第十八話
――アビスギルドによるフィアン、アイラの誘拐事件から一週間後のことだった。アイラは魔法協会による集中的な治療により状態を回復。あまりの生命力に魔法協会も驚きを隠せないようだった。その秘密を知りたいから研究させてくれと彼らが頼み込むほどだった。だがアイラはそれに気乗りせず、研究対象となることを辞退した。
フィアンは骨や筋肉に対するダメージが大きかったが、王都救護隊の処置もあったおかげで生活するのには問題がないという状態にまで回復した。とはいえまだ骨が完全に回復しているわけではなく、簡単にまたヒビが入ってしまうので戦闘行為や負担をかけるようなことはしないようにと念を押されている。
アイラは今現在も自身が契約している宿で休んでいた。徐々に回復してきていたが、様子を見るためにもずっと安静にしていた。
そんなアイラを心配して、つきっきりで同じ部屋に泊まることにしたフィアン。内蔵の負担も考え、味付けの薄い料理をアイラへと提供していた。アイラは作ってもらったおかゆを一口食べる。とろみのあるおかゆにほどよい塩味。とてもシンプルなものだが、それがとてもおいしい。
「フィアンさん。ありがとうございます。とても美味しいですよ」
フィアンは良かったと微笑みながら胸を撫で下ろす。アイラはフィアンのやさしさに触れ、胸が暖かくなった。そしてアイラ自身もフィアンのことを心配していた。
「フィアンさん。私はもう大丈夫です。もっと自由にしてていいんですよ? いつも行きつけのカフェとか、いろんなところに行ってきてもいいんです。私は……もう元気ですから」
「今はここに居たいの。ただそれだけだから」
そう呟くフィアン。実際はアイラのことが心配で仕方がない。全部自分のせいだと責任を感じていた。自分がエルフでなければ、アマサカやみんなに話していればもっとうまく安全に過ごせたかもしれない。アイラ達を失う可能性があった。選択を間違えたと思っていた。
そんな自問自答するフィアンを気の毒に思ったアイラは、レオ達について問いかけた。
「そういえばレオさん達は元気ですか?」
「はぁ。元気も元気よ。ギルドにも顔を出さないで修行してて、私たちがこんなになったこともぜーんぜん知らなかったみたい。今回は完全に部外者だったね。でも……すごく心配してくれてた。なんか、パーティーの仲間っていうのを意識させられた感じがする。こんなに他人である私たちを心配してくれるんだって。あったかいなぁって」
日常に戻ったかのように、心が満ちたような表情をするフィアン。愛おしくなったアイラはバッと起き上がり、フィアンを抱きしめる。
「家族とか、仲間とかの枠組みによって絆の強さが変わるわけじゃないんです。それは上から被せたものでしかないです。一緒に過ごしてきた時間と、その思い出が絆を作っているんですよ。
――ほらっ! 私はこんなに元気ですっ! けどフィアンさんは少し痩せましたよ? カフェに行って栄養のあるものを食べてもっと元気になったフィアンさんを私に見せてくださいっ!
そしたら私はもーっと元気になります!」
突然張り切りだしたアイラの強がりに、あははっと笑うフィアン。ギュッとやさしく抱き返す。その視線はやさしいものだった。
「全部、バレバレだね。分かった。いっぱい食べてくるね」
「はいっ! いってらっしゃいフィアンさん。たくさん食べてこそフィアンさんですっ!」
――午後の陽気が満ちている街の中、フィアンは行きつけのカフェの扉をくぐる。懐かしい空間が視界に広がる。コーヒーとケーキの甘い香りがフィアンを満たした。店長は久しぶりと言っていつもの席を案内する。フィアンがその席に目をやるとアマサカがすでにコーヒーを飲んでいた。アマサカは背中を向けたまま手を挙げる。あいさつのようなものだった。
フィアンは頬を少し赤く染め上げ、髪を整えながら上機嫌でいつもの席に座る。
「おはよっ、アマサカ。なにー? ここに座ってるってことは私と相席したかった?」
「あぁ。そうだな」
氷のように固まるフィアン。それとは対照的に顔は真っ赤になり、火照っていく。
「ちょ、なな、なに言ってんの? 冗談よしてよ」
「あぁ、冗談だ。だが冗談を始めたのはお前が先だろ?」
「うぅ、言い返せない……」
頬を両手で少し叩き、フィアンは椅子に深く座り直す。
「それで、なんでここにいるの?」
