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99.身体の異変



この頃、やけに腹が空く。


 あたしは昼食を摂ったばかりだというのに物足りなくて、屋敷の厨房から菓子を引っ張り出してきて口にしていた。


「最近ずっと食べていますね」


 菓子の袋を抱えたまま執務室に入ると、書類から目を上げたセリウスに指摘されてしまった。


「なんかなあ、口寂しくて。そんなに間食を取る方じゃなかったんだけど止まらないんだよな... 」


 あたしがそうつぶやくとセリウスはふふ、と微笑んで書類に視線を戻す。羊皮紙の上にサラサラと羽根ペンを走らせながら彼は言葉を返した。


「俺としては、貴女が何かを口にしている姿は可愛らしいので悪くありませんが」

「でもなんか太った気がするんだよなあ」

「そうですか?鍛えておられるので変わらないと思いますが」


 彼に言われてあたしはうーんと唸る。

実際体重は少し増えているし、動いた時になんとなく違和感がある気がするのだが。


「そう言えば、ファビアンからの返礼の酒がそのままでしたね」

「祝いの礼なんていいのに。意外とそう言うとこ律儀だよな、あいつ」


 半年ほど前にヴィオレッタが男児を出産し、ラングロワ家に訪れた際に我が家から祝いを贈ったのだ。金一封と質のいい産着を何着かなどと大したものではないのだが、ファビアンはよく気が回る性格らしい。


 ヴィオレッタのベッドの隣で揺籠に寝かされた赤ん坊は、ファビアンの美しい金髪とヴィオレッタの琥珀色の瞳を受け継いでいた。

 さぞやこの子も美男になるだろうな、とあたしがこぼすとファビアンは「こんなに可愛いんだもの!世界一の美男子になるに違いないよ!」と頬を緩ませて目尻をめいっぱいに下げた。


 セリウスは親友のその姿に若干引いていたようだが、不思議そうに赤ん坊を眺めていた。その後ファビアンから赤ん坊を抱かされ、どうすべきかわからずそのままの形で石のように硬直する姿は実におかしかった。


 あたしもその後で抱かせてもらったが、赤ん坊は温かくミルクの匂いがして、ふくふくとした頬が愛おしかった。


 赤ん坊の名前は“リュシアン”と名付けられたらしい。


 リュシアン・ラングロワ。姓とよく馴染む、ファビアンの子らしい名前だ。

 そして、その名の刻印がされたシャンパンがこちらに返礼として贈られたのである。


「せっかくですし、今夜開けますか」


 セリウスが尋ねるが、あたしは少し考える。


「んー...いいや。やめとく」


 彼が目を丸くしてこちらを見た。


「胸焼けするから最近量が飲めなくてな。シャンパンは開けたら飲み切らないと不味くなるだろ」


 あたしが答えるとセリウスは少し気遣うように首を傾げる。


「常に何か食べているせいではありませんか?そう言うことなら少し控えては」

「んー、そうだな。飴にでも変えてみるか...」


 あたしはそう言いながらも、ぱくりとまた菓子を口に入れた。




————




 ころころと飴を口の中で転がしながら、あたしは出航の準備をしていた。巻き上げていたマストのロープを緩め、帆を張って錨を上げさせる。


 今回の航海期間は多めに見積もって二ヶ月ほどだ。


 南のエステオス海の海戦で散った他国の軍艦の部品なんかを掻き集めながら、周辺国へと商船と荷を運ぶ予定である。


 セリウスは二ヶ月と告げるとわかりやすくしょんぼりしていたが、海域を跨ぐ航海なのだから仕方がない。


 港を出港した船は無事に沖へと漕ぎ出し、風を受けて順調に南へと進んでいく。保有船と護衛対象の商船の遅れもない。あたしは甲板からそれらを眺めた後、安堵して船内へと向かった。


