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第三話

 次の日の朝。彼らは目を覚ました。レオがなにやらゴロゴロと暴れている。目にゴミが入っていてぇと騒いでいた。朝から騒がしいなぁーと言いながら、フィアンはアイラを起こす。アイラの髪をとかしてやりながら、やっぱり汚れるねーと会話する。朝食を終え、村の外に出る。道行く誰もが生きることを諦めたような目で日常を送る。


「今回は絶対に勝つぞ」


 レオはそう宣言した。これまでは野良の魔物ばかりを狙っていた。だが今回は間接的とはいえ、人への明確な被害がある。それがレオをやる気にさせていた。彼らは歩いて被害が継続的に起きている農場を確認しに行く。レオは昨日村長から聞いた話をみんなに伝える。



「常に毎日一頭の牛だけを外に置いてるらしい。他の牛は牛舎の中で守ってるんだと。つまりあの牛は生贄ということになる」



 指を差した先には、鎖に繋がれた牛が一頭草を呑気に食べていた。

 その後、彼らは1日中気を張り詰めて、農場や村の周辺を調査したがグレイハウンドは姿を見せなかった。はやる気持ちを抑えながらレオ達は村に戻る。村長はその様子を見てまた見つからなかったのかとため息をついた。いつも気づかぬ内に殺されてしまうらしい。翌日には灰だけが残っているのだと。


 提供された宿への帰り道。アイラは村長に聞いた。


「人間への被害はないんですか?」

「ん? そうじゃなぁ。今はみんなできるだけ外に出ないように引きこもっておるし、すでに逃げたものも多いからなぁ。お主達に貸した宿の主人も家族総出で、どこかへと逃げてしまったようだからの。それに家族がいなくなった、殺されたという報告は聞かんし、被害はまだ人間には及んでいないと考えておるのだよ」


「そう、なんですね。良かった……」


 アマサカは立ち止まる。アイラが首をかしげる。



「どうかされました?」


「グレイハウンドは魔物か?」


「はい? えぇ、魔物だと思います。ご存知ないですか?」

「あぁ。あまり魔物には詳しくなくてな」


 アマサカは顎に手を当て、なにやら思考を走らせていた。そしてアイラに再び確認をとる。


「魔物というのは心臓が動き、脳で考え、魔力が流れている。という認識に間違いはないか?」

「えーっと。どうでしょう? 例えばグレイハウンドは心臓がありませんし、考えているかはわかりませんが、魔力は流れているはずですよ」



「もし、普通の魔物のように……ものを考えていないのだとしたら。例えば、ただ条件によって動くだけの単純な生き物がグレイハウンドという可能性はあるか」

「そうですね……ないとは、言い切れません」



 アマサカはさらに考え込む。そして静かに自分がたどり着いた答えを確認するかのようにこう語った。



「俺はある程度気配が分かる。だがこの村や農場に魔物の気配はなかった。気配というのは自然ではない不自然な挙動から生まれるものだ。匂いや魔力、空気の揺れや風。だがグレイハウンドが自然に属するものであるのなら」



 レオは不運にも冴えていた。アマサカがたどり着いた答えに自身もたどり着いてしまった。唾を飲み込み、走って宿へと駆け込む。朝、目に入ったゴミ。部屋に落ちてきていたホコリと思っていたもの。


 パーティーメンバーや村長もレオの後を追った。レオは自身が提供された部屋ではなく、その上にある宿主が住んでいたとされる部屋へと飛び込んだ。ベッドの上には2人分に相当する灰。そして……生命力が少ないと判断されたのだろう。灰に埋もれたそれは、まだ幼い人間の……


 フィアンはたじろぎ、アイラは悲鳴を上げる。ガナードとアマサカは拳を強く、固く締める。レオは唇を噛み締めたあと、クソがッ! と叫んだ。村長は怯え、ショックを受けて腰が抜けてしまった。とっくのとうに人間自身に被害は出ていたのだ。レオは剣を掴み叫んだ。


