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第三十四話

 ――そしてアマサカが十六歳になった頃。アマサカはダイチよりも先に外から結界の中へと帰還する。


「ただいまぁー」


 赤い鳥居をくぐり抜けると村のみんなが手を挙げて挨拶してくれる。アマサカとダイチは外で獲物や種、果物などを持ち帰ることが多かった。そうすることでこの村で栽培や繁殖ができる。あれから村人は一人も増えてはいないが、供給が増えることが悪いことではない。村のみんなが寄ってきて、いつものように世間話をする。みんなから愛されている。アマサカはそんな気持ちになっていた。


 村のみんなと会話をしていると、すっかりとたくましい肉体になったダイチが鳥居の中に入ってくる。


「今日は神に会わなかったぜー。たーすかったぁー」



 どっさりと仕留めた鹿を五体持ち上げるという人間離れした力。アマサカは自分とは違い、体格に恵まれたダイチに嫉妬した。


「はっ、筋肉ダルマ」


「あぁん? 嫉妬かぁ? いいじゃんかよ。強さじゃアマサカにはまーったく手が届かないんだしさ……あっ、ハナさぁぁぁぁあんっ」


 ダイチは目をハートにして獲物を置いてハナ姉に近寄った。ハナ姉もすっかり大人になり、微笑む姿はアマサカでさえドキッとさせるほどだ。ダイチは鹿を指さしながら言った。



「今日もいっぱい取りましたよぉー!」


「ん、偉いね。今日もいっぱい食べよっか」



「っはーい」


 ダイチがハイテンションで鹿を持って家へと帰っていく。ハナ姉はアマサカの頭をやさしく撫でた後に抱きしめた。とても、大事そうに。



「おかえりアマサカ。今日も無事で良かった」


「んぐっ、ハナ姉、胸……ていうかいつも子供扱いして抱きしめんのやめろよ」


「なぁに? 照れてるの? アマサカだっていつもオトハと寝てるじゃない。抱きしめ合いながら」


「抱きつかれてんの!! 俺は至極真っ当に手足伸ばしながらゆーっくり寝たいの! 分かる?!」


「あはは。またまたー」


 ハナ姉は意味ありげにクスッと笑う。アマサカはなんだよと汗をかいた。


「なんでもー? ほら、さっさと帰るわよ」


「分かったよ。ごめんみんなっ! 道場もあるし帰るわ」


 みんなと別れ、道場へと足を運ぶ。毎日通っているこの道場。日常となったこの場所で、模擬刀を構えながらアマサカは疑問を父親にぶつける。



「なぁ父さん。これ意味ある? もう俺の方が強いんだけど」


「ある。感覚を鈍らせるな。いいか。より早く」



 ゴキッと父親の首がネジ曲がる。アマサカの一刀が首にめり込んだのだ。手加減のお陰でちぎれずに済んでいた。



「アマサカ。まだ話しているが」


「油断した方が悪いだろ」



「治るかどうか分からんのに躊躇ないな」


「今まで躊躇なかったからなっ!! 当たり前だろうが!」



 とはいえ訓練は訓練でしっかりとする。戦う相手がいなくとも精進できるのが武道である。二時間後、ガラッと扉が開いた。十六歳になったオトハが足を引きずりながらアマサカの元へと歩いてくる。より女らしくなり、豊満になった胸。しかし顔は童顔のままだった。


「アーマーサーカっ。おかえり。ごはん食べに行こー」


「オトハ……こっちまで迎えに来なくてもこっちから行ったのに」


「えー? 待ちくたびれたぁ。はい、チュー」


 以前のような強制力はない。オトハはすでに片目と片足が使い物にならなくなっている。オトハが足を滑らせ倒れそうになる。アマサカは即座に下に入り込み、オトハを支えた。その瞬間、待っていましたと言わんばかりに唇が触れ合う。


「つーかまーえた」


「っ……やめろよそういう罠。いつもいつも」


「えー? でもいつも引っかかってくれるじゃーん」


「うるせっ」




 ――とても幸せな毎日だった。いろんなやつと遊んで、いろんなやつと話して。愛されて愛して。毎日こんな日々が続けばいいとアマサカは思っていた。隣で眠るオトハは時々寝ながら涙を流す。白くなってしまった右眼からは涙も流れない。




