第二ボタンの奪い方
卒業シーズンなのでパパッと思い付いて三十分ぐらいでササッと書きました。短くてすまん。
主人公、石動秀介は中学三年生。眼鏡をかけた真面目君にしてパソコン部の部長。がり勉やオタクと揶揄われることが多い。がり勉はともかくオタクの方はまったく心当たりがないのだが見た目がそう言わせているのだろう。
そんな秀介はある日……壊れた。
卒業を目前にして次々とカップルが生まれるクラスメイトたちを見せ付けられた秀介はじわじわと脳を破壊され、クラスで二番目に勉強ができる高山玲子が野球部のゴリラと付き合い始めたと聞いた瞬間、自我がゲシュタルト崩壊して修羅道に堕ちたのである。
卒業式が始まる前。
早朝の校門に陣取った秀介は登校してくるクラスメイトを襲撃する。それはさながら五条大橋で千本の太刀を奪おうとする武蔵坊弁慶のごとく。
「貴様の第二ボタンを寄越せ」
「は?」
サッカー部の美堂礼二が耳を疑う中、秀介の拳が礼二の腹部に入る。
礼二は三枝美穂というぽっちゃり系だが愛らしい彼女がいる。リア充だ。許すまじ。
「い、いきなり何を……」
秀介は礼二の制服から第二ボタンをもぎ取る。
そう、あまりにもモテない秀介はクラスの男子全員から第二ボタンを奪い取り、青春の甘酸っぱいイベントをぶち壊そうとしていたのである。
次に現れたのはパソコン部の友人、大仁田政宗だった。
「部長、朝早いな。何やってんだ?」
政宗は歴史系のゲームではイケメンにされがちな伊達政宗とは異なり、ぼやっとした顔をした存在感の薄い少年である。当然、秀介と同じモテない族だ。だが秀介は油断しない。万が一ということもありえる。獅子は羊を狩る時でも全力を尽くすものだ。
「政宗。第二ボタンを寄越せ」
「は?」
秀介の拳が政宗の腹部にめり込む。
「弱すぎる。政宗公に謝れ」
「ぐふぅ……な、なぜだ、部長……」
秀介は倒れた政宗から第二ボタンを毟り取ると、新たな刺客に目を向けた。
太田敦。女子からモテモテの陽キャは今日もニコニコしている。
「面白いことをしているね、がり勉君。君は何がしたいんだい?」
「知れたこと。青春をぶち壊すだけのことだ」
「ははは。イカれてやがる」
敦は笑いながらも自分の制服から第二ボタンを毟る。そしてそれを無造作に秀介に放り投げた。
「笑わせてくれたから、あげるよそれ。どうせ誰にあげるかで女子がモメるだろうし」
「降伏か。賢明な判断だ。だが……」
秀介の拳が敦の腹部に突き刺さっていた。
「な、なぜ……」
「貴様の軽薄な態度が気に入らん」
「ぐぅ……暴力、反対……」
ぶっ倒れた敦には見向きもせず、秀介は次のターゲットを探す。
「石動ぃ! 貴様ぁ!」
部活動はしていないが空手道場に通っている山田健太が秀介を親の仇のごとく睨み付けている。健太は汗臭くて眉毛が太い秀介と同じ非モテ族だが無駄に熱い男だ。持ち前の正義感が秀介の暴挙を阻止せんと燃えまくっている。
これは厄介な敵になりそうだ。秀介は拳の中に第二ボタンを握り込んだ。
戦いは終わった。
校門前は死屍累々だった。地面には男子たちが呻き声を上げながらぶっ倒れ、女子たちが悲痛な顔をしながら男子たちを介抱している。秀介も無傷とはいかず制服は泥だらけになっていたが、それでも最後に立っていたのは秀介だけだった。
秀介は三年一組の男子全員の第二ボタンを奪い取った後、空を見上げながら呟いた。
「戦いは終わった。だが、虚しいな」
