雪原の記憶
極寒の風が吹きすさぶ中、厚い毛皮に身をくるんだ一行が、白銀の広がる平原を進んでいた。マンモスの足跡を追って進んでいるうちに、いつの間にかここまでやって来ていた。太陽が地平線をかすめていた。もうしばらくすると、地平線の底に隠れてしまって、長い夜が続くことを彼らは知っていた。氷に閉ざされた世界にあって、マンモスは彼らの生命線だった。一頭仕留めれば、一行が十分食べていけるだけの肉が手に入った。余った肉は天然の冷蔵庫とも言えるこの環境で新鮮なまま保存することが出来た。厚い毛皮はあたたかい防寒具になった。そして立派な牙は道具や装身具として重宝された。そのマンモスを追いかけて一行は雪原を進んでいた。その中に年若い少年がいた。大人たちに混ざって狩りを手伝うまでに成長していた。
「マンモスの群れだ」
先行していた一人が戻って来て告げた。一行は歩き続けた。しばらくすると毛むくじゃらで堂々たる巨体を揺らしながらゆっくりと歩むマンモスの群れが見えた。経験豊かな長老が、獲物を追い詰めるべく指示を出していた。大人たちは真剣に聞き入り、うなずいていた。長老の意図を十分理解した後、彼らは持ち場に移動を始めた。風向きを計算に入れ、マンモスの群れに気付かれないよう回り込んだ。少年も槍をつかんで、その役割を果たす機会をうかがっていた。
「今だ!」
長老の合図と共に一斉に声が上がった。屈強な大人たちは槍を振りかざしながらマンモスの群れに襲い掛かった。突然の襲撃に驚いたマンモスたちは不安げに辺りを動き回っていた。でたらめに逃げていた一頭がやがて集団から離脱した。狩猟者たちはその一頭に狙いを定め、追い込んで行った。哀れな獲物に向かって次々と槍が放たれた。分厚い皮膚に跳ね返されたものもあったが、突き刺さった何本かの槍の根本からは、真っ赤な血が流れていた。傷を負い、動きの鈍くなったマンモスに対して無慈悲なまでに槍が放たれた。長い鼻と鋭い牙を振り回して、傷ついたマンモスは咆哮を上げていたが、それは最後の抵抗にすぎなかった。やがてその巨大な体躯は冷たい大地に横倒しになり、そのまま動きを止めた。しばし静寂が訪れた。その獣は神々しいほどの威厳を放っていた。しばらくして狩人たちの歓声が上がった。
一行はその付近を今夜の宿舎に定め、有り余るほどの肉の塊を焼いていた。少年は秘かに思いを寄せている少女と並んで、十分に焼けた肉を頬ばっていた。きっと立派な狩人になってみせると少年は息まいていた。少女は、はにかみながら聞いていた。その日、少年は狩りに参加した褒美としてマンモスの牙の一部を分けてもらったが、そのことは少女には黙っていた。
それからも一行はマンモスやアザラシを追いかけながら、雪原を移動していた。地平線を周回する太陽は次第に高度を下げ、やがて地平線から出て来なくなった。幾日も夜が続いた。それは紫色や緑色のオーロラが浮かぶ幻想的な夜だった。少年と少女は隣り合わせに座って、夜空に広がる美しいカーテンをうっとりしながら眺めていた。ふいに少年は懐から飾りを取り出して、少女に手渡した。初めてマンモスの牙を手に入れたあの日から、彼は丹念に牙を削り、狐やアザラシや彼らがそばにいると信じている精霊を模した装飾を彫りこんでいた。少女はびっくりして少年の瞳を覗き込んだ。それからずっと二人は肩を寄せ合って神秘的なオーロラを眺めていた。
マンモスとアザラシを追いかけているうちに一行はアラスカにたどり着いた。彼らはユーラシア大陸からアメリカ大陸に渡った初めてのサピエンスだったが、どこを歩いているかを彼らが知る由もなかった。そこにはただ雪原が広がっているだけだった。その土地は誰の所有でもなかった。ただマンモスや人間たちが暮らしているだけだった。マンモスの牙でできた飾りに込められた愛情や雪原で繰り広げられた狩りの記憶に思いを馳せていると、シベリアからアラスカに渡った人々がずっと身近な存在に感じられる気がする。雪。氷。毛皮。飾り。森。川。マンモス。アザラシ。キツネ。空。雲。夜空。星。月。オーロラ。どこまでも雪原の続く感情の淀みのない淡々とした世界がそこに広がっているような気がする。