 それから数カ月後、結界の中が揺れた。地獄の神に見つかったのだ。だが、村の人達は全然慌てていなかった。慌てていたのはアマサカ一人。


「おいみんなっ! 何してんだよ! 早く逃げようぜ!!」


 しかし、誰も言うことを聞いてくれない。お互いの目を見合わせ、残念そうにしながらある場所へと集まっていく。ハナ姉がアマサカの元へとやってきた。そしてアマサカの手を握る。その手は震えていた。歯を食いしばるように泣いている。


「なに泣いてんだよハナ姉。まだだろ? みんなで逃げれば」


「おいで、アマサカ。あんたには役割がある。私たちは、このために生きていた。私たちはね、役割があるの。不思議に思わなかった? なんで長いこと子供が生まれないのか。必要がないから。地獄の神を殺すためにたった一人の適正のある人を生み出すまで役割の与えられた人間を必要な数だけ用意する。それが私たちなのよ」



「はっ? いや、意味わかんね―って! 神から逃げないとみんなっ」





 ――ハナ姉に腕を掴まれ、連れて行かれたのは神社。全村人が集まっていた。ダイチも、父親も母親も。そして祠の中に移動するように言われる。地面に描かれた模様。その上にアマサカは立たされる。たんたんとオトハは祈りを捧げる。何に? 分からない。


 ハナ姉は残酷にもアマサカに言った。


「今から一人ひとり来るから、この刀で刺し殺しなさい。あなたは唯一神に匹敵する力がある。やっと生まれた一族の希望。先祖代々からこの時のために」


「……おい、姉ちゃん。冗談きついよ。何いってんの? そんなことするわけないじゃん。できると思うか? 納得するとおもうか?」


「しなさい。納得しなくてもしなさい」


「嫌に決まってんだろ!! みんな、毎日を生きる一人の人間だろうが。そんなことできるわけっ」



 ハナ姉はアマサカに刀を握らせると自分から突き刺さった。


「……っ、わたっ……し達は……先祖の魂を解放しなきゃいけない。地獄の神は私たちから純粋な死を奪った。神でさえ殺せる地獄の神は……私たちの先祖をほとんど惨殺した。なぜだと思う? 地獄に人手がほしかったから。残った先祖達は復讐を誓った。解放を誓った。一族をかけてあの神を殺すためだけに。そして私も魂をもって役割をもつ。そのためなら死ぬことなんて……」


 ハナ姉からだんだんと生気が失われていく。


「って、思ってたんだけどなぁ。毎日、毎日この日が来なければって思ってた。毎日が終わりの日なんじゃないかって抱きしめてた。オトハが言ってる祝詞、ちゃんと覚えるのよ? ごめんね。最初から冷たくしてればよかったのに。でもだめ。アマサカ……あんたの魂に私たちの魂の死を持って祝詞を刻む必要がある。だから、あなたにとって私たち全員が……特別で、大切な人でなければいけないの」



「なんだよそれ。なぁ、ハナ姉!! 早く刀から抜いて体を治せって! 神なんか殺さずにまた逃げてみんなで」


 ハナ姉はもう何も答えなかった。ハナ姉の体が粒子となって消えていく。次はダイチだった。


「よっ、親友。ハナさんは……そっか。最初か」


「待てよ、なぁダイチ。これ、本当にしなきゃいけないのか? お前全部知ってたのかよ!!」


「あぁ。知ってた。どんなにバカみたいな喧嘩をしてもさ。ずっと頭の隅にあったよ。この日がくれば……終わりなんだなって」



「ふざけんなッッ!」


 アマサカはダイチに怒鳴りつける。だが、ダイチの目は覚悟を決めたかのように、穏やかだった。


「きついよな。俺達よりもお前が一番きつい。いきなりこんな現実突きつけられるんだから。けど意味のある死だ。なぁアマサカ。お前と親友してて、すげー楽しかった。本当に」


