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第十六話

 アマサカは目印を糸につけると、気分が沈むような表情で扉を閉めた。それから拷問をする場所、異臭を放つ食事処など、拠点の中心部分と思われる場所を渡り歩いた。自由に出歩く魔族は侵入者に気づくことなくアマサカに殺された。これまでに見たあまりの異様な光景に、フィアンとアイラが足を止めてしまう。あれらの景色が頭にこびりついて離れない。


 二人が足を止めると同時に、アマサカ自身もその場にとどまった。何も言わず、周囲の警戒を続ける。フィアンが座り込み、ゆっくりと呼吸を落ち着かせる。アイラも同じように座り込んだ。連日の不衛生な環境、少なすぎる食事、アマサカが来てくれなかったら――あのような運命になっていたという予測。いつどうなるか分からない恐怖。とくにフィアンはあのギルドマスターと再会してから心はかなり脆くなっていた。その状態であの光景を見れば動けなくなるのも当然だった。



 おそらく地下全体を探索しきるのは不可能だ。ソートの見立通り、いくつもの拠点が地下に用意されている。この密集した施設は一部でしかない。殲滅させるには時間もかかるだろう。であれば目的は一つだ。ギルドマスターの確保、及び殺害。これまでの用意周到さからすればまず情報を吐くなどという手段はとれないだろう。



「地下の探索はある程度で済ませる。ここまでの情報があればソートなら充分だ。だから俺は……ギルドマスターを探す」


 アマサカの言葉にフィアンの肩が一瞬跳ねる。愉快そうに笑うあのギルドマスターの姿が頭をよぎる。それでもフィアンは立ち上がった。アイラの様子を確認してから、アマサカに声をかけた。


「行こっ、アマサカ」




 探索を続けた三人は重厚な扉の前にたどり着いた。強い獣臭。隠すつもりのない魔力が溢れ、血の匂いが染み付いている。三人は確信した。この先に確実にギルドマスターがいる。アマサカはピンッと糸を引いた。同時に三つの地点から今回の殲滅作戦に参加した者たちが、アビスギルド制圧のための突入を始める。


 アマサカは重厚な扉を静かに押した。ひときわ大きい狼の頭を持った魔族が高級なソファに腰掛けていた。怯えている人間や亜人を侍らせている。だが……すぐにその人間と亜人はギルドマスターによって命を失った。ギルドマスターがその人間と亜人を邪魔だと判断したからだ。


 ギルドマスターはワイングラスを持ちながら中身をゆっくりと飲み干した。



「知っているか……このソファは元々赤黒い色ではなかったのだ」



 アマサカは睨みつけた。


「趣味が悪いな」


「人の子よ。種族の違いを理解するべきだな」



 ギルドマスターの戯言と共に、ギルドマスターの背後からとても軽い足音のようなものが近づいてくる。アマサカの目に映ったそれは異形と表現するにふさわしい。生き物ではない。人の形をしたなにか。腐った皮が巻き付いているかのような、そのなにかがその視線をアマサカへと固定される。



 ギルドマスターは驚きながらもニヤついた。


「ほう……お前が最も強いのか。この俺よりも。そいつはやっかいだ。非常に――厄介だ」



 ギルドマスターはその人のようななにかをアビスの天秤と呼んだ。人のようななにかは両手を広げるような動作を見せる。もはや芸術的な美しさすらも感じてしまうようなアビスの天秤は、少しずつ傾き始めていた。ギルドマスターは愉快に笑った。


「この代償。いかに重いものかお前は知らないだろう。これを使う時が来るとは思わなかったぞ人間。さぁ、アビスの天秤よ。強きものに傾け。アビスの均衡を保つために」


 骨が軋むような音と共に、アビスの天秤はカクカクと動きながらガコンッ! とその腕を傾けた。突然アマサカの周囲に無数の干からびた腕が囲い込む。アマサカはすぐさま剣を抜いたが、その腕を切ることができなかった。まるで質量を持っていない。無駄な抵抗をするアマサカに、ギルドマスターは言った。


「それに攻撃的意思はない。ただ転移をさせるための魔法術式だ。ゆえに破壊することはできない。お前は魔法による光を破壊することができるか? できないだろう。アビスの天秤の能力により、お前は隔離された空間に閉じ込められる。楽しむといい強きものよ」




 腕に飲まれ、アマサカはその場から消え去った。アビスの天秤は灰色へと姿を変え、腐り、錆びつくように硬直した。ギルドマスターは重い腰をゆっくりと上げた。


「さぁ、お楽しみの時間だ。みずから命を短くするとは。おろかな者たちだ」



 アイラは道端で入手した、ただの棒を構える。フィアンも魔族から奪った剣を構えるがカタカタと音を鳴らしていた。愉快そうにギルドマスターは頭を縦に揺らしながらこれからを想像してよだれを垂らす。何からしようか、何から試そうか。



