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第十九話

 ――それから長い月日が過ぎた。冬が本格化し、年の終わりも見え始めた頃。


 ギルドの酒場に集合していたレドフィアラのメンバーとアマサカ。そろそろ次のクエストを受けよう、という話になったのだ。これまで、手頃なクエストは各々こなしていた。けれど、メンバー全員が揃い、なおかつ大きな仕事をするのはモルガル・ホーン討伐以来の試みだった。



 フィアンはアマサカをちらっと見る。あのキスをしてからアマサカはそのことについて言及はしてこない。言及するなというフィアンの約束を守ってくれていたのだ。


 フィアン自身は当初、アマサカと会話するのを戸惑っていた。にも関わらず、アマサカがあまりにもいつも通りなので、緊張している自分がだんだんと馬鹿らしくなっていった。そして少しずつ関係性はもとに戻っていく。けれど、意識はさせられたはずだと自分に言い聞かせるフィアン。



 ――いつか、最後まで逃げずにもう一度言うんだと心に誓った。



「フィアンさん?」


 アマサカを見つめていたフィアンに、アイラが声をかける。フィアンはビクッ! と身体を反応させ返事をした。


「あっ、なに? アイラ」


「いえ……どこかぼーっとしていたので」


「ううん。大丈夫大丈夫。今回アマサカは参加するのかなぁーってさ。セラとかも」



 問いかけられたアマサカは依頼次第だ。と一言だけ。一方レオはセラの名前を聞くと一瞬冷え込むように固まるが、咳払いをしながら言った。


「ん、ごほっ。まぁセラは忙しいからな。AランクだけどSランク並みの仕事を押し付けられるようになってるんだってよ」


「そういえばレオって、セラから修行つけてもらってたんだっけ?」


「まぁな。ただセラは忙しいから、ほとんど言われたことを実行するってだけだったけど。たまーに対人で稽古つけてもらったりした。ただ、隙を見せると容赦なく行動不能レベルの攻撃入れてくる。おかげで何回か吐いたぜ……」



 修行内容を思い出すと、レオは顔が青ざめていく。けれど自分から頼み込んだこと。しっかりとやり通していたおかげで、成長することはできた。




 雑談もそこそこに、レオは依頼書を机の上に広げていく。


「こうして見ると、亜人地域が多いな。魔物が大量にいる地域と隣接しているから当たり前っちゃー当たり前だけどな。近場でも大きな依頼はあっけど……難易度は低そうだよな」


 フィアンが一つの依頼書を指差す。


「これは? 北の方角にある亜人地域と人間地域の間にある国境付近に出没する巨大な魔物の討伐」


「悪くないっちゃないんだけどなぁ」


「なんか不満?」


「……やっぱ強くなるってのがモチベーションのひとつだからさ。巨大な魔物一体を倒すってのがレベルアップにつながるかって言われるとな……なんかこう、ピースが足りないっつーか。もっと明確に強くなれたみたいなインパクトがほしいんだよ」



 フィアンはにやーっとした表情で口元を抑えつつ、レオを煽り立てる。


「ははーん。私がレベル四になったから嫉妬してんのぉー?」


「ちっげーよ! 喧嘩売ってんのかお前!!」


「あはーっ。懐かしー。この前、レベル三になったってうれしそーに報告に来たけど、私がレベル四だと知って落ち込んでたねー」


「おちこんでねぇよ! すぐに追いついてやるっつーの! お前こそ頭打ちになるなよ。レベル五なんてごくごくわずかな奴しかなれないんだからなっ!!」


「ま、”上”で待ってるよー」


「こいつ、まじで」


 疲れたのか、ドカッとレオは背もたれに体重を預ける。ただ、レオはレベルがバラバラなこと自体が気がかりではあった。ガナードとレオ自身がレベル三。フィアンが四、アイラは二だ。現状アイラが成長する未来が見えない。普通のパーティーなら切り捨てて別のヒーラーを探すが、もうこのパーティーはそんな軽い絆ではない。それにフィアンに頼ってしまった場合、強さの指標であるレベルの向上がフィアンに偏ってしまうことになる。もしフィアンが何かしらの理由で頼れなくなったとき、残るのは平凡レベルのパーティーメンバーだけになってしまう。


 すると、いつもの受付嬢が休憩でレドフィアラの卓にお邪魔した。


「こんにちは。何かお悩みですか?」


 受付嬢にそう問いかけられる。レオはメンバー全員で強くなりたいが、依頼もこなしたいなど条件を素直に伝えた。


「んー……なるほど。結局メインはより上のレベルを目指したい。でも、依頼をこなしてレドフィアラのパーティーランクも上げたいってことですよね。確かにレベルに対してみなさんのランクは低いですからね。

 パーティーランクはD。でもレベルで言えばCランク以上になってもおかしくはないんですけどね。特にレベル四のフィアンさんがいるので難しくはないんじゃないかと」


 受付嬢は再び考える。そして何かを思いついたようにある提案をした。


「ダンジョンに挑戦してみては? レドフィアラのみなさんは挑戦したことないですよね。ギルドとしては道中、亜人地域での依頼をこなしていただけると助かります。これなら強くなりつつも依頼もできますし、ダンジョンの報酬次第では個人のレベルアップ兼、パーティーランクの昇格も視野に入りますよ?」



