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第十一話

 アマサカはまだ震えの止まらないフィアンを抱きしめながら答える。


「あぁ、約束する。お前がエルフであるということは誰にも話さない」


 フィアンはアマサカをより強く抱き返した。


「ありがとうアマサカ……それから、騙しててごめん。私がエルフだってこと。このネックレスの効果で種族のことを隠してたの。聖遺物ほどじゃないけど、人間に偽装することができる」


 アマサカでさえ、フィアンがエルフであると気づくことはできなかった。相手の認知を歪ませるネックレス。過去の遺産とも言われるそれは、現存数はとてもすくない。破損や盗難、劣化、身につけるものの数の減少など理由は様々だ。


「エルフって男性が生まれる確率がとても低いの。だから異種族と子供を作ることも当たり前。私みたいな純血はとくに珍しいんだ。それにいろんな種族から狙われてきた過去がある。魔物は強くなるために、人は……もっとひどい。観賞価値や、性的利用価値、少量の食事で長時間働ける労働力、不老の研究とかいろいろ」


 アマサカはフィアンを自分の腕の中にすっぽりと埋める。もう何も言うなという意思表示だった。フィアンは甘えようと思った。まだ心のざわめきが残る。だからもうちょっとだけこうして甘えたい。もう二度と誰にも甘えられないと思っていた。全員殺されたから。


 ――母も、父も、弟も妹も。みんな。村の人たちも全員。自分だけが生き残った。



 アマサカの暖かさで全部かき消そうとした。不器用なくせに人の気持ちに敏感で、こうして対応してくれる。あぁ、好きになっちゃうと。でもまだ好きになってやらないんだからと、無駄な意地を見せる。






 その後、二人は時計塔から降り、ちぎれたネックレスを補修するために再び市場を歩いた。ふとアマサカが立ち止まる。


「不思議な品だな。これは」



 露店の主人がお目が高いと声たかだかに言う。


「ほぉー! これに気がつくかね。これぁめったに見れない魔道具だよ。なにせ何十年も骨董商をやっていて初めて見たもんだ。このネックレスは半月型の中心に宝石が宙に浮いて回転しているんだ。おどろくことにこれがはずれない! 無くす心配もなし!! どうだい?! 金貨十枚!」



 フィアンが目を丸くした。


「金貨十枚?! たっかっすぎでしょ! 金貨一枚で一ヶ月過ごせるレベルなんだけど!?」



 ジャラッ……露店の机の上に十枚の金貨が置かれる。困惑したのはこの二人。フィアンと露店の主人。まずフィアンはぽんっとこれを出せるアマサカに驚いた。そして露店の主人はふっかける気まんまんで高い金額を提示したのにそれを出されたことに困惑。



「に、兄ちゃん。本気かい? こりゃただのアクセサリーだ! 何ができるのか全くわからん品物だよ?! 魔力を込めたってなーんの効果も出ないってのに」


 フィアンはジトーッとした目で主人を見た。やっぱりふっかけていたんだなと蔑む。魔道具と言ったのに正体が分からないただのアクセサリーと言ったのだ。本来は魔道具として高く売りつけるつもりだったのだろう。正直に言ったあたり本気でこの値段で売るつもりはなく、値段交渉を有利に進めようという考えだったんだなと。


 アマサカはネックレスを取ると露店の主人に言った。


「いや、これでいい。言い値で買うつもりだった。あんたがいなきゃこいつには出会えなかったからな。あんたがこの品を初めて見たという話。その部分に嘘偽りはないだろ? 俺はこのネックレスにその金額が見合うと判断した。これで取引は成立だ。受け取っておけ」



 ――アマサカはフィアンの手を引き、人通りのない路地へと足を運んだ。周囲に気配がないことを確認し、フィアンのネックレスを新しいネックレスと合わせる。アマサカは手先が器用なんだなぁと、フィアンは感心していた。


 ふいに手が伸びてくる。アマサカの顔がすぐ真横にある。吐息が耳に当たり、全身にがピクッと反応する。アマサカはフィアンの細い首の後ろで金具を止めるとゆっくりと手を離した。


「これでもう問題ないな」


 フィアンは手のひらに乗せた二つの装飾を見て心が朗らかになった。自然と表情が緩む。


「ありがとっ! アマサカ!」





 ――その日の夜。宿の中でベッドに寝転びながらネックレスを見るフィアン。へへっ、えへへと声を漏らし、足をバタバタとする。ふと横を見ると赤くなった顔が鏡に映り、すぐに目を逸らした。