 アイラがフィアンを守るように前に出る。ギルドマスターは指先でアイラの胴体を弾く。フィアンの耳にアイラの骨が砕かれる音と筋肉がはじけるような音がした。アイラは地面に転がりながらも、気合で立ち上がってフィアンに言った。


「逃げましょう……フィアンさん。アマサカさんがいなくなった時点で勝ち目がありません……! 私は回復できます。私がフィアンさんが逃げる時間を稼ぐので逃げてください! 他の人たちと合流して助けを待つんです!」



 ――私にはアイラを置いてくなんてことできない。



 追撃しようとしたギルドマスターの手に剣を突き刺すフィアン。しかし、ギルドマスターは軽く手を振り払うだけでフィアンを壁まで突き飛ばした。力の差は歴然だった。それでもフィアンは栄養失調により細くなってしまった足で立ち上がる。


「ごめん……アイラ。私を置いて逃げて。私はもう、自分以外の誰かを置いて逃げるなんてことできない!」


 ギルドマスターは微笑みながら訴えた。


「虫唾が走る。感情によって最善を捨てるお前達が理解できん。逃げぬ家畜など都合が良くてたまらんわ」





 ギルドマスターはアイラに手を伸ばす。フィアンは攻撃をしてそれを阻止しようとしたが、片足蹴りを腹部に受ける。再び軽々とその体をはねさせ、壁に衝突。痛みによってフィアンは呼吸ができなくなり、地面にそのまま倒れこんでしまった。


 アイラの全身をその巨大な手の中に収めたギルドマスター。ゆっくり、ゆっくりと……力を込めていく。目を閉じ、耳を澄ませながら全身の骨と筋肉が壊れていく音を堪能する。アイラが動けなくなったことを確認すると、そのまま床においた。



 フィアンは立ち上がり、剣を握った。けれど負傷により力が全く入らない。床に置かれたアイラは全身を砕かれ呼吸するだけでもやっとという状態だった。ギルドマスターはアイラの匂いを嗅ぎながら指先で服に触れる。


「なぁ……エルフよ。どう辱めるべきか……」


 フィアンはアイラに手を出すなと唸りながら一歩ずつ前へと進む。ギルドマスターは指先でアイラの腹部を強めに押す。アイラが血を吹き出し、目の焦点が揺れる。



 ――やめて、やめて。声にならない声を出しながらフィアンは近づいた。まだ援軍は来ない。アマサカも囚われたままだ。目の前にまで来ると、剣を捨てた。フィアンはアイラの上で四つん這いとなった。少しでも時間を稼ぐ。アマサカがきっと……


 ――アマサカが、きっと?


 ――いつから他人に押し付けるようになった? フィアンは高笑いするギルドマスターの声を聞きながら思った。助けてと言うようになったのはいつからだろう。アマサカを助けに行くことすら選択肢にないのはなぜだろう。この憎い魔族の息の根を止める。それを他人に任せる? なんの因縁もないはずのアマサカに?



 ――何度もあの悲劇を思い出す。その間も、ギルドマスターは楽しむように上から叩く。血が流れれば流れるほどギルドマスターは興奮してその勢いを増していく。過去の記憶と、このギルドマスターに対する怒りが湧き上がってくる。



 ――ネックレスが揺らめいている。フィアンの目に映るのは母親のネックレスと、アマサカが買ってくれたネックレス。そして、アマサカが買ってくれたネックレスの中心にある宝石の模様が変化していた。もう手がない。得意の弓もない。それが正しい使い方なのかはわからない。それでもありったけの魔力をネックレスへと流し込む。壊れたらごめんね。アマサカ……!



 ギルドマスターは夢中になって何度も振り下ろしていた自分の手を眺めた。円形の穴が空いている。その空洞から血が地面へと垂れていた。まるで時間でも止まったかのように、その空洞を眺めていた。


 不可思議だった。こんなことをできる力など、エルフに残されているわけがないと。野生の本能が瞬時に正面を向かせた。白く、ゆらゆらと揺らめく矢が自分に向いている。本能的に判断し、即座に顔をずらすと頬をその矢がかすめていった。同時にフィアンへの怒りが爆発する。その高いプライドが表面に現れた。


「キサマァ! このっ、この俺様にッ!」


 ガクンッと片膝をつくギルドマスター。なぜ片膝をついた? ギルドマスターは視線を膝にずらすと、その部位が射抜かれていたことに気づく。だが休んで情報を整理する時間などない。



 ――空中に白矢が次々と出現する。ギルドマスターは不格好になりながらも、二足歩行を捨て、四足歩行をするように連続して飛来してくる矢を避けていく。それでも全ては避けきれず、いくつかはギルドマスターの体を貫通した。地べたに両手をつきながら息切れをする。


