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97.真似事4

 



 あたしの身体を完全に真似たサロメ嬢は、どうやら馬車に揺られているらしい。ガタガタと揺れる音が、かつて工房で使用した魔石と似た感覚で耳に伝わる。


 馬車は着実に屋敷へと向かっていると言うのに、あたしと来たら身体も動かせず、視界も奪われてどうしようもない。


 くそっ、痺れ薬がなんだ。

あたしは錯乱魔法にだって耐えたんだ!

このっ、動け!どこでもいい、動け、動け、動けッ!!


 必死で念じて力を込めようとするが、身体は動かず、かろうじで小さな息が漏れるばかりだ。


「っふ、...う、」


くそっ!ダメか...!

何か、何かこの状況を打開する方法は...


「ぅ...くっ、」


 いや、だめだ。こんな小さな声じゃ、外に届くはずもない。 


 ああまったく!あたしとしたことが!こんな馬鹿げた棺に寝かされたまま、何もできないなんて...!!



「もし...、貴女、聞こえますか」


 突然耳に入る男の声にあたしは驚く。

その声はすぐ隣から聞こえるようだ。

 なんとか声を返したいが、またも吐息が漏れるばかり。しかしその声は吐息を聞き取ったのか、言葉を続けた。


「ああ、聞こえていますね。実は先ほど、連れられてきた貴女の一部始終を隣の棺で聞いていました。ステラ様...とおっしゃいましたか」


 柔らかな男の声色はこちらを伺うように続ける。しかし、この声...どこかで聞き覚えがある。


「かくいう私も訳あってここに連れられ、はや数年...。もはや身体が衰弱しきってしまい、痺れ薬がなくともこの棺から出られなくなってしまいました」


 何者かと思えば、あたし以外にもここに監禁されている人間がいたのか。しかも動けなくなるまで衰弱しているとは、いったいどれだけの時をここで堪えているのだろう。


「おかげさまで、こうして話だけは出来るのですがね...。しかし、貴女にはこうなって欲しくない」


「痺れ薬は6時間で切れます。その少し前に使用人が投与に現れるでしょう。なんとか私があなたの痺れが溶けるまで、会話で気を引けるといいのですが...」


「そして、もし貴女が抜け出せれば私を助けてくださいませんか。申し遅れましたが、私の名はルオーニ。ルオーニ・フィンガルスと申します。かつては王都魔研部署の本部長に就いておりました」


 ルオーニ・フィンガルス!?


 やけに聞き覚えのある声だと思えば、魔剣部署の本部長、あの“ルオーニ最高術師”だと!?


 ラディリオが身を隠すためその姿を借りていた事は判明していたが、あいつはセリウスから凄まじい魔法の嵐を受けて術の内容を明かさぬまま死んでしまった。


 そのため王国は工房内や関わった者達の屋敷内をくまなく捜索させたが、ルオーニ本人はどこにも見つからなかった。そして半年に渡る捜索の結果、ルオーニ最高術師は死んだものと見做されていたのだ。


 それがまさか、こんなところに監禁されていただなんて。


 セフィエット伯爵家はたしか、ゴーセット卿が行方不明扱いになったあたりから王弟派に鞍替えしていたはずだ。

 おそらく正体がバレる事を危険視したラディリオがこちらのマークから外れるように助言したのだろう。


 と重要な事実が判明したとはいえ、痺れ薬の効果が切れるのが6時間先とは...。先ほど効き始めて6時間後はおよそ19時。セリウスとサロメ嬢の邂逅には全く間に合わない。


 頼むセリウス、あたしじゃないと気付いてくれ。

...なんて咄嗟に願うものの、そっくり姿を真似されているのにどうやって気づけると言うのか。


 あたしだってセリウスの姿を完全に真似されれば、おそらく気付けやしないだろう。


「魔術封じさえなければ、今すぐにでも貴女の薬を光魔法で浄化できるのですが...申し訳ありません」


 ルオーニ最高術師は不甲斐なさそうにぽつりとこぼす。



くそ...、このまま時間まで待つしかないのか!