 アマサカは刀から手を離そうとした。だが、ダイチにその手をしっかりと握り込まれ、そして目を見て頼まれた。ダイチに刺さる感覚が刀を通して伝わってくる。


「頼む。アマサカ。俺達の意味を、奪わないでくれ。あの地獄の神をぶっ殺してやれ」


「あっあぁぁっ! そんな、嫌だ!! ダイチ! 俺を置いていくな!! いつも二人でッ外に……危ないときも」


「アマサカ。ありがとな」



 村人が次々に入っていく。アマサカは一人ひとりとの思い出が蘇っていく。アマサカに浮かぶ顔は絶望。目からは光が失われていく。過呼吸になりながらも大粒の涙を流し続けた。呪った。こんなことになったことを。誰を恨めばいい。先祖か、従ったみんなか、それとも元凶の神か。そんな時だった。目の前に母親が立っていた。順番が来たのだ。


「本当に、強く育ちましたね。刀を離さないその姿。立派です。さすがお母さんの息子。誉れに思います。ハナはどんな顔でしたか? きっとあなたに託すように亡くなったのだと思います。そして私も、そうありたい」


 母親は一歩を踏み出した。二歩、三歩。アマサカの頭をやさしく撫でる。


「あなたなら神を殺せるわ。だって、お母さんのっ……自慢のっ息子だもの」


 母親の泣き顔を初めて見た。きっと本当は、もっといろいろと言いたかったのだろう。母親として、どう思っていたか。いろんな思い出を。でもそんな時間はない。母親が粒子となった後、アマサカは刀が震え、膝立ちになっていた。そこへ父親がやってくる。


「シャキッとしろ息子よ。お前がやっていることは悪ではない。つらい役割を持たせてしまったな。俺はもう……お前に言うことはない。全て叩き込んだ。全て伝えた。これまでの日々が遺言だ。アマサカ。父さんの息子であってくれてありがとう」



 アマサカはついに両足から崩れ、座り込んでしまった。これでオトハ以外の全員を殺したことになる。オトハは祈りを終える。立ったままアマサカに伝えた。


「アマサカ。私が死んだら結界は完全に崩れる。地獄の神は私たちのこの地獄へ行くという道を自ら外し、純粋な死を持って消えたことに憤慨するはず。よって必ずあなたを殺しに来る。だからあなたは地獄の神を殺すの。いい?」


 アマサカは震えながらオトハを見た。何を言っているんだ、分かんねーよ。なんでそんなに冷静でいられるんだ。オトハは言葉にはされずとも、そのすべてが届いていた。そして目を伏せ、伝えるべき事実を続けて話す。


「私の存在がこの結界を作ってた。でも、神の神性にさらされて右眼と右足が侵食されて使えなくなったの。ずーっと、黙っててごめんね」



 オトハはアマサカに最後の長いキスをした。強く抱きしめた。血が刀を伝っていく。


「あーあ。また三分くらいか。血の味が混じっちゃってごめんね? でも百八十分くらいはしたかったかも。なんて、唇腫れちゃうね。祝詞はずっと言っていたから覚えているよね? ねぇアマサカ。私のことは大事だった?」


「ぁぁあ。オトハ。なんで、俺っ」



 オトハはアマサカに全身をできる限り重ねる。


「大切であるほど、死による意味は大きくなる。そして強くなる。だったら……今までの全部は演技だと思う? ざーんねん。全部ほんと。演技って言ってあげられたら少しは楽だったのにね。ずーっとアマサカのことが大好き。嘘でこんなに抱きしめられないよ。私のことはよく知ってるでしょ?」


 最後にやさしくキスをした。ほんの一秒。


「ねっ、アマサカは私のこと愛してる?」


「分かってるだろ! 俺だってお前のこと愛して」



「うん、知ってたよ……私も愛してる。あなたを愛してよかった。すごく幸せ」



 オトハも粒子へと変わった。言葉にならない叫びが神社を満たした。


 しかし、地獄の神と呼ばれるそいつは黒い全身を青い炎で包みながら結界の中に侵入してきた。平和だったはずの夕焼けの空は夜へと変わる。周囲の荒れ果てた森は地獄の神による攻撃の余波が原因だ。そして地獄の神にとって、アマサカの事情など知ったことではない。即座に残った魂の一つであるアマサカにその手を振り下ろした。



