第二十三話
それから宿へと戻る。レオはベッドの枕に両手を組みながら頭を乗せた。天井を見ながら思い出すのは先程の出来事。自分の子供を簡単に奴隷として売り払ったことについてだ。自然と口が開いた。
「俺、さっきの亜人だけを責めたけどよ。でもこの世界ってのはそれが、まかりとおる当たり前の世界なんだよな。俺達でどうこうできる問題じゃねーし。どうしようもできねぇけど、せめて……買ったやつが良心的であることを祈るぜ」
誰かがその言葉に返事をするわけではない。けれど、そこにいたドリッグも、ガナードも……そしてアマサカも思うところはあるようだ。それ自体が社会の仕組みであり、疑われることのない常識であることは分かっている。レオの言葉もまた、正しいという括りに入ると分かっていた。
そして夜が明け、馬車は依頼を受けた村へと到着した。村人の三割が亡くなったとされる村。だが、不思議なことに、村は日常を送っていた。そこへ一人の亜人の少女がやってくる。赤い瞳を持つ少女は、サイドテールを揺らしながら丁寧に歩いてくる。そのサイドテールの髪飾りには黒いスカーフを巻いている。
「ようこそおいでくださいました。わたくし、この村で村長を務めさせていただいておりますアフィスと申します。このたびは我々の村を救うために足を運んでいただいてうれしく思います」
村長は用意した宿へと案内する。向かう途中、今回の事件について詳細をアマサカ達に共有する。
「およそ数ヶ月前のことです。村の周辺に生きる屍が現れ始めました。身体能力の高い我々亜人にとって、生きる屍はたいして脅威ではありませんでした。ですが、次の日になると再び動き出すのです。だんだんと村人も疲弊しはじめました。問題はここからです。骨だけだった生きる屍が、肉をつけたのです」
レオは疑問に思った。
「肉? 生きる屍がか?」
「えぇ。どうやら戦いを経験値とし、進化してしまったようです。我々はグラフトボーンと名付けました。倒すことができれば、生きる屍と違って消滅することが確認されました。つまり不死性はなくなったということです。ですが……亜人という身体が元になって進化していますので、我々では対処できなくなりました。段々と劣勢になり、村人が亡くなっていきました。そして亡くなった村人も生きる屍と変わってしまいました。そして再びグラフトボーンへと進化するという循環です」
「それでギルドに依頼を出したってわけだな」
「そうなります。わたくしの父は村長だったのですが、先日の戦いによって亡くなってしまったので、わたくしが村長を務めさせていただいております。おや、目的地に到着しましたね。こちらが皆様に使っていただく宿になります。グラフトボーンは日が落ちると活動を始めます。報酬は大金を出せますのでご安心ください」
村長は宿の前で頭を下げるとその場から立ち去った。レオ達は宿の一部屋に一度集まり作戦会議をした。
「っつーわけで、俺達はグラフトボーンを全滅させなきゃいけないんだが……数が多そうだよな。順調に倒せたとしても数日はかかるんじゃねぇか?」
ドリッグは窓の外を見ながら言った。
「あいつらに毛が生えた程度の強さならすぐに終わるだろうさ。戦闘能力自体は低そうだ」
「ドリッグは別に戦わなくてもいいんだぜ? 俺達への依頼だからな。戦ってくれるなら報酬は分けるけど」
「乗りかかった船だ。一緒に戦うさ」
その後、作戦会議を終えるとアマサカは立ち上がる。少し散歩をすると言いながら部屋を退室した。なんの変哲もないただの亜人の村。なぜ生きる屍が出始めたのか不思議に思った。ふと、花壇に目をやる。ある程度歩いていたが花を育てるような家はなかった。
「花か。昼なのに水滴がついている。愛でているんだな」
「正解でございます」
背後から村長であるアフィスの声が聞こえる。
「アフィスか。気配もなく近寄れるのはお前達亜人の能力か?」
