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第三十二話

 男の水浴びも終わった頃、フィアンは一本の棒に火を付ける。煙が天井へと向かっていく。煙はそのまま天井にとどまるわけではなく、隙間からここではない場所へと逃げていく。


「おっけー。煙が逃げたってことは空気の逃げ道がある。焚き火できそうだね」




 寒いわけではないので、すぐに焚き火を始める必要はない。ただ魚を加熱して食べるための準備だ。マジックバッグから取り出した棒に紐を付けてのんびりと釣りを楽しむ一同。レオはぼーっとしながら言った。



「まさかダンジョンに挑戦しにきて、そのダンジョンの中で釣りをするなんてな。あとこいつら餌に見向きもしね―んだけど」


 アマサカは即席の釣り竿を動かし、餌が生き物に見えるような技術を使っていた。


「そうだな。俺もダンジョンというものに詳しくはない。だがこんなにのんびりするタイミングがあるとは思っていなかった。一週間から二週間は戦い続けなければならないと覚悟していたんだがな」


 ツンツンッと小魚が餌をつつく。


「それだったらさすがにしんどかったな。けど、こう確かに経験値は積まれているような感じはするけどさ。なんかどかっ! と強くなるようなインパクトがないんだよな。やっぱ最終階層をクリアすることでそういうのが得られるのかね。あとアマサカ。そんな小魚捕まえても腹の足しにもならないぜ」



「さぁな。終わってみなければわからないさ。無事に戻れる保証もない。たしか、創世記だったか。まだ神が居た時代。その神が作ったダンジョンを攻略しようというのだからな。その難易度というのが今の俺達にとってどれだけのものか」



 小魚がぱくっとアマサカの餌を食べた。その瞬間、アマサカがほんの数ミリだけ高速で釣り竿を引く。針が小魚にガッチリと食い込んだ。そのまま引き上げずに見続けるアマサカ。釣りをしたことがないレオは不思議に思っていた。


「なにしてんだ? 針刺さったならそのまま引き上げれば」


「まぁ見ていろ」



 水の中に大きい魚影。それが一気に浮かびあがり、アマサカの小魚に食いついた。だがまだ何もしない。そしてその魚が小魚を飲み込んだ瞬間、アマサカは竿を引き上げる。魚は必死に逃げようとするがびくともしない。抵抗という抵抗が虚しさを生む。アマサカは無情にもその竿を引き上げた。


 レオはその大物を見て感心する。


「おぉ……すげぇー……」


 同時に魚がかわいそうだなと。駆け引きもクソもない。どんなに魚が逃げようとも相手はアマサカ。竿や糸は強化済み。パワーで勝てるはずもない。



「よっしゃ俺もちと頑張るぜ!!」



 二時間後。


「……アマサカのマネしてるのに全然釣れねぇ」


「まぁここ自体魚が少ないからな」



 パチパチッと魚が焼けるいい匂いがする。一匹も釣れなかったガナードを含む三人が振り向くと、大量の魚が焚き火に並べられていた。アイラがにこっと三人を呼ぶ。


「みなさん! お魚焼けてますよ! フィアンさんが全部捕まえたんです! すごかったんですよ。すっごい長い糸の先にちっちゃい矢を聖遺物で作って、それを操作して一回でこんなにっ!!」



「……なぁ。アマサカ、ガナード。俺今、とても虚しいわ」


 二人はハモリながら答えた。分かるぞその気持ちと。その後、腹を満たすと各々毛布をとりだした。魔力や疲労の回復のために身体を休める。アイラ以外が全員眠りにつく。アイラはこっそりとみんなを起こさないようにアマサカの肩に身を寄せた。相変わらず座ったまま寝るアマサカ。アイラに気がつくと声をかけた。


「どうしたアイラ。眠れないのか?」


「いえ、多分……寝れると思います。でも今はこうしたいんです。少し不安で。どうやって魔法を使ったのか、ずっと考えていたんですが思い出せません。それにこのダンジョン、不思議な感じがするんです。知らないはずなのに。気を抜くとぼーっとしてしまって」


「……その症状に名前をつけることはできんな。俺から言えることもない。だが肩を貸すくらいであればいくらでもしよう」


「ありがとうございます。アマサカさん。ひとつ、お聞きしてもいいですか? 恋人を作ったりはしないんですか? どこか、アマサカさんはそもそもそういうのを避けているような気がして」


「するどいな。まぁそんなとこだ」


 もぞっと毛布を深く被るアイラ。


「もし、私が好きって言ったら恋人になってくれますか?」


 アマサカの目が丸くなる。そして何かを言おうとした瞬間、アイラはアマサカの口を指で塞いだ。


「ごめんなさいっ! その、冗談です。なので、何も言わないでください。もう寝ましょう! ねっ」


 おやすみですと言いながら目を閉じるアイラ。できるだけアマサカにくっつくように、ゆっくりと眠りに落ちていく。意気地なしと心で呟いた。





 ――次の日、アイラは一番に目を覚ます。焚き火をつけ、朝食を作り始める。焼かれていく昨日の魚の残り。アマサカの答えを聞きたいような聞きたくないような。でも、傷つけないように断られた気がする。まだ、今じゃないとも思った。魚の香ばしい匂いで一同は起き始めた。身体を伸ばし、毛布から抜け出す。淡水で顔を洗う。



