第十四話
フィアンとアイラが連れ去られた日の夕方。アマサカはギルドの酒場で夕食を取っていたが、あまり手は進んでいない。
セラは元気のないアマサカを見つけると彼の目の前の席に腰を下ろした。本心ではいろいろと聞きたいことはあったが、不用意に踏み込むべきではないと口をつぐんだ。代わりに一緒にいようとした。それだけで人の心は楽になると、セラは知っていたからだ。
アマサカはその気遣いに気づくとセラの目を見る。目が合うと、セラは恥ずかしそうに顔をそらした。
「な、なによ……顔を見ていいなんて、私は言ってないわ」
「そんなことに許可が必要だとは知らなかった。初耳だ。見ていいか?」
「冗談はやめて……」
セラは誤魔化すように口に入れたパンが喉に詰まりそうになり、甘いお酒で流し込む。けほけほと咳をしながらセラはアマサカを睨む。アマサカは少し微笑み、冗談を言って悪かったと謝罪した。そして悩みのタネを吐き出した。
「実は……フィアンの様子が心配でな」
「フィアンちゃん? 彼女になにかあったの?」
「まぁな。少しトラブルがあって、過去を思い出して調子を崩しているようだ。だが俺は、お前のように人のために気遣いをするというのが下手くそでな。朝も様子を見に行ったが見に行くだけで、他には何もできなかった。アイラに任せたから問題はないと思うが」
「ふーん。あっそうですか。つまりフィアンちゃんのことが頭から離れないと」
他の女の心配と知るやいなや、セラはぶっきらぼうに機嫌を悪くした。
「何を怒っている」
「怒ってないわよ?」
じーっとアマサカはセラの魔力のゆらぎを見る。まるで風に煽られる炎のように揺らいでいた。セラはアマサカにじっと見られ、牽制するようにこう言った。
「許可取り」
「冗談じゃなかったのか」
そんな軽いやり取りをしつつも、アマサカがフィアンを心配しているというのはよく理解したセラ。
「だったらもう一度見に行けばいいじゃない。一人が不安なら私もついて行ってあげるわよ」
「……一日に二回もか?」
「相手の反応を見て、次から調整すればいいじゃない。ほら、さっさと行くわよ」
二人は食事を済ませ、フィアンの部屋の前へと足を運んだ……のだが、扉が破壊されている。アマサカは素早く部屋の中に入る。あきらかに争った形跡。床に放置された弓、穴の開けられた壁。なにかの砂が盛り上がった状態で放置されている。アイラの杖まで置かれたままだ。深刻そうな表情にセラは問いかける。あなたの結論は? と。
「フィアンとアイラが連れ去られた。道具は放置、さらに争った形跡はあるが家財が荒らされた形跡はない。なにより明確な証拠をフィアンが残していった。俺にしか伝わらないかもしれないがな」
アマサカはネックレスを手に取った。フィアンがあれほど肌から離すことに抵抗があった――エルフ隠しのネックレスをちぎられた状態で置いていくはずがない。血相を変えてフィアンを探しに行こうとするアマサカをセラが止める。
「どこにいくのかしら?」
「探しに行く」
「どこを?」
「手当たり次第だ」
「あてもなく?」
「アビスギルドが関連しているという噂が流れている。確証はないがそこにかけるしかない」
「アビスギルド……この間、私が捕まってしまった相手ね……それでも無茶よ。王都もアビスギルドに対して行動を起こしている。けれど尻尾を見せない。噂程度が限度なのよ。いくらあなたが走り回ったって見つからないわ。王都がどれだけ広いか分かってる?」
ならどうしたらいい。と、アマサカは呟く。セラは情報共有かつ、悟られないように少数精鋭で調査する必要があると言った。はやる気持ちのアマサカをどうにか止めたセラは、王都警備隊の知り合い数名とギルドから数名を招集。空き家の部屋を買取り、地図を広げる。壁に紙を張り、各々がもつ情報を吐き出させそれをまとめていく。
そしてセラはもう一人呼んでいた。気だるそうな青年はセラに呼び出され、めんどくさそうに椅子に体育座りをする。
「はぁ……なんで僕が」
セラは睨みつける。
「いいから手伝って。恩を忘れてないでしょうね」
「……」
睨みつけられた青年はため息をつきながら無言で訴える。仕事を与えないでくれと。なお、セラはガン無視で青年の紹介を始めた。
「紹介するわ。彼は宮廷軍師のソート(全力逃亡中)」
「そのカッコ文字やめてくれないかな」
「事実でしょ。全く、あなたが追われていると言うから庇って匿ってしまったのは私の汚点だわ」
「でもそのあと事実を知って君は僕の足を引きずりながら王宮へ連れて行こうとしたじゃないか」
「至極当然でしょ。仕事をサボりたいと堂々と宣言するバカに仕事をさせようとするのはね」
「はぁー……でも激務の内容を言ったら僕専用の宿を借りて逃げる場所を作ってくれたのは感謝してるよ」
「えぇ、数日くらいならと私も思ったわ」
セラはソートを睨みつける。この男、一ヶ月も宮廷の仕事に戻っていないのだ。セラでも同情するレベルの仕事量を押し付けられている為、セラ自身も強くは言えない。
だが今回ばかりはフィアンとアイラの命もかかっている。利用しない手はない。ソートもそれをとっくのとうに察しており、ダダもほどほどに状況をまとめ始める。体育座りをしながら地図を眺めた。