「ふふっ。いえ、私特有でございます。よく村を抜け出して遊びに行っていたものですから」
「それだけでできるようなものではないと思うが」
「我々の種族は耳がいいんです。私は幼い頃から気配を殺すことだけを練習してきましたから。グラフトボーンにも悟られないんですよ?」
「努力の賜物か」
「そういうことです。この花、きれいだと思いませんか?」
「あぁ。白を基調としながら花の先が様々な色を生み出している。可能性を感じるようないい花だ」
「アマサカ様、分かっていますね。花について語らうことができるなんて、夢にも思いませんでした。我々の種族に花を愛でるような感性を持つものはいませんから。アマサカ様は他に好きな花などはございますか?」
アフィスはアマサカと花について語った。聞いたこともないようないろんな花の話を聞くと、アフィスはまるで子供のように笑った。本来それが正しいのだが、それは村の社会が許さない。アマサカはアフィスとの談話が終わると、宿に戻ると言ってその場を立ち去った。アフィスは花に触れながら微笑む。
「誰かと趣味を共有して語らうのって、こんなにも楽しいんですね。でも、これで終わってしまいます」
倒せても倒せなくても別れ。アフィスは表情を村長としての表情へと戻した。
「さて、夜も近づいてまいりました。準備を進めていかなければなりませんね」
――日が沈む。地面に大量のひび割れが発生する。土を掘り起こしグラフトボーンは姿を見せる。生前の亜人と似たような姿をしているものの、個人を判別できるようなものではなかった。
宿の窓からドリッグが外の地面に飛び降りる。
「よっしゃ仕事と行くか。悪いな。あんたらをもう一度殺すぜ」
後を追って窓からレオも飛び出した。剣を構え、敵の攻撃を警戒する。
「ドリッグ、村長に話はつけた。村の亜人達には外に出るなってな。だからグラフトボーンは全員こっちに来るから注意しろよ」
「おう。死ぬなよレオ」
「こんなとこで死ねるかよ」
グラフトボーンの動きは素人に近い。ただ、懸念していた通り身体能力が高い。大ぶりな攻撃でも並みの冒険者ほどの速度が出る。グラフトボーンの蹴りをレオが剣を使って受け止める。だが、想定以上のちからで軽く体勢を崩す。
「うげっ、思ったよりも力がつえぇ」
体勢を崩したレオとグラフトボーンの間にドリッグがファイティングポーズを維持したまま入りこむ。一瞬の右ストレートでグラフトボーンは尻もちをつく。次の瞬間、ドリッグの蹴りがグラフトボーンの頭部を消滅させた。血飛沫が地面に軌跡を残す。
「……気持ちのいい仕事じゃねぇな」
ドリッグはそう言いながらも他のグラフトボーンを警戒する。まだ数の底が見えない。グラフトボーンが拳を引くように力を貯めるような動作をしたあと、ドリッグの腹部に拳を入れる。だが、巨大な岩を殴ったかのようにドリッグはびくともしなかった。グラフトボーンが驚く暇もなく、ドリッグのフックによって頭部が消滅する。
レオもグラフトボーンの行動に慣れ始め、最適化されていく。防御は不適切だと判断し、相手の攻撃はすべて避ける。そして相手の未熟さを考慮し、大ぶりでグラフトボーンの首を斬り落とす。
アイラは宿の玄関から出てきて回復フィールドを張る。そして魔法書を手に魔法を唱える。
「集中集中……魔力を循環させながら魔法書の魔法陣をイメージ……放出するように……イグナ・フレイ!」
……何も起こらない。ドリッグはアイラを守りながら言う。
「な、何してんだあんた。魔法使いじゃないのか?」
「うぅ……見習いですぅ」
恥ずかしそうに顔を隠す。それでも回復フィールドを張りながら練習するように何度も魔法を唱えていた。
一方フィアンは宿の天井に登り、全体を確認する。弓を引きながら正確にグラフトボーンの頭を撃ち抜く。聖遺物の力を完全解放はせず温存する。何かあった時、すぐに対応できるようにするためだ。万が一自分以外が動けなくなった場合に備えている。アビスギルドの時のようにアマサカに頼れない状況が来るかもしれない。