「この店を気に入ってな。あれから時折来ている。俺は一度座った席に座り続けるという習慣がある。だからここに座っている、というだけだな」
「ふーん。確かにギルドの酒場にいるときもいっつも同じ場所だもんね」
少し残念そうにしながらフィアンはそっぽを向く。フィアンの前にボリュームたっぷりのサンドイッチと紅茶が置かれる。フィアンはがぶっといつも通り豪快に口に運んだ。
「んーっ! おいしーっ! 酒場の食事もいいけど、やっぱここのご飯もおいしいっ! 酒場より高くつくけど、それに見合った満足感があるのよねぇー」
「本当においしそうに食べるよな。お前は」
「ん? 昔から食べるの大好きだからね」
アマサカはコーヒーを口に含む。そしてフィアンの元気になった姿を見ると、軽く目を閉じた。まるでなにか、焼き付けるかのように。そしてフィアンにどう感じたのかを素直に伝えた。
「それはお前の魅力だな」
「ゲホッ!!」
唐突な褒め言葉にサンドイッチのパン部分が喉をつまらせる。急いで紅茶ではなく、水の入ったコップに手を伸ばした。ゴクッゴクッと飲み込むと息を切らす。
「ちょっと……急にそういうのやめてよ」
アマサカはなにか問題があることを言っただろうかと首をかしげている。でっかいため息をつきながらフィアンは紅茶を飲み、その味と香りを持って落ち着きを取り戻す。そして話題を変える。
「そういえば地下はどうなったの? 私はほとんどアイラにつきっきりだったからさ」
思い出すようにアマサカは目を閉じ、思考を巡らせながら質問に答えた。
「あの後、ソートによる指揮で地下全体の制圧は完了した。魔族は軒並み死亡。死因は魔法術式が大半、それ以外は駆除だ。押収された魔物や魔物型植物は魔法協会が厳重に管理している。それから、救い出された人間や亜人達は魔力回路や脳に異常をきたしていることが分かっている。回復するのには相当な時間がかかるそうだ。アビスギルドが買い漁っていた土地を王都が回収。そしてその土地を作り直し、被害者を治療及び回復させる為の施設を建築しているとのことだ」
「そっか……地下についての作戦は終わったんだね。あの研究の資料とかはどうなったの?」
「一部は魔法協会が持っていった。だが一部はソートが管理しているとのことだ。再び過酷な労働環境にさらされているが今回は自分から仕事をしているらしい。資料を読み解くことが楽しいと言っていた」
「ソートさんに直接私、お礼言ってないんだよね。会えるかな?」
「難しいな。仕事以外、何もさせてもらえないような状態だからな」
「それ、大丈夫なの?」
「本人が今は楽しいから問題ないと言っていた。嫌になったら逃げ出すとも言っていたがな。まぁあの頭脳なら……逃げ出すなど簡単と言えば簡単だろう」
――別れ際に、これしか僕には価値がないと言っていたのは気になるが。そんなアマサカの心の声は外部に漏れることはなかった。
アマサカは続けて、フィアンのネックレスについての情報を伝えた。
「それから、フィアンに渡したそのネックレスについてだ。形や特徴について言ったらな、該当するものがあると言われた。魔法協会の所有する厳重管理された図書館がある。その中でも相当古い書物の中に記されていたとのことだ」
「え? これの正体が分かるの?」
フィアンはアマサカからもらったネックレスを取り出した。窓から差し込む太陽の光が中心の宝石に様々な光を生み出させていた。
「あぁ。それは創世記時代の聖遺物だそうだ。聖遺物とは強大な力を持った者、語り継がれる者に関連する何かだ。聖遺物は持ち主に由来した力を秘めていると言われている。ただ、いまだ分からないことの方が多い未知の物体だ。
フィアンのネックレスがどんな存在の聖遺物なのか……というところまでは分からなかった。だが過去にそれを持っていた人の記録が残っていてな。所有者は常に一人と決まっており、その一人しか扱うことはできない契約のようなものだと言っていた。所有者が死ぬまでその契約は続く。その聖遺物が主人をどう決めるのかはいまだ不明のままだ。夢を通じてその人の過去に潜り込み、主人に合わせた力を発現させると言っていた。心当たりはあるか?」
フィアンはありまくる心当たりにどんよりとした。
「はぁー……ある。めっちゃあるわ。過去を覗くのはいいけど私にまで見せなくてもいいじゃない……」