「こんなっ、こんなはずでは……あの、和服の男をアビスの天秤で封印したというのに、この、この俺様よりもこんな、小娘が強いだと?! ありえん!! 泣きわめき、理不尽な地獄の光景に涙し、運命に逆らうことすらできずに心を壊すような、こんなガキごときに! この、俺様がぁ!!」


 フィアンは腕を抑えながら立ち上がった。フィアンの頭上にまるで天使の輪のようなものが出現していた。その異様な光景を見たギルドマスターは、心臓を掴まれるような感覚になった。自分があまりに弱く、滑稽に映る。生きる存在としてのレベルが違うような。



 フィアンのギルドマスターを見るその目は非常に冷たかった。一本の矢空中に出現させる。ギルドマスターはその攻撃を即座に避けた。しかし、その矢はそれを予測して放たれていた。軌道を変えたその矢は、ギルドマスターの両足に負傷を負わせた。ギルドマスターはフィアンを睨みつける。だがフィアンは蔑むような目でギルドマスターを見下ろしていた。



「あんたたちがさ。魔族だってのは分かってる。種族が違う、目的が違う。価値観も何もかもが違うなんてことは分かってる。でも私が体験したそのすべてが、あんたをぶっころせって言ってる」


「殺す? 今更か? 泣きわめき家族も一族も助けられずに? 復讐とでもいうか?」


「そうだっ! 憎い! あんたが、私から幸せのすべてを奪ったあんたを殺したいほど憎い!


 弟のエーランは自分勝手だった。でもいつもお手伝いしてくれる。本当は褒められたいくせに素直になれない。褒めるとうれしそうに笑うんだ。。妹のミアは弱虫で、狩りも下手で……でもさ、人一倍他人の弱さに敏感で心配してくれる。


 パパは忙しいけど家族のために頑張ってた。疲れてすぐに寝たいはずなのに子どもたちの相手をしてくれるんだ。その時さ、幸せそうに笑うんだよ。ママはいつも私たちを見ていて、喧嘩ばっかりの私たちをうまくとりもって……それでおいしいシチューを作ってくれる。


 ――でも全部あんたが肉片にしたッ! 全部全部奪った! なんで? 私たちがなにをした? なんで私から奪ったの? なんでみんなの命を奪ったか言ってみろ! 理不尽だ!! もう……ママのシチューの味すらも、思い出せない……この苦痛が、あんたに理解できる? それにまだ奪おうとした。私の日常を、アイラをアマサカをッッ!」



 怒りと悲しみ、空虚が入り混じった表情でフィアンはギルドマスターを睨みつける。ギルドマスターは歯をむき出しにしながら言った。


「お前らエルフのような弱者の家庭など知ったことか!! そんな薄汚い掃き溜めのような、家畜の思い出話など聞かせるなッ! なぜだと? それはお前達に価値があり、弱いからだ!」



 ――あぁ、魔族は結局魔族なんだな。



 フィアンは無数の矢でギルドマスターの四肢を射抜いた。その数は百にも届くだろう。ギルドマスターは倒れながらフィアンを見上げる。ギルドマスターの返り血に染まったその姿は、まるで復讐のために地に降りた天使のようだった。


「なんだその目は……! エルフごときがこの俺を、お前たちは食事だ! 魔力を補充し、強化するための餌にすぎんくせにこの、俺を!」


 喉を貫通する矢。まるでうるさいという言葉の意思表示のようだった。ギルドマスターは言葉で訴えることすらできなくなったまま、目を見開く。視界一杯に広がる矢がギルドマスターの未来を暗示していた。初めてギルドマスターは怯えた表情をした。フィアンは微笑みかける。


「その顔が見れて良かった。地獄に落ちろ」



 ――絶命した魔族に背を向けるフィアン。天使のような輪はゆっくりと消える。魔力の一滴すら残っていない。アイラの様子を確認する。まだ息がある。それどころか意識を取り戻したのか、フィアンに回復魔法をかける。フィアンは首を振る。


「私は大丈夫……アイラ自身に使って」


 アイラは返事ができないほどの負傷だった。けれどその言葉を理解したのか、自分にかけはじめる。けれど代替品の杖、負傷からその効果は薄いだろう。



 フィアンは立ち上がるとアビスの天秤へと足を進める。傾いたまま灰色に偏食し固まっている。矢はもう出せない。力なく剣で攻撃してみるが全く効果がない。アマサカと何度も呼びかけるが反応もない。ギルドマスターはこれが転移だと言っていた。アマサカは今、どこに囚われているんだろうとフィアンは心配で仕方がなかった。助けに行きたいがもう、何もできないと自分の無力さを呪った。

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