 そして受付嬢は亜人地域にあるダンジョンをおすすめした。西に進み、人間の街をいくつか経由したあとに亜人地域へ。小さな亜人の国から、国民の三割が魔物によって亡くなっているので助けてほしい。という依頼。そこからドワーフの国を経由して亜人地域最大の多種族国へと行くことをおすすめされた。そこからさらに北に進むと目的のダンジョンがありますと、受付嬢はロードマップを伝え終わる。


 レオはその提案を気に入り、ほかメンバーに承諾を求め、同意を得られるとそれを受付嬢に伝える。受付嬢は休憩を終え、その依頼を受注状態にしてくれた。


 ガナードはドワーフの国と聞いて懐かしさを覚える。


「帰るのも久しぶりじゃな……」


 レオがその提案を受けた一つの理由はドワーフの国が目的でもあった。レオは微笑むと一緒に帰省だなと言った。フィアンが水を差すように、ある疑問を言った。


「……ちょっとまって。あのさ。レオの故郷とドワーフの故郷真反対じゃん? しかも王都からドワーフの国ってとんでもない距離あるんだけど……幼いあんたは一体どうやってドワーフの国に迷い込んだの?」



 それに答えたのはガナードだった。


「本人もそのあたりはよく覚えておらんそうじゃ。じゃがわしは心当たりがある。境界の泡というものを知っておるか?」


 フィアンは首を横に振る。


「空間に突如現れる泡じゃ。一瞬のこともあれば長いこと滞在することもある。気まぐれなこの泡に入ると転移をしたかのように全く違う場所に飛ばされるというものだ。現象としては珍しく、それを技術としたい学者はこぞって探しているがなにぶん規則性がない。それほど希少なものにレオは巻き込まれたのではないかと思っている。


 わしらも驚いたからな。幼い人間の子どもが一人でたどり着けるような場所ではない」


「……納得した。ていうかそれ、ガナードが拾ってなかったらレオ、あんた今頃……」


 レオは運が良かったと呟いた。俺の出会いはすべて運が良かったと。しみじみしているレオが見てられなくてフィアンは追加の食事を大声で注文した。レオはお前まだ食うのかよ! と突っ込んた。なにせすでに二人前は胃袋に収まっているのだから。



 その横でアマサカは誰も居ない壁を見つめていた。いや、それよりももっと先を見ているような印象だった。亜人地域最大の多種族国。そこを収めているのは現亜人王。つまり、旧亜人王の娘だ。そしてもう一人。レドフィアラよりも長く一緒にいた少女がいる。顔を見せることにはなるだろう。



 コツン……と肩に重さを感じるアマサカ。アイラがまた肩で眠り始めたのだ。その奥に座っているフィアンは落ち着きがないように見えた。フィアンは嫉妬していたのだ。自分の気持ちに気づいているフィアンにとってこの状況は複雑だった。アマサカの肩を使っているのが大切な存在であるアイラというのも、その複雑性に拍車をかける。



 そして時間が経ち、レオとガナードは宿へと戻った。その後、フィアンがトイレへと向かうために席を立つと、周囲は静かになった。その静けさによって、アイラが瞼を少し開ける。アイラはアマサカと二人きりという状況に気がつくと、自分の気持ちを吐露した。


「アマサカさん……私、このままでいいんでしょうか。みんなが前に進む中、私はずっと変わらずレベル二です。弱いままなんです。ヒールについていろいろ調べて、訓練もしました。上達もしました。でもそれはとても鈍足で。みなさんから置いてかれるばかりで……私は、冒険者に向いていませんか?」


 アマサカは静かにその言葉を聞いていた。アイラはゆっくりと目を閉じて眠りへと落ちていく。


「アイラ。お前はヒーラーを担うことができる。だがお前の才能は、魔法使いだ。お前の魔力回路はヒーラーじゃないんだ」



 そんな言葉も夢現のアイラにはよく分からなかった。ただ、眠ることだけ。アマサカは心の中で言った。もう魔法職をメインにするときだなと。フィアンのレベルアップ。レオの成長によるガナードの負担軽減。高額報酬による回復アイテムの潤沢さ。


 充分だ。アマサカはこのたびでアイラの才能を本来の形に戻すと決めた。その魔力貯蔵可能量はセラを大きく超える。アイラが強くなってしまうことによる、他のパーティーメンバーの成長を阻害するという可能性もないと判断した。



 アイラは寝ぼけながら頭をこすりつけ、両腕を伸ばしてアマサカに抱きついた。その豊満な胸が腕に押し当てられた瞬間、食器の割れる音がする。フィアンが戻ってきたのだ。


「はいアウトーッ! さぁー帰るよーアイラー」


 フィアンはアイラを引っ剥がし、そのままおんぶする。ちらっとアマサカを見る。いつもどおり動揺してないことを知ると、少し安心した。


「んじゃ、アマサカ。また今度ね。旅の準備忘れずに」


 そう言い残し、フィアンとアイラは酒場から姿を消した。騒がしかった酒場のテーブルが静かになると、アマサカは胸に痛みが走る。酒に手を付ける。湧き上がってきた感情に酒で蓋をする。楽しいなどと、思ってはいけない。そう言い聞かせるように。

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