表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/160

95.真似事2




「ステラ様!ご覧になって!」

「新しい商品が出ましたの!」

「お、おう...」


 あれから数回目のシュリー嬢のサロンにて。椅子にかけたあたしは目を輝かせた多くの令嬢達にすっかり囲い込まれていた。


 元々シュリー嬢は顔が広く、さまざまな令嬢達がサロンに顔を出していたものの、このところは“海剣愛好会”などというものを立ち上げたおかげでより多くの令嬢達が集うようになっていた。


「今回は待望の懐中時計ですわ!この揺れる波の宝石に煌めく剣の意匠がすばらしくて...」

「実に細やかな細工ですこと!これだけのお値段がするのも納得ですわねえ...」

「しかもオルゴールがついていて、つまみを捻ると劇中曲が流れますのよ!」

「素敵...!」


 彼女達はうっとりと持ち寄った新商品を並べて眺める。シュリー嬢によると、巷では“海剣”の人気の高さから劇場と高級宝飾技師までもが提携し、新商品の発表に暇がないのだとか。

 

「...しかし、なんであたしもこの“愛好会”に顔を出す必要があるんだ」


 あたしはそもそも本人、言ってみれば物語の原作なわけで。令嬢達が盛り上がる自分達の愛好会とやらに顔を出すのは正直気後れしてしまう。


「まあ、この愛好会はご本人と会えるのが売りですもの!」

「おかげさまで着々と会員が増えまして、今や作品愛を語り合うだけでなく、お二人の恋愛本の執筆、姿絵の交換なども最高潮に盛り上がっておりますのよ」


「な、なんだそれは...」


 ずらりと机に出された甘ったるい題名の本や耽美な姿絵にあたしが顔を青くして後ずさると、隣のマリエラ嬢にぎゅっと手を取られた。


「それに私達はステラ様とお話がしたいのですもの!本当ならば騎士団長様にもいらして欲しいけれど、きっと嫌がられるでしょう?」

「それはそうだろうけど、あたしの事は気遣ってくれないのかい...」

「あら!わたくし達と会うのがお嫌なのですか?」

「いやそんなめっそうもない。会えて嬉しいさ...」


 あたしが苦笑すれば彼女達はにっこりと微笑む。

まったく、可愛らしいからと優しくしていればすっかりあたしの操縦が上手くなったもんだ。

 呆れながら笑っていると、一人の令嬢が声を上げる。


「わたくしも、この愛好会に参加させて頂けて本当に人生が変わりましたの!もう毎日が楽しくて楽しくて!」

「ふふ、サロメ嬢は特に熱量をお持ちですものね!」

「ええ、もうすっかり夢中でして...」


 サロメ嬢と呼ばれた令嬢は嬉しそうに頬に手のひらを当てる。

 彼女は毛先を赤く染め、“海剣”のブレスレットやブローチをきらめかせ、その上あたしのコートをイメージしたという赤いドレスまで着込む程の気合いの入り用だ。


「こうして身に付けていると、鏡に映ったり手元を見るだけで幸せで...」

「わかります、わかりますわ」


 うんうんと頷く令嬢達の微笑ましさにあたしもつい頬が綻ぶ。


 あの劇を見せられた時は羞恥心で気が狂いそうだったが、彼女達がこんなにも喜んでいるならまあいいか。こうして新しい繋がりも生まれるのなら、こんな趣味の集まりもきっと悪く無いのだろう。