そのアマサカはフィアンの隣で戦いを眺めていた。動いていないということは、問題ないと判断してるんだろうなとフィアンは思っていた。突如アマサカが背後を振り返る。村の外に何かを感じたようだ。
「フィアン。任せていいか?」
「何かあった? いいよ。行ってきて」
「あぁ。任せた」
アマサカは音もなくその場から消える。屋根の上を軽々と飛ぶように進む。村の囲いの外に出ると一体のグラフトボーン。だが様子がおかしい。元の姿が判別できない。まるでいくつものグラフトボーンが合体したかのようだった。しかもその大きさがあきらかに亜人一人分ではない。その数を亜人に換算すると百人ほどだろうか。
「進化途中か? 魔物のことはよく分からんな」
アマサカがつぶやき、刀に手を触れた時だった。謎のグラフトボーンがなにもない空中を空振りするかのように腕を振り払った。その軌道に乗って、斬撃がアマサカに向かって飛んでくる。アマサカは驚き、その斬撃を刀で弾き返す。
「剣を持っているのか? しかし、肉が溶けて判別ができんな」
謎のグラフトボーンは腕の一つを天に掲げる。巨大な雷撃がアマサカに降り注いだ。だがその場にはもうアマサカはいない。一瞬のステップで位置を変えていた。雷撃のあった箇所は焦げ付き、煙がプスプスと立ち上っていた。そしてどうやら休む暇はないようだ。
――雷撃を避けた後、アマサカは空を見ながら目を見開く。自分を囲むように魔法陣が五つも出現したのだ。知能なき屍がこんなことを可能とするのかと、アマサカは動揺していた。五つの属性魔法がここら一帯に降り注ぐ。アマサカは深く構えを取る。
「居合抜刀――神威」
その居合は降り注ぐ魔法を切り裂いた。無数の斬撃がすべての魔法、魔法陣を切り刻む。属性を持ったはずの魔力の粒子が雪のように力を失いゆらゆらと落ちていく。間髪入れずにアマサカは呟く。
「空蝉」
謎のグラフトボーンの目の前に立ったアマサカ。謎のグラフトボーンはアマサカを逃さぬように覆いかぶさる。そしてその腕の中で数十にもわたる魔法を内部にいるアマサカに向かって解き放つ。その衝撃で謎のグラフトボーンはボコボコと肉体を風船のように膨らませては収縮を繰り返していた。
――謎のグラフトボーンは腕の中にいるはずのアマサカを覗き込む。しかし、そこにアマサカはいない。謎のグラフトボーンは確かにアマサカを逃さないように覆ったはずなのに。謎のグラフトボーンはアマサカの残像に向かって魔法を放っていただけだった。背後に立つアマサカは再び抜刀術、神威によってグラフトボーンを塵のように細切れにした。細切れになった肉の音と別に、時折重い音が地面に落ちる。
アマサカはそれを手に持った。
「これは……銀か? いや、別の鉱石だな。鎧に使われるような」
――アマサカはそれを捨て、即座に振り返った。同時に刃は抜かれ、対象の首を切り落とそうとしていた。だが途中で、その刃は相手の首を落とすことなく寸前で止まる。
「……アフィス。戦闘中に気配もなく近寄るな」
「申し訳ありませんアマサカ様。すごい音がしたので足を運んだのです。まだグラフトボーンが残っているんじゃないかと思いまして」
アマサカは刀を鞘にしまう。
「不思議なグラフトボーンだった。こんなのが居て、よく村は全滅しなかったな」
「わたくしも初めて見ました。ここまで巨大で多くの魔法を扱うなんて」
アマサカはその近くに馬車を見つける。自分たちのものではない。
「馬車? なんだあれは」
「さぁ……わたくしも存じ上げておりません。以前冒険者の方が来ていたのでその方の持ち物でしょうか?」
馬車の荷台を開けると、そこには十数名の亜人の少女達がいた。栄養失調なのか全員ぐったりしている。
「アフィス」
「はい。すぐさま準備いたします」




