始まり
極東に存在する国がある。
『ユリシーズ』――
元々、外の世界に関心を持たない小さな集落の名にすぎなかった。
ある時代、日ノ本と名乗る王朝による侵攻によって絶滅一歩手前まで追い込まれ、村人は焼け落ちる集落の炎を背に命からがら東(今の東京)へと生き延びる。 ある山に引き籠ったとも伝えられている。 絶望的な状況だった。 だが、村人たちは立ち上がった。 秀才たちは技術を編み出し、戦闘法を考案し、訓練を始めた。 生き残るための術を学び、そして――国が生まれる……
その国の名は『ユリシーズ』。
その国は僅か1年で日ノ本と名乗る王朝を滅ぼした。 そこに住んでいた住民諸共全てを。
今では民主主義を名乗ってるが、実際はとある独裁者によって永年統治されている国家である。 しかしながら繁栄を極め、呆れる程平和な国だ。 国際色豊かな時代となっても影響を受けず数百、数千と続いた国。
幾世紀、時は2035年3月31日……今、永年の体制が終結という瀬戸際に立たされ、国も滅ぼされんとしていた。
「ユリシーズ国首相イサラメ・ユ・ヴィルギル入室、閣下に敬礼!」
東京都千代田区永田町の何処かにある施設、ユリシーズ国軍総司令部の地下会議場に一声が響く。
そこに入場するのは「イサラメ」と呼ばれる一人の女性だ。 銀髪に、前髪だけが黒く染まる――独特な髪色の彼女が、鋭い眼差しで会議場に現れた。
「現在我が国が置かれている状況について聞きたい」
ユリシーズ国は現在、国際連合軍(通称:国連軍)と戦闘状態に突入しようとしていた。 最終通告はアジア時間の4月1日の0時。 日付変更線と同時にだ。 そこから四方八方と全世界大多数の軍勢が襲来してくる。 勝算は現在のユリシーズ全戦力を持ってでもしても確立は20%あるかどうか。 技術と数はあるものの列島は広く、何処か隙間から突破されて上陸されればなし崩しになる。
この会議では全軍の戦力配置の確認と戦闘開始後の流れ、巡航ミサイル飛来予想地点と住民の避難先について最終確認の場となっていた。
「向こうの早とちり、いえ、明らかに交渉すら結ぶ様子はありません。 北海道では稚内のレーダー施設に無人機と巡航ミサイルによる攻撃があり迎撃。 民間施設にも被害が発生中……移動中にも報告しましたが、札幌市と小樽市でも民間施設、一部民家に着弾し被害が発生しております。 対空ミサイルと機関砲による迎撃も囮ドローンを含めあまりに多すぎる物量によって間に合わず……」
国土への被害は北海道で発生していた。 最終通告期限前ではあるが、国連軍としては無視か拒否されるのが目に見えていたのか、それとも嫌がらせなのか、ミサイルによる攻撃が発生。 大多数の航空機とミサイルによる迎撃を行うも、数は多く、全弾の迎撃は困難。 弾頭のほとんどが、住宅街へと無作為に突っ込んでいった。
「迎撃は数で押されようとも継続。 弾薬補給は余裕を持たせてある故、無駄撃ちしても構わないと通達済みです」
「軍事産業部には武器弾薬の生産は惜しまないよう私の権限で通達している。 今回のきっかけとなった鉱物資源も吸い尽くしてまで使って構わないともな(今となってはあれを見つけて良かったものか……)」
イサラメはこの事態の発端となった鉱物について仮に無かったとして、何れ起きる筈だったのか、それとも避けられなかったのか、元凶なのかと心の中でめぐり合わせる。 確かにその鉱物資源の報を聞き、採指示を出していた。 こんな事態の予測自体も有りえると分かってはいたが……
イサラメの言う鉱物とは「無限鉱脈」。
厳密にいうと液体とも水源であり「鉱源」でもある。 この水源は加工次第によって「何でも」になりえる資源で、食料から軍用金属、超合成材、さらには地球上では存在しない構造物質さえも再構成できるという無限の可能性を持つ水だ。
1500年前、ユリシーズ建国の頃から発見されており、国家最大の秘匿事項として隠蔽され続けてきた。 関係者は守秘を強制され、国家内記録にも一切のデータが存在しない。
存在するのは、秘密裏の採掘基地と、それに繋がる巨大な地下施設だけ――入口は廃鉱山に偽装していた。 偽装な完璧な筈だった。
世界を揺さぶったのは、一人の“迷惑系ストリーマー”だった。
彼の名は『WORLD HAPPY』。悪評まみれの外国人だ。 乗り継ぎ便の都合で、ユリシーズに一週間の滞在を許された男。 管理官も彼の実態を掴みきれず、入国をポンと許可してしまった。
