第十五話
聞き込みを続け、盛大に金を使う集団がいるという情報を手に入れる。アマサカは場所を知ると、冷静さを失ってその店へと侵入した。結果、ある程度の情報は手に入れた。しかしソートへと引き渡す前にアビスギルドの男たちは全員死んでしまった。
アマサカは夜の店にいる女性従業員達を王都の警備兵に任せ、再び作戦本部へと集合する。アマサカは自分の失態に、落ち込んでいた。生け捕りにするつもりだったのだがと、ソートに言ったが彼は気にすることはないと言った。
「謝る必要はないとも。予想はしていた。君が問い詰めなくとも彼らは魔法術式によって死んでいただろうさ。少なくとも地下に彼らのアジトがある。そして魔族がアビスギルドを率いていたという事実は分かったわけだ。それだけで充分だとも。B地点が当たりだったとは。僕はC地点だと思っていたけど」
再び椅子に座り、地図を眺める。大量に張り出された聞き込みの情報を頭に入れていく。不思議な音がする路地、B地点近くにある窓のない家、誰も行ったことのないと呼ばれる謎の路地。必要な情報だけを頭の中に残していく。
「彼らはここ一帯を買い占めている。家主はバラバラで、普通の居住区に見える。けれどそれは見せかけだ。生活感がうすすぎることから代理で買わせているだけで、このあたりはアビスギルドが管理しているのだろうね。普通の居住区を装い、必要なときに使う隠れ家のようなアジトだと推察する。
次に、B地点近くで不思議な音がすると情報が入っていた。これは地下とはいえ空気の逃げ道は作る必要があるんだ。そこから隙間風や地下にいる人間の声が漏れている。
けれど問題はその地下内部が複雑だと予想されること。入口ですら一つじゃない可能性が高いんだ。地下の構造に対して大まかな構造は予想がついている。けれど何に使われているのか、どこに何があるかまでは理解できない。僕の専門はあくまで人の行動心理であって魔族の理解が得意なわけじゃない」
んーと頭を悩ませる。入口はすぐに見つかるだろう。だけど中に入ってから調査する必要があるが逃げられる可能性がある。誰にも悟られずに移動するような盗賊スキルを持った人物がほしい……と口にした瞬間、ソートは心当たりがありそうなセラを見た。
「おや? セラ、君は心当たりが?」
「えぇ。アマサカができるわよ。盗賊スキルではないみたいだけれど」
セラはアマサカに見せてあげてと言われた。アマサカは歩き始めるが音も気配も魔力のゆらぎすらも見せない。ソートは興奮するように言った。
「おー! すごい! さすがだ。これでピースは揃った。強さも申し分ない。いくつか魔道具を渡す。多少荷物が増えても君は今の技術を使えるね?」
「あぁ」
そう答えるアマサカだが、一つ疑問に思っていた。”強さに申し分ない”という言葉だ。なぜ実力を知っているのか。実力を隠していることをセラは知っている。つまりセラが話してしまったとは考えにくい。ソートはアマサカのそんな疑問に気づいた。ソートはある大事件の真相を長い事推理していた。そしてそれを行った人物がアマサカであると確信していたのだ。にこっとソートは笑い、誰にも言わないとも。そう言い残した。
食えない男だとアマサカは思いながら準備を進める。次の日の夜、調査により見つかった入口の前に立つアマサカ。セラは奥へと進むアマサカに声をかけた。
「それじゃ作戦通りに頑張ってね、アマサカ」
「あぁ。頼りにしている」
「こっちのセリフよ。きっとあの子達、怖い思いしてるから。早く助けてあげて」
「分かった」
「それから……この事件が一段落したら、二人で飲みましょう」
アマサカは頷いた。それはお礼も兼ねている。ここまでスムーズに見つけられたのはセラの人脈と他の仕事を後回しにしてでも助けてくれた人たちのおかげだからだ。
それは外見上は変哲のないただの一つの家屋。アマサカは敷き詰められた藁をどかす。床の仕掛けを解除し、地下へと続く階段を音もなく進んでいく。明かりはつけない。暗闇の中、アマサカは歩いていく。人の気配はいまだにない。長い階段を降りきり、まっすぐに進む。
アマサカの右手は糸を掴んでいた。それは透明な魔法具の糸だった。事前に渡されていたチョークを定期的に塗る。魔力を流すとチョークは淡く色をつける。その色によって探索した場所がどんな場所なのかをマッピングするというものだ。