 そして準備を整え、次の階層へと進んだ。




 ――次の階層へ入った瞬間だった。一同は全力疾走していた。レオは状況を理解できないまま叫んだ。


「だぁぁぁぁああ! なんだありゃぁあ!!」



 見た目はヘビ。だが肉がない。骨。圧倒的骨。アイラは逃げながら説明する。


「あれはスケルトンサーペントです! 骨に毒があるので攻撃するのもされるのも避けてください!!」


「はぁ?! スケルトンサーペントだって? んなわけあるか! だってありゃあ!」



 レオが疑問に思うのも当然だ。スケルトンサーペントはレオ達のいるダンジョン外の世界にも生息している。基本はミミズのようなものでとてもちいさいのだ。しかも毒も持ち合わせていない。


「あれが原種です!! このダンジョン作られたの創世記ですよ?! 私たちの見るスケルトンサーペントは長い時間をかけてあのサイズになったのだと思います!! 創世記の資料におんなじのかっきゃぁあああっ!」


 アイラがずさーっと盛大に転ぶ。ガナードがシールドを生成。スケルトンサーペントの尻尾による薙ぎ払いの軌道を変えた。アイラの頭上を骨が通り過ぎていく。スケルトンサーペントの尻尾は巨大な柱にぶつかる。骨が飛び散っていく。触れるだけでもダメージを負ってしまう骨の欠片が至る所に撒かれてしまった。


 フィアンはキュッと音を立てながら逃走をやめる。スケルトンサーペントの動きが今ので止まった。魔物には必ず破壊されたら自壊するコアがある。時間はない、ほんの一瞬、目を素早く走らせる。



 尻尾、胴体下腹部、頭、見当たらない。見当たらないのなら。


 フィアンはスケルトンサーペントに向かって走り出した。


「ガナード! 後ろに回りたいから足場一個! おっきめ!!」


「承知!!」



 少し高めに作られたシールドを足場にスケルトンサーペントの背後まで飛び上がる。


「見つけた!! 頭部後方、脊髄っぽいとこ!!」


 フィアンは自由落下しながら弓を引く。片目を閉じ、動き回るスケルトンサーペントのコアの位置を常に補足。スケルトンサーペントはフィアンを危険と判断し、自身の骨を自ら粉砕。それを自分の身体を薙ぎ払うようにしてフィアンに向かって飛ばした。モルガル・ホーンの木の皮を投げつけた時のような攻撃。大量の骨の欠片が飛んでくるがフィアンは至って冷静。


 フィアンは聖遺物による矢を放つ。自由落下するフィアンに無数の骨の欠片が襲いかかるがそのどれもが弾き飛ばされる。ガナードによる大量のシールド生成。


「ふむ。あの訓練が役に立った」


 ガナードの古き友人達との修行のことだろう。おかげでフィアンは地面に両足で着地するだけで済んだ。エルフの特性上高いところから落ちるのは日常茶飯事。体調も万全ということもあり、怪我もしなかったが。足がジーンッと痺れるような衝撃。


「いったたたた!! 地面かったぁぁぁあ!! 土と全然違うんだけどっ!」



 一方、コアを破壊されたスケルトンサーペントは自壊を開始。順に飛び散った骨も魔力の粒子へと変わっていく。レオは立ち止まって、地面に両手をついた。


「はぁ、はぁっ。疲れた……入った直後に追いかけ回されるとは思わなかったぜ……つうか俺、今回活躍してなくね?」



 そういえばアマサカの姿がないなぁとその姿を探す。するとレオは天井を見上げた。アマサカは天井に両足をついてこちらを観察していた。


「あっ、お前そういうことできんのね。けどなんか腹立つな。見下ろしの最上級だろそれ」


 アマサカはそのまま自由落下し、地面に着地する。


「言ってなかったか。俺はどこでも足場にできる」



「うん。まぁでもギャグみたいだからやめてくんね? つかホラーだわ。天井からお前が逆さまの状態で見下ろしてくんの」


「ギャグだのホラーだのは分からん。俺は最適な行動をする」


「お前ってそういうやつだよな……」



 アマサカはアイラに手を伸ばす。


「大丈夫か? とくに擦りむいたりはしていないようだな」


「あっはい! 大丈夫ですっ。へへっ」


 フィアンはアマサカの脇腹を肘でつつく。


「痛みの最大値的にはこっちが優先だとおもうんですけどぉー?」


「うむ。フィアンは問題なさそうだと思ってな」


 嫉妬というものを理解しないアマサカにイラッとする。


「んー! ばーか。もうさっさと次の階いくよ!!」

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