————




 あたしは相変わらず身動きが出来ないまま、サロメ嬢は屋敷へと到着した。


 彼女は早く帰った事に門番たちから驚かれつつも、別人と気付かれる事なく内部へと足を踏み入れた。


 そして、その後の彼女の行動は常軌を逸していた。


 寝室へと真っ直ぐ向かった彼女が始めた事。それはクローゼットから何から、全ての私物が仕舞われた扉を開け放つことだった。


 彼女は嬉しそうに手に取って私物を眺め、あたしの懐中時計にキスを落とし、セリウスの上着の匂いを嗅いだり、遂にはあろう事か下着にまで頬擦りをした。


「ああ、これも、これもこれも本物...!これが全部、わたくしのもの...!」


 あたしは奪われた視界で繰り広げられる異常行動に、怖気が立つのをただただ耐えるしかなかった。


 そして彼女は屋敷中を歩き回り、会う人間全てに奥様と呼ばれる事を楽しんでいた。随分と気を良くした彼女は屋敷を巡り終わるとふたたび寝室に戻る。


この数時間ですっかり満喫したらしい彼女は、ベッドに飛び込むと嬉しそうに高笑いをした。


「見ていますか?ステラ様!すっかり彼らはわたくしを貴女だと思い込んで気付きもしない!ああ、おかしい!最高だわ!」


 ぞわあっと身体中に鳥肌が立ち、何も出来ない苛立ちに腹の底が煮立つというのに、身体は震えることすら許さない。


 くそ、こんな...!

身体が自由になればタダじゃおかない!!


 力の入らない歯を食い縛ろうとしたその時だった。

屋敷の階下から「お帰りなさいませ、旦那様」と騎士達の声がする。


 おそらくセリウスが帰ってきてしまったようだ。

しかしこちらの痺れ薬の効果はまだ溶けそうにもない。やはり間に合わなかったか...!


 サロメ嬢の視界が嬉しそうに揺れて、寝室のドアを開けると階段を駆け降りて行く。


 くそ、だめだ!セリウス...!!






「おかえり!セリウス!」


 サロメ嬢はあたしの声でセリウスに呼びかける。

セリウスは彼女を見ると驚いたように目を見開いた。


「...戻っておられたのですか」


 セリウスはそう言うと微笑みを浮かべる。

ああ、やはり。彼は気付かない。目の前の妻がまさか別人だなどと気付けるわけがない。


「お前に早く会いたくてな。疲れただろ?さあ寝室に上がろう」


 サロメ嬢がセリウスに抱きつくと、彼は優しく抱きしめ返した。ズキン、と胸が痛み、やるせない怒りに似た感情があたしの胸に湧き立つ。


「しかし夕食がまだでしょう。こちらもすぐに身を整えますから...」

「今は腹も減ってないし、身なんか整えなくていいさ。なあセリウス、あたしとベッドで過ごすのは嫌か?」


 彼女はセリウスの胸元の布をきゅっと握る。そのあざとい動きを見下ろすと、彼は形の良い唇を上げた。


「...貴女からのお誘いとあれば、断ることなど出来ませんね。上がりましょうか」 


 そう囁く彼の表情を見た途端、胸を鋭い刃で抉られたような感覚が襲う。

 彼はすっかりその気になってしまった。今まで何度も見てきた欲を孕んだ微笑みが、あたし以外に向けられている。


 それはつまり、サロメ嬢の望み通りの展開になってしまったという事。


 彼は軍服の襟元を少し緩めて、サロメ嬢の腰を抱く。サロメ嬢は楽しげに笑い声を上げた。


 セリウス、そいつは違う!あたしじゃない!


