第三十話
次の日の朝。城の前で馬車へと乗り込んでいくレオ達。エイリーはなにかを言うわけではない。アマサカが振り向くとお互いの視線がぶつかる。エイリーはアマサカを長く見つめたあと、しっしっと手で追い払うような動作をした。アマサカは馬車に背を向けて、エイリーの傍に寄った。
「な、なんじゃアマサカ。しっしっが、気に食わんかったのか。別にお主を傷つける意図など」
「言うべきだと思うことがあってな。ありがとう。向き合う勇気をお前から与えられた。またスアリーと三人で会おう。行ってくる」
「はっ……三人で、か。ほれ、さっさと行くが良い。そしてさっさと帰ってこいバカモノ」
アマサカの乗った馬車が遠ざかっていく。空を見上げる。どんなに見上げたところで涙がまぶたの中でとどまってくれることはなかった。子供のように泣きじゃくりたい。行かないでと言いたいが、我慢しなければならない。
「ははっ、わしもまだまだ子供じゃのー……どんなに大人のフリをしても、心の成長が追いついておらぬわ。くくっくっ……」
――アマサカ達はダンジョンへ向かうため、ユニオンの国を馬車で移動していた。西の辺境へ入り、天空へと伸びる塔の麓で馬車は止まる。塔の大きさに圧倒されてしまう。でかすぎるなんていうありきたりな言葉を、レオが漏らしてしまうほどだ。
レオはつばを飲み込む。白い外壁を緑色のツタが覆っていた。土は湿り、木々は揺れる。足を踏み入れるために、その手で入口の扉に触れる。その扉はユニオンの城を彷彿とさせるほど、サイズ感がおかしいものとなっていた。
入口の扉は中央から内部の光が漏れ出した。そして石を削るように重い扉はスライドしながら、勝手に開いていく。その眩しさに耐えるように細めになりながらレオ達はダンジョンの中へと入っていく。
そこは、大きな広場だった。振り向くと先程まであった扉がなくなっている。ガナードは顎を触りながら言った。
「うむ……ここが一階かどうかもわからぬな。転移かもしれん。ユニオンの城のこともあるしな」
建物内部も白を基調としているらしい。明かりは天井の鉱石が白く輝き、この広場全体を放射線状に照らしていた。フィアンは異変に気づき、弓を引いた。狙いを定め、柱の影から這い出てきた黒いゴブリンに矢を放つ。ゴブリンはそのまま影の中へと溺れるように落ちていった。
「なにあれ? ゴブリン? なんか黒かったんですけど。でもめっちゃ弱い……あれかな、最初だから肩慣らしてきな?」
だが、そのゴブリンが次々と湧き始める。影という影から黒いゴブリンが這い出てきては、フィアン達を襲い始めた。襲いかかるゴブリン達に囲まれる。フィアン達は背中合わせになるため、中央へと集まるしかなかった。だが一体一体が弱いため、まだレオの剣やガナードの斧で対処はできていた。しかし数の暴力というものが、二人を疲弊させていく。
フィアンも手伝ってはいるが、あまり魔力を消費したくないと考えていた。レオは息を切らしながら、フィアン達を守るように駆け回る。
「はぁっ、はっ! くそっ!! どれだけ出てくんだこいつら! アイラ、ここから次の階にいけそうな扉はねーのかよ!!」
「そのっ、見える範囲にはないですっ!」
「はぁ?!」
さっさと次に進みたいレオは一瞬、アマサカに頼ろうとも考えた。しかしこれはレドフィアラが成長するための攻略でもある。ここで頼るわけには行かない。
「くそっ、こいつらはどうせ永遠と湧いてくる。だとすると次の階に行くか、なにかギミックを解かなきゃならねぇ!!」
レオはアイラに飛びかかった影のゴブリンを切り裂き、背中を向けたまま言った。
「アイラ、見つけてくれ。それまで俺達は剣を振るい続ける。謎を解くことだけを考えてくれ!」
「ッッ」
