第九章:彼女をそんな目で見るな
火曜日の昼休み。
ジジはいつものようにコンビニで唐揚げ棒とプリンを調達し、社内の休憩スペースでナオト、ミナミとテーブルを囲んでいた。
「はぁ〜……プリンのために働いてる気がしてきたわ。」
「お前、そろそろプリン税払えよ。消費しすぎ。」
「払ってもいいけど、国がくれるなら“スイーツ補助金”欲しいわ。」
そんなくだらない話をしていたその時、後方の自販機付近にひとりの女性が現れた。
アカネだった。
長い黒髪が背中に流れ、タイトなスーツが完璧に体にフィットしている。
まるで、雑誌のモデルがそのまま歩いてきたようなシルエット。
彼女は無言でブラックコーヒーを買い、静かに立ち去った。
その様子を見て、ミナミが思わず漏らした。
「……なあ、お前さ……アカネさん、めちゃくちゃスタイル良くね?」
ナオトもうなずきながらヒソヒソ声で乗っかる。
「わかる。てか、あの髪と目、あれはヤバい。」
「うんうん、なんか“冷たい美人”って感じだけど、それが逆にいいんだよな……」
ジジはプリンのスプーンを止め、ゆっくりとふたりに視線を向けた。
そして、真顔で一言。
「おい、やめろ。」
「え?」
「俺の愛しの人をそんな目で見るな。恋が汚れる。」
「は……?」
「アカネさんはな、見るもんじゃない。**敬うもんだ。**たとえば、観音様のように。」
「いや、どんな宗教だよそれ……」
「それに、俺が何度拒絶されても、心ではもう契約済みだ。魂の婚姻届、出してある。」
「出せるかそんなもん!」
ジジは一人芝居のように語りながらプリンをすくい、うまそうに一口。
「愛とは、常に一方通行。だがそれがいい。」
「……お前、重症だな。」
その数分後、ふとジジが顔を上げると、アカネが再び通り過ぎるところだった。
一瞬だけ目が合った。
が、彼女は何も言わずにそのまま歩き去っていく。
ただ、その視線が――ほんのわずか、ジジの手元のプリンに向いていたことに、彼は気づいた。
(あ、やっぱ見てた。)
ジジは心の中で勝ち誇ったように笑いながら、ふたりの友人にささやいた。
「ほらな……あれが運命だ。」
「いや、絶対違う。」
「プリン越しに通じ合う愛……あると思います。」
「ねぇよ。」
それぞれの想いと誤解が交差する中、静かな昼休みは過ぎていった。