————


「...という訳でさ。あたし達を模した商品が街で人気だなんて変な感じだよな。あと、毛先を赤く染めるのが“バルバリアカラー”だってさ」


 屋敷に戻ったあたしがベッドで腹ばいになり伸びをしながらそう言うと、軍服の上衣を脱いでいたセリウスがほう、と目を丸くした。


「そのような物が...。変わった髪色が増えたとは思っていましたが、貴女を模した流行りだったとは」


 彼はきっちりと軍服を整えてクローゼットに直すと、こちらに歩み寄った。


「しかし本人を見ている俺からすれば、まったく似て非なるものですね」


 セリウスはベッドに腰掛けるとあたしの髪を指で掬う。そして「これほど美しい髪は他にない」と愛おしそうにキスを落とした。

 そんな彼にふふ、とあたしが笑みを漏らすと、セリウスはあたしに被さるようにしてこの身体を抱きしめた。


「ステラさんの姿があちこちで真似をされているなど、俺はあまりいい気がしませんね。貴女の全ては俺だけの為にあると言うのに」


 背中を包み込んだ彼は、少し拗ねたような声であたしの髪に顔を埋める。


「そうか?“本物”を持ってるのはお前だけって事でいいじゃないか。特別感あるだろ」


 そう言って笑ってやればセリウスは髪の内で

「まあ、それはそうですが」

と小さな笑い声を漏らした。

 少しくすぐったいその吐息にあたしは肩をきゅっとすくませる。


 その様子に気を良くしたのか、セリウスはくすりと笑うとおもむろにあたしの耳をかぷりと喰んだ。


「ひっ!?」


びくっ!と肩を震わせると、彼は優しく食みながら指をするりと胸元へ這わしていく。


「んんっ、もう、こら!晩飯が待ってるってのに!」

「まだ少しありますし、俺に“特別感”を味わせてくれるのでしょう?」

「お前は“少し”で終わらないから言ってんだよ!」

「ふふ、よくわかっていらっしゃる」

「っ...!」


 低い声が耳元で囁き、あたしはまたもびくりとする。彼は楽しそうに笑いながら谷間の内に長い指を滑り込ませた。


「っん、やめろって、セリウス」

「はい」


 彼は微笑んで答えながらも弄るのをやめず、あたしは彼の腕の中で身を捩りながら不機嫌な声を出した。


「ったく、この騎士様はお耳が悪うございましたかね。おやめ下さいっつってんだろうが」

「ふむ、不躾な敬語も悪くありませんね。どうぞそのまま」

「ご趣味も悪いのかよこの団長殿は!」

「はは、申し訳ない」


 全く悪びれずにパチパチとあたしの服のボタンを外していく彼に、空腹のあたしはますます苛立つ。


 ...ふん、こうなったら強硬手段だ。


 あたしはぐっと勢いをつけると、自らの頭を思い切り彼のいる背後に振り上げた。


ゴッ!!!


 彼のこめかみにあたしの頭が強かにぶつかる。

セリウスは衝撃に「い"っ」と声を漏らし


「っ〜〜〜〜〜〜!!」


 と声にならない声を上げ、こめかみをばっと抑え込んだ。

その隙にあたしは彼の腕から抜け出すと、外されたボタンを急いで止めてしまう。


「腹減ってんだよこっちは!!飯が先!」


 うずくまる彼にそう言い退けると、セリウスは「なんという石頭...」と唸りつつゆっくりと顔を上げる。

 そしてこめかみをさすりながら起き上がると、残念そうにはあ、とため息をついた。


「まったく、空腹の虎は御し難い...」

「あん?」

「いえ、...食事にしましょうか」



————



 

  それからも“海剣”の人気は留まるところを知らず、シュリー嬢主催の“海剣愛好会”は盛況を極めた。

 あたしはその光景に段々と慣れつつも、回数を重ねるごとに少しばかり気がかりになる事があった。


「見てくださいステラ様!これもお揃いにしましたの!」


 嬉しそうにあたしに向かって駆け寄ってくるご令嬢。そう、サロメ嬢である。


 彼女はこの愛好会に顔を出すたびあたしとの“お揃い”を増やし続けている。


 その行動力ときたら凄まじい。

 身につける宝飾品を“海剣”シリーズで全て揃えてきて周りの羨望の視線を集めたがと思えば、ある日にはあたしと同じような紅で化粧をし、そしてさらにはあたしと全く同じ髪型に変え、色まで同じく染めてきたので驚かされた。