地面の汚れを確認するアマサカ。車輪や馬が削った跡を元に辿っていく。そして分かれ道へと到着する。当てにしていた跡も両方に伸びていた。手当たり次第探すしかないかと思ったアマサカだったが、髪飾りを見つける。
「これはアイラの……」
確信はないがその方向へと進む。それより先はアイラと確信できるものはなかったが何かしらが落ちていた。布の切れ端やソックスなど。暗さでアビスギルドのメンバーは気づかなかったのだろう。馬車に揺られながら方向が変わればバレないように何かを残していったのだ。
アマサカは門を見つける。一人の門兵が見張っていることに気がつく。魔族の門兵はあくびをしながら暗闇を眺めていた。それが最後の景色になるとも知らずに。
……門はゆっくりと開かれていった。アマサカはそのまま歩みを進める。門兵である魔族の遺体は、音もなく地面に転がっていた。
――フィアンとアイラが囚われてから数日。二人は疲弊し、やつれ始める。与えられた食料や水は限られていた。衛生状態もよくはない。フィアンの手首は縄をほどこうとして血だらけになっていた。いつも食事を持ってくる魔族の様子が、今日はおかしかった。いや日に日におかしくなっていったのだ。血走った目で鉄格子の向こう側からフィアンを見つめる。
「俺はよ……鍵を持ってねぇんだよ……だから手を出せねぇ。日が経つにつれてお前達の匂いが強くなって。もう我慢できねぇよ……うまく言い訳してそこの人間の女ならひどくならねぇように口添えするからよぉ……なぁエルフ……」
魔族の男はにやりとしながら言った。
「こっちに来てこれを処理してくれよぉ……」
血の気が引くアイラ。今のフィアンならやりかねないと止めに入る。
「だめですフィアンさん! 信じちゃいけません! 以前も騙されたでしょう? 結局捕まったじゃないですか! 信じちゃダメなんです!!」
ふらっと立ち上がるフィアン。魔族の男は言った。
「約束は必ず守る……ほら、いつもよりいい食事も用意したんだ」
まだあたたかいのか湯気が立ち上っているパンとシチュー。シチューに入った柔らかそうな大きい肉が存在感を示していた。
フィアンはぼーっとしながらアイラに言った。
「大丈夫だよアイラ。このくらい平気。初めてが奪われるくらいなら気にしない。もっとひどいことされてきた。少しでも可能性があるのならいくらでも騙される。私もアイラのことが大好きで大事だから。失いたくない」
その目は暗く、何もかも諦めているような目だった。魔族は興奮し、息を荒くした。早く早くと急かす。フィアンが背中を向けると魔族はフィアンを掴もうとした。だがその手は――アマサカに掴まれ骨ごと砕かれる。
痛みに叫ぼうとした魔族の喉元を指で潰すアマサカ。地面に叩きつけ、その生命を奪った。
牢屋の鍵がアマサカによって切り落とされる。フィアンはまだ気づいていなかった。背中を向けたまま、心を殺していたが一向になにも起きない。振り向こうとした時、その腕を引かれアマサカに抱きしめられる。暖かさに触れた瞬間に理解する。アマサカが助けに来てくれたんだと。この不幸と、絶望から救い出してくれる人が来てくれたんだ。これまで、自分が助けてなんて言えるような状況にはなかった。背負う側だった。けど今は、アマサカが私の重みを支えてくれている。
フィアンはアマサカの腕の中で、目を見開いたまま涙が先に溢れた。瞳は徐々に光を取り戻し、表情がくしゃくしゃになり始める。
アマサカァ、アマサカアァ! と何度も呼びかけながら抱き返した。子供のように泣きじゃくり、心をさらけ出す。怖かった、死ぬかと思った、アイラを巻き込んじゃったとその思いをぶつけていく。アマサカは優しく撫でる。
「よく頑張ったな。フィアン」
アマサカという甘えられる存在の腕の中で、フィアンの涙は止まることを知らなかった。アマサカはフィアンを腕の中に抱きながら、後ろで見ているアイラを褒め称えた。
「アイラ。よくやった。お前の残した手がかりのおかげで間に合った」
アイラは安堵したのかその場から立ち上がることもできずにいた。
「はい。バレなくて良かったです。信じてました。きっと助けに来てくれるって。ずっとフィアンさんのことを気にかけていましたから……でも、もうちょっと早く来てくれてもよかったんですよ?」
「ははっ……厳しいな。だが本当によくやった」
フィアンの泣き声は誰にも届いていなかった。たとえ届いていたとしても捕まった者の嘆きとしてしか捉えられないだろう。フィアンの涙が落ち着くのを待ったあと、アマサカは二人の拘束を解いた後に言った。
