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第十七話

 ――まだ、ギルドマスターが生きていた頃、アマサカは雑草すら生えていない地面の上に立っていた。目に映るのは一本の大木。そしてその前で頭を垂れる一体の獣。一見すればアビスギルドのマスターと同じ種族、あるいは同系統と見間違えるような、あまりに獣に寄った姿。白狐が獣人と化したような生き物だったもの。亜人でありながら先祖返りをしたことで強大な力を有し、亜人王とまで呼ばれるに至った存在の亡骸。



「久しいな。亜人王」


 アマサカはそう呟いた。亜人王からの返事はない。アマサカがまだ王都に足を運ぶ以前のこと、一度だけ生きた亜人王と接触したことがあった。だが、その頃の亜人王と、目の前にいる亜人王の姿はまるで違っていた。筋骨隆々だった体はやせ細り、毛は濁り、肌は腐っていた。かつての強者のオーラを放つ亜人王の魂はそこにない。


 亜人王の亡骸は、油をさしていない道具のようにぎこちない動きで立ち上がる。そのサイズはあのアビスギルドのマスターをゆうに超える。大きさで言えばモルガル・ホーンと同等、あるいはそれを超える。



 亜人王の亡骸はたった一歩でアマサカの正面にまで距離を縮めた。その巨体でありながら、まるで瞬間移動でもしてきたかのようだった。骨をきしめませるように首を少しだけ動かす。アマサカは悲しそうにしながら瞬時に一歩、後ろへ下がった。



 強烈な破裂音と共に、アマサカが元々居た地点に大穴が空いた。瞬速の打撃に寄って、地面に打ち付けられた衝撃は土を掘り起こし、足場をぐちゃぐちゃにしてしまうほどの威力を誇った。



 アマサカは歯ぎしりをしながら、変わり果ててしまった亜人王を視界に入れる。


「魔族というのは倫理観というものが欠けている。亜人王の亡骸を回収し、自動で目の前の敵を屠るように改造をしたというところか。本来ならばその亡骸は亜人達にとって聖遺物となったはずだろうに」





 亜人王の亡骸は腕を広げ、両手を開き、天を崇める。この作られた空間に存在する空の雲が一気に快晴へと変化する。晴れると同時に、その中心には太陽のように燃え盛る巨大な隕石が地面へと向かって飛来していた。王都をいとも簡単に壊滅状態にできるであろうその一撃を見上げながら、アマサカは呟いた。



「――弱くなったな。亜人王よ」




 アマサカは左足を後ろに引いた。深く構えを取り、手を刀の柄に乗せた。その一秒後、瞬時に抜かれた刀の軌跡が光の反射によって描かれる。その煌めきとほぼ同時に隕石は粉々に切り落とされ、流星群となって散り散りになっていく。珍しくアマサカはその刀を鞘にしまわなかった。亜人王の劣化とはいえ、長らく本気で戦ってこなかったアマサカ。その条件が多少疲れさせたのか、攻撃時のルーティーンである鞘にしまうまでには至らなかった。




 亜人王の亡骸は、間髪入れずに手の平をパンッと音を立てながら合わせる。砕けた隕石の欠片が空中で動きを止める。その形を槍へと変え、数千の槍がアマサカを襲う。アマサカは刀を抜いたまま、襲いかかる槍を最小限の動きで避けながら斬り続ける。そして砂埃が晴れ、アマサカが無事であることを確認すると亜人王の亡骸は想定外だったのか、数秒停止した。



 その停止を見逃さず、アマサカは刀に力を込めた。切り裂くような一閃を亜人王の亡骸に放った。しかし亜人王は、しゃがみながら両足に力を込める。その巨体をものともしない跳躍をし、その一閃を避ける。背後の大木が一閃を表現するがごとく切り分けられ、轟音を鳴らしながら地面へと倒れる。アマサカはため息をついた。


「身体能力はだいぶ再現しているのか。厄介だな。フィアンの元に急がねばならんというのに」





 そこからは激戦だった。亜人王の亡骸は不得意な魔法の使用を諦め、操られているという利点を活かした休みのない物理攻撃を浴びせ続けた。


 右の拳をアマサカに振り下ろすと、アマサカは後方斜めに跳躍しながらそれを避ける。


 亜人王の亡骸は振り下ろした右手の捉えたものが、アマサカではなく地面だと気づいた。亜人王の亡骸は地面に叩きつけたままの右手に体重を乗せ、空中に逃げたアマサカに向かって片足を蹴り上げた。


 アマサカは向かってきた亜人王の足を空中で回転をしながら斬りつけ、側面に向かって移動した。さらに回転をしながら上空に向かって移動するように斬りつける。空高くにまで切り上がったアマサカ。