 そして今日はなんと、彼女はあたしと同じような男装姿で現れたのである。


「サロメ嬢...、ご令嬢なのに髪をそんなにしちまって、しかも男装だなんて、大丈夫なのかい...?」


 あたしが心配してそう言うとサロメ嬢は疑問符を浮かべて首を傾げ、にっこりと微笑んだ。


「どうして?こんなに素敵なステラ様に近づけるんですのよ!いいことしかありませんわ!」

「そうか、それならいいんだが...。」


 あたしはそう言って口をつぐむ。サロメ嬢はあたしの様子に気づく様子もなく、嬉しそうに“海剣”の戦利品や姿絵などの話を怒涛のように喋るばかりだ。


 熱量が高いのはいいが、これは少し...。

喋り終わったサロメ嬢と離れたあたしは端のソファに腰掛けてため息をつく。すると見計らったようにシュリー嬢といつもの数人の令嬢達が隣に現れた。


「ステラ様...良いのですか?」

「ん?どうした」


 こそり、とあたしに囁くシュリー嬢。あたしが聞き返すと、彼女はさらに声を低くしてあたりに聞こえないように続ける。


「サロメ嬢ですわ。最近の彼女はその...少し目に余ると申しますか...」

「真似をするにしても露骨というか、やり過ぎだと思いますの」

「先ほどお聞きした話では、次はステラ様そっくりのコートと海賊帽を作らせているとおっしゃってましたわ」

「少し嗜めた方がよろしいのでは...?」


 彼女達は心配するようにあたしへと目を向ける。


...確かに、彼女はもはや身長や体型などを除けばあたしと瓜二つに仕上がっている。髪の色も同じ、服装もそっくり似せていて、化粧までもほとんど同じなのだ。


 実際やり過ぎだとは思うのだが、あたしが好きだからという理由でお揃いにしてきているのだ。

真似をしたから何が悪いという訳でもない。


「ご両親があの姿を許していて、彼女がそれでいいのであれば、言えることも無いんだよな...」


 あたしがそうつぶやくと、シュリー嬢達も困ったようにため息をついた。


「わたくしどももステラ様がそうおっしゃるなら強くは咎めませんけれども...。」

「何かあったらおっしゃってくださいね」



————



「と言う感じでさ。何と言ったらいいものか...」


 その日の夜。屋敷で運ばれてくる夕食を前にあたしはセリウスに今日の出来事を話す。

 彼はサロメ嬢の話を聞くや否や、むっとして眉間に皺を寄せた。


「それは嗜めるべきでしょう。そっくり真似をされるなどと、いくら何でも気味が悪い」


「実に失礼で不快ですので、貴女が言い難いのであれば俺がサロメ嬢に申し上げます」


 セリウスは分かりやすく不機嫌に顔を顰める。

あたしはその表情に少し大袈裟だと感じながら彼を宥めた。


「不快って...別にあたしはそこまで思ってないんだけどな。ただあたしの格好をご令嬢がするのは問題があるというか」


 そこまで言うと少し考えてあたしは口を開く。


「...あたしは敵が多いだろう。いつか間違われて事件に巻き込まれたりしないといいんだが」


 実際、元・現王派は未だ消えず燻っている。英雄となってしまったが為に、あたしはルカーシュの治める政治上で重要な立ち位置を手にしてしまった。それが故に、いつ何時また路地裏で奇襲に遭ってもおかしくないのだ。