「出てこいグレイハウンド! クソ共が! 俺がたたっ斬ってやる!!」


 だがアイラの先程の説明から、わざわざその声に反応するような存在ではないと……レオも分かっていた。それでもそうするしかなかった。この感情がそうさせた。




 アマサカは剣を降ろさせる。


「意味はない。やめろ」

「なんでそんな冷静なんだよ! この状況を見て、なんにも思わねぇのかよ!!」


「思わん」

「は? なんだとテメェ」


 全員気づいている。アマサカのそれが嘘であることくらい。


「相手は自然だ。であればやりやすい。おそらく今は本能的にこの場は危険だと判断し、グレイハウンド達は襲ってこないのだろう。アイラ」


 呼ばれたアイラは返事をする。なんですか? と。アマサカは言った。


「囮になれ」


 レオはアマサカの胸ぐらを掴んだ。彼は今すぐにでもアマサカに殴りかかりそうだった。アマサカと違い、レオ達はパーティーとしての時間を過ごしていたのだから。そんな仲間を囮になどと言えばこうなるのも必然だ。さらに感情のこもっていない淡々とした言い方にも問題があった。


「やっぱてめぇみたいなのを仲間にしたのは間違いだったなクソ野郎が。女を人質にするだと」

「そうだ。必ず守ると言いたいところだが俺には信頼がない。だがアイラ、ガナードのことは信頼しているな?」


 アイラは動揺していたが、肯定した。


「はい。ガナードさんが守ってくれると信じています」

「よく言った。作戦は深夜だ。ガナードは自身が一手で守れる最大距離で待機。フィアンはグレイハウンドの動きを牽制し、抑制しつつもグレイハウンドの感知範囲からは外れろ。レオは好きにしろ。だが感知範囲には入るな。少なくとも半径三百メートルだ」


「てめぇに言われなくても好き勝手してやるよクソが!!」


 レオはそう言って剣を収める。村長に遺体の処理を任せ、一行は最後の腹ごしらえをする。早めに仮眠を取り、準備をする。だがアイラは眠れないようだった。その隣にアマサカが座る。


「眠れないか? 悪いな。あんなことを言って」

「いえ……その、理屈ではこの人数だと襲ってこないっていうのは分かるんですけど。やっぱり怖くて。えへへ。ダメですね冒険者として。でもなんで私なんですか?」


 アマサカはアイラの潜在能力に気づいていた。ゆえにこんな提案を持ちかけたのだ。


「お前は生命力とはなんだと思う?」

「え、えっとー。元気とかですか? それとも脂肪の量とか」


 アイラはハッとした。自身の豊満な胸を見てからアマサカを少しだけ睨んでから言った。


「まっ、ままままさか。むむむね」

「違う。断じて違う。勘違いするな。お前の胸の大きさで判断したわけではない。だからそんな目でみるな」


「じゃ、じゃあなんだって言うんですか?」

「落ち着け。ちゃんと答える。お前は生命力を元気や脂肪だと答えたな。では魔物であったならどうだ?」


 アイラは顎に手を当て少し考えた。魔物にとっての生命力、元気、脂肪……


「あっ、魔力ですか?!」

「そうだ。今回の被害者である両親は魔力がそれなりにあるのだろう。だが赤ん坊は違う。まだ生まれたてで魔力の生成も蓄えもない。母親から分け与えてもらっているような状態だったのだろう。お前はまだ芽が出たばかりのたった一つの未成熟野菜を食べるか?」


「食べないです……」

「そうだ。お前は魔力が多い。そのうえで多少は戦いの備えや襲われたときの対処が可能である。特に女という部分をグレイハウンドは甘く見るだろう。村の老人は論外。男は警戒するかもしれない。女はパニックになり、戦いになっても足手まといになるかもしれない。それに生贄になれと言われてなってくれるほどの信頼はない」


「なるほど……とてもよく計算されているんですね」

「お前に魔物の知識があったからだ。無ければさらに被害は拡大していただろう。もう眠れ。あと数時間もない」


「はい……あ、そうだ……そのひとつだけ」

「なんだ?」


 アイラは身を寄せるように近づいて言った。


「アマサカさんは自分は信頼されていないと言ってましたけど、私はアマサカさんを信頼していますよ。戦いを見たわけではないですけどね。へへっ。直感です。おやすみなさい」


 そのままアマサカの肩に頭を預けて眠るアイラ。アマサカは調子が狂うなとつぶやきながら目を閉じる。そして……作戦開始の時間となる。




 時刻は深夜の二時。月明かりだけがこの農場を照らす。いつもの生贄の牛はおらず、代わりにいるのはアイラのみ。アイラの周囲三百メートル以内には他に誰もいない。牛舎の屋根にはフィアンが立っている。西方向にガナード、東方向にはレオ。息を飲む三人。一方アイラは少し手が震えていた。

