第三十五話
アマサカは地獄の神を殺した後、放心状態だった。目的を達成し、何も残っていない。騒ぎを聞きつけた神々が遠くからアマサカを見下ろしている。天を仰ぐアマサカはちらりとその視線を神々に向けた。あれだけ恐れていた神達が今は滑稽にしか見えない。だが、例外なくあれらも神である。脳によぎる死んだ者たちの顔。アマサカは自分に問いかけた。
――殺すか?
殺すべき神は殺した。地獄の神の粒子の真ん中で、考えもしていなかった孤独の先。神々を滅ぼしてしまったほうが、いいのではないか。どうせやることもない。
神々は何やら言葉を交わしている。その言葉はアマサカには理解できない言語だった。そして、あの自分勝手に力を振るう神々が協力するかのように、アマサカを取り囲む。アマサカは全員の位置を感覚で捉える。
――問題ない。全員殺せる。
だが、様子がおかしい。神々は地獄の神の粒子をすべてアマサカの体の中へと押し付けた。襲うのではなく、まるで嫌なものを吸着させるかのように。そして神々が次にとった行動は地面に別世界への門を作り出すことだった。アマサカの体が地面に落ちていく。正確には地面に作られた門の奥へと落ちていく。
神々はアマサカを追放したのだ。この世界から。今まで踏み潰していた人間という存在が、自分たちよりも上位の神を殺したという事実が怖かったのだ。事実このままだったらアマサカは神々全員を殺していただろう。
――まぁいいか。地獄の神は殺した。あとはどうするか。どうするも何も、ないか。なにもない。死ぬか。死ねるのか? 死ぬとしたら、オトハはなんて言うだろうか。あぁだめだ。もう、会えないんだった。
アマサカは見知らぬ世界に落ちた。そして歩いた。知らない世界を歩くと不思議だった。人が普通に歩いている。人間じゃないものも歩いている。結界もないのに。丸い物を渡して、食べ物をもらっている。いろんな服、いろんな道具。どうなってる。なんだこの世界は。
アマサカも適応しようと、何か貰おうとも思った。だが金という存在を知らなかった。仕方なく道中の動物を食べる。たまに全くうまくないへんなのがいる。どうやら魔物と呼ばれているらしい。魔力というものを多く含んでいるようだ。
そしてアマサカは人通りのない道中、一人の男とぶつかった。小太りで薄汚いが、指には大量の金の指輪。アマサカはすまないとその男に向かって謝った。
「ちっ、気をつけろよ。きたねぇ野郎だ。こっちは今から女を売るんだよ。奴隷としてな。この女に汚れをつけてみろ。てめぇも奴隷にしてやるからな」
「……? 奴隷とはなんだ」
フードを被った小さい何かが鎖で繋がれているのに気づく。人だろうか。まるで犬の散歩でもしているかのように。だが自由はなさそうだ。
「金で人を買うんだよ。んで買われた奴隷はどんなことをされても一切の文句を言えない。つまり人間でも亜人でもない。ただの道具とするってことさ」
「なるほど。人が人の価値をなかったものにするのか。ゲスだな」
「あ? こっちはちゃんと商売で」
男の首が地面に転がっていた。アマサカは鎖を刀で切り裂く。フードを外すとダークエルフがいた。だがアマサカはその存在を知らない。
「人間……か? それとも神か?」
「私は……亜人です」
ダークエルフはスアリーと名乗った。そしてこの世界のことを、長い時間をかけてアマサカに教えていく。スアリーも隠れて生活していたため、不確かなことも多かった。だがそれでもアマサカにとっては知識の宝庫だ。
ある日のこと。アマサカは片目が見えすぎることに気がついた。むしろ痛みを覚える。スアリーは駆け寄り、その片目を見た。
「これは……どういうことでしょうか。何かがアマサカ様の体を侵食しております」
「分かるのか?」
「はい。私は封印魔法が得意で。どうしましょう、未知のものなので、封印できるかわかりませんが……」
「頼む」
アマサカはオトハを思い出す。結界に繋がっていたオトハは結界内の人間とは違い、外から受ける神性に少しずつ侵食されていたと言っていた。つまり、これはそれと同じことが起きているのではないか。地獄の神の神性が自分を侵食している。
おそらく地獄の神になるのではなく、地獄の神と同じ性質を持つ神になってしまう。そうなったとき、生きているのか、自我はどうなるのか、どんな存在になるのかは分からない。だが少なくともあの神々を見ている限り、まともにはなれないだろう。あれらと同じになることは死んでも避けたい。スアリーに頼れなくなったら死ぬ以外の選択肢がなくなった瞬間だった。おそらくこの刀があれば自害は可能だろうとアマサカは考えていた。
スアリーによる封印が終わると、二人はまた旅を始めた。そして長い旅の中でアマサカは刀を振るうことも少なくなった。同時に相手が神でない場合は能力が大分落ちること。そしてこの世界では気はほとんどなく、魔力が充満している環境。そのため、自分の力が劣化していることを学んだ。
そしてユニオンにて亜人王の娘、エイリーと出会った。あの日、亜人王は何かに取り憑かれたかのように暴れ出した。神と同等レベルの戦いを強いられながらも自分の力は劣化。味方となったSランク冒険者のじいさんのおかげでなんとか殺すことはできたが、疲弊。じいさんに至っては無理をしすぎて重症。
ユニオンの城にてエイリーやスアリーと過ごしていると、とても穏やかだった。同時に恐怖が襲いかかる。大事だと、大切だと思えば思うほど、呼吸が荒くなる。逃げたい。怖い。魂に刻まれたトラウマが目を背けろと言う。蓋をしろと。失うのが怖い、向き合うのが怖い。過去の感触が蘇ってくる。オトハやダイチの姿と重なる。
