その1
0時00分になった。
先程まで軍議を行っていたイサラメは、首相官邸――兼、自宅へ戻っていた。 普段であれば寝床について、だらしない恰好で眠る筈であったが、この日は眠れなかった。眠れる筈が無かった。
「そういえば欧州であった紛争、あれは数年前だったか……あの大統領も同じ気持ちだったのだろうか」
執務室の椅子に座ると、天井と時計を交互に見ながら思いにふける。 これからどうなるのか、国家元首として堂々とすべきか、しばらく姿を消すべきか、それとも前線に立つのか。 分からない……
「最後に戦争を指揮したのっていつだっけか……」
ユリシーズを建国して以来、首相として何千何百年と君臨してきたが、覚えている部分と、そうでない部分がある。 気を紛らわせるようにとPCに手を伸ばし、世界的大百科事典「ウィークペディア」を開いて検索。 一瞬、目の前にある本棚に、省庁が作成した歴史書はある事を思い出すが、そこまで取りに行く気力は無い。
「インターネットは繋がるのだな……てっきり、遮断されているのかと……ま、検索、検索……」
ユリシーズ国が最後に大規模な戦争をしたのは1914年から1921年まで続いた『欧州・極東世界大戦』。 欧州諸国による覇権争いを切っ掛けに起きた世界規模の大戦。 ユリシーズはこの頃、欧州大戦が勃発したとして静観していたが、列強による領土拡大と、意図しない軍事攻撃をきっかけに防衛戦争に発展したもの。
1917年、東シナ海における武力衝突、これをきっかけに報復と防衛を目的として列強へ宣戦布告。 大規模な海戦から始まり、侵攻防止措置、列強からの解放として東南アジアと太平洋諸島へ侵攻を開始。 鉱石から生み出した技術力を用いた、強力な軍事技術によって強大な支配権を得た。
1921年に鉱石から生み出した新型爆弾『反応融合弾』、核兵器相当の爆弾を開発。 各国の技術者を秘密裏に招待した場においてデモンストレーションを実行後、脅迫を行う恐怖を植え付ける事で終結となった大戦(反応融合弾はそもそも使う事が無いとしながらも、設計図のみ厳重に封印。 領土問題は情勢が落ち着く1945年まで支配を続けた後、独立運動と共に解放)。
「若干脚色されているが、となるとほぼ100年ぶりか……人の命が関わるものである以上、歓迎するものではないが……」
とはいえ彼女にとっては建国して以来、指導によって多くの犠牲者を生んだ戦争でもある為、あまり思い出さないようにしていた(特に戦後、終戦記念で全国を回った際には戦死者負傷者の家族一人一人、言葉を聞いた時には隠居して引退を考える程)。
「それが今回か……軍事力、技術は全体的に此方が上回っていると確信はしているが、数で押し切られるかどうか……」
思いにふけている時、電話が鳴る。
「私だ……」
≪南郷です≫
電話の相手は、ユリシーズ国軍最高司令官を務める「南郷平七郎”元帥”」。 南郷はユリシーズ軍に入隊して以来、ありとあらゆる技術を身につけてきた前線のスペシャリストだった。 多くの経験を経て最高司令官を務めている(毎度、新たな技術が生まれる度に前線に戻り、扱いを覚えて戻っている)。
≪たった今、我が国の衛星システムの殆どが遮断されました≫
≪遮断……? すまないが、もう一回、どういう事だ?≫
≪衛星システムが遮断されました。 通信を試みていますが、物理的……に破壊されたと考えるべきだと思います≫
ちょうどインターネット検索をしていた所で、再度、検索を動かすとサイトから断絶の表示。 GPSを始めとして各種衛星サービスも使用不能となった。 ユリシーズにとって人工衛星は様々なインフラ面で重要な要素であると同時、今日まで依存しきっていた(このせいもあり、一部軌道をほぼ独占状態にしており、反感も多かったとか)。
≪宇宙局からも明確に破壊という回答があり、大気圏外で爆発と思わしき光の目撃もあります≫
軌道上では爆発性のミサイルによる破壊が相次ぎ、深夜帯のユリシーズにとってあまり嬉しくない天体ショー。 窓の外へ目を向ければ、数百の衛星が次々と砕け散る様が見えた。
≪軍への影響は?≫
≪地上レーダー施設群、アショア、待機させている海軍艦艇を動員する形でカバーします。 ただ、GPSが使えなくなった以上、長距離攻撃の精度は著しく下がります≫
≪大陸に点在する基地への打撃が難しくなったという事か……≫
≪すぐの攻撃は難しいでしょう……ただ、人工衛星の代替はあります≫
≪アニメに影響を受けて創設したという例の航空戦団か?≫
≪数年前にエベレストでの遭難事件での実績があります≫
アニメに影響を受けて創設した航空戦団とは、「第343特務情報航空戦団”フェアリー”」。 超高空から地上を偵察、監視、支援、その他を専門としている。 南郷元帥はこの航空戦団を敵基地攻撃時、敵領土まで飛ばしGPS衛星の代替にすると方法を打ち出した。
≪いわゆる”超技術”を実戦投入する訳か≫
≪”いらぬ被害”を出さない意味でも≫
≪航空戦団の性質上、生存率は極めて低いと聞く……無茶な投入は避けよ≫
≪分かっております≫
343航空戦団は超高空と言われるものの、実際の所、中間圏での作戦遂行が中心。 運用する機体は戦術作戦機と呼ばれる秘匿技術が盛り込まれた管制戦闘機。 装備品は人工衛星に積まれるもの、積載量が許されればほぼすべてを搭載可能。
となっているが、部隊の性質上、迎撃された場合の生存率が極めて低い。 中間圏で脱出した搭乗員を確実に生還させる技術は、まだ確立されていない。脱出できたとして、その先に何が待っているのかは分からなかった。
南郷元帥といくつかやり取りをしていたが、破壊された衛星の代替機能が必要との結論に達し、343航空戦団を直ちに出撃させる事となった。 目的は、衛星に依存していた民間インフラの一時復旧。通信と測位、この二つを取り戻すことだった。
拠点は北海道中央部山間部にあり、直ちに出撃の令が下った。




