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103.名付け




 港から半刻ほどして。

馬車は王都の門を潜り、王城へと到着した。


 国王の傍付きであり特等級の騎士団長であるセリウスは、我が子の誕生を誰よりもまず主君に報告しなくてはならない。

 あたし達は赤ん坊を抱えてゆっくりと馬車を降り、王宮へと足を運ぶ。門兵がその姿を捉えると、大きく目を見開き驚きの声を上げた。


「騎士団長殿!...遂にお産まれになったのですか!?」

「...ああ」


 門兵ですらあたしの妊娠を知っていたとは、セリウスの根回しだろうか?

 彼の返事を聞くや否や、一斉に彼らは胸に手を当て高らかに声を張り上げる。


「ヴェルドマン騎士団長殿!並びに“スフェリア”バルバリア様!」

「御子様のご誕生、誠にお慶び申し上げます!!」


 セリウスは彼らの畏まった祝いの言葉に表情を変えず頷き、あたしは「どうもね」と微笑みを返した。


 城内にも聞こえていたのだろう。衛兵や使用人達が次々に祝いの言葉を投げ掛ける。

 少しむず痒い気もするが、仮にも英雄の子が産まれたともなれば騒がれるのも致し方ないか。


 セリウスは片手を上げて応え、あたしは笑顔でそれらに返しながらルカーシュの元へと足を進めた。


 ルカーシュの部屋に入ると彼は紅の目を輝かせ、セリウスが口を開くよりも早く羽根ペンを置いて立ち上がった。


「ああ、セリウス、ステラさん!ついに産まれたのですね!」


 銀髪をゆらして歩み寄ったルカーシュは、腕の中の双子の髪や瞳を見ると頬を綻ばせる。


「これは...まさに貴方たち二人を分け合ったかのようですね!素晴らしい!なんと可愛らしい子供達でしょう」


 そしてセリウスとあたしの肩をぽんぽん、と叩くと「二人とも、良くやってくれましたね。最大限の祝福と賛辞を」と微笑んだ。


「なんだ、あたし達よりも随分喜んでるじゃないか。こいつなんかまだ感情が“衝撃”止まりだぞ」


 あたしが笑いながらセリウスを肘で小突くと、彼は「いや...、はい」と我が子を見下ろして気まずそうな顔をする。ルカーシュはそんな彼を気にもせず、両手を広げて高らかに答えた。


「当たり前でしょう!我が国の英雄の子の誕生ですよ?これが喜ばずにいられますか!大々的に発表し、新聞の一面を飾らせ、王城で祝福を授け、諸外国より国賓を招き...」


 語りながら両手を握り合わせるルカーシュは普段の落ち着いた彼らしくなく実に活き活きとしている。

 