 その上そもそも海賊は荒っぽい仕事だ。力が物を言う世界で生きているあたしと同じ格好なんてしていたら、ならず者にいつ絡まれてもおかしく無い。

 自分の力を誇示したいだけの相手の力量もわからない馬鹿に喧嘩を売られる、なんてのはよくある事だ。


 セリウスが言う“不気味”だとか“失礼だ”とかより以前に、まずはサロメ嬢の安全だ。あたしは何よりそれが気がかりで仕方ない。


 しかしセリウスはあたしの心配する様子に呆れたように眉を下げる。


「それは言えていますが、まったく本当に貴女は...」


 彼はため息をついて、あたしの顔を見る。


「まあ、そう言うことならそのまま伝えてはいかがです?危険だから止めるようにと。実際それなら角も立たなくて良いでしょう」


 彼の優しく諭すような言葉にあたしは頷いた。


「そうだな...、うん。そうするよ」

「ええ、是非そうなさって下さい。なるべくお早めに」


 彼はそう言うとスプーンを手に取り、食事を口に運んだ。あたしも「わかったわかった」と微笑んで同じく料理を口にする。


「ん、美味い。よく出来てる」


 あたしが料理に顔を綻ばせたその瞬間、セリウスが目を見開き激しく咳き込んだ。


「ん"ぐっ!?ゴホゴホッ!!こっ、これは、なんですか...!?」


 セリウスが慌てて側にあった水を手に取り、喉へと流し込む。


「あはは!!南方のルンディアの“カリー”って料理だよ。食べたくなって頼んで作ってもらったんだ」


 あたしがそう言って笑うと、彼はしばらく口元を押さえ、やっとのことでなんとか答える。


「変わった香りのするシチューかと思えば、なんですかこの辛さは...。舌が燃えるようです...」

「そういう料理なんだよ。三口も食べてみたら辛さがクセになるはずさ」

「本当ですか...」


 セリウスは恐る恐る二口目に口を付ける。


そして口に含むとしばらく味わって考え込むような顔をして、やはり最後には耐えられないらしくグラスの水をぐいっと煽った。そして少し疲れたように、はあ...、と息を吐く。

 あたしはその様子に思わず身を屈めて笑ってしまう。


「...確かに味そのものは悪くありませんが、辛過ぎませんか。いつまでも舌が痺れる上に、食べ進めるとより蓄積される...」

「ふふふ、騎士様は辛いものは苦手だったか」

「マスタードやエシャレットなら平気ですが、これは別物といいますか...」


 彼が困ったように答えるのがおかしくて、あたしは肩を震わせた。


「まあ慣れだよ、慣れ。頑張って食べるんだな」

「う...、」


 彼は言葉に詰まりながらも、ぐっと覚悟をしたようにまたスプーンを取る。


 あたしが味わってゆっくりと食べる間に、彼は眉根に皺を寄せつつ一定のスピードでスプーンを口に運び、皿の中身が減っていく。

 表情も変えず、彼はスプーンを口に運んでは、また掬って口へと運び込む。


 そしてあたしが皿の半分に達したくらいで、彼はさっと皿に残った全てを綺麗に掬い終わり、ごくん、と飲み込む。その後すぐさまグラスにドボドボと水を注いで一気にごくごくと二杯分を飲み干した。


タン、とグラスを置いてセリウスがため息をつく。


「...大変、美味しく頂きました」

「嘘つけ。...ふふふ、よく頑張ったな」


 あたしは笑いながら彼の背中をさすってやる。

セリウスは懐から出した手拭いで額に浮いた汗を抑えながら、ぼそりとつぶやいた。


「...暑い...」

「そういう食べ物なんだよ。汗かいて外気の暑さを誤魔化すのさ」


 あたしも口にスプーンを咥えながら、はふはふと手で首元を扇ぐ。

 彼はその様子を見ながら

「意味がわからない。暑いなら冷やしたものを食べるべきでは...」

とつぶやくのでますますおかしくて笑えてしまう。


「ふふ、お前に外の国の物を食わせるのは楽しいな。次は何が食べたい?」

「いや、何がと言われましても」

「そうだなあ、あの辛い豆腐でも食わせてみるか。また別物の辛さだし...いや、むしろ苦瓜の炒め物がいいかな」

「...俺で遊んでいらっしゃいませんか」


 彼がむむ...、と眉根を寄せてあたしを睨むので、あたしはますます楽しくなってしまうのだった。






前後編のつもりが収まらないなおかしいな

真似っこサロメちゃんに困ったりセリウスと日常を過ごしつつ、後編で色々大変な事が起こります。


評価や感想、リアクション等いただけますと大変喜びます!反応をいただいてとても嬉しく思っております!いつもお読み頂きありがとうございます〜!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