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小ネタ纏め三本

※小ネタのショート短編の三本立てとなります



【靴磨き】



 とある非番の日。

 あたしとセリウスは王都の市場で買い物を終え、中央広場へと足を運んでいた。

 あたしは歩きながら、先ほど屋台で買ったばかりの焼き菓子を紙袋からつまむ。


「ん、美味い」


 木の実がたっぷり詰まったビスケットは香ばしく、素朴だが悪くない。


「ほら、お前も」


 あたしはそう言って彼の顔の前にビスケットを差し出す。両手に紙袋を抱えたセリウスは、素直に「あ」の形で口を開いた。

 ぱく、とあたしの指から菓子を咥えた彼は、さくさくと咀嚼して飲み込む。


「...悪くありませんね」

「だろ?」


 そう言って彼と微笑みを交わし、あたし達は広場の奥に留めた馬車の元へと歩んでいく。

 その時、あたしのコートの裾を誰かが引っ張った。


「ステラ!来てたなら靴磨いてってよ!」


 馴染みの靴磨きの少年だ。

魔力無しの孤児を引き取るうちの海賊は、孤児院とも縁がある。その為孤児院出身の子供の中には、引き取らずとも顔見知りの者がちらほらといるのだ。


「そうだな。新聞あるか?」


 あたしが笑いかけると、彼は胸を叩く。

 