 しかしその内容はあまりにもルカーシュらしい。

英雄の子とは紛れもなく政治における重要な駒。そしてさらなる外交への起爆剤の誕生なのだ。

 あたし達を祭り上げ結婚までさせたルカーシュにとっては、目論見通りの大収穫なのだろう。


 まったく、策謀家極まれりだな。

思わず呆れた笑いが出ると、彼はにっこりとこちらに笑いかけた。


「...ふふ、冗談ですよ。親友夫婦が仲睦まじく、その上こんなに可愛い子達に恵まれて私は心の底から喜ばしいのです」


「本当に、おめでとう。セリウス、ステラさん」


 そう言ってあたし達の肩に手を乗せ、ぎゅっと力を込める。その声色は柔らかく、特にセリウスに向けられたまなざしは優しい。


「お言葉、有り難く頂戴いたします。陛下」


 セリウスは彼を見つめ返すとゆっくりと頷き、胸に手を当てて目を瞑る。

 そのやり取りには主従でありながら友として結ばれた確かな絆が垣間見え、こちらも思わず笑みが零れた。


 そして少しの沈黙の後に、ルカーシュはこちらへと視線を移して微笑んだ。


「さて、産後の身体に立ち話も良くありませんね。どうぞ掛けて。セルヴァンテ、頼むよ」


 側で気配を鎮めて控えていたセルヴァンテは、微笑むと「直ちに」と美しく礼をする。

 促されるままに豪華なソファへと腰を下ろすと、セルヴァンテの指示を受けたメイド達が即座にカラカラと豪奢な乳母車を二台押して現れた。


「どうぞ、よろしければこちらへ」


 流石はセルヴァンテ、準備のいいことだ。あたし達は双子を乳母車へとそっと寝かせた。

 赤ん坊を下ろしたセリウスが、はー...、と安堵の息を吐くと、その場の全員がくすくすと笑った。


「双子となると、出産は骨が折れたでしょう。身体の負担はいかがですか?」


 ソファに掛けたルカーシュが口を開き、セルヴァンテがすす、と現れて茶の用意を速やかに始める。

ガラスのポットに贅沢に詰められた白い花。カモミールティーを選択するあたり、乳飲子を抱えるこちらへの気遣いまで完璧である。


「いや、それが大したことなくてさ。いきなり破水して2時間で産まれちまったんだよ」

「しかも産後すぐ立ち上がって文を書いたそうで...。戦場で震えた文字が届いた俺は何があったのかと」


 目元を抑えるセリウスの様子にルカーシュは、ふふふ!と大きく笑った後に口元を隠す。


「はあ、ふふっ、本当にステラさんらしい!相変わらず君も振り回されているようだね。妊娠がわかった時のあの動揺ぶりをお見せしたかった」


 彼は翡翠色の茶の注がれたカップに手をつけ、笑いに震えながらそれを啜った。


「確かに、お前こそあの日は珍しくぐっちゃぐちゃな字の文をよこしたな。鳩は甲板にすごい勢いで穴を開けるし」


 あたしもカップを手に取りながらセリウスを見やって笑うと、彼は不機嫌に眉を寄せた。


「それは貴女が何も仰らないで海に出るから...!」

「出るまで気付かなかったんだ、しょうがないだろ」


 かわすように手のひらをひらりと上げて見せると彼はむう、と唇を結ぶ。ルカーシュは肩を震わせながら口元を抑えた。


「ふふふ!まったく本当にあの日は...鳩が執務室に特攻して兵士が飛び出し、兵舎全体が迎撃体制になり...。未だに会議のたびに思い出し笑いが出て困ります」

「あれほど厳しくお咎めになったのに、笑っておられたのですか...!?」


 あたしが噴き出す横でセリウスが目を見開き、ルカーシュはくすくすと笑った。


「心底面白くて困りましたよ。しかし国王の立場として咎めないわけにはいかないでしょう」

「そんな面白い事になってたのかよ。最高だなお前は」

「二人して...」


 ますます眉間に皺を寄せるセリウス。

まさか兵舎全体を巻き込むほどの大騒動になっていたとは。門兵ですら知っていたのはそういうわけか。

 あたしはカップを置きながら彼の顔を見て微笑んだ。


「まったく。そんなに心配しなくたっていいのに。敵の首跳ね飛ばしてすぐ産めるぐらいには丈夫な女だぜ、あたしは」


 にっと笑って胸を張ると、セリウスは持っていたカップを取り落としそうになる。


「まさか身重で戦に出たのですか!?」

「おう。我ながら鮮やかだったぞ」

「馬鹿ですか貴女は!?たまたま無事だったとはいえそれはただの蛮勇と言って...」

「おっ、出たな説教騎士」

「真面目にお聞き下さい!」


 冗談めかしてかわすあたしと、まるでどこかの厳しい家庭教師かのように肩を怒らせるセリウス。

ルカーシュはそのやり取りに腹を抱えひとしきり笑うと、浮いた涙を指で掬いながら口を開いた。


「はあ、おかしい。本当にあなた方を任務で組ませて良かった...。子供達も加わればきっとさらに退屈しませんね。どれせっかくです、魔力測定をいたしましょうか」


「そうか、お前は神官でもあるんだったな」

「ええ。最高神官に測定を受けるなんてまずありませんよ」


 ルカーシュは微笑んで立ち上がると乳母車へと歩み寄る。そして子供達に両手をかざすと、パアッとその場に銀色の輝きが迸った。


 ...しかし、夕焼け色の髪の子からは光がすぐに消え去ってしまう。

代わりに黒髪の子の輝きはまぶしく強まり、七色に次々と光の色を変えた。


「おや...これはまあ。真っ二つですね」


 ルカーシュは驚いた顔をしてかざした手を下ろし、光が消えるとこちらを向き直った。


「女児の方には魔力が全く無く、男児にはセリウスの魔力が全て受け継がれています。随分と偏りましたね」


「ということはつまり...」


 驚いてセリウスが言いかけた言葉に、あたしは頷いて続ける。


「...後継ぎ問題、解決だな」


 魔法騎士の世継ぎは男子であり、強い魔力を有していなければ話にならない。そして海賊は魔力無しのごろつきどもの受け皿だ。下手に魔力があれば反感を買う。

 ルカーシュはあたしたちを見ると、満足げに微笑んだ。


「ふふ、ますます素晴らしい。なんという幸運でしょう」

「!」


 “幸運”の単語にセリウスがぴくりと反応する。


「まさかこれも...貴女の力ですか。ステラさん」


 セリウスがこちらを振り向きじっと見つめ、あたしは少したじろぐ。


「いや、まさか...。そこまで運が関わってたら流石に恐ろしいよ」


 ギャンブルで発揮されてきた幸運が世継ぎにまで影響するとは思えない。しかし、魔力なしの娘に全属性持ちを受け継いだ息子などと、まるで海賊と騎士になれと示し合わせたように出来過ぎている。


