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第二十五話

 ――時は戻る。アマサカ達はグラフトボーンを討伐後、ドワーフの国へと向かっていた。馬車は順調に旅路を続け、遠くに山岳地帯が見えてきていた。ドワーフの国というのは、山二つの間に築き上げられた国家である。山は鉱山となっており、そこで取れる鉱石がドワーフの産業を支えていた。



 馬車はゆるやかな坂を登り続ける。カンッ……カンッと金属音がやまびこのように響いていた。馬車がドワーフ達の国へ近づいていくと、鉄粉や油の匂いが空気に混じり始める。ついに馬車は山頂を越え、下り坂へと入る。そこから見下ろす景色。夕日は山の向こうへと落ちた。残った明かりはドワーフの国が灯す魔導ランプや溶接炉。上層の居住区、中層の工房、下層の鉱山への入口。これがドワーフの国の多層都市という構造だった。



 馬車は土の道からレンガで舗装された道へと変わっていく。乗り心地が変わるとガナードは笑みを浮かべながら匂いを嗅ぐ。



「懐かしいのぉ。この匂い。赤ん坊の時から嗅いでおった日常の匂いじゃ」


 馬車がゆっくりと止まる。アマサカは荷台から降り、ガナードとなにやら相談をしていた。


「ガナード。あの亜人の少女達が泊まれるような大きな宿はあるか?」


「ふむ……面倒を見ることを考えるとわしの家の近くの方がよいな。近くに団体用の貸し切り宿がある。空きがあればそこを貸してもらおう。なければ少々手狭じゃが、わしと恋人の家、収まりきらん子達をいくつかの宿に泊まらせるのがよいじゃろ。あまり分散させたくはないがな」


 アマサカはそれでいいと言った。その後、運よく宿は一週間ほどの空きがあると伝えられる。一週間分の宿を予約し、馬車からまだ怯えたままの少女達を誘導する。一人の少女が立ち止まった。


「あの……私、家に帰されるんですか?」


 まだ地図が頭にないのだろう。奴隷となっていた間、馬車に閉じ込められていたという事実もある。少女は自分が今どこにいるのか、よく分かっていなかった。アマサカはしゃがんだ。


「帰りたいのか?」


「……嫌、です」



 それを見ていたリザードマンのドリッグは気づく。それがグラフトボーン討伐に行く直前に立ち寄った村の子だと。あの時、酒場で娘が人間に貰われたと喜んでいた親の娘。ドリッグはそれをアマサカに耳打ちする。少女はアマサカの服を掴み、訴えかけた。


「帰りたく、ないです。あんなの、親じゃない!!」


 その叫びと共に涙をこぼす。レンガはその涙を吸い取り、染みを作りながらまたその染みを増やした。


「だって、私がどんなに嫌だって言っても誰も止めてくれない。私のことなんて心配も名残惜しさもない。どうして? パパもママも私の親なんじゃないの? 私が買われてから一度も私のことなんて見なかった。お金しか見てなかった……怖かったのに、何をされるんだろうって怯えてたのに……!」


 アマサカは彼女の頭を優しく撫でる。あの村ではそのやさしさが珍しいのだろう。その刺さるような泣き声を、アマサカはそれを受け止めた。金属音が泣き声をかき消しながら響き渡る。


「大丈夫だ。お前達に危険な行為はさせない。安全を保証する。俺は強いからな」


 少女は納得し、泣き声は少しずつ静かになっていく。涙が落ち着くと少女は宿へと入っていく。フィアンやアイラが同じ宿に泊って面倒を見ると言ってくれた。


 一旦少女達を宿に残し、アマサカ達はガナードの家へと向かう。ガナードが自宅の鍵を開けると、一人のドワーフ女性が掃除をしていた。音に気づくと振り返り、そのドワーフ女性は掃除用具を落とす。


「ガナード!」


「ただいま、ナディ」


 飛びつくナディ、そしてそれを受け止めるガナード。熱い抱擁の後、ゆっくりと離れたナディは続けてレオを抱きしめる。


「立派になったわね……レオ」


 感動的……と思いきや。


「いって! いてててて! ナディ! 力つえーって。折れるわ!!」


「あらっごめんなさい。つい力が入ってしまったわ。相変わらず軟弱なのね」


「種族差ッッ!」


 レオはナディに解放されるとそのまま地面に倒れる。抱きしめられた形のまま小刻みに震えていた。アマサカはそれを無視して言った。


「よし、入るか」


「ちったぁ心配しろよ……!」



 床で痛がるレオを放置して全員が椅子に座る。とはいえそんなに椅子は用意されていないのでドリッグはソファへと座った。ナディは全員にお茶を用意する。


「ユニオンの茶畑で取れた新茶です。とてもおいしいですよ」


 それぞれがお茶に口をつける。お茶の香りが口に広がっていく。飲み込んだ後、息を吸うと肺いっぱいにその香りが満たされていく。おいしいと口々に言った。リザードマンのドリッグはコップを口を開けて一回で飲み干す。こいつはうめーなと笑う中、ナディは湯呑を倒れているレオの顔の近くに置いた。


「冷める前に飲んでね」


「飲めるか!! 筋肉も骨も伸び切ってこの形から変えられねーよ!」



 小さな声でアイラ、助けてくれと言う。するとアイラは、自分がヒーラーだったことを思い出す。とりあえずヒールをかけ続けた。そのおかげか、レオは少し動けるようになると、お茶を飲みながらドリッグの隣へと座る。




