第二十二話
ガタッガタガタッと馬車は色褪せた大地をその身を揺らして進む。ムスッとした表情のレオに、アイラは平謝りをする。
「すいませんレオさん……同行者が増えることを言ってなくて」
「ほんとになっ! 突然リザードマンが旅についてきます。なんて重要なこと伝え忘れるか? 普通……」
「実は……その……昨日ドリッグさんとレストランで別れてから買い物をして、部屋に戻ったんです。でもレストランの食事で満足感がすごくて……そのまま私もフィアンさんも朝までぐっすりと」
「子供かッ!」
うぅ……と指先をツンツンとしながら申し訳なさそうにするアイラ。フィアンはどうとも思っていない様子でドリッグの腕を触っていた。どうやら肌の質感がトカゲなので興味があるようだ。フィアンがすごーいと褒めるとドリッグはマッスルポーズをして、ムキッという効果音を自分の口で言っていた。レオは頭を抱えた。
「……あいつはいつも通りのバカだな。罪だとも思ってねぇ。んで? アマサカは? まさかお前もお腹いっぱいで寝てましたとかいうんじゃないだろうな」
「あぁ。そんなわけがないだろ。忘れてた」
「いさぎいいなおめぇ!! なに誇らしげにしてんだっ!」
ため息をつくレオを指さしながらドリッグは、なんであいつ疲れてんだ? と聞くとフィアンは放っておいて。元気が有り余ってるからこうして消費してるのよと、冗談を言った。レオは疲れはて、反論する体力すらも面倒だと寝転がった。
それから太陽が真上に位置してきた頃、馬車が木陰へと入る。ここで休憩をするとのことだった。ドリッグはチェックポイントだなと言うと馬車から降りる。馬たちは大量の水を馬車のコーチマン、つまり馬の主人である亜人から与えられていた。
周辺を見渡し始めるドリッグ。
「確かにこのあたりは魔物もあんまり出ないし、休憩にはもってこいだな」
そう言いながらどこかへと歩いていく。そして蟻地獄のようなくぼみを見つけるとその中心へと歩いていった。よくわからない行動をするリザードマンのドリッグに対し、レオは大丈夫なのかよと声をかけた。ドリッグは笑いながら答えた。
「大丈夫だ安心しろー。魔物はあんまり出ないって言ったろ? こいつはドライアードフィッシュっつーでっかい魚が作ったもんだ」
「へー。んじゃあ魔物じゃないから大丈夫なんだな?」
「もちろんよ。ドライアードフィッシュはこうやって獲物が逃げられないようにしてパクッと食べるってわけだ」
「……じゃあお前餌じゃねぇかッッ!」
ドリッグを丸呑みできるようなサイズのドライアードフィッシュが、ドリッグめがけて飛び出してくる。ドリッグは足を砂に踏み込み、小さくかがむ。ファイティングポーズをしながら右手を握りしめドライアードフィッシュの顎へとアッパーを叩き込む。
上空へと飛び上がったドライアードフィッシュの目が白目となり、蟻地獄の外へと打ち上げられた。
「うしっ。食料確保」
パチッパチパチッと焚き火の音がする。木陰の遠くでドリッグがドライアードフィッシュを丸焼きにしていた。気温が高い為、その熱がレオ達に伝わらないよう離れた場所で調理してくれていたのだ。
焼き上がると一人分ずつ切り分けて持ってきてくれる。レオはちゃんと礼を言いながらパクッと一口かじってみる。皮がパリッと身から剥がれる。中のドライアードフィッシュの身は水分を多く含み、旨味と共に口の中で溢れていく。身自体はタンパクでありながら、その旨味が際立って舌を満足させていた。
「うめぇー……」
レオの一言にドリッグは満足げな表情をする。
「そうだろ? このあたりの地面の表面は乾いてる。だから表層で生きる動物は水分を蓄えやすい性質を持つ。スコールや少ない水分をできるだけ保持するように進化してるわけだ。だがドライアードフィッシュはその身に水分を蓄えながらも、地面の下へと潜り込むことができる。そこにはスコールによって溜まった雨水が大量にあるんだ。だから水分を蓄えやすいにも関わらず、水分が潤沢という贅沢な生き物だ。
ただまぁ、水分だけじゃ生きれないからな。ああやって肉という栄養分を確保する。贅沢をした生き物ってのは美味いんだぜ?」
「そういう理屈だったのか……ただそういうのは全部言ってから行動しろよ。リアルタイム過ぎて焦ったわ。そういやあんた、遠くに行ってから一人でこいつを調理してくれてたけどよ。暑くはねーのか?」
「リザードマンだからな。高温にも耐えられる。変温動物の利点だ。しかも俺の種族は暑さで行動力が上がるって性質があるからな。その辺のリザードマンとは違うぜ。その代わり極寒の地域に行ったら動けなくなるけどな」
ドリッグは残った肉をすべて食すと満足そうに寝転んだ。心地よい風が流れている。
「アマサカだったよな。そこの兄ちゃん。あんた片目閉じてるがどうしたんだ?」
