第一話
ここは王国グランディアの中にある最大規模のギルド――メイアース。
入口近くの掲示板には大量のクエスト依頼が張り出されている。冒険者達はその前にたむろし、あーでもないこーでもないと騒がしくしながら依頼を吟味していた。
そしてギルドのメイン区域に隣接された酒場。多くの冒険者達がここで食事を済ませる。ゆえにその敷地面積はとても広く、大量のテーブルとカウンターが設置されていた。ウェイター、料理人の数もそこらのレストランなんて目じゃないくらいだ。
そんなときだった。ドバン!! っとギルドの扉が開けられる。ある駆け出しのパーティーが帰ってきたのだ。若い男性の苛立った声が響き渡る。
「魔物ごときに負けるなんざ……あぁくそっ!!」
相当鬱憤が溜まっているのかその若い男性は感情に任せて叫んでいた。
男性を含む四人で構成されたパーティーは全員ボロボロだった。悔しさを人目も気にせず叫ぶこの男性はレオ。茶色の髪は焼け焦げたのかところどころプスプスと本来ストレートのハズが縮れている。頬には炭がつき、冒険者らしい服装は破れ、ボロボロになっていた。
レオの隣にいるガナードというドワーフの男性の盾もボロボロだ。まるで対抗するように高い声が響き渡る。
「うっるっさい!! 叫んだって勝ったことにはならないからね!」
レオに向かってそう叫ぶのは小柄な女性のフィアン。尖った耳をぴくっと動かし、つり上がった目でレオを睨む。緑色の瞳はまるで見ていると吸い込まれるような感覚を覚え、そのまま時間を失うかのようだ。控えめな胸を張りながらレオにこう訴える。
「大体あんたがガナードの前に出て突っ込むからでしょ!」
フィアンの言葉にうるせぇとレオは叫ぶ。すると小さな弱々しい声が聞こえてくる。
「あ、あああの。その、皆さん落ち着いて。まずはクエスト失敗の報告と、それから私がみなさんの傷を治しますので」
あわあわと慌てふためくもう一人の女性。肩に髪がかかるくらいの翡翠のようなきれいな髪色のアイラ。初見では魔法使いと言いたくなるその風貌。レオは眼光を鋭くして言った。
「ギルド戻ってきたんならポーションや教会の方がはえーよ! ポンコツヒーラーが!!」
「うっ……うぅ。言い返せません……」
それを聞いたフィアンはアイラを抱きしめながら言い返した。
「はっ? うちのアイラは悪くないんですけど。回復速度が間に合わないほど無謀に立ち向かったバカはどこのどいつですか? 八つ当たりすんなバーカ!」
べーっと威嚇するがはたから見るとかわいいだけである。だがレオにとっては感情を逆撫でするようなものだった。受付嬢が声を張り上げて止めるまで言い争いは続いていた。
クエスト失敗を報告したあと、隣接された酒場のテーブルに座る。すると各々静かになり、考え込む。喧嘩をしてはいるがパーティーとして魔物と戦い負けたのだ。戦いを想起して反省、改善を探しているのだろう。途中ウェイターがやってきて注文を受ける。そして続々と料理が並べられていくが駆け出し冒険者の彼らはどれも安価なものばかりだった。安酒を横に一通り反省が済むと料理に手を付ける。
――カチャッカチャ
食器の音が静かに聞こえる。あれだけ荒ぶっていたレオは予想とは反して食べる速度はとても遅い。もくもくと食べるドワーフのガナード。一口が小さすぎるアイラ。ぱくぱくと食べるフィアンだが、表情は浮かない。その時、またあの万年Fランクの噂。やはり冒険者が集まる酒場。噂話もあれば鬱憤を晴らすためにそういう陰口も言うのだろう。カウンターに座っていた冒険者が嘲笑うかのように言った。
「またクエストを失敗したのか? さすがポンコツパーティー。お前らの隣に座ってる万年Fランクと同類の落ちこぼれだな」
レオは黙っていない。