「いえ、あり得ますよ。ステラさん、貴女はミケリアの血を引いているでしょう」


 ルカーシュの言葉にあたしは目を丸くする。

まさか彼の口からここでミケリアの単語が出てくるとは。一体どう言う事だろうか。


「ミケリアの事を知ってるのか。運とどう関係があるんだよ」


 訳がわからず問いかけるあたしにルカーシュは答える。


「ミケリア王国は我が国の対。しかし全く違う性質の魔力を宿して産まれると言います」


「太陽の精霊から授けられる力、それらは“五感の強化”または“幸運”」


 “幸運”だと!?

いや、確かに母さんもあたしもミケリア人の特徴を強く引き継ぎ、加えて運が強かった。ルカーシュの言う事が本当ならば、それらはただの運ではなく、


「あたしはミケリアの魔力持ちだったってことか!?」

「おそらく、そういう事になりますね。私には測定出来ませんが」


 衝撃に声を上げたあたしにルカーシュは頷き、セリウスは納得したように顎に手を当てた。


「なるほど...、そういう事でしたか...。やはりただの運ではなく、加護だったのですね」

「なんだかそう聞いちまうと逆に有り難みねえなあ」


 まさか今まで実力だと思っていた幸運が、精霊からの授かり物だったとは。


 苦笑するあたし達を眺めたルカーシュはソファに掛け直し、カップを取って口をつけた。

 そしてカップを左手のソーサーに戻すと、穏やかな視線をこちらに投げかける。

 