アイラはレオの一言に、パンッと自身の両頬を叩いた。目を開いてあたりの情報を入手する。鉱石による光、ひび割れのない建物内の壁や床、柱。影からのみ出てくるゴブリン。
「フィアンさん! 光の矢って出せますか?! 光源が強いタイプの!」
「さすがにそれは無理っ!! 影を生むくらい輝くようなタイプじゃないのアレ!」
アイラは指先を頭につけながら、次の策を考える。
「……なら、ガナードさん! 天井の鉱石を一部破壊して入手することは可能ですか?」
「うむ、やってみよう。レオ、全方位の迎撃任せたぞ」
「はっ?! この有象無象状態のゴブリンに囲まれながら?!」
レオは自身に身体強化をかけると、息を止めた。自身の移動速度、攻撃速度を跳ね上げる。
ガナードはレオが時間を稼いでくれる間に天井まで辿り着こうと盾に魔力を込めた。空中に薄いシールドを階段状に作り上げ、それを足場に天井まで駆け上がる。天井から生えた鉱石を取るために手で引き抜こうとしたのだが……
「ぬっ……なんじゃこの硬さ、ぬけん……おそらくこの表に出ている鉱石はほんの一部。天井の中にある本体が大部分を占めると見たっ!」
ガナードは手を離し、斧を握り直す。血管が浮かび上がるほど強く斧の柄を握ると、それを鉱石の一つに向かって振り下ろした。鉱石の欠片達が飛び散る。だが一つだけ、サイズの大きい欠片が落ちていく。それをアイラが掴む。
「おっととっ。うぅ、これだけじゃ影のゴブリンさん達は消えてくれないですよね。光源によって消えてくれるのなら、影から出た時点で消えますし」
アイラは天井の無造作に生えているように見えた鉱石を眺める。ガナードが追加で取るかと聞くとアイラは首を横に振った。
「いえ、大丈夫です! これだけでなんとかできると思います!!」
アイラは違和感のある方角に目を向ける。その天井から伸びる鉱石は異様に大きく生えている。まるでそれを使って影を濃くして、なにかを隠したいかのように。
「ちゃんと、解けるようになってるんですね。ただの理不尽を押し付けるようなダンジョンではないみたいです!」
アイラは大きな鉱石の欠片を最も影の濃い柱へと向かって投げる。ガナードは天井からそれを確認する。一瞬、光が吸い込まれたような気がした。アイラはそこに突き進むことを宣言する。
「あそこに向かいましょう! おそらく柱の影となっている裏に次の階層への扉があると思います!!」
その方角をレオに伝え、レオは敵を蹴散らしながら少しずつ歩みを進めていく。ガナードは天井からその柱の近くへと飛び降りる。ゴブリンの攻撃を空中に出現させたシールドで弾くと、振り向きざまにその喉を斧で掻っ切った。すぐさま重心を反対側の足へと移動させ、盾を武器としてゴブリンの頭に衝突させる。弾けるように影が地面へと飛び散る。
先にたどり着いたガナードは柱に手を触れると空を切った。つまりここには認識はできないが進むべき空間が存在していることを示している。落ちた鉱石を投げ込むと中に階段が見えた。
後から合流したレオ達は柱の中へと駆け込んだ。すると影たちはもうそれ以上襲ってこなかった。階段で腰を下ろすレオ。
「っかは! はっ、はぁ……はぁー。ずっと動き続けるのはやべーな……息がっ」
アイラはお水をレオにわたす。
「お疲れ様です。謎解きのために、レオさんが私を信じてくれたからすぐに解決できました。それに、レオさんのおかげで集中できたんです」
「さんきゅー。ただ、まだ一階突破したばっかだからな。あとどれだけの階層があるかわかんねーんだ。もし一階から順にあの天空までつったら……あぁだめだ。考えるのやめた」
「だ、だだ大丈夫ですよ! 突破してきた人たちの平均は20とかだったと思いますから、私たちが例外とかでなければ……」