「んだとコラ。ポンコツパーティーだと俺達はいずれ」
「いずれ? なんだ? 今の現実を言っているだけにすぎないだろうが。まぁお前らはまだ駆け出しだからな。まだほんの少しくらいは可能性があるかもな。そこの万年Fランクの木偶の坊とは違って。知ってるか? そいつ弱い魔物だけ倒して生活してるんだぜ。つまりそれ以外の魔物に手を出せない臆病者ってこった。お前らもどうせそうなるけどな。あれだろ? 同レベルのくせに見合わない高レベル魔物を倒しに行って負けたんだろ? まだあの万年Fランクの隻眼男の方がまともかもな! 身の丈を知ってんだからよ!!」
レオの顔の血管がどんどん浮き上がっていく。
「ぶっ殺す」
「やってみろよ。俺はDランクのレベル三だぜ? 強さがちげぇんだよ」
「上等だコラ」
レオが相手の胸ぐらを掴み、まさに喧嘩が始まろうとしたときだった。様子を見ていたガナードがひび割れていた自分の装備である盾でレオの頭をぶん殴る。二秒後、レオは打ち上げられた魚のように地面に倒れながら跳ねて痛みと戦っていた。相手の冒険者は呆然としていたが吐き捨てるように言った。
「はっ……まぁ利口だな。勝てない相手に喧嘩を挑まねぇってのは」
フィアンが冷たく言った。
「そうだね。相手を選んで憂さ晴らししているんだからあなたも十分利口だね。自分より弱いと分かっている相手にしか喧嘩を売れないんだから。Dランクも納得だわ」
「いい度胸だクソガキ……!」
再び争いが起きようとしていたときだった。Aランク冒険者の一人が言った。
「私たちの時間を邪魔しないで。酒場だもの。ある程度は許すけど血を流すのなら外でやって」
とても静かな言い方だった。けれど魔力を多少放出したのか酒場自体が一瞬静かになる。それは言葉に表すのであれば背筋が凍るというものだ。騒がしさはすぐに戻ってきたが、渦中の冒険者とレオ達は静かにその場を収めた。無益であることはよく分かっていたからだ。レオはずっと頭を抑えながら片方の手で食事をしていた。そして隣の席に座る万年Fランクと言われていた冒険者が気になった。あまりに言われるがままだったからだ。
その男は片目を常に閉じた隻眼。レオは壁に立てかけた一本の刀に目を移す。かなり使い込まれているのか鞘は傷だらけだった。黒髪は少し長いが眼が隠れたり、肩にかかるような長さではない。服装は黒を基調とした和服であり、真紅のラインが入った羽織を着ている。体を守るような胸当てや籠手などもない。そんな隻眼の男性にレオはこう言った。
「お前もお前だろ。なんであそこまで言われてなんも言わねぇんだよ」
フィアンはデザートのゼリーを食べながら言った。
「結果は同じでしょ。無駄な労力を使ってないし正解なんじゃない?」
「正解って。負けてでも男なら言わなきゃならねーことが」
「んでAランク冒険者に怒られて興が冷めて萎縮。ふーん。へー。男、ねぇー」
普段なら言い返すレオもさすがにエネルギーが切れたのか言い返すこともなくため息をついた。問題が起きたのはそれから少し経ってからだった。アイラは話すこともできず、とりあえず酒を飲むということを繰り返した結果、眠くなってしまったのだ。
酒に酔ったアイラが隻眼の男の肩で寝息を立て始めたことで他パーティーメンバーは血の気が引くような事態が発生した。何が問題なのか。それは大体話しかけることも躊躇うようなオーラがその万年Fランク冒険者からは漂っている。それがこんな状況になればなにをどうしていいのか分からんのだ。レオはどうするか悩みながら小声で言った。
「どうする……おいガナード」
ガナードは普段から無言であることを利用して最初から選択肢には入っていませんが? というような態度で酒を飲む。