心の中で必死に叫ぶものの、彼に聞こえるわけもない。


 セリウスとサロメ嬢は手を取り合い、睦まじく階段を上がっていく。彼女がちらりと向けた視線に首を傾げて微笑むセリウス。

 


 ああ、やめろ。


そんな顔を、愛おしそうな笑みを向けるなんて。



 あたしの内心の叫びも虚しく、彼らは寝室のドアを開ける。二人が室内に入るとドアがゆっくりとセリウスの手によって閉められ、サロメ嬢がふふ、とあたしの声で微笑んだ。


 嫌だ、これから先は見たくない。

どうして、なんでこんなことに。


気付け、気付けよ、馬鹿セリウス...!!



 セリウスは、サロメ嬢へと妖艶に笑みを向ける。

彼の長く美しい指が伸ばされ、彼女の頬を撫でていく。


 そして彼の端正な顔が近づき、薄い唇を捉えたサロメ嬢の視界がゆっくりと閉じられる。


 ああ、嫌だ、やめろ。


あたしはここにいるのに。




セリウス、お前は、あたしのものだろう!






 すると次の瞬間、瞑っていた視界が急に開かれる。



何事かと思えば、視界は天井からセリウスを見下ろしていた。



 ぐらぐらと暴れるように揺れる視界。

そして、床から浮いた革のブーツのつま先。

セリウスの手首を必死に掴んでジタバタともがくあたしの身体。


 彼の手はサロメ嬢の首を締め上げ、ミシミシと音を立ててその体ごと高く持ち上げていた。


「....俺の妻を何処へやった」


セリウスが地鳴りのような低い怒声を響かせる。 


「っか、は...!セリ、う、す」


 サロメ嬢が必死に絞られたような声を上げる。

名を呼ばれた途端、セリウスは室内が震えるほどの怒気をその身から発した。


「俺の名を気安く呼ぶとはいい度胸だ。下手な芝居は止めろ、サロメ・セフィエット伯爵令嬢」


「貴様は俺の妻ではない」


 彼はそう吐き捨てると乱暴に彼女を床に打ち捨てる。どしゃりとくずおれたサロメ嬢は慌てて息を吸うと激しく咳き込んだ。


「ど、どう、して...」


 彼女の嗚咽混じりの問いかけにセリウスは、凄むような表情で唇を釣り上げる。

 そしてその大きな体躯で彼女を見下ろし、右手に稲妻を激しく弾けさせた。


「“どうして”だと...?笑わせる。貴様は何一つ彼女と違うではないか」


「なんだその無様な歩き方は。俺の妻の背は曲がってなどいない。常に美しく伸び、踵の高い靴でも優雅に歩む」


「妻は猿のように甲高く笑わない。俺を見ても下品な媚びた目付きはしない。ましてや卑しく上ずった話し方などするものか」


「その上、騎士達の目前で堂々と俺を床に誘うなどと。...貴様の真似事は我が妻を侮辱する行為に他ならない」


 彼は青筋を立ててそう言い切ると、振り上げた右手から彼女に激しい雷撃を落とした。


「あぁあッ!!い"っ、やめ、やめて、セリウス!!」


 彼女が床に転がって悶え苦しみ、絨毯に爪を立てる。


「名を呼ぶ事は許していない。馬鹿には言葉も通じないか」


 セリウスは冷酷な表情でため息をつく。

 身体から煙を上げてうずくまるサロメ嬢の腕を掴み上げると、懐から出した魔封じの布で素早く縛り上げた。


「さあ、もう一度問おう。俺の妻を何処へやった」


「五つ数える内に明かさねば、貴様の領地を焼き払う。妻の身に何かあれば、一族全てをこの世から消し去る」


 そう言い放つと、彼は冷え切った面持ちのまま静かに指を折る。


「やめて、言います!お願いですから...っ!!」


「ステラ様はわたくしの屋敷の地下室にっ!薬で痺れているだけで、息もあります...!!」


 ぼろぼろと歪んだ視界で涙を流しながら叫ぶ彼女をセリウスは見下すように一瞥すると、その襟首を掴み上げた。


「では案内して貰おう。その顔で泣くな。彼女が穢れる」


