第五章:視線の意味
水曜日。昼前。
ジジはいつも通りの業務をこなしつつ、そろそろ空腹を感じていた。
(よし……今日もプリンが俺を救ってくれるはず。)
午前の仕事を終えたジジは、財布を持ってコンビニへ。
いつもの唐揚げ棒とツナマヨおにぎり、そして当然のようにプリンをカゴに入れる。
会社に戻る途中、すれ違いざまに声をかけられた。
「よう、ジジ。今日はプリン何味?」
「お、ナオト君。今日はノーマルのカスタードだよ。王道は裏切らない。」
ナオトはジジの同期で、社内でもよく一緒にふざけ合っている数少ない仲間の一人だ。
「アカネさんと最近よく話してるな。いい感じじゃん?」
「いやいや、話してるっていうか、俺が喋ってるだけな気がするけどね。」
「それでも距離は縮んでるってことだろ。頑張れ、100敗の男。」
「103敗だ。細かく言って。」
笑いながら休憩スペースへ向かう。
ジジが席に着くと、数分遅れてアカネも現れる。
自販機でブラックコーヒーを買い、ジジと少し距離を空けた席に静かに座った。
ジジは慣れた手つきで袋から昼食を並べる。
「いただきまーす……そして今日も君に会えたな、愛しのプリン。」
そう言って、プリンのふたをゆっくり開けた瞬間——
ふと、向かいから鋭い視線を感じた。
(……ん?)
目を向けると、アカネが無表情のまま、こちらを見ていた。
いや、正確には——プリンを見ていた。
(……視線が、ピンポイントでプリンに刺さってる!?)
彼女の目は冷たく、どこか無慈悲な雰囲気すら漂わせている。が、それはまるで、
“それをよこせ”と無言で訴えているかのようだった。
ジジは気づかないふりをしつつ、スプーンですくって一口。
「うん……やっぱりカスタード、優勝だな。」
アカネは何も言わず、コーヒーを一口飲んだ。
表情は変わらないが、明らかに何かが……揺れている気がした。
(……もしかして、甘いの好き?いや、まさかね。そんなギャップ、あの鉄壁の彼女にあるわけ——)
その瞬間、アカネと目が合った。
無言。
冷たい。
けれど、どこかほんの少しだけ切なげな目だった。
「……ひと口、どうですか?」
そう言いかけて、ジジは自分の言葉を飲み込んだ。
(いや、やめとこ。たぶん今そんなこと言ったら、刺される。)
そのまま、何も言わずにプリンを食べきった。
午後の業務が始まり、ジジは資料をまとめながらつぶやいた。
「……あの視線、絶対プリンだったよな。」
すると、後ろからナオトの声が聞こえた。
「なに?またアカネさん見てたの?それ、もう恋じゃね?」
「違う。プリンに恋してるのはたぶん彼女の方。」
「……それ、こええな。」
ジジはモニターを見つめながらニヤリと笑った。
(あの冷たい目に、スイーツ魂が宿っていたなんて……ちょっとかわいいじゃん。)
でも、それを本人に言う日は——まだまだ遠そうだった。