「王都は城壁に囲まれている。城壁の上部は魔法による細工が施され、一定サイズ以上が通れば検知される。つまり上空や城壁をするりと抜けるのは簡単なことじゃない。これだけ事件が起きて警戒をしている王都警備隊、門兵を欺くのは無理だ。
誰かが裏切っているという可能性も考えたけれどその線は薄い。僕は――王都警備隊、門兵全員の顔を覚えている。会話傾向から裏切りの兆候を見せたものはいない。では洗脳はどうか。薬による記憶障害はなし、魔法術式による記憶の混乱もない」
セラは考えながらソートに答え合わせを求める。
「つまり城壁を経由して外に逃げ出した形跡はないってこと?」
「答えはイエス。そうなると王都内にいる可能性が高い。けれどこれまでアビスギルドの拠点は見つけられていない。当然闇雲に探しても当たる確率はゼロに近い。この画鋲で連れ去り事件が起きた場所を刺してみよう」
何百もの画鋲が刺される。
「僕はすべて覚えている。ここ数ヶ月の事件、発生場所に規則性はない。では次にペンで被害者の目撃情報を見てみよう」
赤いペンを取り出し、何千もの点を打っていく。その点と画鋲の位置がエリアを示すように出てきたことをセラは気づき、ソートはニヤける。
「気付いたかい? 発生場所というのは事件が起きた場所とは限らない。家族、従業員がいなくなったなど、事件現場から離れた場合も含まれてしまう。
しかし目撃情報はこの人を見たことがないか? という問いかけの情報を集めたものだ。その情報がなぜこうして密集して現れるのか、それは攫われた人たちがこの場所をよく通る場所だからだ。よく通るからこそ顔を覚えられている、ゆえに目撃情報がここに集まる」
「でも……当てはまる場所が多すぎるわ」
「最もな指摘だ。だけど全部を見る必要はない。情報さえ手に入れられればいい。アビスギルドを見つけることが最初の目的じゃない、それに繋がるなにかでいい」
ソートは立ち上がり指で地図をなぞりながら指示を出していく。
「警備のうすさ、犯罪のしやすさ、貧困率の高い地域、事件発生が比較的多い場所、王都警備隊の目が届きづらいエリアが近くにあるなどの条件を当てはめていく。すると大きく分けて三箇所に絞れる。それぞれA地点、B地点、C地点とする。この地点をそれぞれ重点的に聞き込みすればいい」
目撃情報によるアビスギルドの潜伏先候補と、発生場所の偏りから範囲を絞ったソート。一旦の役目を終えると、アマサカに目を移した。
「君がアマサカか。これからいくつか質問をする」
アマサカはフィアンやアイラの名前など、問いかけられたことを答えていく。ソートはうれしそうに推理を組み立てていく。語りはしなかったが、自分の推測したアビスギルドの全容と照らし合わせ、ソートはフィアンの正体に気づいた。だがそれを口にするような間抜けではない。
ソートはフィアン達をさらった者達は報酬をたんまりともらえるだろうとふんだ。金遣いが荒くなると予想し、それも含めた聞き込み調査を求めた。
その後、集められた人員達は指定された地点で聞き込みを開始する。彼らは悟られないようアマサカを含め、一般人に紛れながら情報を集め始めた。
「王宮に戻るのは非常に嫌だが恩人二人のためならば仕方がない」
セラはソートを以前捕まえたアビスギルドの下っ端がいる牢屋へと案内している最中だった。セラは二人と聞いて不思議そうに思った。ソートはセラに聞こえないように小さな声で呟いた。
「アマサカという男に、人類は借りがあるのだよ」
――縛られたアビスギルドの男の前にソートが座り込んでいる。威勢をつくアビスギルドの男に、ソートは口を開く。
「んー、君はだいぶ下っ端だねぇ。さてさて。アビスギルドの君たちは王都に入り込んで、全員同じ指揮の元で動いているのかな? それとも幹部ごと? んー、幹部より下ごとで独立している?」
男は口をつぐんだ。ソートは結論を出す。
「ははー。なるほど。地元の悪い奴に行動をさせてそれを君たちが買取、それを更にアジトで上にと、バケツリレーのように人身売買をしたのか。だが重要なのは……品定めは君たちがするから目撃情報は偏りが出る。うんうん。予想通りだね。反応からするにギルド内全体が連携して指示を受けているわけじゃなくてそれぞれ独立したグループ、パーティーという動き方かな」
ソートは考え込む。組織が連携していないとなると手当たり次第に捕まえた者が今回の件に関係なかった場合、今回の件に関わっているフィアンやアイラについての情報は得られないかもしれない。逃走先がバラバラの可能性もある。
「さて、君たちは一体どこで上層部相手に取引をしている? ん、本当に知らないのか。困ったなぁ。じゃあ別のことを少し確かめてみようか。重要な情報だからね――君は魔族について知っているね?」
「しらなっ!!」
血が周囲を満たした。ソートは顎に手を当てて考える。
「自分が原因で相手に知られるだけでだめなのか。たとえ白状したわけではなくても。複雑な術式だ」
男が死んだことに関しては一切同情しない。所詮は自分には関係のないクズの命程度にしか考えていなかった。