「ついでにコーヒー付きだよ!騎士団長さんもどうぞ!」


 少年に呼びかけられたセリウスは少し困惑した顔をする。


「いや、俺は...」

「その場で突っ立って見とくつもりか?おい、椅子を二つ並べてくれ」

「はいよ!」


 あたしの声に少年がカフェテリアの木の椅子を二つさっと並べた。どうやら今日はこのテラスで営業許可をもらっているようだ。

 あたしが慣れた様子で椅子に掛けると、セリウスも少し躊躇した後でそれに倣って隣に掛けた。


「ヤン!騎士団長さんのを頼んだ!」


 ヤンと呼びかけられた仲間の少年が、仕事道具の小さな木箱を持ってセリウスの前にしゃがみこむ。

 慣れた手つきで足置きに彼の足を置いて、布やワックスを揃え始めた。小さな手のおかげで彼の大きな足がますます大きく見える。


「はい、新聞ね。コーヒーは頼んどいたから店員が置きにくるよ」

「どうもね。ロイ坊」


 あたしがロイ坊と呼んだ少年はにかっと笑う。

少年達はあたし達の足の上からせっせと靴を磨き出し、セリウスはその様子を物珍しそうに眺めた。


「靴磨きは初めてか?」

「ええ、一度も利用した事はありません」


 靴越しに磨かれる足が気になるのか

「少しむず痒い...」

と落ち着かない様子でこぼす彼にあたしは笑う。


「そう言えばお前、週末になると自分でせっせと磨いてるもんな。家令に頼めばいいのに」


 あたしがそう言って彼を見ると、セリウスは苦笑した。


「軍靴を磨かない騎士はおりません。身嗜みも訓練の一部。汚れた靴で上官の前に立てば蹴りを入れられます」

「へえ。じゃあ今はお前が蹴りを入れてんのか?」


 笑う彼にあたしがそう言うと、セリウスは頭を横に振る。


「まさか。そんな事はいたしません」

「おや、意外と優しいんだな」


 あたしが目を丸くすると彼は微笑んだ。


「俺は雷を落とすだけです」

「おんなじじゃねーか」


 あたしが思わずつっこめば彼はまた笑う。

 店員が店の奥からコーヒーを持って現れ、あたし達のテーブルに置く。少しこちらをちらちらと気にしながら店の中に戻って行った。


 物珍しがる人間になどもう慣れてしまっているので、あたし達は気にせずカップに手を伸ばす。

 熱いコーヒーを一口喉に送って、片手に持っていた新聞をばさっと広げて目を通した。


「お、この前のセルデア国王の来国が記事になってるぞ。結局お前はちゃんと喋れたのか?」


あたしがそう言って彼に少し寄る形で新聞を見せると、セリウスも寄って覗き込んだ。


「ええ、おかげさまで。ダンゼル王は快活なお方でした」

「ほう。気に入ってもらえたか?」

「予想以上に。俺の金の目はセルデアの“聖なる目”と呼ばれる少数部族のものだそうで。その血を引いた俺がこの国の英雄であることを大変喜ばれていました」

「へえ、聖なる目か。また肩書きが増えたな」


 あたしがにやりと笑うと彼はため息ともに微笑んだ。


「持ち上げられる事には慣れていますが、俺自身はセルデアに詳しくありませんし、なんとも。それより貴女が俺と来なかった事に残念がっておられましたよ」


「あー、あの時はエステオスの海戦域からうちの船を退却させててそれどころじゃなかったからな。まあ、そのうち会ってやると言っといてくれ」


「そこで、ルカーシュ陛下が外遊の際にはぜひ貴女の船でセルデアを訪れたいと」

「ぶっ、おいおい!あたしの船を遊覧船とでも思ってんのかあいつは!?」


 あたしは思わずコーヒーを吹き出しそうになる。

セリウスは意地悪な顔をして「あの方は口にした事は実行されますよ」と追い討ちをかけた。


「くそ、やりかねんな...。お前、なんとか止めろよ」

「努力は致しますが、ご期待なさらぬよう」

「それはもう確定っつーんだよ」


 はあ、とあたしがため息をつくと、足元で靴を磨いている少年達がくすくすと笑い出す。


「ステラが口で負けてんの変な感じ」

「旦那さんに転がされてんじゃん」

「うるせえ、あたしはいい妻だから夫を立ててやってんの。負けてなんかない」


 あたしがそう言って口を尖らすと、セリウスと彼らが顔を見合わせて笑った。


———


「よし、出来たぜ!」

「ん、腕を上げたな。傷が綺麗に見えなくなった」


 あたしがそう言ってロイ坊の頭を撫でると彼はくすぐったそうに笑う。


「子供と侮っていたが、なかなか」


 セリウスがそう言ってしげしげと革靴の角度を変えると、その艶めきにヤンが自慢げな顔をした。


「ほら、報酬だ」


 あたしが財布からチャリ、と二人の手に大銀貨を握らせると、少年達が目を輝かせる。


「うっひょお!大銀貨だ!しばらく食ってけるぞ〜!」

「さっすが姐さん!太っ腹〜!」

「なあに、海賊がケチだなんて言われちゃ困るからな」

「「海賊様ばんざーい!」」


 セリウスはそのやり取りをしばらく見て、ふむ、と顎の下に指を当てた。


「慈善活動だけでなく、民衆の人心掌握も兼ねていたのですね...」

「おい、お前。皆まで言うな」






【逆鱗】



 いつものパブの帰り道。

ほろ酔いのあたしとセリウスは、すっかりいい気分で暗い路地を歩いていた。


「そんでリックのやつ、マストから飛び降りてあやうく骨を折りかけてさ!」

「ふふ、馬鹿なことを。貴女とは体重差があるでしょうに」

「あはは!ほんとだよな、調子に乗ってあたしの真似なんかするから...」


 なんて笑いながら歩いているとガラの悪い大男二人が前から歩いて来る。彼らはあたし達を見るなりヒュウ、と口笛を吹いた。


「おいおい、こりゃウワサの船長殿と騎士団長殿じゃねえか!」

「二大英雄さんよォ、デートかい?俺達も混ぜてくれよ」


 ふむ。どうみても小者でしかない。

あたし達は彼らに取り合わず会話を続けた。


「こちらでもアイザックが俺の剣を振ろうとして肩が抜けまして」

「バッカだなぁあいつ!それこそ体格が違うじゃないか」

「俺も最初に伝えたのですが、どうしてもと言うので...。その日は一日事務作業を手伝わせましたよ」