 「ビクター、ちょっと船長室に来てくれるか」


 あたしに呼びかけられた船医のビクターは、薬瓶を整理していた手を止めて振り返った。


「おや、どうされました?」

「ちょっと体調の事でな」


 彼はそれを聞くと往診カバンを手に取って上甲板へと上がり、船長室へと足を踏み入れる。


「やたらと腹が減る上に、何かを口にしてないと気持ち悪くてな。あとなんだか動いた時に身体のバランスが変わった感じがするというか...」


 あたしがベッドに座ってそう言うと、ビクターは何か思いたるように口元に手を当てる。


「それは...。いえ、とりあえず診察してみましょうか」


 彼は聴診器を取り出し、あたしの心拍を聞くと腹にもそれを当てる。そしてしばらく耳を澄ませてとんとん、と腹を指で叩いたりした後に目を見開いた。


 慌てて彼は何やらよくわからない魔導具をカバンから引っ張り出してあたしの腹に当て始める。するとそれを置いた彼は、焦った様子で口を開いた。


「おめでたです...それも船長、双子ですよ!!」


 あたしもその言葉に驚いて同じく目を見開く。


「おめでたって...、あたしの腹に赤ん坊がいるのか!?しかも二人も!?」


 そう叫ぶと彼はこくこくと頷きながらまた魔導具を当てる。


「鍛えているとあまりお腹が出ないとは言いますが、双子でここまで見た目がわからないとは...。しかもこれは、おそらくもう七ヶ月程ですよ」


「七...!?てことはあと三ヶ月で産まれんのか!?」

「ええ。あと一ヶ月もすれば流石に少しはお腹が膨らんで来るのでは...とにかく船長!引き返しましょう!航海なんてしてる場合じゃありません」


 彼は真剣な目でこちらを見つめるが、あたしは「う...」と後ずさる。


 せっかく順調に出港したところで引き返すなんてしたくない。しかもあと産まれるまで三ヶ月もあるんだろう?正直間に合うし...。


 「こうしていられない!皆んなに早く伝えないと!騎士団長殿にもすぐ鳩を飛ばしましょう!」


 ビクターはバタバタと往診カバンに器具を詰め込んで外に向かおうとする。

あたしはその首根っこを掴んで引き止めた。

ぐえっと喉を鳴らして彼が両手を宙に伸ばす。


 ここから引き返して、セリウスに妊娠を伝えて、...そしたらどうなる?


 あいつの事だ。絶対に危険な航海なんて許さない。手厚く屋敷に囲い込まれて鍛錬も仕事もできず、三ヶ月間じっとして過ごすことになるに違いない!そんなの絶対にごめんだ!


「いや。皆にはともかく、あいつには伝えない。引き返しもしない。航海をひと月伸ばして産んでから帰る」


 あたしがそう言うとビクターは振り返り素っ頓狂な声を上げた。


「何を言うんですか船長!?」


 そんな彼の肩をあたしはがしりと掴んでその目を見る。


「母さんも船で産んだんだ。あたしが出来ない訳がない。いいか、ビクター。腹括ってお前があたしの子を取り上げろ」

「えええ!?分娩なんてもう何年もやってませんよ!」

「いいや、できる。助手にリゼもいるんだ、何とかなる。...それから、これは船長としての“命令”だ」


 彼の茶色の目をじっと覗き込んで険しい顔でそう伝えると、彼はごくりと唾を飲み込んだ。

そして少しの間困った様に目を瞑り、ビクターはやれやれとため息をついた。


「...分かりました。やりましょう」


 あたしはその言葉ににっと笑うと彼の肩をパン!と叩く。


「よし!頼んだぞ、先生。きっと上手くいくさ」

「重いものを運ぶのは禁止!それから飛び跳ねてもいけませんよ!鍛錬も控えめに...」

「わかったわかった」

「戦闘時は必ず船長室にいること!」

「それは約束できんな」

「船長!?」


 大きな声で咎める彼を背後に、あたしは船長室の外に出る。




「そうか、赤ん坊か...。一度に二人たあ、ずいぶん景気がいいじゃないか!」




と言うわけでついに二人に子供が爆誕です。

100話で産まれるようにしたいなあと思って短くなってしまいました。何にも知らされない可哀想なセリウスですが...?次回に続きます。


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