第三十一話
ガナードは射出される水のレーザーを正確に防ぎ、軌道をずらしていた。フィアンは大丈夫だろうと仲間を信じて目を閉じる。少しでも必要酸素を減らすように、ひたすらに心を落ち着かせる。浅い呼吸をしながらネックレスをやさしく握った。
この水場のどこかに水の龍の核があるはず。それを破壊すれば水の龍は消滅するだろう。けれど動く水の龍の中に、その核は見つからなかった。別の場所に隠しているのかもしれない。見つかるのであれば、フィアンはそれを聖遺物の矢で撃ち抜くつもりだったが、見つからないのであれば仲間を信じるしかない。
「――覚えました。ガナードさん。次の攻撃の後、私の前から全員どかしてください。そして絶対にフィアンさんのシールドを維持してください」
「承知した」
水の龍のレーザーを弾いたガナードは振り返り、レオにタックルをしながらアイラの視界を確保する。アイラは魔法書を片手に、もう片方の手を水の龍へと向ける。初級魔法の準備を整えたアイラはその魔法を解き放つ。
「――イグナ・フレイ」
アイラの魔力が水の龍を捉えるように渦巻く。魔力はその範囲を確定させるとマッチの棒を擦ったかのように魔力から炎へと変換される。水の龍を包み込むように巨大な火柱が発生。瞬く間に水という水が蒸発した。あれだけあった消化液のような湖もすべて蒸発して消える。
周囲は霧がかり、湿気に包まれる。フィアンを囲っていたシールドが解除される。フィアンはパチッと目を開けて息を吸い込む。同時に水蒸気が喉に入り込み、咳き込んだ。
「ケホッ、けほっ……ていうかこれ、吸い込んで大丈夫なの?」
カコンッと檻が消え、寄りかかっていたフィアンは態勢を崩した。水は消え、地面までは一直線。
「やばっ! そんなこと言ってる場合じゃなかっ」
傾いたフィアンの腕を掴むアマサカ。
「もうこの階層はクリアしている。このくらいの手助けは問題ないだろう」
フィアンはアマサカに体重をかけながら態勢を戻した。
「ん、ありがとっ」
そしてアマサカにだっこされながら、アイラのいる岩場まで移動する。おろしてもらったフィアンはアイラに抱きついた。
「すごいじゃんアイラッ! あんなすんごい魔法使えるなんてさっ」
「え? あれ、私魔法使いました?」
「えぇ?! 覚えてないの?」
「その、夢中で……どうやったのか、よく思い出せないです」
「もったいない……すごかったんだよ? こう火柱がどーんっと」
興奮しながら説明するフィアン。レオはそれに水を差す。
「いいから次の階層の扉探そうぜ」
レオはそう言いながら探索する。フィアンはアイラが活躍したんだから、別にいいじゃんと言った。レオはまだダンジョンの挑戦中だからなとフィアンに伝える。そしてアイラにも一言追加した。
「お前の魔法、かっこよかったぜ」
ガナードもアイラの背中を軽く押す。アイラは笑みがこぼれた。パーティーのみんなに認められたような気がしたからだ。覚えていないのが気がかりではあるが。
そしてフィアンが水の抜けた洞窟内に扉があるのを発見した。みんなを誘導しながらその扉の中へと入っていく。
そして次の階層へと進んだ。薄暗く、至る所に木材。そして……クモの巣。その太さから嫌な予感がする。フィアンはなんとなく察すると、アイラにもっかい魔法で薙ぎ払ってもらおうと考えた。そこでツンツンッと隣のアイラをつついたのだが、無反応。
「ちょっとアイラ? さっきのすんごい魔法試してほしいんだけど……アイラ? さっきから何見て」
アイラは見上げながらフリーズしていた。フィアンはアイラが見ている先を確認する。
「キッッッッモ」
なんとも目を塞ぎたくなる光景。そこには巨大なクモ。それだけならばまだ良かったのだが、クモの胴体の中で小さなクモが大量に蠢いていた。流石に相手したくないフィアン。アイラがさきほどの魔法を使ってくれるのが一番良いのだがよく見るとアイラの意識がない。
なんとかならないかと、レオやガナードに相談しようとしたのだが二人も意識がなかった。
「いやなんであんたらまで?」
フィアンは知らなかったが、ドワーフの国周辺にある洞窟内を拠点とするクモ型の魔物がいる。これがトラウマとなっている二人はそのきもさも相まって気絶したのだ。
「……まさかアマサカまで」
「なんだ」
「あー、いつもどおりね。良かった。それもそれでどうかと思うけど」
フィアンは頭を悩ませる。本体を撃ち抜くのは簡単だが、おそらくこの階層のメインはその後に散らばった子グモたちだろう。それをすべて撃ち抜くとなると、魔力の枯渇は必然。
チラッとフィアンはアマサカを見る。
「あのでっかいクモ。こっちから攻撃しない限り見てるだけっぽいね。手伝ってくれたりする?」
