あれは夢か
夢と現実が分からなくなることがたまにある。
吐く息も白くなった12月の暮れのこと。
「朱音、また明日ね。気をつけて帰ってね。」
学校の帰り交差点での別れ際、沙綾が私言う。
「大丈夫だよ、私の家ここから5分くらいなの知ってるでしょう?」
「それでもだよ、寄り道しないで帰るんだよ。何なら送ってくから。」
私は不思議に思った、高校に入ってからほとんど毎日一緒に帰っている。こんなやり取りしたのはいつぶりだろうか、
「わかったから、送んなくて良いよ。またね」
何事もなく家に帰り着く。帰り際の沙綾の言葉をおかしく思いながら食卓に着く。就寝する頃には帰りのやり取りなんて忘れていた。
「朱音、またあしたね。」
「またね」
学校の帰りいつもの交差点で沙綾と別れる。毎日のことでこれが昨日の出来事なのか、一昨日なのかわからないくらいだ。あたりもだいぶ暗くなって、もう今年も終わるんだなとか考えていると家に着いた。両親はまだ帰っていなかったため、玄関の鍵を開けドアノブに手をかける。
「朱音ちゃん」
後ろから声を掛けられ振り向く。知らない男の人だったと思う。
「はい、どちら様でしょうか?両親でしたらまだ帰ってなくて、もう少し待っていただければ帰ってくるかと。」
両親が返ってくるまでどうしようかと考えていると、男の人が無言で近づいて来る。聞こえなかったのかと思いもう一度言おうとする。
「両親はまだ、」
言葉が続かなかった。お腹が温かいなと感じた。のどに何かがこみあげてきて、むせた。声が出ない。
抑えた手を見てそれが血だと気付いた時にはもう遅くて、その場に倒れこんだ。
走り去っていく男を見ながら、声を出して助けを求めたいと思いながら、どんどん意識が遠のいていく。
とんでもない恐怖を感じた。これが死ぬということなのだろうか。
「朱音、また明日ね。」
「またね」
学校の帰りいつもの交差点で朱音と別れる。
家に帰り着き、気が付くとソファでうたた寝してしまった。
「朱音、また明日ね。」
「またね」
いつもの交差点で私と朱音が別れる。でもおかしい。あれは私ではない、私はここにいる。私はソファで寝ていたはずだ。これは夢なのだろうか。
情景が切り替わる。不思議に思ったが、夢なんていつもこんなもんだと、特に気にしなかった。むしろ明日この夢を朱音に話してやろうと思った。
朱音が家の玄関の鍵を開け中に入ろうとしている。その後ろに黒い服の男が立っていて、何やら話しているようだ。
次の瞬間、男が後ろポケットからナイフを取り出しながら歩き始めた。そして、朱音の腹にナイフを突き刺した、
『へ?」
声が漏れる。
男はそのまま走り去っていた。
「朱音、朱音?」
朱音は血を吐き倒れている。私は朱音のもとに走った。
気が付くと交差点にいた。
「朱音、また明日ね」
「またね」
同じ情景が繰り返されている。情景が切り替わる。朱音が家の玄関の鍵を開け中に入ろうとしている。その後ろに男が立っている。
朱音が刺される。
また交差点に戻る。
朱音が刺される。
交差点に戻る。また、同じ。ずっと終わらない、夢。
気がおかしくなりそうだ。そう思った時には走り出していて、朱音に近づいていく男を押しのけようと突進した。
でも、朱音は刺されていて、そこで初めて触れられないことに気づいた。そしてまた繰り返される。絶望した。どうしたらこの夢が終わるのか。
その場に座り込んだ。いつか夢は覚めるだろうと。膝に顔をうずめて、でも、終わらない。永遠と目の前で繰り返されている。
その場から逃げようとした。自分の家の方向に走った。でも、気が付けば交差点にいる。
絶望した。もう私は正気ではいられなかった。
男に対して大声でわめいて、わめいて、殴って、助けを求めようとして、朱音を押しのけようともした。
そしてまた繰り返す。
触れられない。
情景が切り替わる瞬間、わき腹が切れていることに気づいた。どくどくと血が流れている。
『へ?』
なんだか回りが騒がしかった。
交差点に戻ると切れたわき腹は元に戻っていた。何だったのだろうと思いながら私は走り出す。男と朱音の前に飛び出す。
刺された。
朱音ではない。私が。
朱音は悲鳴を上げている。
顔を上げると男と目が合う。
「誰だお前いつから居たんだ。」
男は動揺していたが、すぐに男が襲い掛かって来た。
朱音が刺される。
交差点に戻って来た。
腹の傷はなくなっていた。あの時痛みもなかった気がする。というか、暑いとか寒いとかの感覚もないことに今更気づいた。
朱音が刺されることも特に何も感じなくなっていた。
男への怒りはあったように思う。
朱音が刺されて、交差点に戻ったその瞬間、目の前の私と朱音が別れるその瞬間。私の姿など誰にも見えていない。私は走り出す。後ろの物陰に隠れる男もとへ、もう何度も見た後ろポケットのナイフめがけて。
ポケットからナイフ取る。
気づいた男が振り返る。
スローモーションのように見える。やはりナイフに触れると私を認識されるんだなとか考えられるくらいに。
私は男の腹にナイフを突き刺した。手には特に何の感触もなかった。
目が覚める。やっと終わったのかと安堵した。帰り着いてからあまり時間は経っていなかったが、母は帰って来ていた。
「ただいま、すぐ晩御飯作っちゃうね」
その言葉にうなずき、夢の中で疲れたのか私はまた眠りについた。
パトカーと救急車のサイレンで目が覚めた。
「なんだか騒がしいわね。ご飯もうすぐできるから食器運んでちょうだい。」と母。
「わかった」
食器を運び終え食卓に着く。
そのころには父も帰って来て、三人で夕食を食べた。
明日も学校だ早く寝よう。寝て忘れよう、夢のことは。
翌日私の住んでいる地域がニュースになっていた。
近くで男性が刺されて亡くなったらしい。昨日のサイレンはそれだったようだ。犯人は捕まっておらず、手がかりも全くないと報道されていた。
何も交差点近くで刺されて亡くなっていたらしい。
脈がどんどん速くなる。私ではないと、あれは夢だと言い聞かせながら学校へ行く。
周りの目が怖かった、もしかするとあれは夢ではなく現実で誰かに見られていたのではないかと。
「おはよう!」
朱音だ。
「おはよう。」
「なんか元気なくない?私もすごく怖い夢見て気分最悪なんだよね。」
まさかと思った。
「もしかして、刺される夢?」
そうでないことを心から願った。あれは私だけの夢であってくれ。あれはただの夢だったと思わせてほしい。
「そうだよ!なんでわかったのすごい!」
あれは夢か。夢だ。夢であってくれ。