 セリウスはサロメ嬢を引きずるように階段を降りると、馬車の中に乱暴に投げ込んだ。


「だ、旦那様!?奥様に何をなさるのです!」


 慌てふためく騎士達に、彼はサロメ嬢を睨んで吐き捨てる。


「この女は妻を囚らえ、姿を真似たセフィエット伯爵家の娘だ。伯爵家の人間を牢に送る為に引き取り手が要る。伝令を兵舎へ遣わせろ。俺は妻の救出へ向かう」


「なんですと!?奥様にしか見えませんが...」

「俺が妻を間違えるとでも?急ぎ伝令を出せ。到着を待たされれば俺はこいつを殺しかねん」


 セリウスはそう言うなり馬車に乗り込み、バン!!と勢いよく扉を閉めた。騎士達が慌てて敬礼し、忙しく駆けていく。


 




 その一部始終に呆然と見入っていたあたしが息を飲むと、同時に指先がぴくりと動いた。


 なんとか力を込めれば、胸の上で組まれた指先が微かに震えてゆっくりと動き始める。


「る、おーに...」


 口を開けば、かろうじて声が出た。


「痺れ薬が薄くなってきたようですね。さあ、頑張って。力を込めて」


 あたしはルオーニの声に励まされながら、身体に力を込める。ゆるゆると指先が動くが、これではまだ立ち上がれそうもない。


 そうこうしていると階段を降りてくる音が聞こえ、使用人が姿を現す。せっかく動き出せたというのに、このままではまた痺れ薬を飲まされてしまう...!


「おや、メリンダですか?」


 ルオーニが親しげに声をかける。

メリンダと呼ばれたメイドはその声に笑みを漏らした。


「ええ。ルオーニさんは今日も退屈かしら」

「いえいえ、ようやく新入りが入ったようですから退屈が少しはマシになると良いのですが」

「残念だけれどしばらく彼女は薬漬けよ。まだ私とおしゃべりして頂戴」


 その言葉を聞くとルオーニには小さく笑う。


「こんな状態の私とお喋りをしてくれるのはメリンダ、貴女だけですよ。ああ、お顔が見られれば言う事はないのですが」

「ごめんなさいね。雇い主のお言いつけは破れないわ。不憫だとは思うけど、なにかあれば私もモルモットにされるもの」


 割り切った口調でそう言う彼女は戸棚を探しているのかカチャカチャと音を立てる。


 しかし相変わらずあたしの視界はサロメ嬢のもので、音だけではメイドの細かい動きまではわからない。


 限界まで飛ばす馬車の中で、長い指でトントンと膝を打ち苛立ちを隠さないセリウスが見える。彼の体から時折パリ...ッと音を立てて雷撃が走るたび、視界の主が怯えたように身をすくませた。


「さて、この船長さんに痺れ薬を飲ませなくちゃね。それにしても本当に絵物語から出てきたみたいな綺麗なひとね」


 メリンダが棺の縁に手をかけ、顔を覗き込んでいるような視線を感じる。


「おや、そうなのですか。実は私も現役時代はなかなか容姿を褒められた方でして。どうです、ご覧になりませんか?」


 ルオーニがそう声をかけると、彼女が棺の縁から手を離す音がする。


「あら、気になる事を言ってくれるわね。見たくなっちゃうじゃない」

「そうでしょう。なかなか珍しい髪色の美男ですよ、私は」

「でもあなた、おじいさんなんでしょ?」

「見た目はいいとこ30代ですよ」

「もう、馬鹿言わないで」

「いえいえ本当ですとも」


 二人がそんな話をしているうちに、あたしは再び身体に力を込める。


 もう少し、もう少しだ。

 

 震える指が胸の上から動き出す。


「じゃあ、少しだけ見てみようかしら。本当に少しだけね」


 メイドの位置は音でわかる。指をそろそろと動かして、あたしは胸の上から懐に手を入れナイフを握り込む。

 もう片方の手をゆっくりと動かして棺のふちに手をかける。震えつつも力を込めて、あたしは思い切り起き上がった。


 ナイフを投げる力はない。ならば体の重みを使うしかないだろう!