「あははは!あいつの情けない顔が目に浮かぶよ」


 男達はそのままの表情であたしたちの反応を待っていたが、無視されたと気づくなり歩き去ろうとするあたし達に向かって声を荒げた。


「おいテメェら無視すんじゃねえ!!」

「お高く止まってんじゃねえぞ!!」


「でもあたしも昔、母さんみたいに鞭を振るおうとして自分の額をぱっくり切っちまったなあ」

「奇遇ですね。俺も子供の頃、父と同じ魔法を使おうとして大火傷をしました」


 あたし達は顔を見合わせて吹き出し、ははは!と笑い声をあげる。男達はますます肩を怒らせてこちらに唾を飛ばした。


「おい!!聞こえてんのかこの間抜け!!」

「馬鹿!アホ!こっち向け!臆病者!」


「結局みんな通る道ってやつだな」

「ええ、こっ酷く叱られるまでがセットで」

「まさかお前もやってたとはなあ」

「あの時ほど焦った父を見たのは初めてでしたよ」


 目の前に立ち塞がった二人をもう一度無視して、セリウスと笑いながら路地を進んでいく。

するとまたも素通りされた男達は痺れを切らしたように叫んだ。


「また無視かよ!?怖気付いてんのか!このデカブツババア!!」

「かかってこいや!女みたいな髪のオカマ野郎!!」


 あたし達はその言葉にぴたりと足を止めた。


「...今こいつをなんつった?」

「...今彼女をなんと言った?」


 ギロリと睨みつけると同時にナイフを抜き放ち黒炎が放たれる。


「「お助けぇッ!!!」」


 大きな悲鳴が路地裏にこだまする。

あたしたちは背を向けて歩き去り、その場にはナイフで壁に磔にされた裸の男達が残されるのだった。






【料理教室】



「おらっ!!」


パキャッ


 あたしが割った卵は見事に潰れ、殻がボウルの中に散乱した。


「力を入れ過ぎです。繊細な卵に全力を出さないで下さい」

「ええ?食えればいいだろうが。殻は食感だ気にすんな」

「ダメです。大いに気になります」


 セリウスがそう言ってフォークで殻をちまちまと取り出す。あたしがその神経質な様子にため息をつくと、セリウスは眉根に皺を寄せた。


「貴女が料理をしてみたいとおっしゃったのですよ」


 あたしはつんと唇を尖らせる。


「そうだけど。でも卵は繊細過ぎる!言っとくけど肉を焼くのは上手いんだからな!」

「どうせ強火で表面だけ焼いて終わりでしょう」

「なっ、なんでわかるんだ」

「貴女の豪快さを見れば予想が付きます」


 セリウスにそう言われてしまい、あたしはむっと頬を膨らませた。

そんなあたしの顔を見て彼はふっと笑うと、先ほどのボウルをこちらによこした。


「ではこれを溶いて下さい」

「よし、まかせろ!」


 あたしが受け取って混ぜ始めるとフォークがガチャガチャとボウルの内でぶつかり、卵が外に跳ねる。


「勢いが、強い...」


 セリウスが自らの鼻に飛んだ卵を指で拭いながら眉を顰める。


「でもほら、混ぜ終わったぞ!」


 あたしがフォークから手を離してボウルを置けば、その中身は半分ほど減ってしまっていた。


 彼はその中身を見て困ったような顔をした後、卵をもう一つ割り入れてチャチャチャッと上から混ぜてしまう。


「お前がやったら意味ないだろうが!」


 あたしが両手を腰に当てて文句を言うと、彼は遠い目をしてため息をつく。


「貴女に任せたら厨房が卵で染められるだけです」

「なんだと?」

「ほら、いいですから。ここに牛乳を加えて下さい。ゆっくりですよ」


 流されたことに若干不満を覚えながらも牛乳を卵に加える。別にこのくらいはできる。なんでそんな不安げな目で見るんだ。いいからその浮かした手を引っ込めろ。


「...上出来です。では塩を加えて“やさしく”よく混ぜて」

「わぁかってるって」


 あたしは軽く塩を振ると先ほどよりも優しく卵を混ぜる。...まあ、すこし飛んだが、たいして減ってないし充分だろ。


「ではフライパンを温めてバターを塗ります」

「ん」

「卵を流し入れて」

「はい」


 バシャッと卵がフライパンの中で跳ねて周りに飛び散る。


「......」


 惨状に彼が目を瞑り、すーっと息を吸い込む。


「“やさしく”と言い忘れましたね。...もう、これは俺が悪い」


 セリウスは諦めたような顔で調理台を拭き、あたしは下唇を噛んだ。


「卵をフライパンの上で混ぜながら少しずつ固めます。いいですか、」

「“やさしく”だろ?わかってるって」


 後の言葉を流石に読み取ったあたしは言われたままに卵を混ぜていく。

 こうやって混ぜてるうちに固まるから、端に寄せて...と頭の中で考えるものの、なかなか固まらなくて少しじれったくなる。


「えい」


 あたしは待てなくなって魔導炉の火を最大にした。


ボワッ!!と火が強くなり卵が急激に固まり始める。


「こら!勝手に火を強めない!」


 セリウスが焦って火を弱めるが、遅かったらしい。


 固まりすぎた卵はもはやまとまらず、フライパンの中でそぼろ状にしかならなくなった。


...どうやら、失敗してしまったらしい。



「オムレツになんなかったな」


 あたしがフライパンの中身を見つめて少し肩を落とすと、彼はその肩に優しく触れる。


「スクランブルエッグに成功した、といたしましょう」


 セリウスはそう言って笑うと皿を出してそこに“オムレツ改め、スクランブルエッグ”をよそった。


 あたしはそれをフォークで掬って食べてみる。


「...味は悪くない!」

「まあ、悪くなりようが無いですからね」


 同じく口にして微笑む彼を見て、あたしは少し機嫌を良くした。


「次こそオムレツを作るぞ!付き合えセリウス!」

「...仰せのままに」





小ネタが浮かんでいるけど小説として上手く繋げられるないので3本立てて纏めてみました。

リアクションや感想など頂けますと大変喜びます!いつもお読みいただきありがとうございます!

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