「このやろっ、こうなったらフィアン頼む……俺はさっきあんなこと言ったから話しづらいんだよ」
「男ならここはズバッとよろしく」
「ぉぉぉい! こんな時だけお前ッ」
「リーダー。頼りにしてるぞっ!」
「このっ、酔ってるな……」
レオは覚悟を決めて万年Fランクの前に座る。
「あ、あぁー。そのなんだ。さっきは悪かったよ」
「気にするな。慣れている」
一瞬カチンと来るレオ。慣れている? なんだ慣れているって。それでいいのかよと。その言葉を飲み込む。
「あーっと。それからもう一つ。そこのバカ……が迷惑かけているみたいで」
「気にするな。あまりにも退屈したんで眠ったんだろ」
「退屈……?」
「お前ら、一人ひとり反省はしたみたいだが共有はしたのか。四人いるにも関わらずまるで他人だな。パーティーとは思えん」
バカにされた気がした。
「何が言いたいんだよ。パーティーすら組んでないお前が」
「どうしてお前達がパーティーを組んでいるのかすら分からん。周りのパーティーを見てみろ。何をしている? 終始口を閉じているか? 無意味な争いをしているか?」
「……うるせぇよ」
レオは自分達の現実を叩きつけられたような気がした。パーティーを組んで、戦って、Aランク、果てはSランクパーティーとなって……だが現実はどうだ。レオはその場から立ち上がり、そのまま立ち去った。ガナードはそのあとをついていく。まるで保護者のように。フィアンはぽけーっとしながら言った。
「えっ?! 私ひとり?!」
フィアンは木製のジョッキを口につけながらそーっと万年Fランクを見る。やはり雰囲気は熟練の冒険者のようだった。フィアンはぽけーっと眺めながらよく観察する。いくつもの傷跡、使い込まれた剣。整った顔に哀愁の漂う表情。ちょっとかっこいいなと思いつつも万年Fランクという言葉がそれを邪魔する。
「なんだ」
声をかけられたフィアンはビクッとして慌てて言った。
「いや、そのごめん! 別に気を悪くさせようと思ったわけじゃなくて」
「別にいい。気にするな。なにか言いたいことでもあるのかと思ってな」
フィアンは意外と話しやすそうかもと思って彼の正面へと席を移した。
「私はフィアン。弓使い。あなたは?」
「俺はアマサカ。この刀が俺の武器だ」
「ふーん。ね、レベルはいくつなの?」
「レベル?」
「ほら、ギルドにも置いてあるあの天秤。あれを使えば今のレベルが分かるのよ。最大は五まで。まぁ例外で通称レベルアンノウンってのもいるけど気にしなくていいよ。勇者と魔王と亜人王ってう三人しかいないから。もう全員亡くなってるし」
アマサカは少し考えると呟くように言った。
「わざわざ語るほどのレベルはない。低レベルだ」
「えー? 教えてくれてもいいのにー。ちなみに私はレベル二。まだまだ弱いんだよね。他のパーティーメンバーもそうだけどガナードだけは三なの」
フィアンは不思議に思いながら問いかける。
「ねぇ。本当にFランクなの? そんなふうに見えないけど。それに……本当にそうだとしたらなんで?」
「……価値を感じないからだ。飯を食って寝れるのであればそれで充分だろう」
「称賛とか、お金とか地位とか。そういうのもいらないの?」
「いらないな」
「んじゃあーパーティーは……組まないの? だってその方が楽に生活費を稼げるんじゃ」
そう言った瞬間だった。アマサカの眼から光が失われる。フィアンは息を飲む。これはダメだ。触れちゃダメだ。とてもいけないことだ。この先になにかとても危ないものが潜んでいるような。
何を思い起こさせてしまったのだろうとフィアンは自分の軽口を後悔した。
「ごめっ、わたっし、へんなことっ」
あぁ、うまく喋れない。フィアンはなんとか喉を開こうとするが勝手に収縮する。喋れ。喋れ。謝れと。




