第七章:休日の横顔
日曜日の午後。
ジジは駅近くのショッピングストリートをぶらぶらと歩いていた。
(シャツでも見て、ついでにコンビニスイーツでも買って帰るか……)
週末の自由な空気に包まれ、どこか気が抜けた顔で歩いていたその時——
すれ違いざま、ふと視界に入ったその人影に、ジジは思わず立ち止まった。
(……え?)
髪を軽くまとめ、白いブラウスに淡いグリーンのロングスカート。
派手ではないが、清潔感があり、どこか儚げで目を引く姿。
その女性は、路地裏のケーキ専門店のショーケースを見つめていた。
「……アカネさん?」
彼女はゆっくり振り向く。やはり本人だった。
「……ジジさん。」
表情は相変わらず無機質。けれど、いつもより柔らかく見えたのは、私服のせいかもしれない。
「まさか、こんなところで会うとは……お仕事じゃないですよね?」
「休みの日に仕事はしません。」
「なるほど、論理的。素晴らしい社会人。」
アカネは再びショーケースに目を戻す。
そこには、フルーツの乗ったタルトや、苺のミルフィーユ、小さなモンブランなどが並んでいる。
ジジは何気なく、彼女の目線を追った。
(……完全に、ロックオンしてるな。)
静かに視線を泳がせる彼女。表情は無表情。けれど、その目は——完全に“スイーツハンター”のそれだった。
「ここのケーキ、有名らしいですよ。僕はまだ食べたことないですけど。」
「……そうですか。」
「見てるだけで満足、ってやつですか?」
「予算オーバーです。」
「現実的すぎる……!」
ジジは笑いをこらえつつ、ショーケースの中を見た。
「うーん……じゃあ僕、この苺のミルフィーユいってみようかな。」
「……?」
「一人で食べるのはアレなんで、もう一個くらい買っときましょうか?」
「いりません。」
またも即答。だが、ほんの一瞬、アカネの視線が横にずれた。
ジジが財布を取り出した時、彼女の足が一歩だけ後退した。
(……え、去るの?マジで?)
「それじゃあ、私はこれで。」
「お、お疲れさまでした?……じゃなくて、よい週末を?」
軽く会釈して去っていくアカネ。その後ろ姿を、ジジはしばらく見送っていた。
家に帰る道すがら、ジジは袋の中のケーキをちらりと見た。
「……いらないって言ったけど、たぶん本当は食べたかったよな。」
買ってしまった苺のケーキが、なぜかちょっと切なく見えた。
その夜。
ジジはケーキを一つ食べ、もう一つは冷蔵庫に入れた。
(明日、会社に持っていくか……“なんとなく余ったので”って。)
冷蔵庫の灯りが、ケーキの苺をやさしく照らしていた。