レオは思った。平均、かぁと。つまりはもっとこんな階層があるかもしれない。長くなりそうだなとため息を付いた。ゴールが決まっていない歩みは精神的にくるものがある。
一方、ガナードは盾を撫でる。さきほどの戦いで感じたが、とても馴染んでいた。即席で足場をシールドで作ったが、まるで自分の手足のように自然な出力。心の中で友たちに礼を言った。そして彼らは休憩をしたあと、次の階へと足を運んだ。扉に手を触れると、重い石の音と共に次の階が明らかになる。
アイラは首をかしげる。
「洞窟の地下水みたいな……でも塔ですから地下水っていうのもおかしいんですけど」
フィアンはそれに同意しながら言った。
「うん。言いたいことはわかるよ。黒い岩場が大半を占めてる上に、洞窟の中にいるみたいな内装だからね。しかも中央に透き通った水が湖みたいに溜まってる。洞窟の中にでも転送されたのかと思っちゃうよ」
岩の足場を進みながら周囲を散策する。フィアンは足場が悪くても慣れているのか、飛び回っていた。
「んー。足場はほんとにただの足場って感じ。まぁー、ギミックって言ったら……あれだよねぇ。罠にしか見えないけど」
中央に人一人がやっと立てるくらいの岩の足場。その中央に置かれた鍵。そこへ行くしかないだろう。だが、そこへと続く道がない。そうなれば泳ぐしかないと考えるのが普通だが。
フィアンはマジックバッグから干し肉の欠片を落とした。ジュッと、蒸発する音を出しながら干し肉は消えた。まるで強力な消化液である。
「ガナードのシールド生成での足場で行くしかないけど、さすがに足をすべらせたら終わりだしなぁ。よしっ、決めた。私がガナードの足場使って向こうまで行ってくる。足をすべらせた場合の対策もあるし」
ガナードは心配そうにしながら本当に大丈夫か? と聞いたのだが、大丈夫とフィアンは言った。
「万が一はガナードが守ってよ。んじゃ、行ってくるね」
ガナードは少し広めに可能な限り安全性を高めて足場を作った。そしてフィアンはそれを足場に軽々とその中央になんなく到着する。
「おっけー! ちょろいねぇー! 余裕余裕!!」
ガシャンッ。フィアンが無邪気な勝利宣言すると共に、周囲を鉄格子が即座に落ちてきてフィアンを囲った。周囲の水が形を持ち始める。まるで水の龍――リヴァイアサンのように。
水の龍はその体をくねらせ、フィアンを飲み込んだ。アイラの悲鳴が響き渡ったが、ガナードがフィアンを檻ごと囲うようにシールドを張った。水の龍は常にフィアンを体内にとどめ続ける。シールドがフィアンを守っているが、内部の空気が薄くなっていく。
水の龍は何かを溜めるような動作をすると、ガナードが避けろと叫んだ。細く、高圧力で吹き出された水のレーザーがガナード達を薙ぎ払うように出力される。
ガナード達は跳躍し、それを避けていた。ガナードはこれ以上シールドは出せないと警告した。一人を囲うのが範囲の限界であると。
水の龍が再び溜め動作をすると、一直線に水のレーザーを射出する。ガナードがその盾で防ぐと軌道がズレ、アイラ達を守る。しかしこのままではフィアンが酸欠で死ぬ。それも猶予はまったくない。フィアンを助けるには腹の中から救い出すか、水の龍自体を消滅させるか。
フィアンはついに立っていられなくなり、檻を背もたれにした。苦しそうにしながらアイラを見つめる。まぶたが重くなって、目を閉じる。
――アイラの目が据わる。今まで見たこともないようなアイラの雰囲気に、アマサカは気付いた。アイラであってアイラではないような、そんな印象だった。
「返して。それは私のだから」
パララッとアマサカに買ってもらった魔法書を広げるアイラ。その一ページを見つけると指でなぞった。