「やっぱり、怖いんだね。私……」


 信頼はしている。それでも今からあの被害を生み出したグレイハウンド達が襲ってくると考えると本能が恐怖を訴えるのだ。ザザッと草が揺れる音。まるで砂の風が草をなびかせるような。アイラは叫んだ。

「ガナードさん!!」


 そうアイラが叫んだ瞬間、グレイハウンド達が五匹、地面から足を浮かせてアイラに向かって飛びかかっていた。灰色でありながら黒が強い毛並み、通ったあとには灰が軌跡のように現れる。大きく開かれた口には鋭い牙。アイラに食いかかる直前、前方の三体の胴体がくの字に曲がる。ガナードの盾がグレイハウンドの胴体をまとめて弾き飛ばす。その三体よりも高く飛び上がった追撃の二体の内、一体に一本の矢が刺さる。遅れた一匹の喉元に剣が突き刺さる。レオの剣だ。


「大丈夫かアイラ!!」

「はいっ!!」


 次の瞬間、頭上から聖水の雨が振る。ほんの一秒ほどのものだった。フィアンが二矢目をアイラ達の頭上に放ったのだ。弓先にくくりつけられた聖水の瓶をさらに速い三矢目で撃ち抜いたことで聖水が降り掛かっていた。これによりグレイハウンド達は灰になることで回復という性質を、乾くまで使えなくなる。つまり物理での攻撃が通るようになるのだ。レオの刺していた剣により一体は絶命。矢により負傷した一体とガナードにより突き飛ばされた三体のグレイハウンドが立ちはだかる。


 立ちはだかるということはグレイハウンド達は戦力としてレオ達を上回ると判断していた。レオはこの野郎と思いながら剣を引き抜く。


「上等だ。自然だかなんだか知らねぇが殺してやるよ。報いを受けさせてやる」


 ガナードは正面に立ち、盾と斧を構える。アイラは背丈ほどの杖を地面に叩きつけ、回復フィールドを用意する。フィアンは常に聖水の瓶がくくりつけられた矢を準備。乾く前にまた濡らすためだ。それを念頭に置きながらサポート用の矢を装填し、弓を引く。



 一進一退の攻防が続いた。正確な間合いを取るグレイハウンドによって、未熟なレオの攻撃が全く届かない。ガナードはグレイハウンドの攻撃を盾で受けたあと、反撃として斧を振るが、フェイントを多用してくるがために翻弄され、浅い傷しか与えられない。しかもフィアンの位置を把握しているのか、常にフィアンとその仲間の一直線上になるように立ち回っている。結果、フィアンは聖水を打ち続けるハメになっていた。だがここでの負けは死を意味する。逃走もこの実力差と数では不可能だ。


 そしてだんだんとアイラの回復よりも傷の入りの方が早くなっていく。このままではジリ貧と判断したフィアンは勝負に出る。


「刺さったらごめんガナード!!」


 フィアンは弓をまるで月にでも放つように角度をつける。放たれた矢は高い放物線を描く。ガナードが盾を構えたとき、目の前のグレイハウンドの頭蓋骨に一本の矢が突き刺さる。



 これが勝負を分けた。この瞬間グレイハウンド達は戦力差が覆ったと判断し、逃げようとした。だが逃げ遅れた一体はガナードに飛びかかる動作を変えられず、ガナードの斧によって首を落とされる。レオは背を向けた一体に剣を投げつけ行動を封じそのまま剣を握り、斬りつける。残った一体は運よくその場からは逃げたが、音を置き去りにするような瞬速の矢が突き刺さる。


 ――これで終わった。これですべてのグレイハウンドを倒したのだとアイラ達は喜んだ。レオは剣を掲げた。


「どうだ! やってやったぜ! 勝った! ついに!! 俺達は前に進んだんだ!!」


 ガナードも口角を上げる。アイラもほっとしたのか少し涙を浮かべながら喜んだ。そしてフィアンも弓を置いた。


「良かった。これで勝ったんだね。村の人たちも」


 ――気づいたときには遅かった。背後に気配を感じ、振り返ったフィアンは息を呑んだ。


 一体のグレイハウンドが大きく口を開けて飛びかかっていたのだ。

 フィアンは思った。どうして五体だけだと思ったんだろう。どうして家畜を襲うグレイハウンドと人を襲っていたグレイハウンドが同じだと判断したんだろ。あーあ。これは避けられないや。ごめんみんな。ごめんアマサカ。

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