「……俺は、お前達が危険だと判断したら行動するくらいにしているんだがな」
「成長させるためにって思ってるんだろうけどさ。まさかパーティー四人中三人が行動不能になるとは思わないじゃん?」
「まぁ、な。だが俺はレドフィアラではないしな」
「別にいいと思うけどね。私はアマサカのことを仲間だと思ってるよ。アマサカがどう思ってるかは知らないけどさ。でも、レオやガナード、アイラもそう思ってると思うよ。一緒に旅をしてきたんだし」
フィアンは体を伸ばす。聖遺物に触れると魔力を流し込む。天使のような輪が出現すると視野を広げる。
「でも私だけで解決できるから、私がやるね。いつかアマサカが何も気にすることなく……一緒に戦ってくれるようになったら、うれしいな」
フィアンは指先を目の前のクモ型のモンスターに向ける。大量に張り巡らされたクモの糸が矢の生み出すエネルギーに反応し、小刻みに揺れる。巨大グモは正面から放たれた矢を俊敏に避けた。しかし、矢はフィアンによって事前に決められた軌道を描く。真横から貫かれたクモ型のモンスターは炭のようになり、消失していく。同時に子グモを閉じ込めていた膜も消えた。
文字通り蜘蛛の子を散らす。子供とはいえ、一体一体がフィアンと同じサイズをしている。周囲の糸に無数に飛び散り、攻撃の機会を伺っていた。しかし、その子グモ達が攻撃に転ずることはなかった。光り輝く矢の集合体が一体一体に狙いを定めていた。
――子グモの紫色の血が周囲に飛び散る。全ての子グモの胴体が貫かれ、足だけがぶら下がっているという地獄絵図。ちゃっかりアマサカはその血をすべて避けていた。
「ぼへっ」
体力を使い切り、倒れるフィアン。さらに血を大量に被ったフィアンは顔を傾け、じとーっとアマサカを見ながら訴える。
「乙女を汚さない手段もあったんじゃないかな」
「すまん。自分が汚れないことに必死だった」
「はぁ……別にいいけどさ。これだけ汚れると、テンション下がるなー。ほら、アイラー。起きて。終わったよ」
アイラはスゥーッと目に光を取り戻していく。が、地獄絵図が目に入るとまた気を失った。その後、レオやガナードが目を覚ました。目の前の光景に吐き気を促していた。アイラとフィアンを荷物のように運ぶアマサカ。そして次の階層へと向かった。
フィアンが次の階層へと入ると、不思議そうに周囲を見回す。
「あれ? なんにもなくない? 危険そうなもの」
あまりに穏やかだった。目の前にはどうみても次の階層へと向かうことのできる階段。この階層の半分は淡水で魚が泳いでいる。さらに淡水ゾーンはいくつかに分かれていた。残った半分はまさにただの石床という印象だった。つまりただの水場があるだけの階層である。
アマサカが淡水に触れる。ペロッと指先についた淡水を舐める。
「なんの問題もない。ただの水だ。休憩用の階層なんだろうな。ずいぶんとゲーム性の高い構造だ。これを作ったやつは娯楽好きだな」
フィアンは男どもに命令する。
「よし、男子共。後ろを向けっ。別に脱ぐわけじゃないけど体洗うから。そこの小さい淡水の池使うね。あんたらはその後」
レオ達もそれには同意した。アマサカ以外はそのクモの血がべっとりとついている。洗い流したくて仕方がなかった。
壁を見ながらレオ達は今後について相談する。
「ここで一旦一泊だな。さすがに疲れたし、魔力の自然回復も狙いたい。魚も釣って食えば魔力回復、食料節約と一石二鳥だ」
ガナードも同意する。ガナード自身は魔力総量があまり多くはない。そのため、何度もシールドを出現させたことで疲弊していた。アマサカは異論はないとその流れに同意した。
レオは、ずっと疑問だったことをアマサカに投げかけた。
「なぁアマサカ。お前さ。めっちゃ強いよな」
「……もう言い逃れはできんな」
「そりゃモルガル・ホーンとかの攻撃捌き切ったりしてればな。なんでFランクに居続けるんだよ。本当は強いくせに。いくらでも称賛だって浴びれるんだぜ? 毎日毎日ギルドでバカにされて、見返すなんて余裕だろ。つってもお前は……そんなことどうでもいいって言うんだろうな」
背後からおっけーという声が聞こえる。どうやらフィアン達の水浴びが終わったらしい。レオは立ち上がりながら言い残した。
「でもな。俺らの気分はよくねーよ。お前が悪く言われんの」
上着を脱ぎながらレオは別の淡水の池へと向かった。ガナードやアマサカも同じ場所へと入る。レオやガナードの体は冒険者特有の傷が多くあった。しかし、それとは比べ物にならないほどの傷がアマサカの体には刻まれている。わざわざそれについて言及はしないものの、その複雑そうな人生に寄り添えないことが気がかりだった。
一方通行な仲間という認識が、レオにとって気持ちのよいものではなかった。