 アマサカはすでに距離を取っていた。心に刻まれたトラウマを処理しきれていない。絶望と虚無、混沌うずまくその表情。だが体に刻まれた戦いの動きがアマサカを自動的に動かす。この全てをどこにぶつければいい。激しい感情の渦巻きが目に映る。どこを掴んでもオトハに触れられない。ダイチにも、ハナ姉にも……全部、無くなってしまった。なんでだ。何をしなきゃいけなかったんだ。どうして。


 ――あぁそうか。こいつを殺せばいいのか。神がこの全ての始まりだ。




 地獄の神は両手を広げ、何かを生み出すような仕草をした。地面から無数の人間の魂が姿を表す。炎だけとなりゆらゆらとこの荒れ果てた森を地獄の業火に染め上げるかのように。それらはアマサカに襲いかかる。アマサカは刀を軽く振った。地に揺らめいていた青き炎はその一刀にて、焦げ付く煙と化した。


 地獄の神は次なる一手として空中を強く叩いた瞬間、その空がひび割れていく。

 中から地獄へと落ちた神達が一体、また一体と姿を現してくる。だが一度死んだ神。劣化してしまったそれらが持つ強さはアマサカに遠く及ばない。現れると同時に全身が真っ二つに切りさかれる。しかもそれだけではなかった。


「閉じろ」


 アマサカは刀をそのひび割れに向けた後、そう命令した。空中に現れたひび割れによる地獄の門が勝手に閉じていく。地獄の神が持つ権限の書き換え。地獄の神は憤慨し、天に龍、地に獅子を召喚した。龍は空を覆うほどに大きく、獅子は地を踏み鳴らし空気を激しく揺らした。


「居合抜刀――神威」


 龍、そして獅子はまるで粒子となるまで細切れになっていた。アマサカの怒りが表現されるが如く。


 地獄の神はなにやら顎に手をあて、考える動作をする。そして両手を優しく合わせる。


 巨大な黒い壁が四方から突如として出現した瞬間、その大きさとは思えぬ速度でバタンッとぴったりと閉じられる。さらに青き地獄の炎にて地を焦がした。地獄の神とは唯一神を死に導けるもの。それは驕りでもあった。自身が最も強い。ゆえに何をしても許される。どんなことであろうと自分が優位に立てると。ましてや人間になど。



「大地は沈む。空に落ち、山は枯れる」



 アマサカは全てを切り裂きながら歩き進めた。祝詞を唱えながら地獄の神を憎悪の目によって睨みつける。祝詞に埋め込まれた自分が殺さなければならなかった村人達の名前。呼ぶたびに心が引き裂かれるような痛みがする。


「花はその生命をその者に捧ぐ」



 柄に強く力が入る。長い、とても長い詠唱だった。歩きながら、涙が勝手に伝っていく。


「色は褪せ、役割を終える」



 地獄の神はこのような者が何をできるのだろうと考えながらも、次々といろんな攻撃を試す。だがそのどれもがアマサカには届かない。どんな攻撃も全て斬り伏せられる。最後の祝詞が発せられるとアマサカの周囲に神を圧倒的に凌駕する気が溢れ出す。地獄の神はそれを見た瞬間、逃げ出そうと背を向けた。だが、地獄の門は現れない。その権限はすでにアマサカに奪われている。


「音は紡ぐ――天逆」




 それに音は無く、衝撃もなく。山を破壊することもなく、地に炎を撒き散らすでもなく。空にヒビを入れるようなものでもない。再生不可の一刀。地獄の神に浮かび上がる一本の線。これまでに斬ったもののように、地獄の神が粒子へと変わっていく。



 死なぬ神に死を与える。神のもつすべてを奪う神殺しの刀――天逆。それは刀とアマサカが同一であることを表していた。

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