 あたしはおよそメイドのいるあたりに素早く腕を回すと、そのまま棺に再び倒れ込む。


「ぐえっ!?」


 間抜けな声を上げるメイドの首筋に握り込んだナイフを突き立てた。


「...しぬか、したがうか」


 回らない口であたしが問いかけると、メリンダは腕の中でこくこくと頷く。


「し、従う。従うわ」


「ああ、上手くいきましたか。ではメリンダ。私の棺を開けてくれませんか?」


 ルオーニがそう言うと、彼女はあたしの腕に羽交い締めにされたままなんとか彼の棺の金具に手を伸ばし、パチンと外すと扉を押し開けた。


「魔術封じも外して下さい」


 メイドは促されるまま魔術封じの布を解く。

すると次の瞬間、暖かな熱があたしの身体を包み、視界が戻って辺りが見えるようになった。

 抜けていた力も入る。まるで自分の身体を取り戻したようだ。


「浄化魔法か。恩に切るよ」


 あたしは腕の中にいるメイドごと棺から立ち上がると、彼女が置いたらしい痺れ薬を机に見つけ手に取った。


「悪いがこれはお前に飲んでもらう」


 彼女はぐ、と顔を顰めるが観念したように口を開く。

あたしはその口に薬を流し込んだ。そしてあたしの代わりに彼女を元いた棺に寝かせ、ルオーニに向き合った。


「しっかり見覚えがあるのに、本物のあんたに会うのは初めてだなんてな。助かったよ」

「ああ...見覚えというと、ラディリオ君ですか。その節は私の姿でご迷惑をおかけしたようで」


 痩せ細ったルオーニは棺から起き上がれぬまま眉を下げた。


「被害者だろう、気にすんな。しかしまったく酷いことをしやがる。何年もここに閉じ込められてよく狂わなかったな」


 あたしがそう言うと、彼は棺に寝かされて動かないメイドを見やった。


「その子が話し相手になってくれましたからね...。お陰で外のことを知ることができましたよ」

「そうか。...しかし悪いな。あたしに今お前を運んでやるだけの余裕はない。おそらく、もうすぐあたしの夫がここに...」


 あたしがそう言いかけたその時、上の階でドゴォン!!!と大きな音が響く。


「...お出ましのようだ」


 続いて何度かのけたたましい爆発音と響く雷鳴。 複数人の男女の阿鼻叫喚が上階の至る所で聞こえる。


「なにやら、戦争でも始まりましたか」

「...あいつは一人で一個大隊だからな」


 あたしとルオーニがそれらの音に顔を見合わせていると、突然側の壁から光の光線が円を描くように差し込む。そして、次の瞬間


ドガァン!!!