「...ところで、子供達の名前はもう決めたのですか?出生届には名が必要ですよ」

「まだだ。でもあたしとしてはドラゴニクとリヴァ...むぐっ!?」


 あたしが言いかけるとすぽんと浮いた焼き菓子が口に突っ込まれる。

いつかと同じセリウスの風魔法だ。どうやらあたしに名を言わせないつもりらしい。


「まだ決まっておりません。良い名前を探しているところで」


 言葉を遮られたあたしがもぐもぐと咀嚼しながら彼を睨むと、ルカーシュが「なるほどドラゴニク...」と繰り返して笑った。


「セリウスは何か思い付きそうですか?」


 彼に尋ねられ、セリウスが口元に手を当てる。

そしてしばらく黙った後に絞り出すように口を開いた。


「...セリウス二世...?」

「脳死にも程がありますねえ」

「だからやっぱりドラゴニクにしようって」

「いえ。陛下に何かお考えは?」


 せっかく割って入ってもまたセリウスに遮られてしまう。なんでだ、どう考えても竜はいい名前だろうが。


「そうですね...。考えても良いですが二人の子に野暮なこともしたくない。名付けのヒントを出しましょうか」

「ヒント?」


 あたしが目を丸くするとルカーシュは頷く。


「ええ。二人の名前の由来は何ですか?」

「名前の由来...?」


 あたしとセリウスは目を丸くする。


「なんで子供の名前を決めるのにあたし達の由来なんだ?」


しかしルカーシュは「いいですから」と笑顔で促し、あたしたちは順番に口を開いた。


「あたしは“星”だな。父さんが付けたらしい」

「俺も...確か星であったかと」

「そうです。ステラの意は“輝く星”。セリウスの意は“焼き焦がす者”。大狼座の一等星ですね」


 ルカーシュが頷き、あたし達は目を見合わせる。


「星同士だったのか、あたし達は」

「気付きませんでしたね...」


 ルカーシュはふふ、と笑うとセルヴァンテに手のひらを上げて見せる。セルヴァンテはどこからともなくさっと分厚い本を取り出し、彼に手渡した。

 ルカーシュはその本をずい、とあたし達に差し出す。


「さあ、ヒントは出しましたよ。星に連なる名前を探してご覧なさい」


 “天体と星座大全”と題名の振られた重たい本を手渡され、あたしたちは「なるほど...」と同時に呟き覗き込んだ。


 様々な星座の絵とそれらに組みする星々の名前がずらりと並んだページたち。その中から、あたしはたまたま目に留まった星の名を指さしてみる。


「これは?ベテルギウス!」


 それを聞いたセリウスがわかっていたと言わんばかりの顔でこちらを見た。


「ベテルギウス・ヴェルドマンは流石にくどいかと」

「そうかあ?かっこいいし、お前の名前に近いだろ」


 ルカーシュがあたしの言葉に微笑んで頷く。


「ベテルギウスは仰々しいですが、ヴェルドマン家の名付けに近づけるのは悪くないと思いますよ」


 それを聞いたセリウスは思い出したように「そう言えば」と呟くと、世代を遡って名前を並べ始める。


「父はクラウス、祖父はアリウス、曽祖父はルシウス...」

「なるほど、“ウス”がついてんのか」

「ええ。言われてみれば、氏族の慣わしかもしれません」


 あたしはふうん、と相槌を返すと図鑑をパラパラとめくってみる。


 “ポルックス”は響きがダサいし“メルクリウス”は長いか...。“ケフェウス”もなんか違うな...。


 すると木星の名とそれに連なる神話が目に留まる。木星は戦の星だ。神の名はユーリテル、そしてその名から由来する一般的な名といえば...

 

「...ユリウス。木星の戦神なんてどうだ?騎士を継ぐんだろ、こいつは」


 そう言うと彼らは顔を上げ、唖然とした顔をする。


「おや、ステラさんにしては...」

「どうしたのです。悪くありませんよ」

「なんだよその言い方は」


 珍しいものを見るかのような目をする二人にあたしが口を尖らせると、セリウスが苦笑した。


「いえ、良い名であるかと。姓と合わせても悪くない」

 