アマサカは二人を置いてユニオンから逃げ出した。
ある日のこと、怯えきった一人の貴族の女の子を助けた。その女の子は後日、ギルドに現れた。飲んでいた酒を吹き出しそうになったが耐える。どうやら自分のせいで冒険者になろうとしてしまったらしい。現在のギルドマスターに軽く挨拶だけするつもりだったが、責任を感じたため、心配になっていつも眺めていた。最初は危なっかしい部分もあったが才能と努力が彼女を育てていた。
気づけば六年も見ていた。誰とも関わらないことでトラウマの想起も起こらなくなっていた。このあたりが潮時か、そんなふうに思っていた矢先。ひとりの女性が肩で眠り始めた。それがアイラだった。
――アマサカは現実に戻る。腕の中でフィアンが服を掴みながら泣いている。フィアンにだってつらすぎる過去がある。それにも関わらず、彼女は自分のために泣いてくれている。トラウマが心を壊そうとしてくる。そのたびにフィアンの泣き声が現実に戻してくる。アマサカはフィアンをやさしく抱き返した。聞いてくれてありがとうと。
そしてフィアンもアマサカに自分の過去を話した。アビスギルドとの因縁、家族がどうなってしまったか。二人はお互いのトラウマを話し終わると、瞼を落とした。フィアンが疲れたねと呟く。アマサカは本当になと苦笑した。時間はかかったが、少しは前に進めたのだろうかと、心の呟きと共に眠りに落ちる。そして夢を見た。それはレドフィアラとの旅、スアリーやエイリーとの旅、セラがランクアップした時にささやかに喜ぶ姿。
――二人は目を覚ました。まだ、解決策は見つからないまま。同時に重すぎる話をしたせいでまだ……脱出しようというやる気がでない。二人はもう少し休もうかと干し肉とチーズ、そしてパンをマジックバッグから取り出した。
アマサカは壁を背もたれに壁を眺めていた。フィアンはアマサカの間にぽすっとハマるように座った。
「俺は椅子かなにかか? フィアン」
「んー? そうかもね」
「扱いがひどいな」
「冗談だよ。ただくっついていたいだけ」
「お前、ここに来てからずっとくっついてないか?」
「いいじゃん。そういう気分なの」
フィアンは頭をアマサカに向けた。背後にいるアマサカと目が合う。
「ねぇアマサカ。キスしよっか」
アマサカの頬に手を当てるフィアン。アマサカはそれに誘導され、抵抗することもなくキスをした。そして離れると……正面を向きながら自分の思いを告げた。
「正直さ。そのオトハって人に嫉妬してる。なんでだと思う? って、さすがにアマサカでも分かるよね。前にキスした時も、告白したようなもんだし。私、アマサカのこと大好き。いつもあんたを見てるとドキドキしちゃってさ。世界がふわふわすんの。浮足立って顔が熱くなるの」
アマサカの手を握り、自分の頭に乗せる。
「撫でてよ。拒否する気なんかないんでしょ? あんたなら嫌がろうと思えばいくらでも嫌がれる。簡単に逃げ出せる。それをしないってことはそういうこと。ちがう?」
「何も言い返せんな……」
アマサカはフィアンの頭を優しくなでる。後ろから見ても分かるほどフィアンの耳がぺたんと垂れ下がっていた。その耳はとても赤く染まっている。フィアンは足を地面につけ、よりアマサカに体重をかけるように寄りかかった。
「あのさっ。私のことどう思ってる?」
「どう思っている……か。そうだな。昔から自分の気持ちというのを言語化するのは苦手だ。何が正しいのかもわからん。その上で言うのなら……気に入っている」
「それだけ?」
「……そうだな大切だ」
フィアンは少し笑った後に、いじわるな言い方をした。
「ふーん。そんな言い方するんだぁー。私は好きとか言ってほしいんだけど?」
「それは、よく分からんしな」
「そうやってオトハって人にも最後の時になるまで、何も言えなかったんでしょ? アマサカらしいね。いいよ、私がアマサカを好きで、大切だって思ってくれるのなら充分。でも、今日はキスをして撫でてもらうだけじゃ満足できないかも」
フィアンは体の向きを変える。正面から抱っこをするかのようにアマサカに向き合い、彼を見下ろした。
「顔ちっか……やっぱアマサカかっこいいね。会った時から思ってたけど。でも、もっと大切なものが積み上がっちゃったから、もっとかっこいい」
再び重なり合う唇。フィアンはアマサカの首に腕を回す。絶対に逃さないとでも言うように。甘いキスの後、フィアンは言った。
「このまま続き、するから。言ってる意味、分かるよね」
フィアンはマジックバッグからハンカチを取り出した。
「もし、誰かに声聞かれたら恥ずかしいから……い、言っとくけど手加減してね。経験ないんだから」
そして優しくハンカチを咥えこんだ。アマサカを見下ろすように近づき、その腕の中に優しく包み込む。まるでこれまでずっと一人で抱え込んで頑張ってきたアマサカを、認めて守ってあげるかのように。
――それから、長い時間が過ぎた。フィアンは唾液だらけになったハンカチを口から外した。衣服を整えながらごろんと床に寝転がって仰向けになる。
「……め、めっちゃ疲れた。顎痛い……でも、気持ちよくて……幸せだった…………あっ」
フィアンは天井に魔法陣があるのを発見する。どうやら天井を見る角度で浮かび上がるようになっていたらしい。
「帰り道みーつけた。って言っても……後ちょっとゆっくりしたぁーい」
さすがに疲れ果てていた。それはアマサカも同様のようだ。穏やかなピロートークの後、アマサカとフィアンは手を繋いで天井の魔法陣に触れた。