「ユリシーズ、秘密主義すぎだろ? ぜんぶ暴いてやるぜ!」カメラを手に、彼は笑う。 入国早々、街中で迷惑行為を配信。 信号機にスプレーで落書き。 公園のベンチを“改造”。 警察が出動するも、彼はニヤリと逃走。 その様子まで配信し、「極東の警察を翻弄する男」とネットで爆発的にバズった。 警察は配信され翻弄されている事はすぐ分かり、公安部にも拘束する為の協力要請を出す。 迷惑防止条例違反を念頭にしつつも、今迄に無かった外国人だけに身柄拘束は急を要した。 だが、彼は幽霊の如し消えては出現を繰り替えし、セキュリティシステムをフル稼働させても効果は無かった。
そして、運命の配信。「山岳地帯の幽霊鉱山に忍び込んでみた!」――彼が選んだのは、ユリシーズ最大の秘密、無限鉱脈の入り口だった。 坑道は外見こそ廃鉱山に偽装されていたが、彼は廃鉱山にお宝があるのではと侵入。 奥に進むと、巨大なパイプラインが壁沿いにずらりと並んでいた。
そこにあったのは、青く輝く湖。
水面は遥か彼方まで続き、光を吸い込み、吐き出すように青白く揺らめく。地下の闇に浮かぶその光景は、まるで神の領域。静かで、荘厳で、異世界のようだった。
迷惑行為はしなかった。
WORLD HAPPYはカメラを握ったまま凍りついた。「…マジかよ、これ。すげえけど、ただの水…だろ?」彼の声は震え、いつもの軽薄さが消える。
配信のコメント欄は爆発していた。「なんだこの湖!?」「CGじゃね?」「ユリシーズ、隠してたのかよ!」――視聴者は画面に釘付け。
――しばらく沈黙の後、一つの疑問が彼の心に芽生える。
「隠された水なら、絶対ヤバい水では!」
500mlのペットボトルに水をすくい、カメラに向かってニッコリ、ここで配信を終える。
この時、水面が一瞬、強く光ったが、誰も気づかなかった。
次の配信は、編集された一本の配信、映像。 そして、それは――世界を変えた。
――そして戻って
イサラメはこの漏洩に酷く動揺したのを思い出していた。 無限鉱脈は偽装を徹底させるが為に外部警備の配置を最小限にし、水脈でも職員の配置を不足させ、気付くのが出国後の配信によるという有様。 説明にしても、もはやどうやったかも覚えていない。
兎に角、最初に騒ぎ出したのが国連というのは言うまでもなかった。
当然であった…… “神が与えし、無限の可能性を秘めた水”。 そんなものを、一国が独占していたとあれば――騒がない方がおかしい。
非難は轟々で追放も検討される事に。 資源の交渉も殺到し、外交部はパンク。
水脈の周辺土地を外国企業が買い取る、交渉人が出現し、混乱に陥る事も起きていた。
イサラメは冷ややかに思い返す。
「(……水脈で採れた物は、自国内でのみ使用し、あえて世界経済には干渉しないよう配慮してきた。
だが――最悪だったのは、その後だ)」
ユリシーズ国にとって地獄の入り口となったのが、世界中で親ユリシーズなる正体不明の武装勢力の出現。 彼らは世界各地に突如現れ、ユリシーズが正式採用する兵器と装備を使用し、無差別テロを実行し、大多数の犠牲者が発生した。
イサラメのこの事態を知ると、すぐ、国家情報局に調査を命じ、政治思想に傾倒した極端な支持者、もしくは第三国の工作によって組織された過激派と分かった。
だが、その時にはもう、誰もユリシーズの言い分など聞こうとはしなかった。
「(……結局、“全世界のテロを煽った”として、ユリシーズは国連から追放。 テロ支援国家として、レッドリスト入り。 経済封鎖、企業との取引は次々と打ち切られ――まあ、あの資源が欲しかったんだろうな。どんな手を使ってでも)」
思い返していた。
だが――ここは、軍の最高司令部。
どれだけ後悔しても、過去には戻れない。
そう自分に言い聞かせ、イサラメは思考を切り替えた。
「国家情報局による電波傍受、そして軍の偵察衛星の解析結果を統合しました。 国連軍は3つの方向から同時侵攻する可能性が極めて大と考えます。 オホーツク海方面、太平洋方面、東シナ海方面の3つ。 事実としてその3海域に地球上の全兵力を集めたと言わんばかりの艦隊を確認しております」
「考えらえる戦術行動として何がある?」
「北と西はおおよそ見当は付きます。 犠牲を厭わない強行突破。 東側は一筋縄ではいかないでしょう」
「なるほど……」
「オホーツク海、東シナ海側は陸地の対艦ミサイルランチャー、潜水艦による奇襲、本土に配備中の亜音速ミサイルによる攻撃で撃滅は現状の路線。 太平洋側は艦隊同士の決戦、ミサイルの打ち合いでしょう……軍事兵器でいえば相当強力なのでどうなるかが……」