 光の円の内が轟音と共に爆散し、壁に大きな穴が空いた。


 土煙と崩れる壁の奥から、見覚えのある長身の体躯が現れる。黒髪を振り乱し、金の瞳を燃やしたセリウスは、あたしの姿を見るなり駆け寄ってがしりと両肩を抱いた。


「怪我は!!お身体はご無事ですか!!」

「お、落ち着け、大事ないよ」


 セリウスの剣幕に少し圧倒されながらもあたしが答えると、彼は吐き出すようなため息と共にこの身を勢いよく抱き寄せる。


「まったく貴女は!俺がどれほど心配したと思っているのですか!!」

「うぐっ、わる、悪かった」


 強く抱きしめられ、セリウスの怒鳴り声にあたしはなんとか返事を返す。締め殺す勢いで抱きしめ続ける彼にあたしが必死で背を叩くと、ようやく腕の力が弱められた。


 ぜえぜえと空気を吸い、なんとか息を整えたあたしは口を開く。


「...セリウス。こいつを助けてやってくれないか。ルオーニ最高術師ご本人だ。あたしが今こうして動けるのは彼の浄化魔法のおかげでね」


 そう言って棺に寝かされたルオーニを振り返ると、セリウスは同じく視線を移し目を見開いた。


「まさか、ラディリオが姿を借りていた本物ですか」

「ああ、そのまさかだ。可哀想に寝かされっぱなしで起き上がれないほど衰弱しちまってる」


 あたしがそう言うとルオーニが申し訳なさそうに棺からセリウスを見る。


「初めまして、ヴェルドマン騎士団長殿。ルオーニ・フィンガルスと申します。こんな姿でお恥ずかしい」

「いえ、妻を助けて頂き感謝します。兵達が到着次第、馬車で送らせましょう。しばしお待ちを」


 セリウスは棺の中のルオーニに向き合うと丁寧に深く礼をした。あたしはそれを見届けると彼に尋ねる。


「セリウス、サロメ嬢はどうした?それから上はどうなってる。えらい音が聞こえたが」

「ああ、一掃しましたが。ご覧になりますか」


 彼はこともなげに答えるとあたしの手を取り上階へと上がっていく。


 暗がりから脱出し地下から上がって目にしたその光景は、あたしが訪れた時の屋敷とは全く異なっていた。


 玄関口は両開きの巨大なドアごと吹き飛ばされ、屋敷のいたるところが砲弾でも受けたように大穴だらけだ。床が焦げ黒煙がもうもうと上がり、建物は見る影もなく崩壊している。