 ユリウス・ヴェルドマン。思い付きだが、確かになかなかいい名じゃないか。

 あたしはいつも反対されてばかりの名付けを珍しく認められた事が嬉しくなって、さらにページをめくった。


「よし!娘の方も決めよう。このベラトリックスは?こいつも戦の星だぜ」

「ベラトリックス・バルバリア...。語感が強すぎる...」

「だめか?箔がついていいだろ」

「もはや付き過ぎではないかと」


 なんだ、今度は反対か。悪くないと思ったんだけどな。

「お貸し下さい」と呆れ顔のセリウスに手を差し出され本を渡すと、彼は茶を口にしつつパラパラとめくる。


 あまりピンと来ないためか仏頂面でしばらく本をめくっていた彼は、少し瞼を開くとあるページで止めた。


「この子は海賊となるのでしたね」


 そして指さした先には、鯨の形をした星座。


「...ミラ。鯨座の心臓にあたる恒星」


「海原を跨ぐとすれば、海の王である鯨は悪くないかと。箔が欲しいのでしょう?」


 へえ。こいつにしては、なかなか良い名を見つけてくるじゃないか。鯨の星とは実に“海の女”らしい。


「ミラ・バルバリアか。あたしの名にも響きが近くていい!船上でも呼びやすそうだな」


 彼の肩を叩いて笑うと、セリウスも嬉しそうに微笑み返す。ルカーシュは顎の下に手をついたままにっこりと笑みを浮かべた。


「ミラ・ヴェルドマンにユリウス・バルバリア。どちらの名乗りでも良い名ではありませんか」


 彼の言った言葉の意味。それはセリウスと結婚したあたしの正式な名がステラ・バルバリア・ヴェルドマンである事を指している。

 英雄として名を響かせ、海賊団の名を捨てられぬ都合から、あたしは特例によって場面ごとにどちらの姓を名乗っても許されるのだ。


 そしてその特例は子供達にも引き継げると言う事なのだろう。海賊の子としても騎士の子としても名乗れるのならば、あたし達夫婦にとっては実に都合がいい。


「せっかくなので、この場で届けを出しておきましょうか。セルヴァンテ」


 セルヴァンテはまたも速やかに現れると、懐から届出用紙を取り出してセリウスに羽根ペンを手渡す。

 彼が渡されたペンで先ほど決まった子供達の名を記せば、ルカーシュが受け取りサラサラとサインをした。


「はい、受理完了です」

「相変わらずはえーな...」

「国王が友人で良かったでしょう」


 彼はにっこりと王族らしい笑みを浮かべて見せると、赤ん坊の元へと歩み寄る。


「抱いても?」

「ああ」


 セリウスは頼りにならないので、あたしとセルヴァンテに手伝われながら両手に一人ずつ赤ん坊を抱いた彼は、真紅の瞳を優しく細めた。


「ふふ。温かくて、ふわふわですね。赤ん坊というのも良いものです」


 いつの間にか眠っていた赤ん坊達はすやすやと彼の腕の中で寝息を立てている。その穏やかな姿にルカーシュは笑みを浮かべて呟いた。


「セリウスの不安も無くなったことですし、そろそろ私も世継ぎの為に妃を迎えても良いですね」


 セリウスはその言葉に眉を上げると焦って口を開く。


「まさか、俺を待っていらしたのですか?」

「君達は今や国策の中枢だからね。見届けなくてはなりません。まあ、それに即位までは敵が多過ぎて身軽でいたかったのですよ。弱点は少ない方がいい」


 ルカーシュはこともなげに微笑むと、赤ん坊をじっと見つめた。


「...せっかくですからセルデアの第二王女を迎えようと思っていましてね。アガルタは一旦退きましたが、この機に国防を固めておいて損はない」

「相変わらず抜かりないなお前は」

「ふふ、光栄ですよ」


 上品な笑みをあたしに返した彼は、くるりとセリウスを振り向く。


「それからセリウス、先日の戦で武功を立てた君への褒章を与えかねている。既に最高位の勲章を授与してしまったからね。望むものがあるならこの場で言いなさい」


「望むもの...」


 セリウスはしばらく考え込むと、あたしと赤ん坊を順番に見つめ、口を開いた。


「...願わくば、“緋色の復讐号”に特級大規模結界を施したく。今回の件で俺は己の無力さを痛感しましたので」

「ふふ、特級大規模結界とは。なかなかなものを望みますね」

「そんなにすごいもんなのか、それは?」


 特級というからにはでかい結界なんだろうが、魔法の詳しいことはちっとも分からない。首を傾げたあたしが尋ねるとルカーシュは頷いて答えた。


「大規模結界とは、大勢の魔力を込めた持続的結界です。セリウスの屋敷の結界はおよそ300人分の魔力を込めたものならば、特級大規模結界は1000人分。この城にかけられたものと同じ、最も強力な結界術です」


「1000人だと!?」


 あたしは思わず大きな声が出てしまう。


「い、いいよそんな大層なもの!無くたってあたしは死なないし!」

「今や貴女だけではありません。子供もいるのですよ」

「ぐっ...」


 セリウスに子供と言われて呻くあたしにルカーシュはくすくすと笑い、彼へと向き直った。


「我が国を救った英雄の頼みならば叶えるのが王の役目。何よりも優先して進めましょう。王宮の魔術師を望むだけお使いなさい」


「感謝致します、陛下」


 なんだかとんでもない事になっちまったが、まあ船が傷付かなくなるならいいのか...?常に護られてるなんて、張り合いがなくなる気もするが。


「離れていても俺の魔法で貴女をお護りしたい。貴女の夫であり、騎士なのですから」


 こちらの目をじっと見つめる金の瞳に、あたしは港での彼の涙を思い出す。


 まったく、こいつは人前では仏頂面を決め込み威圧感さえも振りまいている癖に、心配性で泣き虫で。

 そんな彼が必死であたしを陸に戻そうと何度も鳩を飛ばし、あたしの帰りに間に合わせようと隈まで作って、無茶をして。


...伴侶なら、これ以上苦しめるわけにはいかないか。


「...じゃ、船を護ってもらおうかね。赤ん坊を置いてても身軽に戦に出れるんだ、良い事づくめじゃないか」

「母となってもまだ出るつもりなのですか!?」

「何言ってんだ。あたしから戦を取り上げたら屋敷で暴れるぞ」


 彼の頬をつついて笑えば、「狂戦士のような事をおっしゃらないでください...」とセリウスはため息をつく。


「戦女神のような手が美しくて好きなんだろう?お望み通りだ、なあルカーシュ?」

「おやそんな事を?劇の台詞に追加しますか」

「なら教えてやろう。あの時のこいつの台詞はクサくってねえ...」

「ステラさん!?おっ、おやめ下さい...!!」

 

 セリウスは冷や汗をかいて必死に訴え、あたしとルカーシュは顔を見合わせて笑い合うのだった。

 




ステラの酷い名付けは無事回避され、星の由来からミラとユリウスになりました。よかったよかった。読者の方々の予想と比べてどうだったのでしょうか?

そして子供達はどんなふうに育てられるのか...、セリウスは子供に慣れる事が出来るのか!?次回に続きます!


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