 ため息をつきながらうめぇと呟いた。ナディは立ったまま、ガナードに問う。


「このままここにいる。というわけでもないのでしょう? いつ出立するんですか?」


「全員の装備をここで調整しようと思っていてな。およそ一週間もあれば充分だろう」


「そうですか。一週間……次に帰ってくるのはいつですか?」


「そうじゃな……ユニオンへ向かった後、ダンジョンを攻略したら帰り道で寄るじゃろう」


「お待ちしていますね。では私はこれからみなさんの夕飯をお作りいたします」


「……それなんじゃがな」



 ガナードは奴隷として買われた少女たちがいることを伝えた。すでに時間帯も遅く、それだけの食料かつうまいものを用意するのは難しい。そこで全員分作れないかと言った。ナディはふふっと笑うとこれは大変ですねと調理器具と材料の調達に向かった。ドリッグやアマサカは手伝うと言って席を立った。



 街へと繰り出した三人。温かい色の街灯の下、商店街へと向かった。ちらほらとしまっている店もある。ナディは歩みを進め、次々と指示を出していく。


「こちらの小麦粉を二十キログラム。次に油を……」




 マジックバッグに次々に収納していく。ドリッグはそれ便利だなーと言いながら膨れ上がったマジックバッグを片手で持ち上げる。調理器具の調達も終わり、家へと戻る。アイラやフィアンにも助け舟を求め、食事作りが始まった。庭へと出ると、大きな焚き火台を利用した調理環境。とんでもないサイズの寸胴を置くとナディは石に魔力を込めて焚き火に向かって投げ入れる。炎が巻き起こり、寸胴が温められていく。


 大量の小麦を中に入れ、焦がしの工程に入る。暑さに耐性のあるドリッグに小麦粉を混ぜることを任せ、女性陣はせっせと具材の下処理に入った。


 そして、大量の具材の下準備が終わると、別の鍋を用意し、すべて投げ込む。大量の油を入れ、一気に加熱する。ドリッグの炒めていた小麦粉が香ばしい匂いを出し始めると具材をその中へと一気に入れる。


 大量の水と牛乳を混ぜた液体を流し込んでいく。複数回に分けて寸胴を満たしていった。そして煮込みながら味付けをしていった。一時間後、全員分を賄うほどのシチューが完成。これに商店街で買った大量のパンと肉をセットにすれば今日の夕飯となる。ナディは額の汗を拭った。


「よしっ、できましたね。今日はひとまずこれで。明日から一週間、やりがいがありますね」



 別の鍋に自分たち用のシチューをとりわけた後、ドリッグとアイラ、フィアンは少女たちのいる宿へと向かった。少女たちは配られたシチューを眺める。ここまではずっと保存食ばかりだった。用意も少なく、満足に食べられたことはない。一口、また一口とその手は止まるところをしらない。


 温かなシチューが喉を通っていく。新鮮な肉の油が口にあふれる。小麦のやさしい香りがパンをかじると鼻から抜ける香りに食欲が増していく。当然のことながら、少女たちの中には泣きながら食べているものもいた。キースの残虐な奴隷の扱いを目の前で見たものも多い。それと比較した結果、今は幸福の園にいるかのように感じているのだろう。




 一方その頃、食事もそこそこにガナードは席を立つ。ナディはどちらかに行かれるのですか? と問いかける。


「あぁ……わしはちょっと、友人たちに会ってくる。ナディ、懐かしい味だった。美味かったぞ」



 ナディに食事の礼を伝えたガナードは夜の街を歩いた。友人たちがいつも飲んでいる酒場へと足を運ぶ。ドワーフの友人三人がテーブルを囲んでポーカーをしていたのだが、ガナードを見つけるとその手を止める。一人が久しぶりだなぁと喜んだ。ほか二人も同様に喜びながら、いつもガナードが座っていた席に座るように促した。


 ガナードはその席に座り、カードを受け取る。酒屋のマスターにウイスキーと呟いた。ポーカーを続けながら、ガナードはこの国を出てからのことについて語った。その話はドワーフ達にとってはとても新鮮で、酒のツマミには上等すぎるくらいだった。


「こうしてこの国に戻ってきたわけじゃ。そしてわしらはこれからユニオンへ行った後、ダンジョンに挑戦する」


「ユニオンの近くのダンジョンって言ったらお前……創造の神が作ったダンジョンの一つではないか。まだ真のダンジョン達成者はいないって噂だが……」


「受付嬢から話は聞いた。帰ってこないか、あるいは帰ってきたとしても報酬は創造神が作ったものとは思えないようなしょっぱいものじゃったと。じゃからもし、真にダンジョンを踏破することができればそれは……多大なる恩恵を人類に与えるのではないか。という期待があるらしい」


「本気で行くのか? 足を運んでも骨折り損ってことになりかねないんだぞ?」


「行くともさ。わしらは冒険者じゃからな」


「そうか。新しい土産話を待っている。フルハウス」


「ぬっ……」



 カードはシャッフルされ、次の手札が配られる。ガナードはウイスキーを飲みながら言った。真剣な表情は酒に酔った友人達でさえ、静かに耳を傾けるほどだった。


「一つ、わしの相談を聞いてくれんか。わしは……強くなりたい。今のままでは足手まといになりかねん。わしがヘイトを買って守り切る。これがレドフィアラというわしらパーティーとしての――大前提じゃ。しかしわしのレベルも全く上がらんのでな……」


 友人たちは互いの顔を見合わせる。そしてにやりと笑いあい、任せろとだけ言った。

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