 亜人王の亡骸は両手を地面に押し当て、さらなるリーチを生み出してから、天にいるアマサカに向かって片足を蹴り上げた。



 自由落下しながら空中にいるアマサカは、刀を鞘にしまう。短い一呼吸で大量の空気を肺に入れる。空中で居合抜刀の構えを取りながら目を瞑る。亜人王の亡骸が放った蹴りがアマサカに近づいてくその瞬間だった。




 アマサカの一刀目が亜人王の亡骸の足先にふれると、斬った際の摩擦を利用して、瞬時に地面へと加速していく。その加速度は、亜人王の亡骸がアマサカを見失うほどだった。


 そして無数の切り傷が亜人王の亡骸の足をボロボロにしていく。アマサカが地面へ着地したと同時に、亜人王の亡骸のもう片方の足を切りつけながら再び摩擦を利用して一気に距離を離した。



 攻撃を終えた亜人王の亡骸は両足を失い、轟音をたてながら態勢を崩していた。だがその傷はすぐさま再生を始める。その様子を見て、アマサカは悲しそうに言った。


「再生が遅いな。俺と戦った時のお前は……斬ったその場から回復していた」



 抜刀の構えを取り、長い溜めを始めるアマサカ。亜人王の亡骸が再生を終え、アマサカを捉えつつ、次の一手をだそうとした瞬間だった。


 アマサカの一撃が、この空間ごと切り裂く一撃となった。亜人王の亡骸に二度とつながることのない一本の境界線が入る。ゆっくりと上下が分かれていく。亜人王の亡骸に刻み込まれた魔法術式が限界を迎えていたのだ。その攻撃によって、この世界にヒビが入り始める。アマサカは静かにその刀を鞘に収めた。


「もういいんだ。休め……亜人王」




 ――それと同時だった。フィアンが見ていたアビスの天秤に、一本の線が入る。へし折れるように半分に分かたれた上部が床に落ちた。



 空中に突如、大量の干からびた腕のようなものが折りたたまれた状態で出現する。まるで中に入っているアマサカを嫌がるように腕は広がっていき、アマサカを解放した。


 さすがに疲れたのかアマサカは床に片膝をついて座る。戻ってきた瞬間にひと目見て、状況を把握していたからだ。倒れるようにフィアンはアマサカに抱きついた。


「おかえり……アマサカ。私、わたしね。勝ったよ。仇をうったんだ……でもアイラがボロボロになって、アマサカを助けたかったけど、何もできなくて……」


「謝るのは俺のほうだ。俺はお前を助けるために来た。だが俺は……助けられなかった。俺は役割を果たせなかったな」


 フィアンはクスッと笑った。フィアンはアマサカから離れる。


「これ、アマサカからもらったネックレス。これのおかげで私はあの魔族を殺せたんだ。だからね。助けて……くれたんだよ。アマサカ、ありがとう。私自身の手でトドメをさせた。アマサカに出会わなかったらきっと……それに、もしアマサカがいたら全部まかせちゃってた。私の因縁なのにね」


 フィアンはゆっくりと再びアマサカに近づいた。


 痛む体を抑え、その唇をアマサカに近づけていく。フィアンの目が潤み、緑色の瞳がアマサカの目を吸い込むように釘付けにしていた。不思議と動くことができないアマサカ。そして……バンッ! と扉が開きフィアンはギュンッという音が聞こえそうな速度で、何事もなかったかのように姿勢を正した。それが災いして体がピシピシと痛み、イッタァァァ! と嘆きの声を上げる。


 飛び込んできたセラは戦闘態勢だったがすべてが終わったことに気づくと安堵の声を漏らしながら言った。


「はぁー良かったぁー……みんな生きてる……ってアイラちゃん? え、無事?」


 サーッと血の気が引くセラ。すぐさま近づくと手を当てながら状況を確認する。


「ちょっ! 内蔵ボロボロじゃない! どうやって生きているのあなたっ」



 自身が持ってきた魔法具の糸を数回引いて救護を急ぐように指示。次にフィアンの状況を確認する。


「ん、ボロボロだけど命に別状はなさそうね。アマサカは……心配しなくていいか」


「おい」


「ふふっ。冗談よ。でも傷ひとつないじゃない。すごい汚れてるけれど」


「まぁいろいろ降ってきたしな」


「言葉足らずって良く言われない?」



 そんな冗談のやり取りをした後、セラは現状を伝えた。


「王都警備隊及び王都第一軍が突入済み。すみやかに情報はソートへと流れ、彼の指示に従い包囲網を敷いています。救護隊と魔法協会が被害者の治療と管理、保護を行っています。地下の構造体は王都全体を利用するように作られていることが分かったわ。だから完全な制圧まではまだ時間がかかります」