「この糸を辿れば外に出られる。俺はこのままこのアジトを捜索し、マッピング及び殲滅作戦へと移行する」
フィアンはアマサカから離れなかった。
「……私も行く。武器ならここで調達できるし」
アイラもまた、ついていくと言った。戦闘能力が低い為、万が一を考えると二人についていった方が安全という理由もある。だがそれ以上に杖の代替品が見つかれば、いつもより効力は落ちるものの回復魔法が使えるようになる。それが重要な役割であることを理解していた。
三人は探索を続ける。曲がり角にあたったアマサカは先頭を進みながら数メートル後ろに離れた二人に合図を送る。二人と距離を取ることで、魔族相手に見つかるという可能性を少しでも下げようとしていたのだ。だがあれから魔族には接触していない。そしてアマサカの想像よりもこの地下のアジトは広大だった。まるで王都全体に広がるかのようだ。
そして一つの部屋にたどり着く。内装は地下らしい質素なものだったが、大量の紙が乱雑に置かれていた。壁にも多くのメモや何かの資料がある。魔族の言葉なのか読むことができない。だがいくつかアマサカ達でも読める資料が残っていた。
「エルフの特異体質について、か」
ちらっとフィアンを見るアマサカ。フィアンは気にしなくていいから読んでと言った。
「エルフの長寿は特殊である。亜人族においてもその寿命はあまりに長すぎる。魔族でさえその寿命に届くものは少ない。まず、魔族の寿命が長い理由は明確である。それは先祖が創世記において悪魔に位置するからだ。悪魔は魔物を媒体とすることで知性を残してきた。そして進化を繰り返し、人のように子をなしてきた。
ではエルフはどうか。神とその他の種の混血は寿命が少ないとされてきた。それは混血によって神の力が強すぎるという負担が人間の血を破壊し、生命を維持できないからである。ではエルフはどのように生まれてきたのか。それは天使ではないかと仮説を立てる。人の血が混じったかどうかは不明であるが伝説上の天使が地上にて子を繁栄し続けていたのなら」
そこから先は何も書かれていなかった。代わりに乾いた血がついていたからだ。おそらくこれを書いたのは人間の研究者。魔族に襲われ研究資料を奪われたのだろう。フィアンは戸惑いを見せた。
「天使……って言われてもよくわかんないや。おとぎ話レベルの存在だし」
「そうだな。これも一説にすぎない。だが魔族は何かしらの理由でエルフを求めているのは事実だ。人間は何かしらの代替品である可能性が高いとソートが言っていた」
「ソート?」
「あぁ。凄腕の軍師だ。今回の件に尽力してくれてな」
続けて資料を探すアマサカ。しかしどれも読めないものばかりだった。後から来るであろう援軍に持ち帰らせて解析させるのが得策だと考えた。ふとアイラがぼーっと壁に立てかけられた一枚の絵を見ていた。絵の中心部には白い棺が置かれている。場所はなにかの遺跡のようだ。ツルが割れ目からところどころ飛び出している。天井から差し込む光が白い棺を照らしていた。
「とても……不思議な絵です……」
アイラはそれに見とれていた。ふらっと足元がおぼつかなくなり、アマサカに支えられる。
「すいません……ちょっとふらついて。歩いてる時は大丈夫だったんですけど、立ってたら立ち眩みが。頭痛もちょっと……あまり食べてなかったですし、衛生状態も良くなかったので……」
「無理もない。少し休んでいくか?」
「いえ、もう大丈夫ですっ! 行きましょう、もっと助けられる人がいるかもしれません」
アマサカは糸に目印用のチョークを塗った。そして再び探索を続ける。それから数時間の探索をしていたときだった。フィアンが露骨に嫌そうな顔をする。匂いが嫌だといい始めた。なんの匂いだとアマサカは聞いたが、フィアンは嗅いだことがないと言う。けれど吸い込みたくない嫌な匂いがすると言った。アマサカは一人で先へと進む。毒ではないことを確認すると合図を出した。近づくにつれて三人とも服で鼻を押さえた。そして、とある部屋に入った瞬間フィアンとアイラは目を逸らした。
「ひどいな」
そこは人、魔物、亜人、植物が入り乱れる場所だった。だが自由はない。ただ――子供を作るためだけの場所。管理され、糞尿は垂れ流し。不衛生に、そして性のみが支配する空間に吐き気を催した。