「追体験したのか? すまない……俺が買ったせいで」
アマサカの顔が曇ると、フィアンは心配ないといった様子でアマサカに言った。
「そんな顔しなくていーのっ。おかげですんごい力を得られたわけだし」
フィアンは残ったサンドイッチをぺろりと食べきる。その後、少し雑談をしながらカフェの時間を終えたフィアンはアマサカを外に誘った。
「ちょっとデートしよっか。アマサカ」
二人は街を歩く。夕方に差し掛かり、学生が街を歩く。主婦が買い物をし、雑談をする。噴水がある広場では放課後の子どもたちが遊んでいた。
「んー! きもちー!」
フィアンは背筋を伸ばしながら外の空気を楽しんだ。もうアビスギルドに怯えなくていい。エルフであることは隠し続けなければならないけど、それでもいいと今は思える。種族なんて今はどうでもいい。私が私であればと。でも信頼できる人たちには、話そうと思えるようになった。それに、もう仇は取れた。その余韻もだいぶ薄れた。今は日常を大切にしたい。フィアンはそう思っていた。
太陽が赤みを帯び始めると、人の数がまばらになり始める。歩いていた二人は夕日の差し掛かる川を眺められるベンチに座った。そして夕日が完全に沈む頃、自分たちだけが川を眺めていた。
「私さ。アマサカのこと、まだ全然知らないんだよね。聞くのが怖くて。でもいつか、知りたいと思ってる。ねぇ、いつか教えてくれる?」
「……そうだな。いつか、話してもいいかもしれないな」
「じゃあ約束ね。いつかちゃんと教えて。でもいつまでも待ってられなから早めにね?」
「……分かった。今年中と約束しよう」
「んっ。これで約束は決定ね」
ぴとっとフィアンはアマサカの肩にくっついた。自分のうるさい心臓の音から、フィアン必死に意識を外す。今だけは、その音に向き合いたくない。怯えてしまうから。
「ねぇ、アマサカ……恋人っているの?」
アマサカはさらっと答える。
「いないな」
「そ、そっか、いないんだ」
長い時間が、過ぎていく。落ち着きのない様子で、フィアンは自分の指と指を絡めたり、ほどいたりを繰り返していた。アマサカは何も言わず、川を眺めていた。こんな静かな時間が、ずっと続けばいいなんて乙女のようなことを思うフィアン。伝えたいことが口から中々出てこない。肌寒くなり、息が少し白くなる。フィアンは、もう寒いし帰ろっかと諦めるように言った。自分の情けなさに、その声が震えていた気がする。アマサカは立ち上がった。フィアンも一歩遅れて立ち上がる。
「今日はありがとっ。付き合わせちゃってごめんね」
ぽんっとフィアンの頭に、アマサカの手が触れる。フィアンの頭は、アマサカの手によってやさしく頭を撫でられた。その撫で方が妙に心地よくてぼーっとしてしまう。
フィアンの長い耳がぺたんっと垂れる。頬を真っ赤にし、潤んだ目でアマサカを見上げた。アマサカの行動を使ったやさしさに溶けてしまいそうだった。
「んぁ……ん……ちょっ、アマサカァ、撫ですぎ……」
「すまん。つい撫で心地が良くて」
アマサカがフィアンを撫でたのは様々な感情からだった。過去と向き合ったこと、これまでの苦労と努力。小さい身体でこの残酷な世界を必死に生きてきたこと。誰か一人くらい、褒めてやるべきだと。
フィアンはアマサカの手が離れると、甘えるように言った。
「……またいつでも撫でていいよ。でも代わりに渡しにもアマサカを一回撫でさせて」
フィアンはかがむように指示する。撫でてしまった手前、アマサカは断ることができなかった。フィアンの前に低くしゃがんだ次の瞬間、フィアンはアマサカにキスをした。数秒のキスの後、名残惜しそうにフィアンは離れた。
「あれだけされて……惚れるなって方が無理だから」
一歩後ろに下がるとフィアンは誤魔化すように元気に言った。
「今後これについて言及するの禁止! 明日からまたいつもどおりね! はい! 解散!」
呆然とするアマサカを置いて、フィアンは走った。暗くなった街の中を。火照った顔に手を当てて、恥ずかしさと同時にうれしさで笑みがこぼれる。
「えへっえへへっ」
――ごめんママ。純血を守らないといけないのは分かってる。でも、私はあの人に惚れてしまった。私は自分の気持ちに嘘はつけない。好きになっちゃんたんだから仕方がない。私は……アマサカが大好きだ。