「やる事はやるしかない……」
この場では作戦の内容を聞くだけに留めた。
==国会議事堂==
議会ではユリシーズ各県で選出された議員が一堂に会し、これから起こる戦争について、住民からの意見と懸念、質問をまとめて集結していた。 既にミサイル攻撃によって被害が発生している北海道を除き、全員が集まっているのだが、交わされているのはお互いに怒号か罵声、居眠り、談笑と治安はカオスの一言だった。
「静粛に、静粛に!」
一人の女性が壇上に立つと、議員のカオスを一言で止める。 恐れから。
「普段であればそのような事だとしても、私は議長として止める権利はありません。 ですが、これから、今は戦時下に突入します。 これからいつ、何処からミサイルが落ちるかもしれない中、いつものカオスは控えるように!」
彼女はイリス・ユ・ヴィルギル。 政府で報道官兼議長を務めている。 ヴィルギルが付く通り、イサラメの姉でもある。
「(全く……イサラメの言う事は忠実な割に、ヴィルギル家以外の言う事はさっぱりなのがね……これも、あの影響というべきかな……)」
本来ならば報道官一筋の筈であり、議長はイサラメの指名によって選出されるものだったが、前議長は国会のカオスさに嫌気が差して行方不明になっており、代わりに彼女が務めるようになっている。 ユリシーズ国国民の質か、ヴィルギル家に対してのみ忠実であるもの一つであるが。
(ちなみに前議長は行方不明であるが、青森の山奥でリンゴ農家を興しており元気)
イリス報道官の声掛けで議会のうるささが一瞬にして収まったのを、ゆっくりと、改めて確認すると客席に集まる報道関係者、有力者が揃っているか確認。 喉の調子を整える。
「ええ本日お集まり頂いた議員、報道関係者、そして国民の皆様。 私、イリスより改めてこれから起こる事について公表させて頂きます……現在2025年3月31日、時刻は19時00分丁度……我々ユリシーズは5時間後の4月1日0時より、国際連盟との戦争に突入します。 これに際して軍部は24時間の臨戦態勢へと突入し、全戦力を以ってこれに対応します。 国民の皆様には、戦争終了までお願いがあります」
国民へのお願いは簡単なものだった。 戦争終了まで情報漏洩防止の為、ソーシャルネットサービスは遮断又はAIによる検閲の実施を伝えた。 意図しないスパイ行為を防止という意味も入っている。
次に被害や敵性の情報について必ずも通報の必要はなく、仮にするのであれば、通信後すぐ削除を勧める。 各家庭で武器になりえるものを用いての戦闘行為も禁じた。
避難場所についても随時確認を行い、必要であれば地下臨時都市の空間への解放もするとした。
国民へのお願いは戦争が確定となった時期と前々から呼びかけていたものの、戦前最後の呼びかけとした。 議員の役割は、これから故郷へ戻り、住民へ直接呼びかける。 必要ならば情報を収集し、国へと訴える。
ユリシーズ各地では防衛装備の準備が着々と行われており、ほぼ完成の状態となった。 今回の戦争では防衛を基に、接近せし国連軍を叩きのめし、徹底的に破壊する。 上陸さえしなければ良い。
「海軍は南から東を第1艦隊から第4艦隊、ユリシーズ内海は第5艦隊、北海道には第6艦隊と第7艦隊を割り振っております。 空白の部分には各遊撃艦隊を配備中です。 突破は到底不可能と思いたいですが、戦争には不確定要素が付き物……」
ユリシーズは主として第1艦隊から第9艦隊の大規模艦隊、第10から第19まで中規模の遊撃艦隊、第20以降は小規模な護衛艦隊の構成となっている。 各艦隊は割り振られた海域に到達しており、すぐにでも攻撃が可能な態勢へと持ち込まれている。
北海道方面では先制攻撃の影響もあり、既にミサイルの応酬から始まる戦闘が開始されていた。
「ですが、全兵士、士気は旺盛です……」
イサラメはこれまで軍事行動について細かく、細かくと聞き、ようやく終えると一息つく。 これから戦争が始まる。 内外共に多くの血が流れる。 そう考えるとゾッとする。
けど、始めたのは国連だ。 ならば相応の代償を払わせる。
「人類史上最大かつ最悪な理由で始まった……戦争か……」
「閣下?」
「何でもない……ユリシーズ国軍全将兵に伝えて欲しい」
ボイスレコーダーを取り出すと、録音ボタンを押す。
「君達の命、借りる」
一言録音し、切った。