「あぁこれか? 昔にちょっとな。わけあって開けられなくなった」
「開けられなくなった? 視力を失ったとか、戦いで傷ついて使えなくなったではなく?」
「開けられないが正しいな。視力もない」
「……」
ドリッグは起き上がり、アマサカの隻眼の瞼にふれる。試してみてもいいか? と一言付け加えてからグイッと目を開けさせようとしてみるが、まるで縫い合わせているかのように瞼は開かない。
「うぉぉぉおお!」
「気合を入れたところで開かないもんは開かん。後痛い」
くだらない冗談を終えた後、コーチマンがそろそろと言うと馬車へと乗り込む。そしてまた馬車は走り出す。目的のギルド依頼の村よりも一つ前の村へと馬車はたどり着いた。
ここまで長旅であったこともあり、疲れが徐々に身体に溜まってきているのを全員が実感していた。危険や事件があったわけではないが、やはり長いこと馬車の荷台に乗るのは負担が大きかった。
ドリッグは馬車から出ると全身を伸ばし、あくびをする。
「うぁー……あー……あぁ……だいぶ身体が痛くなってきたぜ」
寂れた村の中を、ドリッグが案内する。
「このあたりはあんまり宿もなくてな。普通ならもう少し北のルートを通ってユニオンに向かうんだが、あんたらの要望通り依頼の村に行かなきゃならないからな。北のルートならもっと贅沢な街があったんだが」
レオは村を見渡すと確かに活気がないなと呟いた。ドリッグはレオにそうなってしまった理由を話す。
「そりゃ道なりも悪いし、これと言った産業もないからな。立ち寄るメリットがなけりゃ亜人は寄ってこない。そんで亜人は稼げる方へ流出する一方ってなわけだ。定住しようなんてやつも少ないさ。次の村と似たような村さ。俺は……どっちもあんまり好きな村じゃないけどな。んじゃ、宿に案内するぜ」
村の中心地にある大きめの宿へと足を運ぶ。男四人、女二人で部屋を確保する。遅くまでやっている食事処があるとドリッグは言って、そこへ案内する。店に入ると騒ぎ立てていた。一体の亜人が酒を掲げ、楽しそうにしている。ドリッグは不思議そうに席へと座る。
「随分と賑わってんな。めずらしい。何度かこの酒場には来たことはあるが、もっと静かな雰囲気だったはずだが」
すると隣の席の亜人が事情を説明する。
「実はあの男、大金が入り込んだんだってよ」
「大金?」
「そうだ。だからここ最近、羽振りがいいんだよあいつ。どんなことがあったかは、本人に聞いてみな? 嬉しそうに全部話してくれるぜ」
ドリッグは注文ついでに酒を掲げている亜人に問いかけた。
「おいあんた。最近羽振りがいいそうじゃねーか。なんかいいことでもあったのか?」
「おっ、リザードマンか。へへっ。聞いてくれよ。うちの娘が貰われたんだよ。人間の貴族様によ」
「へー。そいつはめでたいな」
「だろ? 大金を渡されてこれで買わせてくれってさ」
それを聞いた瞬間、レオが表情を曇らせる。そして怒りに満ちた顔でそいつに殴りかかろうとしたが、ドリッグに止められる。
「なんでとめんだよ! ありゃ嫁って意味じゃねぇ。奴隷ッ」
ドリッグの表情を見たレオは大人しくなる。彼の表情もまた、苦痛を表していた。
「亜人は人間とは違う分類だ。そして亜人の中でも種族は多様だ。価値観が違うなんて当たり前。このあたりの亜人にとって家族の絆なんてのはそんなもんだ。本人だって奴隷として売り出したことは分かってる。まるで商品の出荷のように娘を出した。そしてその金をばらまいてる。けどな。そういう習性なんだよ。こいつらは」
「……それで、いいのか? だってよ。だって」
「他人のために怒れるお前は誇っていい。それが人間の大事なもんだ。娘の年齢にもよるが、ガキはきついだろうな。こいつらの習性は大人になるにつれ、親や大人の教育で身についていくもんだ。だからまだ……ガキは命を大切にし、家族と離されたことをきついと感じているはずだ」
「なら、今すぐ助けに」
「正当な取引の上だ。諦めろ。おまえのやろうとしていることは強盗でしかねぇ。親元に返したとて、これが親だぞ。もし親元ではなく自分たちで面倒を見るというのなら、何人もの亜人の面倒を見ることがお前にはできるか? 世界にどれだけの奴隷がいると思う? 救えるものくらいは救いたい。その志は立派だが、後のことを考えているか? これがな。現実なんだよ。それにそいつがどこのどいつかも、本当に悪なのかもわからねぇからな。出しゃばれねぇ」
ドリッグに叱られたレオは大人しく席に座った。フィアン達も浮かない顔をしている。その横で、盛り上がる亜人達を尻目に味のしなくなった料理を口へと運んでいった。この対比が、種族間の価値観の違いを表現していた。
これがドリッグの言っていた、このあたりの村を好きになれない理由だった。