「そうか。報告は確かに受け取った。もう俺達の出る幕はないな」


「えぇ。もう私たちにまかせてあなた達はゆっくり休んで。傷はないにせよあなたも疲れているんでしょう?」


「少しはな」



 アマサカが体の力を抜こうとした時だった。魔族の魔力のゆらぎを感じたアマサカは即座に立ち上がる。扉から廊下へと飛び出した。神経を研ぎ澄まして場所を把握する。走り出したアマサカを追うセラだったが、アマサカの移動速度が早すぎて全く追いつけない。



 アマサカはセラが追いかけていることすら気づいていなかった。そしていくつも角を曲がった先で一体の魔族と出会う。背丈はアマサカと同じくらいの男。スーツを着用し、シルクハットを被っている。カラスの頭のような仮面を被り、背中には鳩のような白い翼が生えている。両足は猛禽類のように、両手はまるで凶器のような獣の手。



「おや? 追いつかれてしまいましたか……さすがですねアマサカさん」


「まだ魔族がいたとはな」


 スーツの魔族は両手のひらを出して言った。


「戦う意思はございませんよ。わたくしは弱いですし。それにしても称賛いたします。亜人王を二度も殺すとは。いやはや、魔族一同驚愕でございます。アビスギルドのマスターはあなたのことを知りませんでしたが。一応忠告しておいたんですがねぇ」


「俺の名が随分と魔族の間で広まっているようだな」


「えぇそれはもう。邪魔で邪魔で仕方ないものですから。では私はこれで。最後に自己紹介でもしておきましょうか。わたくし魔王幹部にて、軍師を務めさせていただいておりますベスターと申します。ではさようなら」



 無数の乾いた腕がベスターを包み込む。そのまま姿を消した。アマサカは刀から手を離し、長い沈黙の時間を過ごしていた。セラは追いつき、曲がり角でその会話内容を聞いてしまった。亜人王を殺した? あの亜人王を?



 困惑のまま、どうやって声をかければいいか分からなかった。セラに気づいたアマサカはセラに言った。



「セラ、道に迷った。ここはどこだ」


 セラは重みのないアマサカの言葉に膝から崩れ落ちそうになった。


「アマサカくん! あの会話のあとで出てくる言葉がそれ?!」


「あぁ。探すのに必死だったからな。帰るぞセラ」



「待って……その前にちゃんと教えて。亜人王を殺したの?」



「あぁ。俺が殺した。だが誰にも言うな」


「……あなたが言ってこなかったってことは、私が誰かに言うべきではないわ……でもどうして? 亜人王は人類の味方でしょう? かつて人間側と魔族側で戦争が起きた。もう遥か昔の話だけど……本来中立の立場だった亜人王。けれど、最後の最後、亜人王は人類側へと立場を変えた。そのおかげで勇者と亜人王は協力し、魔王を倒せた。だから今の平和がある。



 亜人王は長寿でずっと生きていたけど、数年前に突如玉座から退いた。亜人王は寿命で突然死去、次期亜人王がその席に座っているけどまだ幼いということで亜人の国では騒ぎになっていると聞くわ。

 でもその亜人王は本当の死因は寿命じゃなくて、殺された。そしてその犯人があなただって言うの?」



 ポンッとセラの頭に手を乗せる。


「いずれ話す。これは約束だ。今日は疲れた。随分と喋ったしな」



「はぁ……分かったわ。約束よ」


 アマサカが帰ろうとするとセラがアマサカの服を掴む。


「その前に一つだけ。教えてほしいことがあるの」


「なんだ」


「六年前……貴族の少女をたすけた?」


「……そうかも知れないな」


 ドクンッとセラの胸が高鳴る。やっぱりそうだと。アマサカが、あの時助けてくれた人だ。ずっと同じ場所に居たんだと、不思議な気持ちになる。


「じゃ、じゃあ……なんで、六年前からギルドに足を運ぶようになったのかしら」



「教えるのはひとつだけだ。一つだけと言ったのはお前だからな。帰るぞセラ。お前が先導しないと俺は戻れん」


「あぁーもうっ! 分かったわ、分かったわよ!」


 セラは乙女の勇気を踏みにじるなんて信じられないと思いながら糸をたどりつつ、元いた場所へと歩みを進める。アマサカは……かすかに聞こえる程度の声で呟いた。


「立派になったな」



 セラはその言葉が聞こえていた。けれど振り返らない。鏡を見ていなくても分かる。こんなに顔を赤くして浮かれた顔を見せられるわけがない。せっかく立派になったと言ってもらえたのにまるで子供みたいじゃない……と。

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