「違う、違うから。恋とかじゃないし。えへへ」




 泣きつかれていたこともあり、そのまま眠りにつくフィアン。そして……懐かしい夢を見る。


「ママ! パパ!」


 フィアンは両親に抱きついた。久しい二人の温もりにフィアンの表情はまるで子供のようだった。すると背後から聞き覚えのある幼い二人の声が聞こえてきた。


「お姉ちゃん!」


「エーラン! それにミアまで!」


 弟と妹の二人を抱きしめる。二人はフィアンに対して、なんで急に抱きつくの? と嬉しそうにしながらきいた。そういう気分なのとフィアンは言った。しばらく、フィアンは懐かしい記憶の日常を楽しんだ。いつしかそれが日常だったと勘違いする。アイラのことさえも忘れて。


「こらっ! エーラン! なんでミアの獲物横取りしたの」


 エーランは不貞腐れる。エルフの森を少し離れ、弓の扱いをフィアンが教えていたのだ。


「だってミアが弓引くのおせーんだもん。待ってる間に逃げちまうよ」


「そんなのわからないでしょ? ミアが引くべきだと思ったタイミングとエーランのタイミングは違う。当たり前のことでしょ! ほらっ、泣いてるミアに謝って」


「はぁ?! 俺悪くね―し」


「ふぅーん」


 それから数刻後。泣きじゃくるエーランとミア。理由のわからない帰宅状況にフィアンの母は戸惑いを隠せなかった。


「エーラン?! ミア?! 何があったの?」


「「おねーちゃんがぁー!」」


 どさっ。何匹ものイノシシの肉を机の上に乗せる。フィアンは干し肉を作ると言った。フィアンの母はその前に状況を説明しなさいと尋ねる。


「ミアが狙ってたイノシシをエーランが先に仕留めたの。ミアの練習なのに。エーランがぜんっぜん反省しないから私が全部仕留めた。おんなじ気持ちを味あわせてやろうと思って。んで、エーランはその後一匹も取れないから泣き喚いて、ミアも見つけた瞬間に私の矢が飛んでいくからより泣いちゃったってこと」


 ふふふっとフィアンの母は笑いを抑えきれなかったが、やさしくフィアンの頭を撫でながら叱った。


「もうっ。もっと教え方があるでしょ? あなたはこの子たちの成長の機会を奪っているのよ?」


「むーっ。分かってるよ。今回だけっ」


「はいはい。ほらっ! エーラン、ミア。泣いてないでお肉の下処理を始めるわよ。冬が来る前に準備しないとね」


 ぐすっと二人は涙を拭いた。はーいっと返事をして手を洗いに行く。処理も終わり、父も帰宅し、家族での夕飯。寝る前には母がお話を聞かせ、ゆっくりと目を閉じる。



「フィアン?」


 ぱっと目を開けるとフィアンは気づけば家の中で立っていた。あれ? 寝ていたのにと不思議に思いながらも母に呼びかけられたフィアンは返事をする。


「なに? ママ」


「もうすぐ暗くなりそうだからお父さん呼んできて。たぶん村の集会に出てるから。エーランとミアはこのまま夕飯のお手伝いをしてもらうわ」


「分かった―」


 フィアンは家から集会所のある大きな屋敷へと向かった。玄関に立つと大きな声で呼んだ。


「村長ー! フィアンだよー! パパいるー?」


 返事が帰ってこない。フィアンはおかしいなと思って玄関を勝手に開ける。


「村長?」


 足が止まる。二本足で立つ狼のような生き物。亜人かと思ったが明確に人間からはかけ離れていた。



「おぉっと。つまみ食いをしていたらデザートがやってきたな」



 話す。話している。じゃあ、こいつは魔物じゃない。亜人でもないのなら……魔族だ。血の気が引いた。雲に隠れていた夕日が部屋を照らす。血の海だった。全員、殺されていた。後退りしながら顔を振る。


 ――いや、いやっ……みんな、パパどうして。


 パパと何度も叫んだ。返事はない。魔族はフィアンの父の足を掴んでいた。まるでチキンでも握っているかのように。恐怖が襲う。声にならない声が聞こえる。自分の叫び声だった。弓がないことにも気づかず、弓矢をとろうとする。ただ、父を呼びに来ただけだったから、装備なんて持ってきてるはずがなかった。走ってその場から逃げ出す。守らないと。弓を持ってせめてママとエーラン、ミアを安全な場所まで。