 そして焼け残った階段下のロビーには使用人や伯爵夫人、縛り上げられたサロメ嬢達が山のように積み重ねられていた。


「お前、なんつーことを...やり過ぎだろ...」


 あまりに無惨な光景にあたしが呟くと、セリウスが

「更地にしなかっただけマシでしょう」

 と憮然として答えるので思わずぞっとする。


「...まさか全員殺してないだろうな」

「残念ながら。気絶しているだけです」

「残念ってお前...」


 セリウスの言葉に呆れていると、外から複数の蹄の音と馬の嘶く声がする。おそらく兵士たちが到着したのだろう。


「騎士団長殿!罪人の引き取りに参りました!どちらに...」

「ご苦労、兵士長。そこに()()から持っていけ」


 駆け込んできた兵士長にセリウスは表情を崩さずに答える。


「こっ、これは...。いえ、失礼。おい!こやつらを直ちに牢馬車へ運び込め!」


 山となった人間を目にして一瞬大きくたじろいだ兵士長は、すぐさま気を取り直して兵士たちに指示を出す。


 バタバタと駆け足で気絶した人間を運び込む兵士たちと、忙しく指示を出す兵士長。するとセリウスは思い出したように兵士長の肩を叩き、言葉を付け足した。


「言い忘れていたが、ルオーニ最高術師が地下に囚われている。丁重に馬車で王城までお連れし、治療を受けさせるように」

「ル、ルオーニ最高術師が!?かっ、かしこまりました!」


 ますます兵士達が慌ただしくその場を走り回る。彼はその様子を気にすること無くあたしに向き直った。


「さあ、こんな所に長居するのは良くない。屋敷に戻りましょう」

「そ、そうか。そうだな」


 呆然と眺めていてはっとしたあたしは、彼に促されるまま馬車へと乗り込んだ。



———



「それにしても、お前ってあたしのことをよく見てたんだな」


 走る馬車の中であたしがそう言うと、セリウスは不思議そうに首を傾げる。


「何の話でしょうか」

「サロメ嬢があたしを真似てお前の前に現れた時、彼女の視界が共有されててな。一部始終を見てたんだよ」


 それを聞くとセリウスが目を見開く。


「何という悪趣味な真似を...!」


 彼が膝の上で拳を強く握り、バチリと稲妻が走る。あたしはその拳を宥めるように優しく握った。


「でもさ、お前は見た目が全く同じだってのに別人だと見抜いただろう?まさか姿勢や笑い方なんかで気付くとはな」


 あたしが笑ってそう言えば、セリウスはぐっと眉根に皺を寄せた。


「何を仰る。貴女の所作を真似できる女など居ない」

「そうか?対して周りと変わらないだろ」


 あたしが大袈裟な言葉にくすりと笑うと、彼は呆れたようにため息をついた。


「立ち方、表情、纏う雰囲気。その場を圧倒する程の魅力というのに自覚が無いとは。何故女王とまで呼ばれるのか分かりませんか」


 真面目な顔をしてそんな事を言う彼に、あたしはますます笑ってしまう。


「そりゃ怖がられてるだけだろ。あいわらず大袈裟だなあお前は。」


 セリウスはその言葉にまた呆れた顔をして、二度目のため息を吐くとあたしを抱き寄せた。


「貴女はそう言った事には本当に鈍感で困る...」


 すり、とこちらのこめかみに頬擦りをする彼の頭をあたしはそっと撫でてやる。


「...助かったよ、セリウス。囚われの妻を助けるなんて今回はかなり騎士らしかったんじゃないか?」

「そもそも囚われないで下さい。俺の肝を何度縮めたら気が済むのです」

「そんな事を言われてもな」


 そう答えてからあたしは、セリウスの優しげな声にふと彼がサロメ嬢に向けた微笑みを思い出す。


「そう言えばお前、演技なんて出来たんだな。サロメ嬢だとわかっててあんな風に微笑むなんて。正直あたしの方が肝が縮んだよ」


 あたしはそう言って彼に向かって口を尖らせる。


 すると彼は少し怪訝な顔をして考えた後、ははは、とおかしそうに笑い出す。何事かと彼の顔を見上げれば、彼は上がった口元に手を当ててこちらを見下ろした。


「まさかあれを演技だと思われたのですか。違いますよ」


「小者風情が必死に貴女の真似事をするのがあまりに滑稽で、悍ましく...」


「俺は沸き上がる殺意で漏れる笑みを、必死に抑えていただけのこと」


 低い声で笑う彼の金の瞳は殺気を纏い、冷たい怒りがビリ...と肌越しに伝わってあたしは息を止める。

 すると彼があたしの手首へと目をやった。


「...その傷」


 セリウスがぼそりとつぶやいた言葉にあたしはびくりとする。


 ま、まずい。この雰囲気でサロメ嬢に手首を切られたなんて知られたら、暴発した魔力で馬車が燃えるんじゃないか。


「い、いや、これはその...」


 彼はあたしが言い淀む姿を見て、恐ろしい表情で唇を釣り上げた。


「...尋問が、実に楽しみです」


 そう言い終えたセリウスにあたしは身構えるが、彼は予想と裏腹に慈しむようにあたしの手首を撫でる。小さな痛みの後に傷は塞がり、何事もなかったかのように傷があった皮膚は滑らかになった。


 それを確認すると彼はあたしの顎を持ち上げそっとキスを落とす。柔らかく彼の唇があたしの唇を喰み、手のひらが優しく頬を撫でる。

 そして唇を離すと、セリウスはふわりと微笑んだ。


「...戻れば夕食を済ませて、早めにお茶にしましょうか。甘いものを口にすれば気が休まるかもしれません」


 彼はあたしを労わるように頭を撫で、包み込むように抱きしめる。


「さぞ恐ろしかったでしょう。俺の菓子で少しでも貴女の心が緩めばよいのですが...」


 セリウスはそう続けてあたしを気遣った。


 先ほどまで人の心など無いような猟奇的な笑みを浮かべていたと言うのに、今や優しげな好青年にしか見えないのだから末恐ろしい。





「...お前、賊の方が向いてるんじゃないか」

「急に何を言うのです。俺は貴女の騎士ですよ」





思った以上にかなり長くなってしまいました。セリウスブチギレ案件ということで真似事編はおしまいです。この後すぐに子供の話に行って完結するか、書きたいだけ自己満足で書くか...悩み悩んでまだ結論が出ておりません。こんな話が読みたい!完結が見たい!などご意見お待ちしてます...!!


いつもリアクションをいただき、大変なモチベーションになっております。ありがとうございます!

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