そんな秀介にツンデレヒロイン緒方エリナがキンキン声をぶつける。
「見付けたわよ、石動秀介! 第二ボタンを寄越しなさい!」
秀介は手の中にある男子全員から毟り取った第二ボタンを眺めた。
混ざってしまい、もはやどれが誰のボタンかはさっぱりわからない。だが、エリナはそれでも第二ボタンが欲しいようだ。リア充極まりない発想に秀介は胸糞が悪くなった。後味の悪さの中にひとつまみだけ残っていた達成感が霧散していくのを感じた。
「緒方エリナ。俺の勝利を台無しにした女よ」
「な、なによ。あんたのボタン頂戴よ」
「断じて渡さん。青春などクソ喰らえだ」
「は、はぁ!?」
そう言って秀介は身を翻す。
「ま、待って! 秀介君!」
次に秀介を呼び止めたのは黒髪ロングの清楚系ヒロイン高島千鳥だった。
図書委員の大人しい少女。クラスの陰キャ男子から圧倒的な支持を集めている、ボクだけが彼女の魅力を知っていると思われているタイプの美少女である。
「秀介君。わ、私、あなたのことが……だから、第二ボタンを下さい!」
「……貴様も俺の勝利を愚弄するつもりか」
秀介は怒りに燃える。
どいつもこいつも、ボタンボタンボタン。そんなに青春イベントが大事なのか。卒業式なのだから卒業することだけを考えていればいいものを。
秀介は袋に入った大量のボタンを手に踵を返す。
「いいからボタンを寄越しなさい!」
「秀介君! 待って!」
すがるように追いかけてきたエリナと千鳥を振り払う。
「好きって言ってるのよ! 止まりなさいよ! 馬鹿ぁ!」
「秀介君! 信じて! 私、昔からあなたのことが好きだったの!」
切羽詰まった声に秀介は立ち止まらざるを得なくなった。
「え、マジで?」
秀介は自他ともに認める非モテ男子である。
彼女いない歴イコール年齢。女の子と手を繋いだことすらない。きっすもない。えっちなんてファンタジーだ。エロ本とかネットの向こう側にしか存在しないので実在を確かめられないシュレディンガーキャットみたいな存在なのだ。
そんな秀介に告白?
嘘としか思えない。あるいは本当に嘘かもしれない。巷では嘘で告白するという悪趣味極まりない罰ゲームが流行っているという。頭のネジが何本も吹っ飛んでいるとしか思えない末法の世に蔓延っている系の所業である。
しかしエリナは気丈な顔をしているものの瞳が涙で潤んでいて、千鳥は羞恥心のダムが決壊寸前で顔を真っ赤にしていた。
「え、マジで?」
再度、問う。
二人は顔を真っ赤にしながら頷いた。
「帰国子女で右も左もわからないアタシの面倒を見てくれて、日本語を教えてくれたアンタのことがずっと好きだった。もう! 言わせないでよ、馬鹿っ!」
「一年生の時、私がクラスの学級委員に選ばれちゃった時も、秀介君は足を引っ張ってばかりだった私に優しくしてくれたよね。あれからずっと気になってた。秀介君はみんなに優しくて、面倒見がよくて、だから……私、秀介君が好き」
秀介は手の中にある大量の第二ボタンを見下ろした。
青春なんてクソ喰らえだ。だから台無しにしてやったと言うのに。
「じゃあ、付き合うか?」
「……うん」
「秀介君、嬉しい」
エリナが恥ずかしそうにコクリと頷き、千鳥が涙を指で拭いながら微笑んだ。
その時、ぶっ倒れていた男子と、男子を介抱していた女子たちが一斉に叫んだ。
「ふざけんな!」
大量の第二ボタンが宙を舞う。
と言うわけで、秀介は全員からフルボッコにされ、二人の彼女ができたのである。おわり。