 村を走っていると、至る所になぜか人間がいた。助けてと叫ぶ声。助けたい。でも助けられない。早く、早く家に帰らなきゃ。みんなを、助けなきゃ。


 ドアを蹴り開ける。血だらけの母。怯えて漏らしているエーランとミア。襲撃者の女が一人、男が三人。


「離れろ!! 私の家族から!! いますぐにっ!」


 家においてあった弓はすべて折られていた。人間を前に怖気づくわけにはいかない。キッチンの包丁を掴み、斬り掛かった。けれど蹴り飛ばされる。ただのか弱い人間じゃなかった。ちらりと手の甲にアビスの文字が見えた。



「やめろ! 離せ!! 家族に手を出すなっ!」


 叫びながら起き上がろうとしたフィアンは女に頭を強く踏みつけられる。痛い、でもそんなことどうでもいい。

 女は言った。


「あらぁ。かわいい。んー……そうねぇ……か弱い家畜風情が強い口調を使ってごめんなさい。私たちはただの家畜ですと言ったらあなた以外の家族は見逃してあげる。もうすぐここにもリーダーが来てくれるわ」


 血の気が引くフィアン。


 ――泣きながら、弱々しく言った。


「弱い家畜……風情が、強い口調を使って申し訳ありませんでした……私たちはただの、家畜です。だからどうか、ママとこの子達は見逃してください……」



 嘲笑う声が部屋を満たした。こいつらはフィアンを笑った。楽しんだ。バカにした。そんな約束守るわけ無いじゃないと。



 ――そしてあの魔族がちょうどやってくる。母親を見るとおいしそうによだれを垂らす。フィアン達の前で絶命を遅らせるように食した。それが調味料かのように。


 喉がはち切れるほど叫んだ。殺してやる、全員、息の根を止めてその頭を踏みつけてやると。嘲笑だけが返事だった。食べきった魔族は満足した。


「そいつらは売りさばく。この威勢のいいガキはそこの弟と交尾をさせて純血を作らせる。そこの最も幼いガキはとてもうまそうだ。帰りのおやつにでもしよう」




 連れ去られるさなか、身動きも取れず、妹の絶命を見させられた。フィアンの中で、心が壊れる音がした。ある亜人国の軍隊が帰り際のアビスギルドを襲撃。その戦闘で弟は絶命。どちらが勝ったのかは知らない。混乱に乗じてその場から離脱した。その瞬間、意識が遠のいた。



 目を覚まし、踵を返すと大量の死体だけが残っていた。過激な戦場だったのだろう。弟の亡骸は見るも無惨だった。ここにいればアビスギルドがまた来るかもしれない。弟をその場に残した。



 もう涙も出なかった。殺してやる。絶対に、アビスギルドの全員を後悔させてやる。家に戻り、母のほんの少しだけ残った遺体が身につけていたネックレスを手に取った。


「ママ、絶対に仇とるからね。だから、今は静かに眠って」




 ゆっくりと目を覚ます。

「……忘れるなってこと?」



 重い体を起こす。一生懸命働いて買った弓を眺める。


「アイラと一緒に頑張ってためたお金で買ったんだ。ママ。私もアイラもね。放浪してたの。私は人間を恨んでいたから、最初はあの子を信用できなかった。でもあの子から見れば私も人間に写ってたから、人間のフリをするしかなくてさ。


 けどね、あの子はとても弱々しくて……すごく優しくて暖かかった。少しずつ私の壊れた心を治してくれたの。一緒に過ごして幸せになって。みんなに出会ってもっと幸せになってさ。


 ママ達はもう帰ってこない。失った過去は取り戻せない。今を幸せに生きるべき。だからアマサカに私は関わる気はないって言った。でもさ……たぶん気づいてるよね。嘘だって。嘘に決まってる。あんなの――許せるわけがない。たださ、今の私じゃ……あの魔族を絶対に倒せない」


 ネックレスをギュッと強く握りしめる。


「ちゃんと、ママの言いつけは覚えてるよ。私は……アマサカに恋をしちゃいけない。アマサカは人間だから。数の少ない純血種は混血であることを絶対に許されない。ずっと言ってたもんね。分かってるよ。分かってる……」

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