処しようとパキッとその目がギロリと動いた時だった。遅れてやってきた神威の斬撃が機械仕掛けの騎士に届く。数千の斬撃が煌めき、粉々に飛び散る。砕け散ったそれらはまるでダイヤモンドダストのように光っていた。
――すべてが終わった。だが、アマサカは大量失血により気絶。アイラ、フィアン、ガナードも魔力の酷使により意識を保てずに気を失った。レオは足をカクカクさせながら全員を引っ張った。見ただけで分かる。報酬なんてない。だがそれどころではない。アマサカの腕を回収しようとしたが戦闘の中でぐちゃぐちゃになってしまった。もう意味がない。急いで助けなければ。
「はぁっ、はっ、死ぬなよ。もうあんな思いはまっぴらごめんだっ! 俺を置いてなんかいかせないからな」
モルガル・ホーンでの記憶がフラッシュバックする。魔力回路の酷使で死んだっておかしくはない。吐き気があるということは内蔵に対する負担が強すぎるということだ。通常では摂取しないレベルの酷使。体の怪我。レオだって筋肉が断裂しているところがある。であればガナードは、よりひどい状態のはずだ。
一番心配なのはアマサカだった。
「くそっ! 強くなったと思ったのによ……!」
そこが最終階層だった。即座に入口まで転移できる魔法陣に乗る。そして外に出るとレオは思いっきり空気を吸った。
「エイリィィィィイ!!」
聞こえているかは分からない。ただ、エイリーが毎日外を見ているのを知っている。アマサカの帰りを待っているのを知っている。亜人の耳なら、もしかしたら。
その時、ユニオンの空を駆け回る一人の少女。表情はこわばり、焦っていた。届いた声の質がすべてを物語っていたからだ。いくつもの屋根を破壊しながらそのダンジョンへと一目散にたどり着いた。到着すると、恐怖で涙があふれる。
「アマサカ!! おぬしらまでっ」
エイリーは即座にアマサカを抱きかかえる。音を聞くと心臓の音が弱い。
「いやじゃいやじゃ!! すぐにっ」
だが、他の三人も重症すぎる。レオだって意識を保っているだけで危険な状態だ。選択を迫られた瞬間だった。
「どうしたレオ!!」
レオは目を見開いた。
「なっ、なんでいるんだドリッグ!」
ドリッグは定期的にここに来ていた。アマサカとレドフィアラが心配だったのだ。面倒見が良く、心配性なドリッグは聞き込みをしたりして、彼らが無事かどうか。まだダンジョンに潜っているのか。何度も様子を確認していた。
「こっ、こいつは……! レオ、お前は一時間ほど耐えられるか?」
「あっ、ああ」
ドリッグはガナードとアマサカを抱きかかえる。ちらっとエイリーにその二人を持つように目で指示をした。
「場所はあんたの城でいいよな?」
「うぬ。お主……わしについてこれるのか?」
「当分の魔力使い切るぜッ!」
「……ありがとの」
ドリッグは自身の体内に炎魔法を発動する。それを原動力に実質的な身体強化。だが、アマサカとガナードにはそれが伝わらないように極小に。そして激しく燃え上がらせる。
「行くぜぇええ!」
ドリッグとエイリーは屋根を伝い、即座に城へとたどり着く。ドリッグはそのままエネルギーの消費が激しすぎてぶっ倒れる。ドリッグを含め、治療を行うためにユニオンの医者やヒーラーが駆けつけた。エイリーは命令する。
「絶対に死なすな。全員わしだと思えっ!!」
そして再びエイリーがレオの元へとやってくるとおんぶをしながら城へと連れて行く。
「よくわしを呼んだ。褒めてやろう」
「へへっ。あんたがアマサカのこと好きだって気づいてたからな」
「……怪我しておらんかったら投げ飛ばしておったわ。もう寝てもよいぞ。限界じゃろ」
「わり……」
レオはそのまま意識を落とした。




